最近のトラックバック

« 暖かい音楽を聴きたい | トップページ | GW初日 »

2010年4月29日 (木)

英語教育の失策

語学教育について様々な議論が繰り返されてきた。日本において於いては、英語を話せることが知識人としてのステータスのような雰囲気が醸し出しだされてきたが、語学を学ぶことの意義と時代のニーズを、現代の日本人は再認識しなければならない。

日本語の文章もろくに書けないのに、英語どころじゃないだろうという意見も多くある。しかし、英語の構文や文法をしっかり学んだ学生の、日本語文章のレベルが高いことは事実である。

日本社会は検定ばやりで、英検や漢検、そして数検に歴検など、本当に多くの検定が毎年実施されている。その中でも中学生、高校生の英検の受験率は非常に高い。英語力のバロメーターになっている。

しかし、センター試験もそうであるが、あの4択問題の英語問題が、日本人の語学レベルを押し上げてきたとは、僕は決して思わない。高校生に20行から30行の英語の自由作文を書かせてみると分かるが、進学校の生徒だろうが通信簿の評定が5であろうが、決して褒められるような文章ではない。アメリカの小学校の低学年のレベルである。

教科書を訳せても、文法の穴埋め問題が出来ても、自分の意見を英語で書けない言えない状況と言うのは、多くの労力と時間とお金を費やしてきた日本の英語教育の失策だと言われてもしょうがない状況である。

大学入試からあんな意味のないセンター試験を廃して、テーマごとの論文を英語で書かせるテストに移行したなら、きっと学校の英語教育も激変すると思う。しかし、現実問題として採点が出来ないとか、評価の公平さが保てないなどの意見に押し流されて実現化は難しいのだろうが、経済や政治の表舞台で、意見をしっかり言える語学の表現力がないばかりに、外国人から上から目線で見られる状況を考えると、変革は必要な気がする。

当たり障りのない英語を流暢に話し、微笑んでいる日本人の姿は僕はもう懲りごりだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

     大験セミナーのご案内 ⇒  コチラをクリックしてください

« 暖かい音楽を聴きたい | トップページ | GW初日 »

言葉」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 英語教育の失策:

« 暖かい音楽を聴きたい | トップページ | GW初日 »

2020年6月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
フォト
無料ブログはココログ