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2010年4月

2010年4月30日 (金)

GW初日

昨日は僕が講師で行っている高校の授業参観だった。生まれて初めての経験だったものだから、ちょっとドキドキのかねごんであったが、残念と言うべきかほっとしたと言うべきか、僕の授業を参観しに教室に入ってくるご父兄はおらず、いつもの軽いシモネタを連発し、GWの宿題を出し高校を辞してきた。

その後僕は宮城県の海の町、本吉に向かった。僕が指導に行っている中学校の卓球の試合が行われていたのである。軽トラックを飛ばし1時間で到着、会場に入ると団体の決勝戦が始まるところであった。昨年全国大会に出場した中学校のメンバーのユニホームが目に飛び込んできたが、なんと対戦相手は我がチームではないか。!!!!??????

コーチである僕がいない間に、自分たちでオーダーを組み、激戦を勝ち抜いていたのである。ジャージに着替える暇もなくネクタイ姿のままベンチ入りした僕は、狐につままれたような状況であった。

残念ながら優勝は叶わなかったが、新チームになって初の決勝進出。生徒達は達成感に笑顔がきらめいていた。昨夜は卓球部のご父兄と夜中まで祝杯を上げていた。GWの初日はハードな一日だったが、久々にテンションが上がった一日であった。

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2010年4月29日 (木)

英語教育の失策

語学教育について様々な議論が繰り返されてきた。日本において於いては、英語を話せることが知識人としてのステータスのような雰囲気が醸し出しだされてきたが、語学を学ぶことの意義と時代のニーズを、現代の日本人は再認識しなければならない。

日本語の文章もろくに書けないのに、英語どころじゃないだろうという意見も多くある。しかし、英語の構文や文法をしっかり学んだ学生の、日本語文章のレベルが高いことは事実である。

日本社会は検定ばやりで、英検や漢検、そして数検に歴検など、本当に多くの検定が毎年実施されている。その中でも中学生、高校生の英検の受験率は非常に高い。英語力のバロメーターになっている。

しかし、センター試験もそうであるが、あの4択問題の英語問題が、日本人の語学レベルを押し上げてきたとは、僕は決して思わない。高校生に20行から30行の英語の自由作文を書かせてみると分かるが、進学校の生徒だろうが通信簿の評定が5であろうが、決して褒められるような文章ではない。アメリカの小学校の低学年のレベルである。

教科書を訳せても、文法の穴埋め問題が出来ても、自分の意見を英語で書けない言えない状況と言うのは、多くの労力と時間とお金を費やしてきた日本の英語教育の失策だと言われてもしょうがない状況である。

大学入試からあんな意味のないセンター試験を廃して、テーマごとの論文を英語で書かせるテストに移行したなら、きっと学校の英語教育も激変すると思う。しかし、現実問題として採点が出来ないとか、評価の公平さが保てないなどの意見に押し流されて実現化は難しいのだろうが、経済や政治の表舞台で、意見をしっかり言える語学の表現力がないばかりに、外国人から上から目線で見られる状況を考えると、変革は必要な気がする。

当たり障りのない英語を流暢に話し、微笑んでいる日本人の姿は僕はもう懲りごりだ。

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2010年4月28日 (水)

暖かい音楽を聴きたい

春とは思えない冷たい雨だ。

満開になったばかりの桜の花も散ってしまいそうだ。ようやく風邪の症状もおさまった。昼も寒くて塾の教室はストーブが欲しい。本当に寒い春だ。

明日からGWに突入だというのに、僕の家の周りの木々は、まだまだ芽吹が始まらない。ようやく柳の木が芽吹いただけである。

チューリップの花さえもまだ蕾のままだ。15年前の冷害の年を思い出すような天気だ。あの年は真夏でもストーブが欲しい寒さだった。僕の田んぼには、一粒の米も実らなかった。全滅だった。江戸時代だったなら、飢餓状況が生まれたことだろう。

今年は太陽の黒点の活動が見られないとの報告がされていた。温暖化どころか、寒冷化である。市内の野菜は高騰して、手が出ない。

なかなか明るい話題が少ないこの頃だが、こんな寒い日々は暖かい音楽を聴きたい。

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2010年4月27日 (火)

スターダスト

ブログを書くようになってこの3年弱、帰宅してテレビを見ることがなくなった。高校の時から大学を出るまでやっぱりテレビを見ない時期があった。

高校の3年間は、自分のあまりの馬鹿さ加減に腹がたちテレビを見るのをやめたのだが、その延長で大学時代もテレビを見なくとも生きていける人種になっていた。その代わりと言ってはなんだが、映画と音楽にどっぷり浸った青春時代だった。

情報誌である『ぴあ』を片手に、3本立てや4本立てのB級映画や、劇場の拡声器にノイズが入るような古い映画をずいぶん見た。渋谷や下北沢、新宿の名画座等いろいろ渡り歩いた気がする。

その当時見た映画で強く印象に残っているのは、フランス映画で『シベールの日曜日』という作品である。凍りついた公園の池に響く投げ石の音が、今でも耳に残っている。美しいモノトーンの風景画のような映画だった。

音楽はジャズを聴くことが多かったが、吉祥寺のサムタイムや町田のジョルナにあったノイズはよく通ったジャズ喫茶だった。代返のきく授業をサボリ、文庫本を片手にコーヒーと煙草にむせながら、ブラックな音楽を聴く日常はある種退廃的ではあったが、こころの中で希求してやまない青春の光と影のシンメトリーが僕の聴覚に、耽美な刺激を与えてくれた。

スコットハミルトンのスターダストですが、彼のサックスは耽美で好きですね。

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桜が満開

昨日より風邪を引いたのか、鼻水が止まらず頭痛が激しく、帰宅して何もせず10時半には布団に入った。ブログも更新せず、雑用もたまっている。

本日一関は桜が満開だが、僕のお花見はお預けのようだ。

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昨日、磐井川の桜並木の下で、一関修紅高校の3年生たちが卒業アルバムようの写真を撮っていた。1年のサイクルは早い。今年も進学指導に就職指導に多忙な日々が、先生方にやって来る。

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2010年4月26日 (月)

岐阜の銘品

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写真の読み取りなのでぼやけているが、昨年僕が「塾の先生はミュージッシャン」でIBCテレビに出させて頂いた時に紹介された、若き日のステージ写真である。

実はこの時に使っていたギターは30年の歳月を過ぎた今でも、現役で僕の音楽活動を支えてくれている。現在は塾の教室の本棚の横に、古びたギターケースに入って立て掛けられているが、数々の迷曲(?)を生み出してきた。

岐阜県で制作されたK・Yairiというアコースティックギターであるが、ギブソンやマーチンに劣らない美音を出してくれる。かつてブログでも一度書いたが、このギターを買うために、大学時代の夏休み、箱根の強羅温泉で一ヶ月半の住み込みのバイトをした。

30年前、20万円というお金は僕にとっては人生最大の買い物だった。50年の人生の中で一括払いでこんな高い買い物をしたのは、きっと最初で最後であるだろうと思う。

今度のGWに、神奈川で僕のブログの師匠であるとよ爺先生を囲んで、塾の先生方と交流会をするのだが、岐阜の美川先生上野先生より、ぜひかねごん先生には生歌を聞かせて欲しいと言うコメントを頂いた。

一瞬K・Yairiを岩手から抱えて行こうかとも考えたが、GWの混雑する中、周りのお客さんにも迷惑だろうと思い決行することは断念した。きっと才能溢れる塾教師軍団なので、誰かギターをお持ちではないだろうかなどと淡い期待を勝手にしているかねごんである。

さすがにアカペラでカブトムシは歌えないだろうななどと思いつつ、カラオケが苦手な僕はちょっとドキドキしている今日この頃である。

それにしても塾業界で華々しく活躍されている著名な先生方に、こんな岩手の塾オヤジが末席に加えさせて頂くことは本当に光栄である。きっと講演会やブログでは表に出せない裏話をたくさん聞きことが出来るのではないかとわくわくしている。先生方よろしくお願いいいたします。

追伸

当初奥州市の個別指導学び舎の塾長先生である小林先生と一緒に神奈川に参る予定でしたが、先生のスケジュールの都合で僕が一人で行くことになりました。小林先生には後日一杯お土産話をしたいと思います。岩手の田舎の塾教師をやっていますと、中央との温度差が開いていき、浦島太郎状態になってしまいます。僕などはまだまだ20世紀初頭の時代遅れの指導感覚なもので、今回は21世紀の塾教育のあり方をしっかり勉強してきたいと思っています。

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僕らの時代

戦後の高度経済成長時代の申し子のような存在である僕らは、努力の先に必ず人生の成功があることを刷り込まれて育てられ、そして大人になってきた。

会社のため家族のため、働くことが人生そのものだった。そんな時代の中で僕らの優先するべきものは豊かさの追求であり、心の平和だった。

この世に生を受けて、生まれ育った環境を振り返ってみると、この生きてきた時代は激変の時代だった。

家には自動車もテレビも冷蔵庫も洗濯機すらもなかった。それらが時代を追うごとに、家の中に一つ一つ存在していくことが僕の目には驚き以外の何ものでもなかった。

小さい頃我が家にテレビがやって来た日のことは、今でも鮮明に覚えている。そして冷蔵庫で冷えたコーラを初めて飲んだ小学校の1年生の夏のことを、僕は忘れない。

言わば三種の神器を買ってきた父の誇らしげな姿に、僕は愛を感じた。物のありがたさを痛切に感じることが出来た世代だった。

果たして今の子供たちは、ケータイやパソコンを買ってくれる親に愛を感じているだろうか。家の中に存在するありとあらゆるものが、ひたむきな労働の代償であることを実感しているだろうか。

僕らの時代が終わる頃、どんな想い出が語られるのだろう。

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2010年4月24日 (土)

ブルーモーション

体調がいい時も悪い時も、毎日朝が訪れそして暮れて行く。花が咲いたと言っては喜び、暖かくなったと言っては安心し、日常がつつましく過ぎて行く。

僕がこうやってブログ原稿を書いている間も、世界では多くの歴史が刻まれ、人間の喜怒哀楽が交錯して行く。

若かった頃、文学青年だった青二才の僕は、人生は無情なものだと感じていた。一生懸命頑張る人生、勉強をし、仕事をし、結婚し子どもを産み育て、そして風雨に晒された老木のごとく朽ち果てて行く。短い人間の一生はなんと刹那的であるだろうと思っていた。

毎日満員電車にゆられ、会社に向かう群衆の中で僕は、人間の生を突き動かすのは食欲と性欲とそして快楽追求以外何もないのではないかと思っていた。幸福はお金で買えるものだと、誰かが本で書いていたが、神様はずいぶんと自己中心的な生き物を地球に放たれたものだと思っていた。

夜の新宿や渋谷の歓楽街を歩いたことがある人はわかると思うが、あれほど人間の本能が実直に反映された街も珍しい。孤独な人間が孤独な人間に忍び寄る。

政治家もそうである。政党政治とは名ばかりで、彼らは党や政策などどうでもよく、自分がいかに名誉職に着けるかだけを考えている。そんな快楽主義者達に淡い期待を寄せたのは、やはり間違いだったのだろうか。

気骨のある真の政治家が出てこないのは、競争原理だけを煽ってきた日本の教育に原因があったのだろうと思っている。1点でも点を多く取ったものが勝ち、一票でも得票数を多く取ったものが勝ち。

何か大切なものを忘れているはずなのに、それに気づかないふりをしている人達がいる。残念ながら僕もその一人かも知れない。この年になっても、未だ何が生きることの本質なのかを掌握できないでいる僕は、まだまだ青二才の文学青年の域を出ることが出来ないでいる。

桜の季節何故か僕は毎年ブルーになる。華やぎが苦手なのかも知れない。

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GWの休塾について

GWの休塾について

4月29日(金)~5月5日(水)までの期間、塾をお休みします。

開校20周年を迎え、かねごん校長は一人旅に出かけてきます。旅先の神奈川で、とよ爺先生や岐阜の上野先生、美川先生、そして地元の先生方と交流会をやってきます。

また、20年の節目ということで、僕がいつも原点として振り返ることのある、かつて務めていた塾のあった街や、学生時代を過ごした街を訪れてこようと思っています。

岩手を留守にしますが、よろしくお願いいたします。

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2010年4月23日 (金)

ハゲの話

先週の新聞に、市販されている育毛剤の殆どが抜け毛の予防の効果はあっても、発毛の効果がないとの医学会の見解が述べられていた。

髪の毛の乏しい僕は、幾たびか洋の東西を問わず様々な育毛剤を試みてきたが、新聞に効果なしと記されていた成分の育毛剤ばかりを使ってきた。がっくりである。ちなみに医学的に発毛の効果ありとされた育毛剤はリアップのみで、僕が日頃使ってきた育毛剤なるものは気休めだったようだ。

まあ50ともなれば、ハゲ頭も生きてきた証のようなもので、それはそれで開き直りの境地なのだが、もっと早く知りたい事実ではあった。

それにしてもハゲはDNAが大活躍のようだ。僕の父は禿げる前に亡くなってしまったが、父の弟も、そして母の兄も、30代後半にはほとんど頭のてっぺんに髪らしきものがなかった。ダブルパンチの遺伝子である。

禿げていて得をすることは殆どない。岩手のような北国に住んでいると寒くてしょうがないし、頭をぶつけるとクッションがないので、すぐ頭皮を傷つけてしまう。困ったものである。

スキンヘッドにしようかとも考えたが、髭面にスキンヘッドでは完全に松山千春になってしまうかねごんなわけで、正直嫌いではないが、ちとイメージが違うようなきがするのである。

塾生達の間でも僕のハゲキャラは定着しているので、今更アデランスでもないだろうし、まあいっか・・・。

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ぼやけているが、一番右端がハゲオヤジのかねごんである。イーハトーブ音楽祭に僕が飛び入りした時に、平泉吉野屋さんで撮った写真の再掲である。実は吉野屋さんの崇くんが作詞作曲した大根コンの歌が、今現在NHKの岩手みんなのうたでONエアーされている。崇くんも画面に登場している。素敵な歌である。お聴き頂きたい。こちらをクリック頂けると御覧いただけます。

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2010年4月22日 (木)

スルー技法

周りの状況はお構いなしで、自分の言いたいことをぶちまけて、他人の感情を害する事甚だしく、自由奔放な方々が世の中にはいらっしゃる。

実は僕にはある特技がる。永遠と自慢話や人の悪口を吠えまくる方々の話を、相手の感情を害する事なく聞き流す特技だ。

真剣な眼差しで、さも聞いているふうに頷いているのだが、申し訳ないが完全にスルーしている。その間僕の頭の中では、お気に入りのジャズのメロディーが流れていたり、その日の塾生の指導案が頭を駆け巡っていたりするのである。

しかしながら、そのスルー技法も完璧と言うわけにはいかない。長い人生の中では幾たびかの失敗もある。もう5年ほど前になるが、すごいお母さんが塾にやって来た。

中3になる息子のために塾探しをしていて、僕の所に説明を聞きに来たのだが、のっけから学校の先生の悪口を連発し、僕がいつものごとく頷きながら聞いていると、いきなりケータイを取り出しどこかにかけ始めた。そして初対面の僕に、「今担任の先生に電話をしたので、先生からズバッと言ってください」などと言いつつ、僕にケータイをよこすのである。

こんな時は笑うしかない。入塾を断ろうと思ったが、この調子で塾の悪口を吹聴されても困るので、入会をOKしたのだが、案の定月謝も払わず卒塾していった。

特技などと偉そうにのたもうたが、まだまだ修行が足らないかねごんである。

忠告や勧告は素直に耳を傾けているつもりだが、他人の悪口や自慢話は、30分も聞いているとさすがにギブアップになる。そこであみ出したのがスルー技法なのだが、出来れば使いたくない技ではある。

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2010年4月21日 (水)

春がやってきた

塾から自宅に帰る途中、二日に一回はキツネやタヌキがライトの光に誘われるのか、僕の軽トラックの前を横切って行く。時に親子連れであったり、どこから捕ってきたのか鶏を口にくわえたキツネが、自慢げにゆっくり歩いていたりする。

そして今日は野生の栗鼠(リス)に出くわした。岩手の山奥に住んでいる僕だが、人生で二度目の邂逅である。栗鼠との遭遇は珍しい。ニホンカモシカやイタチの類は頻繁に眼にするが、栗鼠は見かけない。

何かいいことの前触れじゃないかと思っている。あの愛くるしい栗鼠の動きは癒される。

ようやく一関も桜が咲き始めた。昨夜は今年初めてカエルの鳴き声が田んぼから聞こえてきた。いよいよ春到来である。山里は、タラの芽やコシアブラの山菜が芽吹き始める。いい季節だ。

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教室の窓を開けると、鯉のぼりが風に吹かれ、川土手の空にひばりの声が響く。ようやく春がやってきた。

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2010年4月20日 (火)

継続は力なり

最近寒暖の差が激しいせいか体調を崩し気味の僕は、家内から「疲れているのならブログを無理しないで、一日おきとか二日おきにしたら」と、優しい忠告をもらった。

僕が毎日ブログを書いているのには二つの理由がある。一つは、僕のブログを毎日読んで頂いている方々がいるからである。二つ目は、塾生達に継続は力だと言っている僕が、何らかの日々の実践を形で示したいという思いからである。

生徒達は学校で授業を受け、暗くなるまで部活をやり、そして塾にやって来る。それから家に帰って宿題なりひとり勉強をするわけだが、僕だって塾生達に負けていられない。

午前中高校で授業をやり、午後は塾での指導がある。塾生が帰った後、僕が帰宅するのは夜も11時近くである。ごはんを食べて風呂に入り、寝てしまえば確かに楽なのだが、ブログを日々綴ることで、子供たちに偉そうに言っている自分の対面を保っているのである。

僕の日々のブログの集大成が、どこへ向かうのかは僕自身もまったく分からない。かと言って、将来エッセイにまとめたいとか、ブログ出版をしたいなどという野望はまったくない。

先日、春休みの暇なときに、僕が1年間でどれだけの添削やら丸つけをやるものなのか、枚数を数えてみた。高校生の論文やら英語添削、そして小学生、中学生の教科添削をトータルすると2万枚を超えていた。コピー機のカウンター数やら1年間の紙の消費量から導き出した数なので間違いないようだ。

ちなみに20年間このペースでやってきたので、総計40万枚という数になる。家内の優しい忠告はありがたいが、20年間で40万枚の仕事量からすれば、今書いているブログは、2年半で2000枚ほどの原稿用紙の枚数に過ぎない。まだまだ行ける!

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2010年4月19日 (月)

こだわりを捨てる

子供達が自分の将来に向けてそれぞれの目標を作り努力をするかどうかは、手本となる親や家族、身近にいる大人の影響が大きい。

今の時代のように、大人である親が多くのストレスを抱えている社会環境では、子供たちの向上心を後押しする雰囲気作りはなかなか簡単なことではないだろうと思う。

ストレスの原因が単なるお金にあるのならば、お金を稼げばいいことなのだが、実際はお金がないことのストレスではなく、お金がなくなることで与えられるであろうダメージに対する不安がフレッシャーなのではないだろうか。

僕らの世代の父親は貧しかった。東北の寒村に生まれ、戦争を経験し、そして復興して行く日本社会に取り残されまいと必死だった。お金がないから働くしかなかったのである。現実から逃避することなどなかった。

今の不況を乗り越えるには、こだわりを捨てることが第一条件だと思う。学歴がないからお金が稼げないとか、資格がないからダメだとか、資金がないからダメだとか、一見一番妥当だと思える理由を引き出してきて、自分を落としめているような気がする。

お金は必要な時にやってきて、仕事も押し寄せてくる。人も集まってくる。そのようなポジティブさを持つ秘訣は、信念以外の何ものでもない。怪しいオカルトや呪文の類はもちろんのこと、啓発セミナーなども一切必要ない。

心をクリアーにする。自分の精神や身体に悪いと思うことはやらない。自分がやる気の出る本を読み、音楽を聴く。出来れば犬の散歩程度の運動をする。そして自分がこうなりたいという自分の姿を描いてみる。

そして自分の心の中で、こうしなきゃと思ったことを無理をしない程度に日々やっていく。100パーセント自分の理想に近づいて行くのではないだろうか。

人を羨んだり、人を蔑んだり、自分を否定したり、自惚れたり、そうした日常から脱却すれば、ほんの少しの努力で大きな成果が訪れるのではないだろうかと僕は思っている。

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2010年4月18日 (日)

北国の春

一関~東京間は新幹線で3時間ほどである。十分日帰りが可能になった。しかし残念ながら時間が短縮されても、頻繁に行けるものではない。僕などは学校の行事やPTA関係で行くことはあっても、プライベートでは10年ぐらい東京には出かけていない。

貧乏暇なしを絵に書いたような日常なものだから、しょうがないと言えばしょうがない。ところで僕が東京で学生生活を送っていた頃は、もちろん新幹線はなかった。

一関から東京に向かうときは、夜行の急行列車だった。八甲田という急行列車があって、夜11時半頃一関を出て、朝5時過ぎに上野駅に到着する電車だった。

今でもハッキリ覚えているが、利根川の鉄橋を渡ると空気感が変わる。都会バージョンにスイッチが変わるのである。今まで東北訛りで話していた車内の人達のイントネーションが、あきらかに変わるのである。不思議な現象だった。

僕らの頃は、東北人だというだけで東京の企業に採用されていった多くの同級生達がいた。粘り強い、我慢強い、辛抱強い、そんなイメージが東北人に対してあったのだろうと思う。

当時岩手県と言えば、千昌夫が岩手県の代名詞だった。東京のカラオケスナックでどれだけの岩手県人が「北国の春」を歌っただろうか。

歌う不動産王も今やその面影はないが、青い目の美人妻をめとり、地元の岩手の実家には自家用セスナ機の飛行場を持つ大富豪であった。

今年の北国の春は異様に寒い。先週は一週間のうち3日間も粉雪が舞った。カエルもメダカも寒くて顔を出さない。野菜が高騰している。暖かい春が本当に待ちどうしい。

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中1ギャップ

小学校6年生でお山の大将だった子どもたちが、中学校に入り、小学校の延長線で先輩にため口でいたりすると、先輩から呼び出され注意を受ける。小学校の時優しくしてくれたお兄さんやお姉さん達が怖い存在に変身していて、ドギマギしているのがこの時期の中学1年生ではないだろうか。

高校1年生もそうであるが、一番不登校が生じやすい時期でもある。環境が変わり、やる気を出す生徒がいる一方、理想と現実のギャップにショックを受け、学校に足が向かなくなる子どもたちがいる。

中学1年生を担当する担任の先生方は、一番神経を使う時期ではないだろうか。12歳の中学生は正直まだまだ幼い。目上の人に対する言葉遣い、回りの空気を読むセンサーはまだまだ発展途上である。

繰り返し繰り返し、根気よく大人社会のルールを教え指導していかなければならない。僕の塾でも中学1年の教科指導が本格的に始まった。

「先生、これなんだ」 今の言葉遣い変だぞ。「先生、これはどういう意味ですか」だろう。可愛いのだが、一番優しい厳しさが必要な学年である。

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2010年4月17日 (土)

和田アキ子はいいな

和田アキ子の記事を書くのはこれで3度目である。この曲が僕の人生を変えたと言っても過言ではない。この曲に出会っていなかったら、僕は曲を作るという喜びを味わうことは人生に於いてなかっただろうと思う。

阿久悠さんの歌詞も素晴らしいが、和田アキ子の日本人離れした歌唱力も凄い。子どもの僕は、歌がこんなにもエネルギーを人に与えるものかと、ただひたすら感動した。いまこうやって聞いても心がしびれる。いい歌だ。

人は皆は孤独の中、あの鐘を鳴らすのはあなた♪言葉が音楽に絡め取られた時の奇跡、感動、飛翔は人間に大きな力を与えてくれる。

バラエティ番組で多忙な彼女だが、ジャズのスタンダードやブルースオンリーのCDをぜひ出してもらいたいと願っているかねごんである。

ちなみに、風と虹の教室の子供たちは、室長である僕の家内を、和田アキ子~と叫んでいる。名前が同じということで名付けたニックネームのようだが、単なる偶然の一致とは思えない子供たちのネーミングである。

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2010年4月16日 (金)

宇宙人のつぶやき

「先生、2012年世界が滅亡するって本当ですか。最近連続している巨大地震はその前兆ですか?」 

自称宇宙人の僕にそんなことを聞いてくる生徒がいる。

1999年のノストラダムスの大予言の時もそうだった。出版業界はこぞって滅亡説を煽り、ノストラダムス様様で多くの利益をあげたはずである。あの時のノンフィクション作家さん達はどこへ行ってしまったのだろうか。

多くの宗教団体もそのノストラダムスを利用し、信者獲得に奔走した時代だった。時に新約聖書の黙示録をネタにし、日本の古文書までが予言として担ぎ出された出版界であった。

今回はマヤ文明の訳の分からない資料を適当に解釈して騒いでいる。困ったものである。

はっきり言おう。地球文明は確かに数多くの盛衰を繰り返してきた。しかし、文明が滅亡すると思っている人間より、地球は繁栄して発展していくと信じる人間の方が多いうちは、滅亡などしない。

地球は100億でも200億でも、我々人間の食料を賄う力を持っている。思想を変えればいいだけである。アフリカの肥沃な土地にコーヒー豆やカカオ豆などを栽培せず、小麦や大豆を蒔けばいい。他の大地も同様である。

そして太陽光のエネルギーは無限だ。石油や原子力など必要ない。システムを替える勇気さえあれば、即刻エネルギー問題は解決する。不安を煽り、それを糧とするメディアや巨大企業の餌食になってはいけない。

地球が滅亡しなくても、人間は必ず死を迎える。だから楽しく面白く有意義に人生を送らなければならない。その当然のことを現代人は忘れている。

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混沌とし矛盾に満ちているがゆえに・・

お母さんに手をつながれ、やっと歩いてやってきたチビちゃん達が、小学校に入り、そしていつの間にか自分の意見をしっかり言える子どもになっている。

シュタイナー教育のエッセンスを取り入れた幼児教育を初めて6年目を迎えるが、子どもたちの成長の早さには本当に驚かされる。

小学校時代は、躾の基本を作る大切な時期である。大人を敬い、そして友達を大切にする心は、素直さという精神性を育てる根っこである。

子どもを育てる上で、いちばん気を付けなければならないのは、我儘に対する親の対処法である。時に叱り、時に叱らないという一貫性のない親の態度が一番良くない。その日の気分で子どもを叱る態度が、子どもの情緒を不安定にさせる。つまり集中する精神が育たない。

次に親子間の言葉遣いである。友達のような言葉のやりとりは、小学校では早すぎる。親は威厳のある言葉で子どもと接するべきである。親の言葉に強さが必要である。親の自信ある言葉が、親の声に耳を傾ける習慣を作っていく。

家庭内で決めたルールは守らせることである。「今日は特別にいいよ」という態度が、大きなほころびとなり、大切な宝ものがこぼれ落ちて行く。個人的な見解の相違はあると思うが、僕はお金やもので、子どもの学習意欲を駆り立ててはいけないと思っている。

これは塾でも言えることだ。学校や塾内でのテスト順位が上がった生徒に、図書券などの賞品をあげる塾が多いが、何かしらの褒美のために努力をさせるという意識付けは、僕は間違っていると思う。

大人の社会は混沌とし矛盾に満ちている。目先の利益だけのための努力では報われない社会だ。その根本を子どもたちに教える必要がある。

すぐに結果が現われないからこそ、人間はもがき苦しむのだが、混沌とし矛盾に満ちているがゆえに、無限のチャンスが訪れるのである。だから子供たちを目先の餌で釣ってはいけない。

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2010年4月14日 (水)

それぞれの選択肢

就職指導をしている先生からこんな話を伺った。市内に就職先がないので、高校3年生の女子生徒を東京の会社に勧めたところ、生徒のお父さんが猛反対したのだという。

理由は、長女に自分の老後の面倒を見てもらいたいので、地元においておきたいのだという。僕と同年代のこのお父さんの発言に、いろいろ考えさせられることがあった。

子どもが老いた親の面倒を見るのは、理想的なことではある。しかし現実はなかなか厳しい。結婚難の時代、今の若者は親との同居を好まない。伴侶をとるか親をとるかの二者選択で親を選び、独身のまんま40歳を過ぎ50を超えた農家の長男の方々が、僕の周りにはいっぱいいる。

老いた親を故郷に残し、都会暮らしをしている方々もいる。どちらの選択が正しくて、間違いなのかを判断する権利も資格も僕にはないのだが、幸せであることの選択肢であればそれで良いのではないだろうか。

盆暮れに、故郷に返ってくる息子や孫を楽しみにしている近隣のお年寄りを見ていると、それはそれでいいのかなとも思う。

僕の93歳で亡くなった目の不自由だった祖母は、自分はこの家で死にたいと僕に言い続けてきた。孫である僕や、僕の息子である曾孫に見とられての大往生だった。老人ホームや施設に入れることなく、彼女の意向にそった人生を過ごしてあげれたことにほっとしている。

50代半ばで他界した父に代わって、年老いた祖母や将来年老いて行くだろう母親の面倒を見、養っていくという僕の決意が、サラリーマンを辞め、塾を立ち上げた動機の一つでもあった。

祖母が亡くなった6年前から、やりたい人生をやっている。音楽をやり、卓球をやり、そして昼の仕事やボランティアも矢継ぎ早に引き受けてきた。

岩手に生まれ岩手で育ち、こうやって岩手で仕事をしていることに僕なりの誇りを持っている。かと言ってそのことを息子たちに押し付けるつもりはない。子どもには当然のことであるが、子どもの人生がある。その自由を奪う権利は、親にはない。

50歳も過ぎたなら、僕らの世代は僕たちの人生のために何をしなければいけないのかを、真剣に考えなければならない。老後を含めて。

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塾検索よもやま話

不況の煽りを受けて、ケータイの販売台数やパソコンの売上が頭打ちになっているらしい。初期の頃のPCはワープロに毛が生えたような代物だったので、ワープロが使いこなせた人は何とか対応出来たのであるが、今のように過激に進化したPCは、パソコンを初めて手にする大人にとっては難敵であると思う。

機能が充実しているのはいいのだが、使いこなすことはハッキリ言って難しい。かく言う僕も、今年XPからセブンに変えたのだが、未だに戸惑っている。

例年だとこの時期インターネットによる塾探しが盛んで、一関・塾とか、岩手県・学習塾などの検索ワードで、僕のブログに入って来る方がいたりするのだが、検索ワードの分析表を見ると今年は皆無に等しい。

これはもしかしたら、僕の塾が学習塾案内のサービスウエーブから何らかの理由で消去されたのではないかと、先日検索してみたところ、みんな普通に載っている。嫌がらせ的口コミが書き込まれているわけでもない。どうしたんだろう?

市内の親しい塾長さん方に聞いても生徒の集まり具合はかんばしくない。個人塾の経営者の方々は、副業をこなしながら何とか持ちこたえているが、僕とて例外ではない。

少子化の影響と、私立大の全入時代を迎え、高校生の通塾率は激減している。また市内の進学校が限りなく1.0倍に近い入試倍率が続いているゆえに、保護者をはじめ中学生に危機感がないのだろうと思う。

しかしである、受験を煽るわけではないが、来年度からは一関附属中学校の80名が、そのまま一関一高に持ち上がりになる。受験の地図がまたまた変わる。転ばぬ先の杖ではないが、のんびりムードも今年までだろうと思う。僕の暇な春も今年までだろうか・・・。

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2010年4月13日 (火)

僕の仕事

言うまでもないが僕のメインの仕事は塾教師である。小中学校の全教科を担当している。昨年から創立110年を迎えた市内の伝統ある私立高校で、英語の教鞭をとらせてもらっている。火曜日から金曜日までの週4日間、午前中講師として行っている。

そして一方自分の母校の高校の英語添削の指導も、昨年から仰せつかっている。年に2000枚ほどの添削枚数になる。両高校とも、僕のところで学んだ塾生がスポーツ推薦やら専願やらで大変お世話になっている。改めて感謝申し上げたい。

僕のもう一つの仕事は米作りなのだが、ずぼらな僕は半分以上の田んぼを休んでいて、40アールほどしか耕していない。父の後を継いで20年近くササニシキという品種の水稲をやっている。

最近はひとめぼれが主流になってきているが、僕が食べてみてはササニシキの方がうまい。そのササニシキの種まきも、先日の日曜日家族総出で終了した。

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毎週日曜日は中学生の卓球の指導をしている。そして毎月末は納税組合長としての仕事がある。その他に神社の総代やら、農家組合の仕事やら暇が無い。

新年度の前に、ブログにて、ボランティア的仕事は全部お断りする趣旨の宣言をしたのだが、気の弱い僕は凝り性も無く今年もすべて引き受けてしまった。病気である・・・

そしてまだ発表はできないが、今年はとんでもない大仕事がやってきそうな気配を勝手に感じている。

「かねごん先生、いい加減倒れますよ」という優しいお声をかけて頂くが、一度倒れた男である。どこまで無理をすればダウンするかは経験上承知しているつもりである。だからだいじょうぶ。決して無理はしていない。

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2010年4月12日 (月)

The・家庭教師

僕は塾教師歴も長いが、並行して家庭教師も10年間ほどやった。大学時代を含めて20代はずっと仕事で家庭教師をやっていた。

塾の指導と違い直接家庭に訪問して教える仕事は、その家独特のエネルギーというものを良くも悪くも浴びるものである。時に自分の常識を覆される状況を目の当たりにすることも多々あった。

夫婦げんかに遭遇したり、生徒のお父さんが酔っ払っていたり、生徒が彼女を連れ込んでいたり、まあブログに書けない事もいろいろあった。僕が家庭教師をやっていた頃はバブルの絶頂期で、企業人は景気が良かった。

当時は家庭教師派遣の会社も少なく、塾の先生をやっていますと言うと、結構バイトで家庭教師を頼まれたものである。さすがにこの年になるとないけれど(・・笑い)。

今現在僕は集団個別指導の塾をやっているが、若い頃家庭教師で培った指導方法は、間違いなく役立っていることだろうと思う。20代の頃の僕は、正直言って家庭教師は苦手だった。生徒の指導はいいのだが、その後に、茶の間で出されるお茶を飲みながらの世間話が大の苦手だった。

不思議なもので、田舎の方というのは、よほど他人が気になるのか、出身大学やら僕の家の家族構成やら、親の仕事やら、まるで尋問されている被告人のようであった。若かったというのもあっただろうけれど、お茶を出される度に繰り返される質問の山には、さすがの僕もちょっとうんざりだった。

言わば家庭教師では忍耐力を鍛えて頂いたような気がする。

それにしても30年前大学時代、1時間教えて2500円のバイト料は本当に助かった。

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2010年4月11日 (日)

井上ひさしさんさようなら

一関は多くの文学者を輩出している。一関一高(旧制一関中学校)出身者がその中心で、ノンフィクション・児童文学作家の及川和男さん、直木賞作家・三好京三さん、SF作家・光瀨龍さん、人情短編小説の内海隆一郞さん、江戸川乱歩賞作家・中津文彦さん、動物と自然保護をテーマにした作品の遠藤公男さん、明治維新と東北をテーマに書き続けている星亮一さんたちだ。

 読売文学賞の『狂人日記』などの純文学作品のほか『麻雀放浪記』シリーズでも知られる色川武大(別名・阿佐田哲也)さんも一関ゆかりの作家。ジャズ喫茶「ベーシー」にたびたび訪れて一関に惚れ込み、一関に永住を決意して転居したが、一ヶ月後に病死。色川夫人のご厚意や井上ひさしさんの働きかけで遺品約7000点が一関市に寄贈された。

 小説、芝居、評論にと幅広い活躍をしている作家の井上ひさしさんは、昭和24年の半年間を世嬉の一酒造の土蔵の一角に住み、一関中学校の校友会誌に詩を書いたり、一時映画館だった蔵できっぷのもぎりを手伝いながら映画を見たそうです。

上記の文は『一関と文学』より引用させていただきました。

井上ひさしさんが亡くなった。一関を第二の故郷とまで言っていた井上さんであったが、心よりご冥福をお祈り申し上げる。

井上さんがお世話になった世嬉の一さんには、僕も公私ともに大変お世話になった。実は僕が20年前に塾の物件を探していたときに、今の事務所を紹介してくれたのが世嬉の一さんの奥様であった。あの時の奥様の助言がなかったならば、きっと今の教室は存在していなかっただろうと思う。この場を借りて改めて感謝申し上げたい。

井上ひさしさんの作品では、中学校の教科書に収録されている『握手』がなんといっても強烈な輝きを放っている。彼がキリスト教支援の施設で過ごした経験が作品になったものだが、ルドイ修道士のイメージは井上文学の真髄だったような気がする。

一関近郊で彼の講演があったときは、何度か足を運んだが、ユーモアーなしゃべり口と、知的な文学者の鋭い眼光が印象的であった。

井上さんには生きるための多くの勇気とそしてエネルギーを頂いた。井上ひさしさん、本当にありがとうございました。さようなら。

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2010年4月10日 (土)

仮定法過去完了は10年ほど前から封印した

勤めている高校に提出する書類があって、今日久しぶりに履歴書を書いていた。小学校名、中学校名、高校名と書き進んできて気づいたことがあった。

僕が学んだ校舎は一つとして存在していない。それどころか履歴書に記した名前の学校さえ今はない。廃校、統合、改名等ですべて名前が変わってしまった。自分が年を取ったことを、否応なしに実感した一日だった。

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僕らが小学校の時はこんな机でしたね・・・・・・・。

自分が学んだ学校の風景がたまに夢に出てくることがある。嫌いだった数学の証明をあてられて、黒板の前で竚む自分の姿であったり、朝礼で自分が言うべきことをすっかり忘れてしまって、舞い上がってしまっている夢だったり、夢のなかの学校の思い出は最悪のものばかりだ。

しかし実際の学校生活は、勉強を除けば快適そのものだった。部活やバイトや音楽など、青春を満喫出来た日々だった。確かにもっと勉強をやっておけばよかったという後悔はなくはないが、冷静に当時を振り返ってみるとあれはあれで一杯一杯だった気がする。

もっと~すればよかったと言うような仮定法過去完了は、10年ほど前から封印した。過去を悔やんでもしょうがない。あるのは今だけである。過去を悔やんで、未来を心配する人生など僕は懲り懲りである。

そんなに長い今生の人生ではない。今今を生きていくだけである。明日は明日の風が吹く。日々出来ることを粛々とこなしていきたいかねごんである。

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18年ぶりに・・・・

先日の日曜日に、風と虹の教室親子教室になっている自宅の庭に、子どもたちの砂場を作った。

35年前に植えた庭木を掘り起こし、その跡に砂を入れただけなのだが、スコップが壊れるほどの石砂で大変であった。しかしその苦労も、砂場で遊ぶ子どもたちの楽しい笑顔に、感動に変わっていく。

砂場を庭に作ったのは、長男が2歳の時だったのでかれこれ18年ぶりのこと。その当時の砂場は現在チュウリップ畑になっている。孫のような可愛い幼児たちを見ていると心が癒されるかねごんであった。

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2010年4月 9日 (金)

思う存分ポジティブであるべし

老後の心配をしていると本当に老後が大変になり、お金の心配をしているとお金で大変になる。同じように子どものことを心配していると、全くもって子どもの身辺に不本意な状況が生まれたりする。

人間というものは、意識したものにその人間のエネルギーが注がれる。そして心に思ったことを現実として経験する習性を持っている生き物のようだ。そのことを40代も後半になったときに、僕はようやく気づいた。

よほど悟ったような強い意志を持っていない限り、負のエネルギーを呼びこむような光景や話題に身を置かない方がよい。従って、朝の出勤前や登校前に、不幸な事件のニュースなどをテレビで見るのは避けるべきである。

言葉は大切である。失敗しないといいな~、落ちなければいいな~、病気になったらどうしようなどと、負のイメージを言葉にしてしまうと、その負のイメージを呼び寄せる傾向が人間にはある。

会社の経営もそうだ。赤字になったらどうしようとか、倒産したらどうしようなどと、経営陣ばかりか社員までが口にするようになったなら、間違いなくその会社は危ない。

意識をポジティブに持てば、おのずと行動もポジティブになる。

例えば、会社に入社して来た有望な女子社員が、毎年寿退社していくとしよう。ネガティブな経営者はこう思索する。「せっかく仕事を覚えた頃には、彼氏ができてバイバイか。まったくたまったもんじゃない」。

一方ポジティブ思考の経営者はこう考えるだろう。「やあ、うちは美人で如才あふれる女子社員が入って来るものだから、みんな素晴らしい伴侶に巡り合い結婚して行く。うちの会社の運気は最高だ!今年もまた美人で素敵な社員がやって来るぞ!」

思うことはお金がかからない行為である。思う存分ポジティブであるべし。明日は心配してもしなくともやって来る。困った時に考えればいいことを、困らないうちに考えてもしょうがない。

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2010年4月 8日 (木)

僕の癒しの空間

受験指導で、持病の腰や背中が疲労で軋み始めたとき、僕がいつもお世話になっている整体の先生がいる。一関市千厩町の伊庄整体ヒーリング治療院の伊藤先生だ。僕は勝手にゴットハンドしゅうちゃんと呼ばせてもらっているが、しゅうちゃん先生には大変お世話になっている。身体と精神のバランスが崩れたなと思ったら、僕は彼の元へ駆け込むことにしている。皆さんも一度究極の癒しを経験してみませんか。治療院に流れるジャズの調べも最高です。

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そのしゅうちゃん先生も、頻繁に訪れていて、僕も安らぎと癒しを求めて、ジャズとおいしいコーヒーに誘われて行くのが、一関市配志和神社下にあるジャズ喫茶モリソンである。マスターの小原さんがいれるコーヒーもさることながら、奥様の作るパスタも絶品です。ぜひいかがでしょうか。今日は僕が癒しを満喫しているお店の紹介でした。

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ちなみに僕の塾も癒されます。よかったらどうぞ(・・・笑い)。ちなみに僕の家内が描いた僕の似顔絵です。

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こういった教育も大切である

昨年の話である。とある高校生に、「人間のタイプを分けるとしたらかねごん先生は、どんな分類をしますか」と質問された。

彼は、僕が毎日塾ブログのようなものを書いているのものだから、なにか含蓄のある答えを期待したのかも知れない。その時の僕の回答はこうだった。

「ちょっと変態の人間と、かなり変態の人間という分類かな」

彼の反応は??????

人間を観察してきた僕の率直な思いというか、感想である。もちろん客観的に観察した自分を含めての話である(・・笑い)。

世の男性諸氏が個人的にパソコンを買い、インターネットをやる目的の第1位は何かご存知であるだろうか。残念ながら教育ブログを閲覧するためでも、語学勉強をするためでもない。あれである。

中学3年以上の中学生、高校生男子に、僕はワンクリック詐欺について毎年講義をしている。アダルトサイトに入った瞬間に、ローディングの画面があらわれ『あなたのID番号及びパソコンの個人情報を登録しました。このサイトをご自由にお楽しみ下さい。月会費30000円の請求書を後日お送りいたします』なんていう冷や汗モノの経験はないだろうか。

慌てふためいた方々が、そのサイトに連絡をし、電話番号を教えたばかりに脅しとも言える高額の請求をされた話は後を絶たない。きっと中学校の授業では話せない注意事項だろうと思う。

僕が話すとみんな、神妙に聞いている。「いいか、おまえ達が画面にID番号やメールアドレスや名前を打ち込まない限り、決してワンクリックで情報をすべて読み取られることはない。無視しろ!そしてそんな怪しいサイトはクリックするな」

中には、「すぐ閉じたけど、いつ請求書が届くかとドキドキしてた」などと、正直に話してくれる中学生もいる。こういった教育も大切である。

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2010年4月 7日 (水)

入学おめでとう

卒塾生の皆さん、高校、大学入学おめでとうございます。

皆さんが持っている多くの可能性を思う存分発揮して下さい。

素晴らしい青春時代を!

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塾教師の一考察

やれば出来る能力を持っているのに、勉強をしない生徒達というのがいる。学年の中間の下ぐらいに留まっている生徒達に多いのだが、家では教科書を開かず、中間期末テストの勉強も、必死にやるわけではなく飄々としている。

興味の対象が学習にはいかないようで、部活動や音楽やゲーム等に興じている。彼らが優秀であることは一目瞭然である。なぜなら初めて買ったケータイを、わずか3日後には完全に使いこなしているし、ゲームのダウンロードをするためなら、中年のおじさんが1ヶ月もかかるPCの操作をわずか1週間ぐらいで習得してしまう。

世の中の良識ある大人達は、なぜ優秀な彼らが学校の勉強をやろうとしないのか訝しがるわけであるが、僕は子供たちを見ていてなんとなくわかる気がする。

彼らは、子どもの頃勉強が出来た大人たちを見て、理想というのか憧憬といのか、そういったものを感じないのではないだろうか。だから学校の教師に対しても、有名大学を出た大人を見ても、それを追従しようとはしない。

日本の首相が東大を出ているからと言って、やっぱ東大出はすごいやと言うことにはならないのである。

人間対人間のエネルギーのやりとりとでも言ったらいいのだろうか、子供たちは大人の本質を見抜く。子供たちに多くの大人が尊敬されないのは、大人が嘘つきであったり、思考と行動に一貫性がないからではないだろうか。やはり我々大人の責任なのだと思う。

子どもたちに学習意欲を湧かせるためには、身近で勉強や学習をした人間が、大人になり成功した姿を見せなければならない。勉強したならば、いい仕事にありつけ、家庭を持て、幸福な人生を歩めるんだという多くのサンプルが必要だ。だから我々大人は頑張らななければならない。

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2010年4月 6日 (火)

100万円の通帳を前にして

30代の頃、運というものの研究に没頭した。同じ仕事、同じ環境、同じような学歴を有していても、収入や幸福感には大きな差が生じる。この根本的な相違は何に起因するのか、サラリーマンを辞め独立したばかりの僕には大きな関心事だった。

どっかの宗教家が言うところの前世のカルマだろうか、もしくは心理学が言うところの幼児期のトラウマだろうか、家系のもつエネルギーの流れのようなものが起因するのだろうか、単なる努力の有無だろうか、僕なりにいろいろ考察した。

お金持ちの家に生まれた人間は、貧しい家庭に生まれた人間より生きやすいことには間違いない。お金持ちの家に生まれることも言ってみれば運である。本人の努力などではない。

宗教やオカルト、スピリチャルの類をいっさい絡めないで人間の運というものを考えていくと、僕なりに見えてくるものがあった。

お金や仕事、人間を惹きつけるものは、自分が守られているという安心感だと僕は感じている。つまり不安がない人間が幸運を呼び込んで行く。

100万円の通帳を前にして、お!100万円もあるぞと思うのか、たった100万円しかないのかと思う精神状態は、おのずと次の行動に及ぼす影響は違ってくる。その連続が人間の運を左右する。

「だいじょうぶ」と、一点の曇もなく、本心から言える人間は強い。幸運は誰にでも必ず訪れる。守られている安心感がある人間は、その時ためらわずにドアーを開けられる。

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やっちまった

日曜日久しぶりに、卓球の指導をやった。中学生を相手に張り切りすぎたのだろう。昨日起きてみると、足が痛い。筋が伸びた感じだ。仕事が終り帰宅すると、違和感は激痛に変わった。

ブログを更新することもできず、湿布をして寝た。本日お昼ごろ、昼食が食べられない痛さだ。もしや・・・、即刻整形外科に行った。痛風の発作だった。2年ぶりの発作である。

右膝に尿酸が溜まっていた。痛み止めの注射を打ってもらい。何とか仕事をこなし、今帰宅した。薬のお陰でだいぶ楽になったが、今日はこのへんで・・・・。

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2010年4月 4日 (日)

自己洗脳をしてはいけない

公立高校には公立高校の良さが、私立高校には私立高校の良さがある。入学試験のボーダーラインで高校のレベルを世の中の人達は決める。

しょうがないと言ってしまえばしょうがない。そしてレベルの低い高校の生徒がちょっと奇抜な格好をすれば、だらしないという評価が下され、一方偏差値の高い学校の生徒がボロ服を身にまとえばバンカラだと言って注目を浴び、私服OKの学校はオシャレだともてはやされる。

頭が良けりゃ何をやっても許され、頭が悪けりゃ何をやっても文句をつけられる。そんな不公平さに腹を立てれば、そんな暇があったなら勉強しろと一喝される。

出来の悪い生徒は青息吐息である。かつての僕もそうだった。鬱憤晴らしに真夜中にバイクにまたがり、ギターを片手にわけの分からない歌をがなりたてていた。今ではバイクがゲームに変わり、ギター弾きがラッパーに変わったが、子どもたちの心情は同じだろう。

進学校は大学入試という目標が前提にあるが、進学校ではない公立高校にも長所はもちろんある。底辺校などという汚名を着せられる高校があるが、全国模試などのお金がかからないし、センター試験対策の電話帳のような厚い問題集を買う必要はない。

はじめからほぼ全員が就職希望だから、この不況にもかかわらず就職率はいい。いい意味でプライドを捨てているので、仕事を選ばず、雇ってくれると言うのならどこでも根性で行く。僕の好きなタイプの生徒だ。

一方田舎の私立高校の良さは、とにかく入学させてくれるということである。これはありがたい。私立高校は誰でもとってくれる低いレベルの高校などと悪口を言ったら罰があたる。

県立高校を落ちた僕は、2次募集で私立に救ってもらった。あれがなかったならば今の僕はない。私立高校がなかったならば、路頭に迷う子羊たちがどれほど世の中にあふれることだろう。私立の利点はまだある。先生の転勤がないぶん、私立大学や地元企業とのパイプラインを築きやすい。これは公立の先生方には真似のできない武器である。

15の春に、入試という選別を余儀なくされた子どもたち。しかしそのことで決して自分を決めつけてはいけない。自己洗脳をしてはいけない。チャンスは無限にやって来る。

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2010年4月 3日 (土)

爆笑

4月1日の夜僕が帰宅すると、いつもPCでブラックミュージックのウエーブを閲覧している長男が、ホームページ作成のウエーブを見ていた。

我が塾の社長である女房が、塾のホームページ作成を息子に頼んだらしいのだが、久しぶりに笑える話があった。

長男はてっきり僕の塾のホームページがあるものとばかり思っていて、まさかブログオンリーの手抜きホームページだとは思っていなかったらしい。つまり二日前、3年弱にして彼は初めて父親である僕のブログを目にした。

従って過去において、自分の話題をブログで書かれたことも、写真を掲載されたことも知らない(・・爆笑)。

え!これが大験のホームページという息子の反応に対して、女房曰く「何言っているの、このお父さんのわけの分からない日記のお陰で、おまえたちはご飯が食べれてるのよ!」

これを笑わずして何を笑えるだろうか。爆笑である。

まあ確かに、3年弱で10数名の生徒が、僕のブログがきっかけで入塾してくれたが、指導や合格実績が塾の生命線であり、あくまでもブログは口コミ宣伝の補助に過ぎない。ものを書くことが、音楽と三度の飯と同じくらい好きなものだから毎日書いている。

まあ言ってみれば、趣味のようなものである。生活をかけているわけではない(・・笑い)。二日前は4月1日だったので、エイプリールフールではないだろうが、どうにもこうにものどかな我が家の光景であった。

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2010年4月 2日 (金)

疲労回復にこの一曲

皆さんは疲れたときどうしているだろうか。睡眠を十分とるとか、飲みに出かけて鬱憤(うっぷん)をはらすとか、人それぞれの対処法があるかと思う。

僕は疲れると不機嫌になる。そしてさらにその疲労感が増すと、一転して今度はハイになる。昨年は不機嫌を通り越してハイ状態が多かった。2009年の春先から今年の高校入試までの期間、僕の労働時間は人生に於いてピークを迎えていた。

その分少しはお金も稼いだような気がしたのだが、その殆どは昨年開校した自宅教室のリホームに費やされた。従って相変わらず経営状態は変わらない(・・笑い)。

疲れた時は、僕は軽トラックの中で大声で歌をうたう。20年ものの軽トラックは、ラジオもカーステもつていない。そこで気分転換に演歌やポップスを一人がなりたてる。

塾から18キロの道のりを走り、家に着く頃は気分も回復する。ちなみに最近疲れると歌っている曲はコレだ。

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2010年4月 1日 (木)

新年度の指導がスタート

今日から新年度の指導がスタートした。僕の塾の20回目の春が訪れた。僕自身もこの業界に身を投じて29年を数える。過去はあまり気にしない人間だけれども、まあ結構いろいろあったような気がする。

未熟な人間なものだから、ズタズタに落ち込んだこともある。もちろん舞い上がるような感動の日々もあった。

この30年あまりの歳月は、世界を眺めても、日本を眺めても本当に激動の時代だった。個人的には、旧ソ連の解体と、ドイツ東西の統合がビックニュースだった。

東欧の社会主義体制の終焉は、新しい時代の幕開けであったが、民族や宗教問題を抱えていた諸国のストレスをいっきに噴出させる導火線になったような気がしてならない。

一方日本経済はバブル崩壊後、経済格差が広がり、そしてリーマンショックを境に急激な雇用不安が拡散していった。私立大学の全入の時代を迎え、都市部では多くの予備校が姿を消した。

学習塾に於いても、薄利多売を標榜する全国フランチャイズの教室が全国津々浦々に浸透し、教育の均質化が加速している。そんな中で個人経営による単独教室が地方からすごい勢いで消えている。言ってみれば僕のような塾は、古生代の三葉虫のような化石なのかもしれない。

しかしながら、化石には化石の良さもある。地質学や生物学の研究対象になり得るであろうし、これから生命がどのような進化をたどっていくかのヒントにもなる。教育にも当てはまるのではないだろうか。

それにしても数ある塾の中から、僕の所のような個人塾で学んでもらえることは、本当に感謝である。厳しい時代ではあるが、子どもたちが夢と希望を見失しなわないような、元気な指導を実践していきたい。

保護者の皆様、塾生の皆さん、先生方、そして僕の拙いブログを読んで頂いている全国の皆様、本年度もかねごんのわくわく日記をよろしくお願いいたします。

(塾からのお知らせ)

4月1日現在、新中三生、新中二年生はまだまだ定員に余裕がありますが、新中一年生に関しましては、小学校からの持ち上がりの生徒が多いため、後5名で定員とさせて頂きます。なにとぞご了承下さい。

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僕の電話嫌い

僕の友人や知人に、通常人が見えないものが見えてしまう方々がいる。俗に言うスピリチャル人間と呼ぶべきか、特殊能力者と呼ぶべきかそんな感じの方々である。

僕はもちろん霊などは見えないし、UFOも宇宙人も笑いの種にこそするが、とんと縁がない。しいて言うなら、赤と黒の識別が困難な色弱なので、教室で丸つけをする時など、赤丸のつもりが黒丸だったりするわけだが、そういう意味では普通の方々とは違う色彩の世界が見えているのだろうと思う。

識別能力に問題がある代わりと言ってはなんだが、聴覚に関しては自分で言うのもなんだがちょっとレベルが高い。

僕は譜面が読めないし、もちろん譜面も書けない。しかしながら趣味で曲のようなものを作るのだが、自分の作詞作曲した歌は、3,4回ギターで旋律をなぞるとたいていインプットされる。独特の音感と、聴覚と脳との連携があるのかもしれない。

その話の続きのような話題なのだが、僕の電話嫌いは有名である。ケータイを持っていない。誰かが部屋にいれば、仕事以外の電話は殆どでない。

電話の声でその人の感情というのか、大げさに言ってしまえば、声の主の電話の真の目的が読み取れてしまうのである。従って神経をすり減らしてしまうので、電話は苦手である。

今はナンバーズディスプレーというのがあって、かかってくる電話番号が表示されるのでそんなに神経を研ぎ澄ませることもないが、20年前塾を始めた頃は、よく同業者らしい方々が塾を探しているご父兄を装って電話をよこした。

不思議なもので、いくらうまい演技を電話口でしても、僕には分かってしまうのである。案の定、名前を伺うのだがそんな方が後日塾に現れたことがない。

従って営業マンの方もそうである。こんにちはの声で、ひやかしに来たのか、本気で自分の仕事をアピールしにきたのかが分かる。もちろん服装や態度も大切であるけれど、声はその人の人生を表す。ちなみに日本の歌手の声では、和田アキ子と布施明、そして小椋佳の歌声は、好き嫌いは別にして裏表のない人生を歩んできた人の声のような気がする。

きっと彼らは死ぬまでシンガーであり続けるであろうし、最後まで多くのファンを魅了し続けることだろう。

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