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2009年12月15日 (火)

不思議なこともあるものだ

中学校時代得意な教科は音楽と体育と国語ぐらいで、英語にいたってはずっと2,3,2,3のオンパレードであった。なんの言い訳にもならないのだけれど、英語の授業がつまらなかった。

英語の先生がとても年をめされたおじさんに見えたのだが、きっと今の僕よりずっと若い先生だったに違いない。しかし人生に悩みでもあったのか、笑いが一つも起こらない退屈な授業だった。やたらと英語の書き取りテストをやる先生で、忍耐力のない僕はへきへきしてしまい、英語を勉強する情熱を失って行った。

そんな僕が高校に入って英語をやる気になったあるエピソードがる。高1の夏に僕はある夢を見た。大人になっている僕が、宣教師らしきアメリカ人と英語をペラペラしゃべっているのである。その夢が不思議なくらいリアルティーがある夢だった。

その夢を見て以来僕は何かに取り憑かれたように英語の勉強を始めた。商業系の私立高校を終えた僕は、何をどう間違えたのか東京の私大の英文科に入った。残念ながら僕の大学の4年間は、音楽とバイトで終わってしまい、英文科とは名ばかりで洋書の一冊も読むことがないぐうたらな学生だった。

実は英語に本当に目覚めたのは2度目に勤めた学習塾に入ってからだった。大学の4年間を遊び呆けてしまった僕は自分の英語力のなさが情けないやら、やるせないやらで,日本大学の通信教育で英語学と英語教育の基本を一からやり直そうと決心し勉強を始めた。

その時の英語の独学が、後に独立し市内で初めての大学受験英語専門塾を立ち上げる際の僕の力となった気がする。今から20年も前の昔の話である。

英語塾を開いてしばらくすると、何人かのモルモン教徒のアメリカ人宣教師が遊びに来ては、よもやま話をして帰っていくようになった。時には一緒に卓球をやったり、僕の家の田んぼに自転車でやってきて稲刈りを手伝ってくれたりした。

そんなおり、自宅で昼飯を一緒に食べながら何気ない会話を彼らとしていたのだが、僕は何かに頭を打たれたような衝撃を覚えた。「この夢だ!」 僕が高校1年の夏に見た夢の場面が、15年の歳月を経て僕の前に展開していた。ディジャブゥである。不思議なこともあるものだ。

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コメント

 モルモン教徒でしたか、、 私はユタに親戚が居てユタオリンピックの前年に1週間往って来ましたがUSAの本質は彼らの考えに在ると想いました。 親族は仏教徒でしたが其の子供ー私と同年齢の人達ー以下は全てモルモン教徒でした。

(かねごん)
平名様コメントを頂き有難うございます。
ブログを読んで頂き有難うございます。
僕の塾にモルモン教徒の宣教師が遊びに来てたのは、塾生の家族にモルモン教徒の方がおられたからで、髭面の雰囲気だけはそれらしいのですが、残念ながら僕は何の宗教人でもありません。聖書と神様は大好きですが・・・・・。ご指摘の通りモルモン教の思想はアメリカの精神性を代表するものの一つだと僕も思っています。今後とも宜しくお願いいたします。

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