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2009年12月11日 (金)

20年来のテーマ

大人になって感じるものの考え方と、子どもの頃に感じたものの感性には、それほどの違いはないものだと僕は考えている。

生きている時代や国家,地域による違いはあっても、大人だから子どもだからという価値観の相違はないと思っている。

癇癪を起こす赤ん坊を見ていると、生まれると同時に感情的な性格は決定づけられているように思う。魂の特性と言ってもいいかも知れないが、感情的な揺れかたや、感性的なベースを人間は生まれながらに携えて来る。それを自分の長所とするか短所とするかは、学習能力であったり家庭環境や親のスタンスで決まっていく。

僕は20年近く、学力と子どもの精神性というテーマをずっと模索し勉強してきた。簡単に言ってしまえば、学力と人徳が調和するものなのかという疑問に対する僕の勝手な研究である。そしてもう一歩踏み込んで言えば、学力があれば幸福になれるのだろうかいう疑問に対する僕なりの解答の追求でもあった。

その疑問への追求は、このブログに於いて2年半の間、書き続けてきたつもりだ。成績の向上や学歴の習得は、学力の一つの指針ではある。しかし決定打でないことは何度も述べてきた。謙虚さと感謝と、そしてそれを包含した自分に対する自信(自分に対する愛と言っても良いかも知れない)がない限り、真の学力は身につかないと僕は考えている。

塾業界に28年間お世話になってきたが、家族を守るため自分自身を守るため多くの戦いを強いられてきた。その相手が時に東大出の方であったり、慶応や早稲田の出身者であったりしたわけだが、地方の商業系の私立高校を出て、4流の私大を出た僕がなんとか生き残れてきたのは、実は戦わなかったからだ。

塾の買収を仕掛けられた時も、図書券や現金で塾生を引き抜かれた時も僕は戦わなかった。困難は成長の一歩だと思い、相手に感謝さえした。買収を仕掛けられた時は、僕の塾も大手からようやく塾として認められたのかと思い、一人祝杯をあげた。

塾生が新しくビルにできた塾に流れて行ったときは、僕の塾が建て替えの時なんだなと、新たな計画に着手することができた。真の学力とは難しい微積の問題を解くことでも、関係代名詞のwhichと関係副詞のwhereの区別を完璧に言えることでもない。

自分の生きていく流れみたいなものを、常にキャッチ出来るアンテナの構築こそが学力ではないだろうか。そのアンテナの構築のためには、多くの人達の支えと協力が必要である。だからこそ感謝と謙虚さがなければいけない。

半世紀を生きてきて、ようやく僕はそのことに気がついた。本当にようやくである。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

かねごん先生、こんばんは。
先生が書かれていることに共感しています。
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自分の生きていく流れみたいなものを、
常にキャッチ出来るアンテナの構築こそが
学力ではないだろうか。
そのアンテナの構築のためには、
多くの人達の支えと協力が必要である。
だからこそ感謝と謙虚さがなければいけない。

半世紀を生きてきて、
ようやく僕はそのことに気がついた。
本当にようやくである。
---------------------------------------------------

私もようやくその入り口に立ったようなきがします。
「感謝と謙虚さ」・・・。
人として忘れてはいけないことだと
私も痛感しています。


(かねごん)
上野先生多忙なおりコメントを頂きありがとうございます。
僕の塾は、感謝と謙虚さだけで持ってきたと言っても過言じゃありません。実力はないですからね・・・・。
上野先生のように行動力を発揮しなければと思うのですが、なかなか体が言う事を聞きません。困ったものです。

 負けもしないが勝ちもしない、しかし戦わずして勝つ、これぞ蝦夷の生き方です。


(かねごん)
伊藤先生コメント頂きありがとうございます。
含蓄のあるお言葉ありがとうございます。僕の魂の琴線にバリバリ響きました。

こんばんは、この記事は非常に感動的な内容でした。
先生の根底に流れている思いに今日はうまい酒が飲めそうです。

塾屋は生き様を子どもたちに示さなければなりません。
その生き様はどんな地味なものでも構いません。
一見して分からなくても、目の前にいる子どもたちは理解して
いるものです。
先生のような塾屋がいることを誇りに思います。

>自分の生きていく流れみたいなものを、常にキャッチ出来る
 アンテナの構築こそが学力ではないだろうか。
まさに仰るとおりです。
これからも先生の思う塾屋道を邁進してください。


(かねごん)
とよ爺先生コメントを頂戴し感激しています。
実は今日は僕にとってある意味節目の日だったのです。実は10年続けてきた小学校のサンタライブを今回で引退するつもりでした。年齢のこともありますし、12月のこの時期スケジュルーを開けるのが厳しくなってきたという理由もありました。しかし子どもたちの「サンタさん来年もきてね」の声にはっとしました。{自分の生きていく流れみたいなものを、常にキャッチ出来る アンテナの構築こそが学力ではないだろうか}と書いた昨日の自分を思い出していました。
子ども達の前で歌を歌えることに感謝。ひょっとしたらこの時期ストレスで大変な先生方が僕の歌で笑ってくれることに感謝。本当に感謝です。
そして僕の記事に温かいコメントを頂いたとよ爺先生に感謝です。ありがとうございます。

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