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2010年5月

2010年5月31日 (月)

見えない力

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我が家の裏庭なのだが、一番奥にお宮が祀られている。この庭は言わば僕の家の聖域である。

この庭は20年前までは多くの雑木が茂り、クマ笹が生い茂っていた。父や母は仕事に追われ、この裏庭までは手が行き届かなかった。僕が家に戻り、家内や息子たちの手を借りながら、今日の、自分で言うのもなんだが、清々しい神域に変えた。

自営業をしていると、自分の能力がすべてである。時に神頼みにすがりたくなる局面というものが多々訪れる。実はこの裏庭を現在のようにきれいしたのには、ちょっとしたストーリーがある。

15年前ほどになるのだが、家の屋根のペンキがはげたので、たまたま近くの家のペンキを塗っていた塗装業者さんに頼んだ。偶然にも高校の時の同級生であった。そのお父さんが社長さんだったが、裏庭を見て、「野暮ったいことを言うようだが、裏庭のお宮の回りきれいにした方がいいよ」と忠告してくれた。

その当時僕は塾の仕事に行き詰っていた。高校生や一般を対象にした英語塾を営んでいたが、大手の英会話学校が一関駅前に進出してきて、生徒が流れて行った。もがき苦しんでいた。

僕はその社長さんに言われた通り、翌日から朽ち果てていた物置小屋を解体し始め、雑木を伐採し、少しづつ庭を整備していった。

しばらくすると、英語塾なのに僕に数学や理科を習いたいと言う中学生が集まるようになった。その前に務めていた塾では数学や国語も担当していた。その前の東京の進学塾では社会科がメインだった。英語塾の看板を外し、普通の進学塾に僕は塾を変えた。ためらいはなかった。

そして現在は、自宅で家内がシュタイナー教育をベースにした幼児教育『風と虹の教室』をやっている。裏庭の木陰は夏には絶好の遊び場になる。家内は杉木立の間にハンモックを吊るすことを計画しているようだが、また間違いなく僕がかり出されるのだろうと思う。

塗装業を営んでいる方は、いろんな商売をしている自宅に行く。先程の社長さんが僕にこんな話をしてくれた。

「家の北側は鬼門と言って、魔が入りやすいんだよ。だから昔の人は北の裏庭にお宮を建てたんだ。しかし残念ながら見えない場所なもんだから、手入れをしない家が多い。でもね、商売がうまく行っている家は絶対見えない北面をきれいにしてるんだよ。」

皆さんの家はどうでしょうか。

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2010年5月30日 (日)

日本の大学のガラパゴス化

脳科学者の茂木健一郎氏が「日本の大学のガラパゴス化」に警鐘を鳴らす記事を自身のブログにアップし、話題となっている。ガラパゴス化とは、「世界標準の流れからかけ離れていく」さまを、大陸から隔絶され独特の生態系が形成されたガラパゴス諸島になぞらえたものだが、同氏が問いかける日本の大学の問題点は何なのか。

茂木氏は、近年多くの日本の大学が就職活動を重視して一年生からキャリア教育をする風潮があることに対し、このような“就職予備校化”は「大学で身につけるスキルが日本の企業のニーズに特化したものとなり、学生たち自身のガラパゴス化につながる」と明言。大学で学問をする意味は「世界のどこでも通用する普遍的な知性を獲得すること」であり、その使命を大学が放棄すれば「日本人の能力の劣化をもたらし、深刻な打撃を日本という国家に与えることだろう」と述べる。  5月30日 ココログニュース

僕はこの記事に、非常に共感を覚えた。茂木健一郎氏が指摘するように、大学で学問をする意味は「世界のどこでも通用する普遍的な知性を獲得すること」であると、僕も考えている。

大学の経営が悪化している昨今、学生獲得のためにいかに就職活動を有利にするかのみに傾倒し、純粋な学問のヒエラルキーを就活にスライドすることで、大学自体の質が劣化しているのではないだろうか。世の中の企業に役に立つ人間を育てることと、純粋に学問を学ぶことは、決してリンクするものではない。

しかしそのことは、僕らの時代も全共闘の時代も暗黙の了解として、皆が分かっていたことだ。知性は時としてお金にならないかも知れないが、間違いなく生きる糧である。不況の時代だからこそ、企業に頼らない起業家や、知識人を育てなければならないのが大学の使命であると思う。

文学や芸術や音楽が人生を豊かにしてくれる。それを単なる道楽のように考え、実益だけを追求するならば、なんと索莫とした人生だろうか。

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我が家の老犬ボブ

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僕の家には15歳になるオスの老犬がいる。名前はボブという。今までに4回ほど衰弱して生死をさ迷ったことがあるが、そのたびに復活してきた。生命力あふれる雑種犬である。

昨年の暮も歩くのがおぼつかなくなり、今年こそ年を越すのは難しいだろうと思っていたが、春の訪れとともに元気になった。毎日散歩に出かけている。

彼の元気のみなもとは家族に愛されていることだと思う。家族に毎日頭をなでられ、声をかけられ散歩に連れて行ってもらっている。雨の日も雪の日も嵐の日も、番犬として15年間外で飼われてきた犬である。過酷な岩手の風土が彼を鍛えあげてきたのだと思う。

一度も獣医さんにかかったこともなく、自力で彼は復活してきた。一度も薬を飲んだこともなく、ドックフードも食べない。いつも家族が育てたササニシキ米と缶詰の肉をおかずに食べている。

4年前から喘息を煩い、耳も遠くなり、視力も衰えてきているが、鳴き声はまだまだ力強い。今度の七夕が来ると16才になる。我が家の飼い犬では、最高の長寿犬である。

ちなみにボブの誕生日は7月7日。僕の誕生日は2月7日、息子は4月7日。母は10月27日。亡くなったは父は12月7日生れだった。不思議な家族である。

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2010年5月29日 (土)

原風景

原風景という言葉に出会ったのはいつの頃だったろうか。荒涼とした冬枯れた原野に竚むキツネの姿や、空を舞うハヤブサの姿。故郷の風景がやけに寂莫として感じられたのは、故郷を離れて都会暮らしを始めたときだった。

均一化していく日本の街の風景ではあるが、その街独特の光や風、そして人々の息遣いがある。

僕が過ごした1980年前後の東京の街には、土着的な農民たちの汗のほとばしりが、風景の至る所に感じられた。僕が最初に住んだ八王子の街も、小田急沿線の町田も、駅からバスで15分もゆられると、一面の麦畑が広がり、シラス台地特有の黒土が陽光に暖められ、土の匂いが陽炎とともに押し寄せて来る感覚に襲われたものだ。

人はたとえ20階建てのマンションに住もうが、コンクリートの上で日々を過ごそうが、土の恩恵を日々食し、そして間違いなく土に帰っていく。

都会の人々が、非人工的で無秩序な朽ちて行く自然を目にした時に感じる嫌悪感は、もしかすると、日常追いやっている死の感覚が喚起されるからではないだろうか。

そう言えば、都会の死は至る所で封印されてしまった。犬の死骸も、猫の死骸も、そしてカラスの死骸も東京の街で見かけることはない。人の死さえもそうだ。

かつて、どうしてカラスや野生の鳥たちの死骸は存在しないのか、などという本が出版されたことがあったが、何のことはない、僕の回りには雀も燕もそしてカラスも、死ねば間違いなく大地に横たわっている。

田舎の葬式に参列していつも考えることだが、死を看取るのは田舎に残っている長男や長女ばかりで、都会に住む息子や孫たちが駆けつける頃には、遺体はきれいな棺に収められていて、人が死に向かう壮絶でそして荘厳な最後に出会える、田舎を離れた都会人は少ない。

若者たちは自らの孤独を癒すかのように都会に出て行くが、その都会も決して孤独を癒す場所とは限らない。

僕にとって、青春を過ごした東京の街が原風景になりつつある。原風景とは、自分が決して戻ることのない風景であり、今を生きている情動を無意識に操っている呪縛であり、夢の残像のような気がする。

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作文は魂のリズム

文章を書く能力というのは、僕は音楽的なリズム感が必要だとかねがね思ってきた。それは何もピアノやギターが弾けるとか、音楽の才能があるとかの問題ではなく、自分の息遣いが、文章にリズムとして現れている作文が書けているかどうかという点に於いてである。

僕の同業者には、神奈川のとよ爺先生や、山口県の本田先生、学び舎の小林先生のように、飛び抜けた文才の持ち主がいるが、先生方の文章を読んでいていつも感じることは、文章が自分の思考のリズムになっているということだ。

脳の神経のシナプスが、言葉を探し出し、拾い出して行くスピードや感知能力が、キボードに打ち込む指の動作やハートのリズムに同調しているように僕には思える。そういう意味では、僕の思考はタイピングと同調しないため、いつもペンを握りしめ書きなぐることになる。

中学生や高校生の作文能力の低下が指摘されているが、現在の子ども達の文章はあまりにも日常の話し言葉に感化され、自分の魂の声に耳を傾けて書いていない。魂という言葉で違和感がある方には、本音の自分とでも言い換えてみようか。

本来誰もが持っている、深淵で純粋無垢な自分の心を引き出すことに、不慣れな子どもたちが増えている。

僕は論文指導を生業(なりわい)にやっているものだから、いろんな方から作文指導の悩みや相談を受ける。学校の先生や親御さんだったりするわけだけれども、作文力はずばり人間力みたいなところがあって確かに一筋縄ではいかない。

誰かに見せることをはじめから前提で文章を書かせると、子どもたちは作文は書くけれど、言葉を書いてくれない。

きれいごとだけのテーマで作文を書けと言われても、我々大人だってうまく書けやしない。時に怒りや悲しみや絶望を書きなぐり、投げ捨てたい時というのが誰にでもあるだろうし、あったはずだ。

子供達もそうである。『中学校時代に頑張ったこと』などというタイトルで書かせて、しっかりした文章を最初から書ける子どもは、かなり無理をして世の中に同調しているか、よっぽど自分の感情に鈍感になっている子どもである。原稿用紙に向かって2,3行書いてため息をつくのが普通である。

「おまえ頑張ったことの一つや二つくらいあるだろう。なんでもいからマス目を埋めてみるんだ」 こんな指導をしている先生はいないだろうか。

もう一度言おう。作文は自分の魂との会話である。日頃子供達と会話のキャッチングをしないで、作文指導はあり得ない。これが作文指導の基本であり全てである。子供達との会話から、その子たちの魂の息遣いが聞こえてくれば、作文指導の七割は達成したことになる。僕はそう考えている。

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かねごんの異色ブルース『かぶとむし』

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2010年5月28日 (金)

とよ爺先生が作ってくれた『かぶとむし』の動画

僕の曲『かぶとむし』をとよ爺先生が動画にして下さいました。

僕はひとつの曲を作るときは歌詞とメロディーがほぼ同時進行なのですが、最低2,3日を要します。しかしこの『かぶとむし』は、大げさな表現をすれば神が舞い降りた感じで、30分で出来上がりました。

5年前の作品ですが、僕が15年間借りてきた教室が建て替えられることになり、取り壊される音を、隣の仮教室のアパートで聞きながら作った曲です。

僕の母がリンパ癌と診断され、仙台の東北大病院に入院した時でもあります。父が入院した同じガン病棟で、母を失いたくないという思いが何かに動かされたのかも知れません。

この曲を僕が町内の小学校で歌うようになった頃、母は元気になりました。この年、僕は過労やストレスで倒れ救急車で搬送されたのですが、僕自身が、この曲を聞いて笑ってくれる子ども達の笑顔にエネルギーをもらい、後遺症の顔面麻痺も半年程で完治し、普通に歌えるようになりました。本当に神様に感謝です。

この曲『かぶとむし』4月にNHKのディレクターさんより、メールにて問い合わせを頂きました。同じ音源のCDをお送りしましたが、今のところ進展はしておりません。きっと女房曰く『ボツ』なのかも知れませんが、とよ爺先生の画像は失礼ながらNHKを超えたと思います。完璧です。カマキリが出てくるタイミングは神業です。塾の社長をしているとよ爺先生ですが、来生はきっとアーチストとして生まれ変わるのではないでしょうか。

そのとよ爺先生制作の『かぶとむし』をどうぞご覧なって下さい。すばらしい映像です。とよ爺先生が作ってくれた『かぶとむし』の動画

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2010年5月27日 (木)

趣味は神社巡り

  僕の趣味に神社巡りがある。趣味と言うより信仰に近いものがあるかも知れない。初めて訪れた神社の祭神や歴史などを調べることが大好きである。今日は僕が崇拝している近隣の社を紹介したい。

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塾生の合格祈願に訪れる水沢の駒形神社である。息子たちの七五三もこの神社でした。僕が一番心が落ち着く神社です。

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宮城の塩釜神社は、海の神様で、雄大さを感じる神域である。地元の小学生はこの鳥居を通り過ぎり時、必ず立ち止まってお辞儀をする。清々しい光景である。

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一関市の配志和神社である。僕の塾からすぐのところにある。社に続く階段は幽玄である。登り終わると樹齢1000年の杉の巨木が迎えてくれる。

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室根山の室根神社である。ここから太平洋が一望できる。武勇の神が鎮座する。気持ちが萎えたとき、僕は喝を入れるためにこの神社を訪れる。

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金成町の金田八幡神社である。ここは応神天皇が祀られているが、龍神の神様が鎮座している。我が家にお祭りしている龍神様はここの分神である。詳しい縁起を知りたい方はこちらを。金田八幡神社

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2010年5月26日 (水)

父親の夢

久しぶりに父親の夢を見た。父が田んぼで、鋤を担いで一生懸命耕している夢だ。30歳前後の若い父の姿だ。夢の中の僕は年齢不詳なのだが、父の働く姿をじっと見ている。

父はずいぶんと田んぼを深く掘り起こしている。すると地下水脈に到達したのか、水がこんこんと湧き出てきた。父と僕は、この水をどう利用すべきか思案しているのである。

僕が父と会話をしたのはどれだけあっただろうか。僕が小さい頃はずっと出稼ぎに出ていて、家にいることが少なかった。僕が小学校3年の時に自動車事故にあってから、父は5年ほど入院生活を余儀なくされた。そして父は55歳の冬、突然他界した。

酒と音楽をこよなく愛した父だった。酒が入ると、一人座敷でカラオケにこうじていた。十八番は『北国の春』『兄弟船』だった。今でもラジオやテレビからこの曲が流れてくると、父を思い出し涙腺が緩んでしまう。

父が生前カラオケを歌っていた座敷は、今風と虹の教室に開放されている。そしてその座敷の鴨居には、あまりにも若すぎる父の遺影が飾られている。

夢に出てきた父は、50になる息子の僕に何を伝えたかったのだろうか。父は生前僕によく言っていた。「人間頭を使って稼ぐことも大切だけれど、汗をかき身体を使って稼ぐお金は尊い」と。

そう言えば、最近の僕は肉体労働が少なくなった。卓球で汗をかくくらいだろうか。少し自分に喝を入れたい。

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公開映像パート2

昨年の暮塾生達のために作った曲『エール』を、神奈川県学心塾のとよ爺先生が動画にしてくれた。

自宅のラジカセで録音した音なので、ギターも僕の歌もDVDに落とすのが大変だった思うのだが、とよ爺先生の優しさと、塾屋魂に感動し、朝から僕は涙,涙である。映像には僕大好きなGO先生やひまわり爺先生が映っている。

歌はどうあれ映像に感動しました。

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2010年5月25日 (火)

公開映像

昨年1月『塾の先生はミュージシャン』と言う小さな小さなコーナーが岩手県のテレビで報道された。1年以上その映像を露出することをためらっていたのだが、友人の岐阜の美川先生にDVDを送ったところ、その映像を友人の上野先生がブログで紹介して頂き、更に神奈川のとよ爺先生までにも紹介して頂いた。

自分の事がテレビで紹介されたのにもかかわらず、実はこの一年半まともに映像を見たことがなかった。テレビを見た人達からいろいろ感想を言われたが、当の本人がまともに見ていなかったのである。

理由は簡単である。恥ずかしいのである。とても恥ずかしいのである。中年を過ぎ、腹が出て、ハゲたオヤジが今更ミュージシャンでもないだろうとうのが、僕の本音である。

塾教師を28年間やって来た。22歳で、作詞作曲で食べていくことを断念した僕は、塾教師という職につき、26歳で結婚し、29歳で子の親となった。その間ほとんどギターを手にすることもなかった。職場の余興で2,3回歌ったことがあっただろうか。それだけである。

僕が再びギターを手にする日々がやって来た。女房が読み聞かせのボランティアを小学校で始めた。彼女は僕の塾の社長であり、風と虹の教室を主催しているが、若い頃は東京のとある劇団に所属していた。言わばお互いに夢追い人だった。その彼女が本の読み聞かせを始めたわけである。

そのバック音楽を担当させられているうちに、「あなた若い頃に曲作りをやっていたわよね。子供向けの曲を作ってちょうだいよ」とある日突然言われたのである。そして誕生したのが、『僕の夢』であり『カブトムシ』である。

小さなライブをやった小学校や幼稚園は20ヶ所。多くの子ども達に聞いてもらった。

今宵、すでに上野先生やとよ爺先生に発表して頂いた昨年のテレビ映像を公開したいと思う。いろいろな物議を醸し出しそうだが、笑って見て頂きたい。

とよ爺先生の公開映像です。下をクリックして頂ければ御覧いただけます。

地域を愛する塾屋たち

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2010年5月24日 (月)

おのれを知る

先週高校1年生が2名入会した。理数系は得意のようだが英語は苦手らしい。

僕の塾は中学生部門は全教科を指導しているが、高校生は英語と論文指導の塾である。実は過去において高校数学を何度かチャレンジしてきたが、Cが出てきたりMが横になった文字(世の中ではシグマと呼ぶらしいが・・)が出てくるあたりから、僕の思考はシャットアウトされてしまう。

よく世の中のわけ知り顔の大人は、大学受験は勉強すればなんとかなる。国立大を目指してがんばれと言う。しかし言うはたやすいが、やる方はシンドイのである。

僕は俗に言う私立文系と言うやつで、高校数学が超がつくほど苦手だったものだから、数学の出題されない私立大学しか考えていなかった。しかしそれでも大変だった。

進学クラスがない高校からの進学だったので、当時は旺文社から出されていた大学受験ラジオ講座のテキストを買ってきて、ラジオで録音しながら毎日受験勉強らしきものをやっていた記憶がある。

僕が住んでいた町には、大学受験の指導をしてくれる塾などなかったし、予備校は仙台にあったものの、自宅から片道2時間以上かかる距離だったので通えるはずもなく、ゆえに完全な独学であった。今思うと、その当時の独学の精神が、塾教師になる資質を育ててくれたような気がする。

最近の地方の進学校は、この不況の中、国立大学に合格させようと必死である。必死なのはいいのだが、本来私立文系や私立理系タイプの生徒が勉強のペースを崩し、国立どころか私大の滑り止めを全滅するケースが多いと聞く。

開き直りで言うわけではないが、何もオールマイティを目指さなくともいいのではないかと思う。得意なものがあれば人は生きて行ける。確かに国立大学は私大よりずっとお金がかからない。親の負担も少なくて済むが、私大には私大の良さが十分ある。

お金の工面がつかないのなら、働きながら通う手段もある。夜間や2部という選択肢もあるのではないだろうか。塾の卒業生の中には、新聞奨学生で、親の仕送りを一切当てにせず頑張っている教え子もいる。

学びの道は時に厳しいけれども、将来間違いなく大輪の花を咲かせるはずである。学びの場所にこだわる前に、自分の特性を伸ばす学びを考えてみてはどうだろうか。

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初体験

昨夜から雨が降っています。二日前は暑くて教室にクーラーを入れたと思ったら、今日は寒くて自宅ではストーブを付けています。また鼻水が止まりません。風邪のようです。現在冬物のセーターを着ております。

昨日はスーパーに買物に行くお金がなかったので(臨時の出費が重なったもので・・)、家内と不思議な天ぷらを揚げました。それは藤の花の天ぷらと、つつじの花の天ぷらです。息子たちは最初はためらっていたようですが、おいしいと言わずとも黙々と食べていたので、それなりに食することが出来たのだと思います。

今山里は、藤の花とつつじが見事なほど満開です。殆どが食べれるんですね。勉強になりました。

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この白い花が芳しくておいしいですね。茎も食べられました。

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山つつじは生でも食べられますが、天ぷらは色彩もあざやかで、テーブルを華やかにしてくれます。皆様もいかがでしょうか。

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2010年5月23日 (日)

浦島太郎

最近僕の歌う姿がユーチューブに貼られている。岐阜の忍者部隊が中心になり、愛を込めてやりたい放題である。僕も反撃に出たいのだが、学心塾のGO先生のように、PCが得意ではなく、ユーチューブをブログに貼るのが精一杯で、映像を編集して画像を作成することなど、ほぼ不可能に等しい。

かねごんを全国区にする会なるものがかってに立ち上げられたしいが、僕のまぶしい禿頭が全国の皆様に披露されてしまい、さぞかしまぶしがっていることと思う。

冗談はさておき、友人,知人、塾生の皆様からCD作成の問い合わせや要望を頂いている。音楽の街一関ゆえに、立派な録音スタジオもあるし、CD制作の会社もある。やってやれないことはないが、僕のスケジュールが空いているのは日曜日と、お昼から毎日2時間ほど。

日曜日は御存知の通り、卓球の指導に燃えている。今年はなんとしても県大会の切符を子ども達に勝ち取らせたい。平日の午後は保護者の方との面談や、雑用がそれなりにあって、なかなか落ち着いて録音までとはいかない。

唯一GWの初めに空いた日があったものだから、リサイクルショップで買ってきた中古のカセットデッキとボーカルマイクを使って、自宅の物置で録音した。それを神奈川のとよ爺先生がCDにしてくれた。これが僕の生まれて最初のCDとなった記念すべき第1号である。

僕の息子達が、カセットに録音いている僕に、「何のために新しいPCを買ったんだよ、PCで直接録音してCDに落とせばいいじゃないか」とこれまた愛を込めて言ってくれるのだが、ずっとカセット録音に慣れ親しんできた僕にとって、PCにマイクジャックを差し込んで録音することは、アルファベトが書けない生徒に分詞構文を教えるくらい難しい。

ケータイを持たない僕は、写メをパソコンに取り入れることさえままならない。時代に取り残された浦島太郎である。従って岐阜の忍者である美川先生が、僕の歌っている画像に歌詞をいれる技術などは、小学校時代月面に人類を送り出したNASAの科学技術に驚愕したあの衝撃に等しい。

僕が通うジャズ喫茶モリソンのマスターは僕と同じくケータイを持たないし、アンプは真空管である。もちろんインターネットなどしない。カウンターでマスターと話をしていると、浦島太郎同志で安らいでくる。従って僕の友人たちであるブロガー先生方の驚愕のIT技術に、僕はたじろぎ、なすがままになっているのである。

農業にしてもそうだ。コンバインが主流の時代、未だにバインダーで稲を刈り、天日干しのお米を作っている。だいだいそんなアナログ人間が、こうやって毎日ブログを配信していること自体奇跡である。

そう言えば高校の期末テストも近づいてきた。未だにハサミとノリを片手に、切り貼りの問題を作る教師も珍しくなってきた。PCの編集機能を使いこなせない自分が、もどかしくもあるが、一方でいとしくもある。

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これぞアートですな~

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これは何でしょうか。

畑で一生懸命働いているお年寄りのおじいさんに見えますよね。実は僕の家の近くの畑に立っている案山子(かかし)です。

昨日中学校の運動会がありまして、息子を朝軽トラックで送って行ったのですが、僕と息子はてっきり本物のおじいさんだと思ったのがこの案山子です。

ちなみにこの写真を撮った家内も、案山子とは気付かずマジびっくりしていました。この生案山子をぜひ見たい方は、一関花泉の刈生沢の滝方面に車を走らせれば運良く見えるかも知れません。いや~これぞアートですね。

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アクセス解析

僕のブログを読んでいただいている方の四割が岩手県内の方で、次いで神奈川、東京、宮城と続く。神奈川からのアクセスが多いのは、とよ爺先生のブログ『とよ爺のつぶやき』に僕のブログがリンクされていて、そこから入ってくる読者の方が多いからである。なにせとよ爺先生のブログのアクセス数は一ヶ月に、10万、20万アクセスを記録することもある怪物ブログである。全くもって桁が違う。恐るべしである。

実は僕のブログは意外と僕の塾の生徒は読んでいない。僕が知っている限りでは、ほぼ毎日読んでいてくれる塾生は4人ほどである。殆どが保護者の方であり、同業者の先生や学校の先生方である。特に学校からのアクセスは、PCのOSとプラウザに特色がありわかりやすい。

ブログのアクセス解析は、犯罪防止もあり近年めざましい進歩を遂げている。入ってきた方のパソコンのID番号はもちろんのこと、どの検索ワードで入ってきたのか、誰のホームページからウエーブしてきたのか、どのブログのページを何分何秒閲覧したのかまで表示される。

時にアクセス人数がさほどでないのに、膨大なアクセス数があったりするのだが、一人の方が1年分のブログを読んでいかれたりする。臆病な僕はいろいろな不安にかられるのだが、メールでコメントなどを頂くと、かつての教え子だったり、学校時代の同級生がたまたま僕のブログを発見して読んでくれたりしていてほっとするのだが、疑心暗鬼になることもある。

最近は著作権の法改正があり、過去においてブログに貼り付けたユーチューブの動画が3割近く強制削除された。僕のように配信される音楽を勝手に頻繁に貼るものだから、要注意ブログとして検閲されているのではないだろうかと思ったりするのだが、まあ削除されるだけで警告文を送られてくるわけでもないので、削除されつつも僕のチョイスする音楽を楽しみにしていてくださる方がいるので、今のペースで頑張っていきたいと思っている。

過去の音楽配信が幾つか削除されておりますが、どうか気になさらずに御覧下さい。

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2010年5月21日 (金)

時空を超えて

努力の結果がストレートに現れる時と、そうじゃない時がある。毎年春夏秋冬季節が巡り、僕らは人と出会い、そこから多くの学びと多くの叡智を頂く。

塾をやってきて思うことだが、僕の仕事ほど地域の経済状況を反映する商売はない。バブルの頃は、塾生の半数近くが自営業を営むご父兄の子ども達だった。今は10パーセントにも満たないのではないだろうか。

床屋さんにしても、薬局にしても、スーパーにしても、本屋さんにしても、大型店舗のフランチャイズ店が、一等地に大駐車場を兼ね備え進出してきている。昔からの地元の商店がどんどん消えてしまっている。

僕の塾の近くの商店街もシャッター通りと化している。僕は今の塾を20年間やってきたが、僕が慣れ親しんだ多くの店が今はない。

いつも教室に、300円のおいしい中華そばを出前してくれた食堂。マニアックな哲学書を置いていた古本屋。ブルーノートのジャズを置いていたレコード店。自分のマイカップを置くことが出来た喫茶店。僕の塾が終わる10時頃まで店を開けてくれていた薬屋さん。とっても個性的で頑張っていた素敵なお店だった。

僕の塾は地域密着型の個人塾だ。塾生やご父兄の要望にはとことん応えられる塾だと自負している。しかし僕の塾も20年間塾一本で食べてこれたわけではない。農業を営んだり、園芸店のバイトをやったり、高校の非常勤講師をやったり、塾を続けるために、塾生を鼓舞し続けるために、僕は僕なりに頑張ってきたつもりだ。

「何で朝から夜遅くまで働いているのにお金がないんだろう」そんなことを考えては、落ち込んだこともある。外国旅行に出かけていく知人の家族を見て、羨んだこともある。モデルハウスを買えるほどの高級車に乗っている友人にジェラシーを感じたこともある。

しかし僕は最初から塾を大きくしたり、分室を増やすことは考えていなかった。小さな塾で迷える子羊を救うことが僕の仕事だと思っている。

僕は人生で、前世が見えるという方二人にお会いしたことがある。違う場所で、違う時代に、その両氏が、僕の前世は教会の牧師だと言い切った。偶然にしてはあまりにも偶然過ぎる話しである。

教会の日曜学校で、子ども達に教えている自分の姿が想像できなくもない。時空を超えて僕は同じ仕事をしているのかも知れない。

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2010年5月20日 (木)

4年目に突入

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僕が神奈川の平塚にて、とよ爺先生や岐阜の上野先生、青木先生、美川忍者先生と別れる時に撮ってもらった記念写真である(美川先生のブログ写真から拝借しました)。5月5日のことだった。

今回僕は二日間ずっとネクタイを締めていた。前日の居酒屋でもそうだった。実は僕は20年間ネクタイを仕事中ほとんど締めたことがなかった。高校での仕事以外、僕がプライベートでネクタイを締めるのは結婚式などの晴れの舞台だけである。

僕にとってGWに先生方に会うことは、襟を正すべき自分の分岐点と考えていた。20年間個人塾を営んできた僕は、言わば井の中の蛙で、自己流で、頑固で、そしていろんな意味で閉塞感を抱えていた。

自分と全く違う感性の先生方から学ぶべきものはあまりにも多かった。学ばせて頂く自分のせめてもの礼儀が、僕のネクタイ姿だった。従って一人だけ浮いた格好になってしまった(・・苦笑い)。

正直言って、個人で塾を営む仕事は孤独である。もちろん家に帰れば女房や息子がいるのだけれど、仕事の決断は最後は自分である。その言い知れぬ孤独を癒してくれているのが、このブログだ。

失礼を覚悟で言わせてもらえば、僕とリンクしている先生方は少なからず僕と同じような孤独感を持っているのではないだろうか。

そんなブログが写真のような奇跡の出会いを実現してくれた。この一枚の写真は、永久保存版になるだろう。奇しくも明日でこのブログ大験セミナーわくわく日記も4年目に突入する。今度はどんな奇跡が待ち受けているのだろう。

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文系力

人は自分が注目を浴びるもの、楽しい事には全力投球をする。中学生や高校生ならば、それがスポーツだったりすると寝食を忘れて没頭する。部活が命と言い切る生徒が多いゆえんである。

岩手県の公立高校入試にスポーツ推薦が導入されて3年になる。生徒をはじめ保護者の皆さんの部活動に対する意識が変わった。毎晩よる8時、9時まで父母会の育成会やクラブチームで夜間練習をする生徒が増え、中学校の部活動だけがんばれば勝てるという時代は終わった。

これは高校でも言える。公立高校でも専用グランドに夜間照明が付き、夜遅くまで部活が行われるようになった。彼ら彼女らは一体いつ勉強しているのだろうか。

文武両道というスローガンが多くの学校に於いて掲げられているが、あきらかに本離れ文系離れが加速している。じっくり腰をすえて、古今東西の古典や文学を読む生徒が少なくなった。ゆえに中高生の書く文章も、厳しい状況になっている。

会社や企業に入って求められるものに、自己アピール力がある。企画書の文章力は必須である。肉体や根性を鍛えることは確かに若い頃は大切な事だ。かと言って文系力を侮ってはいけない。

僕はかねがね国語力は国力に通じると思っている。しっかりした母国の言葉でピジョンをしっかり言える若者が少なくなれば、その国は危険ゾーンに突入するのではないだろうか。この国がそうなってはいけない。

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2010年5月19日 (水)

神様に感謝である

今夜塾から帰宅途中、僕は終わりかなと思う瞬間に遭遇した。

一関学院そばの交差点を一関中学校方面に直進していたときに、釣山方面から白いセダンが赤信号を無視して僕の軽トラックに突っ込んできた。

無我夢中でハンドルを切った。車は僕の軽トラックをかすめて猛烈な勢いで走り去った。僕は急ブレーキと急ハンドルのため若干首筋を痛めた。今家に帰って少し違和感があるが、何とか大丈夫そうだ。

酒飲運転なのかどうかは知らないが、あり得ない暴走運転だ。自分の身を守るのが必死でプレー卜番号を見ることができなかったが、0.0何秒か僕のハンドルが遅れていたら、今頃は天国だったかも知れない。

日頃卓球で鍛えている反射神経が、まさに自分の命を救った形だ。

神様に守られていることに感謝である。

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癒しのピアノマン

ジャズの巨匠ハンク・ジョーンズが召された。91歳だった。

昨年一ノ関ベイシーで凄みのあるライブをやったばかりだけに、残念である。彼のピアノを一言でいうとリズムの天才である。共演するアーチストの音色を彼のピアノは控えめにそして力強く後押しいて行く。

でしゃばらずかと言って存在感を失わず、ハンクは明るいピアノを奏でて行く。落ち込んだ時ハンクのピアノのリズムは、癒しそのものだ。

ハンク・ジョーンズというピアノマンに人生で出会えたことに感謝である。合掌

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2010年5月18日 (火)

山の風景

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僕の家の回りは新緑が美しい。ようやく花粉症もおさまり、マスクとの日々も訣別だ。今年は日曜日が忙しかったものだから、山菜採りに出かけたのは一度きりだった。ちょっと残念ではあるが仕方がない。

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今日は高校での仕事が終り、直利庵でいつものざるそばを食べていたら、無性に山に行きたくなり、軽トラックで束稲山に行ってきた。山桜がきれいだった。きっと今年最後の桜だろうと思う。緑のむせるような匂いと桜吹雪が舞う下で、山の神に祈りを捧げてきた。

教室に戻ると今年初めてのつばめが飛んでいた。例年より10日ほど遅いつばめの到着である。

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僕の家の庭先からの風景だけれど、電信柱以外人工物が見当たらない。田んぼと山ばかりである。この家に戻ってはや20年が過ぎた。今回のようにたまに東京に出ると、人の多さに疲れてしまう。やっぱり年だろうか・・・。

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2010年5月17日 (月)

嫁不足

嫁不足-。東北の農家にとって深刻な問題を逆手にとるように、中年の独身男性を狙った悪質な結婚詐欺が横行している。宮城、山形両県で被害を名乗り出ただけでも約30件、被害総額約1億円。業者が仲介した韓国人や中国人の女は男性を結婚する気にさせると多額の金をせがみ、突然行方をくらませる。背後にブローカーの陰もちらつくが、捜査当局は詐欺容疑での立件には難色を示す。被害男性の怒りの声が切なく響く。「人生最後のチャンスだと思ったのに…。何とか金だけでも返してくれ」。(中村翔樹、吉原知也)
産経新聞 5月16日

この結婚詐欺に関しては、50歳を過ぎたとある僕の知人も被害にあっている。農家の長男で母親と二人暮らしなのだが、10年ほど前フィリピン女性との結納金として300万円ほど支払わせられ、結婚するはずの女性と、お金を渡した相手はどこかの国へ雲隠れ。借金だけが残り、必死に返済する毎日だ。暗躍するディラーが僕の近隣にもいる。

普通に仕事につき、お金を蓄え、普通に結婚することが大変な世の中になってきた。恋愛はするが、結婚はちょっとという若者も多い。束縛されたくない。お金を自由に使いたい。自分の時間が欲しい。そんな声が聞こえてくる。

それとは裏腹に、とってもとっても結婚をしたいのにチャンスがないという方も多くいらっしゃる。僕の友人にも50を過ぎて独身が結構いる。最近は諦めたのか「誰か紹介してくれ」などという言葉もいっさい聞かれなくなった。

僕の家内などは「あなた私が結婚してあげなかったらずっと独身だったわよね」などとのたもうているが、お陰で結婚詐欺に会うこともなく、無事に中年時代を過ごさせてもらっている。感謝をせねばなるまい。

嫁不足という表現そのものが時代遅れなのかも知れない。嫁はいっぱいいるのだが、嫁ぐ条件と環境が厳しくなっているのだろう。

耐え難きを堪え忍び難きを忍んであられる全国の恐妻家お父さん、ですよね~。

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2010年5月16日 (日)

一番多く登った山

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僕が今までに一番多く登った山は、この早池峰山(はやちねやま)である。写真左上に小さく人の行列が出来ているのが見えるだろうか。6月も休日となると多くの登山愛好家が訪れる。

標高1971メートル。北上高地で一番高く、一番美しい山である。古くから山神が鎮座する山として信仰を集めてきた山である。

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麓の早池峰神社では毎年7月31日に早池峰神楽の舞が夜遅くまで演じられ、幻想的な山神の神事が執り行われる。僕はこの祭りを今までに2度見る機会を得たが、岩手を代表する素晴らしい神事であると思う。

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早池峰にしか咲かない早池峰ウスユキソウ。この可憐な花を見るためだけでも、この山に登る価値はありそうだ。

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軽いタッチで生きてみたい

僕らの生きてきた時代を最近振り返ることが多くなった。かと言って決して過去が懐かしいわけではない。時代の空気感を遡ることで、今を紐解こうとしている自分がいるのかも知れない。

多くのものを失ってきた時代だったかも知れない。不確かな時代の中でもがき苦しんできた代償は小さな幸せだったかも知れない。しかし間違いなく生きてきた。そのことが大切だ。

人生の喜びは愛だという人がいるだろう。仕事の成功だという人もいるだろう。そしてお金だという人ももちろん多くいるはずだ。僕にとっては、人生の喜びは希望だ。

明日起きてやるべき事があって、自分を頼りにしている人がいて、人は生かされて行く。そんな気がする。

今夜は何を食べよう。それも立派な希望だ。明日は何時に起きよう。それも希望だ。あやとり糸のように、希望が人生を織りなして行く。

僕にとってこのブログも日々希望だ。言葉や音楽を通じ、多くの人達と希望が繋がって行く。こんな嬉しいことはない。

こんな軽いタッチで生きてみたい。

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2010年5月15日 (土)

ちょっとコマーシャル

今年も高校総体の地区予選が終り、受験体制に突入する高校3年生(元塾生)が塾に復活し始めている。大学受験指導は英語と論文の我が塾だが、自習室を利用して受験勉強にいそしむ高校生が増えてくる時期だ。

2年前は開校以来高校3年生が0人という珍事が生じた。例のテレビで紹介されたかねごんライブをセンター試験の日に敢行したのだが、ひょっとしたら世間からは暇な塾かと思われたかも知れない。しかし中3生の方は10年ぶりの全員合格を果たした年だった。

打って変わって今年は中3生が少ない。その代わりと言っては何だが高校生がぽつりぽつりと入ってきてはいる。年度によって学年の人数に極端なばらつきが出るのが当セミナーの特色のようだ。

4月の年度はじめに入塾してきた生徒は、小学生、中学1年生、2年生のみで中学3年生の入塾は0人だった。僕も20年間塾をやって来たが初めてのことだ。

今現在の中学2年生が高校受験をするときは、一関一高附属中学校の生徒80名が、一関一高にそのまま持ち上がりになる。つまり一関一高の定員が240名から160名になるのである。1,2年の動きが早いのもそのためだろうと思う。

近年県南地区の進学校である一関一高の倍率が、限りなく1.0倍に近い状況が続いている。中3生の動き出しが遅いのも、この低倍率が原因しているのだろうと思う。嵐の前の静けさという感じがしないでもない。

運動会が終り、中総体が終わればいっきに動き出すだろうと思うが、現在僕の塾では中3生は集団個別指導ではなくて完全個別指導に近い状況になっている。苦手教科を克服したい方は今がチャンスですぞ!ちょっとコマーシャルでした。

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僕がリンクしている先生たち

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ギターを抱えているこの方、ニックネームは忍者。志導館学園の美川圭介先生である。

岐阜県大垣市で学習塾を経営し、剣道場を持ち、昼は整骨院の先生をやられている。歌を歌わせれば美声の持ち主。僕が今まで出会ってきた塾の先生の中でも、異次元の先生だ。

毎日濃厚なブログ記事を4稿も書き続ける神奈川平塚市学心塾のとよ爺先生。

自ら数年の歳月をかけて一関の山中にとんでもない喫茶店風聞園を作ってしまった中央塾の斉藤先生。

構想10年の歳月を経て、古代東北史『陸奥話記』を現代語訳した岩手奥州市学び舎の小林先生。

毎年受験生の応援ソングをリリースし、全国の塾や受験生にCDを無料配布している山口県のアーチスト本田先生。

ライバル塾であるはずの他塾の若手先生を相手に、一生懸命塾教師としての魂を吹き込む岐阜県の上野先生。

ゴットハンドで心の痛みと体の痛みを癒し続ける、一関千厩町伊庄整体ヒーリング治療院の伊藤先生。ブログの文章も多くの読者を癒し続けています。

文学に関しては途方もない知識を持ち、外国人の教育に情熱を傾ける、富山国際学院学院長・奥村隆信先生。

先生というカテゴリーを超越し、人生を謳歌する達人たちの姿に僕は言葉もでない。

このブログが縁となり、僕は多くの偉人たちと出会うことが出来た。ブログの神様に心から感謝している。

僕のブログのリンクには多彩な先生方が大勢おられる。読者の皆様、ぜひ大験セミナーわくわく日記のリンクブログを読んで頂きたい。きっと生きるヒントが間違いなく隠されていると確信しております。

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2010年5月13日 (木)

キャロル・キング

塾教師をしながら、趣味で音楽のようなものをやっているものだからよく「かねごんさんはどんなアーチストに一番影響を受けましたか」と言った質問をされる。

しょぼいブルース野郎なので、影響を受けたなどと言うとその方に失礼なのだが、ふてぶてしくも言わせてもらえば、キャロル・キングだろうと思う。

1971年2月に発売された彼女のミリオンセラー『つづれおり』に僕が出会ったのは、10代も後半になってからのことだった。SO FAR AWAY や IT`S TOO LATE の音階のスライドして行くメローな旋律は、僕の音感を震え上がらせた。

人間の肉声がこれほどまでに人生を語り、魂を揺さぶるものかとただただ感動にむせた。それからの僕は、わけの分からない歌詞をノートに書きなぐり、ギターを片手に曲作りの日々が始まった。

農家の長男でなおかつ一人っ子である僕は、教員を目指すならばという条件で、父に東京の大学に行くことを許してもらった。ところがどっこい僕の日常は文学と音楽、そしてバイトにいそしむ毎日で、大学の授業はどんどんと遠のいて行った。僕みたいな学生がいては困ると思ったのか、卒業だけはさせてもらったが、ノーテンキな夢追い人だった。

何がどうなってこうなったのか、気づいてみたら生粋の塾屋になっていた。昔の夢の残像を追いかけて、いまだに歌を歌い続けているが、歌を歌うことで実に多くの方々と知りあうことが出来た。それが何よりの喜びである。

たわいもない僕の歌なのだが、小学校などで歌わせてもらうと、先生方の幾人かは目頭を押さえて聴いてくれる。僕の『卒業』という曲を卒業間近の塾生に聞かせると、皆目を真っ赤にしている。

人はそれぞれに、様々な思いを持って生きている。恋や仕事や日常の人生のあらゆる場面で、それぞれがドラマの主人公だ。そしてそれぞれが忘れえぬ歌がある。

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マスコミで生きている評論家

他人の仕事や作品を評することを仕事としている方々が世の中には多くいる。教育評論家であったり、政治評論家であったり、音楽評論家であったりするわけだが、僕の経験から言わせてもらえば、評論家と名のつくものには二種類の人間がいる。人を育てる人間と人を抹消してしまう人間だ。

そしてマスコミで生きている評論家は、残念ながら後者の方だ。何度もブログで書いてきたが、教育を論じるものにろくな人間はいない。教育は論じるものではなくて実践するものだ。

教育の理想像をいくら論じ上げても、その理想を実践する人間がいない限り絵に書いた餅である。さらに教育を論じる自称評論家は、自分の意見が正しいと信じ込んでいるからタチが悪い。

来年度の中学校の教科書が厚くなったと騒いでいるが、我々の頃の教科書に戻るだけである。口裏を合わせたように、ゆとり教育ゆとり教育と連呼していた輩が、今度はゆとり教育の弊害などと示し合わせたように教育を批判する。

ゆとり教育の時代も、そうでない時代も、我々塾屋は教えなければならないことは教えてきたし、文部省の管轄外で血のでるような努力をしてきた。現場を知らず古今東西の書物をツギハギしたような口八丁の評論家に、教育の真髄など言われたくない。

学校教育も塾も家庭も、目指すものは子ども達の幸せだ。子どもたちが幸せな人生を送るために何が必要なのかを実践することが教育だ。その当たり前のことを忘れると、この国は滅んで行く。

子どもたちの無力感は、親に原因がある。親が夢を持てなくなった社会に希望の教育は育たない。子どもを育てる親達が、安心して仕事に従事できる環境こそが子ども達のために一番必要なことだと思っている。

口先の評論はいいから、それぞれがまずやるべき事を実行すべきである。

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2010年5月12日 (水)

とよ爺先生からのプレゼント

GWに神奈川の学心塾におじゃました際、とよ爺先生に、東京に向かう前日に自宅で録音した僕のオリジナルのテープをお渡しした。

とよ爺先生はそれをなんとCDにして、おまけにジャケット写真まで作って頂き、送って頂いた。僕はそのCDを眺めて思わず涙ぐんでしまった。なんて優しい方なんだろう。なんて心遣いの温かい方なのだろうと。

お会いした時もそうだった。奢らず繊細で、そして行動力が抜群の先生であった。

とよ爺先生との出会いは2年半前に遡る。僕の女房であり当セミナーの社長である昭子女史より,ブログを書きなさいという至上命令を頂いた。ブログを書けと言われても、一体何を書いたらいいのだろうと途方に暮れていた。

僕は自宅のPCに『塾ブログ』という検索ワードを打ち込んだ。最初にヒットしたのがとよ爺先生のブログ『とよ爺のつぶやき』だった。先生のブログは圧巻だった。凄まじかった。塾教師として歩んできた偽りのない叫びが炸裂していた。時に同業者へのエールであったり、心ない教師への怒りであったり、僕は先生の大ファンになっていた。

2ヶ月ほど経って、僕は勇気を持ってとよ爺先生のブログにコメントを入れた。今でも覚えているが、個人塾を営む僕に心温まる励ましのコメントを頂いた。それ以来先生とのコメントのやりとりは50回を超えているだろうか、女房にヤキモチを焼かれるくらいラブレターのやりとりは続いている(・・笑い)。

そして念願かなって、今回とよ爺先生に直接お会いすることが出来た。丁重なもてなしをして頂き、その上こんなビックプレゼントまで頂いた。言葉もない。

とよ爺先生、本当にありがとうございました。今度はぜひ岩手に遊びにいらして下さい。山ばかりのところですが、平泉をはじめとして、みちのくの名勝をご案内したいと思います。

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2010年5月11日 (火)

春の雨

今日は雨だ。珍しいくらいの土砂降りである。

春の雨は、なんだか知らないけれどほっとする。田んぼを潤してくれるだけでなく、心もほっとする。一雨ごとに新緑が濃くなって行く。いい季節だ。

春の雨の日にはこんな曲を聴きたい。

僕がお世話になっている高校の英語の先生がジャズが好きで、僕がブログに貼った曲をいつも聴いてくれている。今日も「キース・ジャレットのピアノいいですね」と言って頂いた。

まあだいたい気づいておられる方も多いと思うのだが、ブログネタに窮した時はジャズでごまかすという僕のパターンがある。実は今日は、日曜日の田植え作業が疲労として押し寄せてきてシンドイ一日だった。

ブログ原稿を書く気力が出なかった。ゆえに一発勝負でダラダラと文章を刻んでいる。申し訳ない。今晩はこの辺で・・・・。

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2010年5月10日 (月)

家庭という器

5年前に100円ショップで買ってき3㎝ほどのゴムの木が、30㎝ほどに成長した。

植えてあるポットを4回ほど買い換えてきたが、容器が大きくなるたびにゴムの木はいっきに成長した。当たり前と言えば当たり前のことだが、人間の成長にも相通じるものがある。

植物を育てる土壌は、人間で言えば家庭環境であるだろうと思う。家庭という器が子供たちを大きく成長させて行く。親の口癖や感情の流れは、おのずと子どもに伝播され、子どもは良くも悪くも親をコピーしていく。

「この子は一体誰に似たんでしょう」などとお嘆きのお母さん方がいらっしゃると思うが、間違いなく彼、彼女を育てた方に似るのである。だから子は親の鏡というのである。

僕は息子たちに不甲斐なさを感じたとき、自分の負の側面を学ばさせてもらったと思うようにしている。半世紀を生きてきてようやく気づいた悟りである。いくら口で立派なことを言っても、一生懸命親を演じても、親の本質を見抜く子どもの前では、実は親ほど無力なものはない。

どうせ本質を見抜かれるなら、最初から自然体で子どもと向き合った方が、いいに決まっている。だから僕は虚飾はやめた。塾でもそうである。何かにむかついたり、感動したり、いじけたり、そういったup  down する感情の歪を僕は塾生達の前であえて隠さない。

大人だから先生だから我慢しなければならないことは確かにあるだろうが、自分の感情を偽ってストレスを抱える方が、よっぽどマイナス面が多い気がする。

言ってはいけないこと、やってはいけないこと、つまり相手を傷つけることや相手を不安に陥れる言動を避けるためにも、自分の感情と正直に向き合う態度が、年齢に関係なく大切なことだと僕は考えている。

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非従の才

塾業界に限らず30年も40年も同じ仕事をやり続けることは並大抵の事ではない。このことは単に忍耐があるとかやる気があるとかの問題だけではなく、多くの人の支えとたぐいまれな運が無ければやれることではない。

僕は今回神奈川に於ける塾の先生方の交流会に於いて、先生方の肉声に神経を尖らせていた。なぜならその人の声はその人の人生を表していると僕は考えているからだ。おのずと運を呼ぶ声、話し方というものがある。

さすがにみんな百戦錬磨のツワモノだけに、みんな素晴らしい声の持ち主だった。子供たちと接する上で一番影響力を持つものは、先生方の声である。子供たちの心の中に届く話し方というものがある。声量やリズム、呼吸、間、そして表情。これらの技量にはマニュアルは存在しない。各人が各人の人生経験を踏まえて培っていくものだ。

それぞれが、若い頃にお手本とする先輩がいるものだ。しかしモノマネは所詮モノマネで終わる。人生で大切なことは、自分の声を持つことだと思う。僕はそれを勝手に非従の才と呼んでいる。誰にも従属することのないパーソナリティーはその人の声が構築して行く。

その声は視線となり、態度となり、そして言葉となり文章となり人格になって行く。おのず と真摯に耳を傾ければ、どう生きて行けばいいのかを教えてくれる声に辿り着く。今回の旅は僕にとってそんな旅だった。

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昨日一関の街に虹が出ていた。塾人達の出会いが、神奈川、岐阜、岩手をこの虹のように結びつけてくれた気がする。感謝でいっぱいである。

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2010年5月 9日 (日)

田植え終了

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本日田植えを終了しました。体がギシギシ言っています。天候が心配されましたが、なんとか無事に今年も終りました。

上の写真は植え終わった後の僕の家の田んぼです。半分以上を休耕していて、作付けしているのは40アールほどです。ササニシキという品種です。

父の農業を引き継いで20年がたちました。広い田んぼを2条植の機械で行ったり来たりは、さすがに疲れます。今夜はこの辺で切り上げて寝ます。おやすみなさい。

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感謝でいっぱいです

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今回神奈川に集結した岐阜県の先生方です。とよ爺先生のブログ写真から拝借しました。

右端が上野先生、僕と同年代の熱血先生です。上野先生の英語の授業を初めて見た時の僕のショックは大変なものでした。子供たちをぐいぐい惹きつけて行くテクニックと情熱はスゴすぎです。今回の教室の見学に於いても、思わず唸ってしまう質問をとよ爺先生や室長先生方に尋ねておられました。本当に勉強熱心な先生です。

真ん中の先生が美川先生。美声の持ち主です。塾を3教室営む他に昼は接骨院の先生をやり、剣道や居合を指導する熱血漢です。忙しさでは負けないつもりの僕でしたが、美川先生には参りました。今回の塾サミットを実現させた業師でもあります。学心塾の教室で歌った僕の歌をDVDに編集して、本日一関の教室に送って頂きました。行動がハヤすぎです。異次元の行動力にはただただ恐れ入ってしまいました。すごい・・・・。

左端の若い先生が青木先生です。塾を営んでおられたお母様が亡くなられ、お母様の意思を引き継いで頑張っている先生です。僕も青木先生の年頃の時に、父を亡くし独立して教室を始めたものですから、心にじん~と来るものがあります。芯のしっかりした気骨のある先生です。

どうでもいいことですが、一番後方のヒゲのハゲオヤジが僕です。ハイおしまい。

僕はまる一日近くとよ爺先生や岐阜の先生方とご一緒させてもらったわけですが、ブログを書いていなければ決して出会うことのない縁であります。実はこの先生方と出会うために僕は神様からブログを書かされたのではないかと、そんな事を期間中考えておりました。

きっと今回のイベントは単なるプロローグにすぎず、大きなビッグウエイブがやって来るような気がしてなりません。今回の会合の様子をそれぞれの先生方がしたためていますが、とよ爺先生や上野先生そして美川先生などは僕の事を別人格の人間に仕立てあげてしまっています(・・笑い)。いったい誰の事を書いているのだろうと、頭がパニックになっています。

僕は、10坪にも満たない2階建ての小さな教室を営むどこにでもいるショボイ塾オヤジです。20年間塾をやってきたと言っても、卒塾生は800名にも満たない小さな小さな塾であります。本業の塾より、違うところで忙しい困った経営者です。

でも継続することで、こんな素敵な出会いを持つことができました。感謝でいっぱいです。感激です。

奢らず焦らず、一歩一歩また歩んで行きたいと思います。

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2010年5月 7日 (金)

奇跡の出会い

5月4日11時30分、僕のブログの師匠であり、塾屋の大先輩である学心塾のとよ爺先生に僕は会うことが出来た。

2年半ブログでお付き合いさせて頂いてきた。ブログを通じて僕はどれほど先生に勇気をもらい励まされてきただろうか。本当に待ちに待った邂逅であった。

小田急線平塚駅前で先生と待ち合わせたのであるが、実際のとよ爺先生は僕の印象とは違っていた。繊細でブレない記事を毎日したためている先生から、僕は恰幅のいい作家風の老獪な先生を想像していたが、とよ爺先生は少年のようなキラメキを持った若々しい先生だった。

僕の方が年齢では若いのだが、完全に僕の方が年寄りに見えた。

先生の車に乗せて頂き、岐阜の上野先生、美川先生、青木先生が待っている平塚インター近くのファミレスに向かった。初対面のはずなのに、長年の知人であるかのように自然と話しが弾んだ。不思議な感覚であった。

カーステレオからは、キース・ジャレットのケルンコンサートが流れていた。とよ爺先生が愛する曲であり、僕も人生で何度も何度も癒されてきた曲である。

初めて見る平塚の町並みの中を、キース・ジャレットのピアノを聴きながら走るその偶然と感動に、僕はこれから始まる奇跡の時間を予感した。

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哀愁のジャズ喫茶

3日の日は、明日とよ爺先生や岐阜の先生方にあえるという興奮もさることながら、久しぶりにプライベートで歩く東京の街に、子どもの頃の遠足の気分を味わっていた。

ターミナル駅を行き交う人の波は、岩手から出てきた中年おじさんにはだいぶきつかった。若い頃ならば軽く横によけられた身体も、だいぶ反応が遅くなり、何度人にぶつかっただろうか。

僕がジャズ喫茶にたどり着いたのはもう太陽が傾きかけた時間だった。昔と変わらない喧騒がそこにはあった。

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学生時代腰掛けたカウンターの席に僕は陣取った。昔と変わらず僕の座ったカウンターの前にはマイルス・デイヴィス がタバコをふかしているポートレイトが飾られていて、その横にはもう紙がボロボロになったビル・エヴァンスのポスターが貼られていた。

相変わらずコーヒーはまずかったが(・・笑い)、鳴り響く音楽はレコードからCDに変わったものの、雰囲気は昔のまんまで、僕が座った瞬間にアートペッパーの懐かしいナンバーが店内に流れてきた。

僕はペッパーの曲を聴きながら、翌日の先生方の出会いに思いを馳せていた。

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2010年5月 6日 (木)

22年ぶりの母校

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5月3日翌日の神奈川での塾人の会合の前に、僕は22年ぶりに母校の大学を訪れた。近代的なビルディングの研究棟が建ち並びだいぶ風景も一変したが、僕が30年前に学んだ校舎も、そしてすでに用途は変わっていたが、僕の胃袋を満たしてくれた当時の食堂も毅然として残っていた。

僕がかつてよく腰掛けていた構内のケヤキの木陰のベンチで、過ぎ去った多くの時間を追従し、僕の前を通り過ぎていく数人の学生たちの姿に過去の自分を重ねあわせたいた。

あの頃僕はいつも何かに腹をたて、生きることに言い知れぬ焦りのようなモノを感じていたような気がする。それがメタファーとしての青春のゆうつだったのかも知れないけれど、生身の人間が生きていく事の辛さと喜びが間違いなくせめぎ合っていた。

かつて僕らが学園祭でライブをやった木造の教会は、輝くばかりの素敵な教会に変身していた。ここで多くの学生達が賛美歌を歌い、そして祈りを捧げていくのだろう。

僕は1時間ほど構内を散策し、学生時代通いつめたジャズ喫茶に向かった。

(つづく)

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2010年5月 5日 (水)

学心塾の先生方本当にありがとうございました

神奈川県平塚市の学心塾のとよ爺先生のところに行って、めいいっぱいお邪魔してきてしまいました。大切な休みの日を返上させてしまい、夜中の2時頃まで、教育談義にカラオケに盛り上た一日でした。それにしてもみんなパワーがありましたね。

学心塾の室長先生方に、熱き教育論,人生論を語っていた岐阜の上野先生の眼光もすごかった。志道館学園の美川先生の誠意あふれる暖かい教育者の姿にメチャ感動しました。

青木進学塾の青木先生の何でも吸収してやろうという熱い闘士にも大きな刺激を受けました。

そして初めてお会いしたとよ爺先生の暖かい人柄と気配りに、感謝でいっぱいであります。個性あふれる教室をしっかり見学させて頂きました。学心塾の先生方の若い感性が、年を取って鈍化した僕の精神をバクバクに刺激してくれました。感謝であります。

今回全国を股にかけ活躍されている今村先生が合流する予定だったのですが、前日に体調を崩され入院したとの連絡がとよ爺先生のもとに入り、今回は残念ながら直接お話を伺うことができなかったのですが、こちらに公演等で来る際にはぜひお会いしたいと思います。

今後今回の塾サミットで僕が得た経験をブログで紹介していきたいと思います。今朝平塚を9時半に辞し、一関に2時頃到着しました。明日から仕事に復帰ですが、浦島太郎の気分です。早速今夜は卓球の指導が待っています。頑張るか・・・・。

追伸

学心塾の先生方大変お世話になりました。僕の人生に新たな一ページが加わった今年のゴールデンウイークでした。皆様のますますのご活躍を祈念してやみません。ハードな毎日でありますが、ご自愛下さいませ。 

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塾の風景パート3

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二階に向かう階段の途中に鎮座するボブです。実は我が家で飼っている15歳になる老犬とそっくりなので買ってきたワンちゃんの置物です。塾に登場して5年になります。

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ズバリかねごんとバルタン星人です。僕の小さい時のニックネームかねごんは、このキャラクターから名付けられました。僕の苗字が金田で、そして顔がデカイのでつけられたあだ名ですが、大験セミナーわくわく日記のハンドルネームとして使わせてもらっています。

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一見塾とは関係ない映像に思えるでしょうが、大ありです。校長であるかねごんの故郷プレアデス星団です。自称宇宙人ですが、何故か乗り物はUFOにあらず、軽トラックです。

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2010年5月 4日 (火)

塾の風景パート2

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教室のすぐ前の磐井川の桜並木です。この桜並木は残念ながら近年中に全て切り倒されることになりました。桜の根っこが土手を侵食して危険な状態になっているのだそうです。この美しい桜を見れなくなるのかと思うと本当に残念です。

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僕の軽トラックです。昨年のかぼちゃの収穫の時の写真です。塾に通うのも高校の講師に出向くのも、ジャズ喫茶に行くのもこの軽トラックです。塾を始めた時に買った車ですので、今年で20年たちました。

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2010年5月 3日 (月)

塾の風景パート1

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教室のテスト風景です。15年ほど前までは一斉授業の塾だったので机の配置はこんな感じでした。

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通常の指導は寺子屋式ですので、今の机の配置はこんな感じです。先生が回転椅子に乗っかって生徒を指導して回ります。

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一階の自習室です。このスペースは二階で指導が終り、塾生が親御さんの迎えを待つ、言わば待合室でもります。奥の部屋は『風と虹の教室の』の幼稚園児や小学校の低学年の指導室としても使われます。

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2010年5月 2日 (日)

青春の街

ゴールデンウイークに桜が満開なのは数十年ぶりである。どこもかしこも桜が咲きほこり見事だ。

いつもならカエルの合唱がうるさくて眠れない程なのだが、今年は寒くて合唱も少人数で、つつましい。山菜もまだまだである。明日神奈川の女房の実家にお土産として山菜をと思ったが、まったく芽吹いていない。残念である。

さあいよいよ明日から東京である。そして神奈川では、ブログが縁でお付き合いしている先生方と初の交流会だ。とよ爺先生と念願の出会いが果たせる。わくわくである。

関東地区の天気もまずまずのようだ。青春時代を過ごした懐かしい街を散策してきたい。とにかく今日一杯雑用をこなし気兼ねなく出かけてきたい。

岩手を留守にしますので、ブログも2日間ほどコメントやメールに対して返信できません。ご理解のほどよろしくお願いいたします

ということで今日はこの歌を。

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GW三日目

昨日の午後、物置と化した書斎でギブソンを片手に録音をした。リサイクルショップで買ってきたカラオケの機材にボーカルマイクを取り付けやってみたが、ギターの音がうまくピックアップ出来ないのと、モニターが壊れているのでボーカルマイクの音量が不鮮明で、出来上がった音は、とても人前に出せるものではなかった。

今日もう一度チャレンジしたいと思う。

本日GW三日目、高校生の英語添削と中学生の部活指導、庭の草取り、そして5年ぶりの録音取りで過ぎていった。ただ今夜中の2時・・・とりあえず寝ます。

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2010年5月 1日 (土)

5月の別れ

5月になった。当然のことだが今年も4ヶ月が過ぎ去った。なんだか知らないけれど時間が加速している。何かにせきたてられているような感覚だ。

今日も塾は休みだったが、添削プリントやら納税組合の仕事やら忙しかった。田植えの準備もぼちぼち始まる。

3日から東京に向かうが、女房からケータイを借りることにした。「あなたもケータイを買ってください」との要求を突きつけられているが、断固として拒否している。僕にはケータイはいらない。

大体にして、塾にいるか高校にいるか、もしくは自宅にいるかの僕の生活パターンで、ケータイはいらない。僕が塾にいない時は、塾に電話を頂ければ、社長である女房のケータイに転送になる。このブログから入れるメールを利用して頂ければ、間違いなく夜に僕はメールを読む。不都合を感じたことはない。

もともと、夜に飲み歩く人間でもないし、誰かに内緒にしなければならない人間関係(・・笑い)を持っているわけでもないので、僕にはケータイはいらない。

話は変わるが、2年半の間にブログに貼ったユーチュウブの曲の半数以上が著作権の関係で削除されてしまった。社会のルールなのでしょうがないと言えばしょうがないのだが、なんとなく殺伐とした思いにかられる今日この頃である。

しかし今日もメゲズに風薫る5月、こんな曲を紹介したい。

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