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2009年12月

2009年12月30日 (水)

この1年ありがとうございました

今年最後の授業が終わった。どのブログも一年を振り返る特集記事が増えている。僕もいろいろ振り返るのだが、病気をすることもなくなんとか無事に終えられた1年である。感謝でいっぱいだ。

今年僕が感動した出来事を総括したい。

一つは花巻東高校の活躍だ。菊池雄星くんの名前が何度僕のブログに登場しただろうか。弱小岩手の高校野球の歴史を変えた花巻東の躍進だった。西武での菊池くんの活躍を期待したい。

二つ目は手前味噌で恐縮だが、今年の春塾生全員が志望校に合格したことである。本当に嬉しかった。受験で失敗する悔しさは、僕が一番知っている。塾生達が望む学校に行ける喜びは何よりである。今年の春は本当に爽やかな風を感じることができた。

三つ目は我が塾が開校20年目を迎えられたことである。何度も何度も躓きながらどうにかやってこれた。小さな小さな私塾だけれど、多くの人に支えられ生きながらえてきた事に感謝を心より申し上げたい。僕の塾もようやく成人を迎える。ようやく大人の仲間入りである。

そして最後の感動は、友人の小林先生が陸奥話記の現代語訳を完成させたことである。先生とは25年の付き合いになる。同じ塾教師として、多くの辛さや苦しみ、そして時代を共有してきた戦友である。まだ完成祝賀会をやっていないので、冬期講習が終わった後に、新年会で先生の功績を讃えたいと思っている。

あと一日で2009年が終わる。大験セミナー、及び風と虹の教室に本年も多大なるご支援ご愛顧を頂き校長として本当に感謝の念でいっぱいであります。昭子先生、中村先生、そして尚大先生大変お世話になりました。来年もよろしくお願いいたします。

塾生の皆さん、ご父兄の皆様、本当にこの1年ありがとうございました。良いお年を!

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パソコン代を貯めなければならない

友人の学び舎の小林先生http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/のパソコンがとうとう厳しい状況になっているらしい。メールが送れないとのことである。そう言えば先生のブログに入りづらい時が度々あったが、コメント等が出来ない状況らしい。お見舞い申し上げる。

僕のFMVのXPも8年ものだが、小林先生のは11年ものらしい。負けた・・・・。

僕のパソコンはご存知の方も多いと思うが、2年前にメルトダウンしてしまい、一切の情報が吹き飛び息子たちの写真も消滅してしまった。修理をほこどしごまかしごまかし使っている。何せスイッチまでもがとれてしまい、小指を突っ込んでスイッチを探り電源を入れる芸当をやらねばならず、笑ってしまう。

実は正月の初売りで新しいパソコンを買うつもりであったが、自宅の廊下がメルトダウンしそうな状況になっていたので、大工さんを頼み急遽先日リホームをした。そのお金が自家用車を買うくらいかかってしまい、パソコンが遠のいてしまった。

また一生懸命稼いでパソコン代を貯めなければならない。なんとかそれまで、我が家のパソコンがもってくれることを祈るのみである。

それにしても小林先生のPCが完全復活する日を願うかねごんである。

え!?「そんな化石みたいなPCを修理なんかしないで新しいのを買えば良いだろうって」。塾業界の厳しい状況下、修理して使えるものはとことん修理して使うのである。故に僕の軽トラックも22年目に突入する。

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2009年12月29日 (火)

特訓初日

中3冬期特訓の初日の朝、この時期には珍しく土砂降りの雨だった。車で市内を走ると,もうすでに多くの店が門松を飾っている。僕もお昼休みに小さな小さな門松を買ってきて塾の玄関に置いた。

正月飾りの迎春という文字には、僕はどうしても違和感を覚える。岩手のような北国では、これから過酷な冬が訪れる。迎春はないだろうと子どもの頃に思ったものだが、今でもその違和感は変わらない。冬来りなば春遠からじの気分には正直なれないかねごんである。

僕らの仕事は高校入試が終わってようやく迎春である。

冬期特訓明けの実力テストで、志望校を最終決定する塾生が今年は多い。気合を入れる意味で一斉授業を今回は急遽取り入れた。今夜は声を出しすぎて喉がからからである。

明日の講義は歴史であるが、飛鳥時代から昭和まで一気に時代を駆け上る。無謀は承知であるが、それが特訓と言うものである。

それにしても雪のない朝は助かる。受験生よ、いざ出陣だ!

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2009年12月27日 (日)

やっぱり忙しい

今夜は年賀状のレタリングを家内が一生懸命やっていた。もうすぐ正月である。年賀状は正月休みに書こうかと思っていたが、やはり年賀状は年内に書いたほうがいいだろうということで、特訓前の夜にようやく年賀状の下地が出来上がった。

今日は一関市長杯の卓球大会があり、中学校の試合のコーチをやってきた。夜は地元の神社の年間予算報告書を作成し、夜の9時まで正月用の神社のしめ縄作りをやっていた。自分で言うのも何だが、よう働くおじさんだと思う。それも殆どがボランティアである。

頼まれれば断れない性格は誰に似たのかわからないが、今年も365日ほぼ休みのない日々が終わろうとしている。明日からはいよいよ中学3年生の冬期特訓である。晦日まで一日連続12時間指導が続く。今年最後の踏ん張りどころである。

受験生が最後のダッシュをかける特訓である。僕も生半可な気持ちでは臨めない。僕の塾は強制の宿題を出さない塾で有名だけれど,さすがに冬期特訓は課題の山が生徒に雪崩のごとく押し寄せる。塾生も徹夜作業が続くだろうと思うが、なんとか頑張ってもらいたい。

しばらくは、お昼をゆっくり食べる時間も、ブログ原稿を書く時間も重々取れないと思う。故に、今以上に思いつきのわくわく日記になってしまうと思うのだがご了承願いたい。

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2009年12月26日 (土)

年末年始のお知らせ

我が塾の高三生のAO組が全員大学合格を果たした。本日で指導が終了した。おめでとう。ちーちゃんは小学校5年の時から僕の塾に通って来てくれた生徒だ。今日が最後の授業だった。8年間長くもあり、また一瞬だったような気もする。

本当にちっちゃかったのに、春からは女子大生だ。いろんなことが思い出される。素敵な幼稚園の先生になって欲しい。本当におめでとう!

(塾からの連絡)

12月28日より中三生の冬期特訓が始まります。冬期特訓期間は通常のゼミが午後3時45分からとなりますので、内部生の方は気をつけてください。

12月30日より1月3日までは通常のゼミはお休みとなります。

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2009年12月25日 (金)

未来が誰にでも来るように

遠ざかって行く日々の思い出が、残された時間を惜しむように押し寄せそして去っていく。

最後にかわしたさようならが、今生の別れになる時があるように、目にした風景が人生の最期の思い出となることもある。

子ども達は未来に横たわる多くの時間を、時にあくびをしながら夢想し、時に鼻をほじくりながら妄想することがあるのだろうけれど、決してその未来が限られたものだとは思わない。

道端の石ころを蹴飛ばすように、子ども達は大人が抱くだろう不安を蹴飛ばして行く。

宿題プリントをやることも,やらないことも自由だ。

勉強机の上にある計画表が、書かれてからゴミ箱に捨てられるまで、一度も実行されないことも自由だ。

プリントをやることで人生の何かが変わるわけではない。計画表のその先に明るい未来がいつも待っているわけではない。

しかし子ども達よ。

実は人生は限られた営みであることを知っているだろうか。人生とはいかようにも変化するものだけれども、それは努力なしではなされないことを知っているだろうか。

誰もが素晴らしい能力を秘めている。しかしそれは努力という二文字で開花するものであることを知っているだろうか。

未来が幸福であるために、鉛筆を握りしめて机に向かおう。

未来がやさしさで満たされるように、物語に涙しよう。

未来が誰にでも来るように、そっと祈ろう。

子ども達よ。君たちが大人になる日、それぞれの未来が問われるのだ。

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2009年12月24日 (木)

メリークリスマスは言えない

肩の力をぬいてマイペースで仕事をしようと思っても、なかなか思い通りに行かず、幾つになっても紆余曲折の日々である。

今夜はクリスマスイブ、暖かいこたつに入りクリスマスケーキを食べたご家庭も多かっただろうと思う。僕は今年やり残したことを、今宵クリスマスイブの日にメモしてみた。次から次へと出てくる。家のリホームのこと、仕事のこと、部活指導のこと、音楽活動のこと、農業のこと、際限なくやり残したことが堆積している。

今年こそは趣味の登山を復活させようと張りきっていたが、毎日朝から仕事があり、また日曜日は日曜日で部活の指導や大会が入り、叶わぬ夢だった。同じく今まで小学校等で歌ってきた自作の曲を、CDアルバムにする計画も同じ理由で頓挫したままである。そう言えば、ギブソンの弦もこの1年間張り替えていない。曲を録音する以前の問題である。トホホである。

毎日仕事があることだけでも感謝しなければいけないのだが、正直溜息が出るようなことも多々あり、心が沈黙する日もあるわけで、自分を鼓舞するのにも限界を感じる時は、忘却が訪れるまでひたすら仕事に向きあうことにしている。その点二年半前から始めたこのブログは神の恩恵である。悲しみや苦しみがheavyな日は、ひたすら原稿用紙やコピー用紙に文字をしたためる。だんだんと心の感覚が戻ってきて、僕はいつもの僕になれる気がする。

それにしても冬の空は嫌いだ。薄暗く冷たいどんよりした空から舞い降りる粉雪の沈痛な風景は、幾つになっても慣れることは出来ない。

クリスマスソングが鳴り響く閑散とした町の商店街。足早に家路に向かう背中を丸めた人々の影は、華やぎとは裏腹に寂しげだ。

この年の瀬、一関市内では2000人を超える離職者が出た。NECトーキンや千厩ソニーの工場閉鎖がもたらした数字である。こんな年の瀬に、メリークリスマスは言えない。

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教師魂を見た

昨日は講師に行っている高校の忘年会であった。僕は塾をやりながらいろんなところに勤めてきたけれど、仕事関係で自分の塾以外の忘年会に参加したのは15年ぶりぐらいである。忘年会を主催する側じゃない立場というものは、じつに気楽でいいものである。

それにしても昨夜はいろいろな意味でびっくりさせられた。忘年会というイメージを僕は覆させられた。一次会、そして僕が受け持っているクラスの担任の先生と、二次会の一関の夜にさ迷いでたのであるが、およそ4時間近く先生方はずっと指導している子ども達の教育論を酒の席でぶちあげていた。凄まじい。

僕はウーロン茶で十分盛り上がっていたのだが。本当のアルコールが入って酔っ払っても、クラスの生徒の話題なのである。誰もシモネタで絡んでくるくることもなければ、僕の禿頭の話題をするわけでもなく(・・・笑い)、ひたすら教育の現場の話を僕に斬り込んでくるのである。まさに私学で教鞭をとる先生方の教師魂を見た気がする。

飲んでいる間にも保護者の方から、就職や進学、しいては様々なトラブルについての相談の電話が入る。千鳥足になっても常に生徒たちのことを考え続ける高校教師。なんと素敵なんだろう。なんと素晴らしいんだろう。

軽トラックで担任の先生をアパートまで送って行った後、久しぶりの清々しさに、僕は自宅に戻り快い眠りについたのであった。

お陰さまで、1週間前にやったギックリ腰も急速に回復した気がする(伊庄整体院の伊藤先生のパワーのおかげで休むことなく仕事が出来ました,感謝です)。今度は新年会もやりたいな・・・・。

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2009年12月23日 (水)

虹の彼方から虹の架け橋へ

今年出会った多くの方々に感謝申し上げます。そして友人をはじめ近隣のお世話になったおじいさんやおばあさんとの悲しい別れがありました。心よりご冥福を申し上げます。

でもそれが人生だと思います。僕はこれからも社会に旅立つ純粋で希望に満ちた若者たちを後押しして行きたいと思います。

人と人が美しい出会いを繰り返し、人類は繁栄して行きます。微力ではありますが、そんな虹の架け橋になれるよう頑張って行きたいとおもいます。塾生の皆さん保護者の皆様,そして同胞である塾の先生方、そして毎日こんな拙い僕のブログを読んで頂いている多くの皆様、一年間お付き合い頂きありがとうございました。残り1週間ほどになりましたが、健康には十分留意されお過ごしくださいませ。

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2009年12月22日 (火)

僕の修行不足である

皆様のご好意とご支援を頂き、おかげさまで多忙な日々を過ごさせて頂いている。感謝である。

しかし人間は超暇なときが突然やって来る。僕にもそんな日々があった。急ブレーキがかかったようにヤル気もなくぼ~とした日々が突然やってきたり、逆にやる気満々にもかかわらずやることがなかったりという日常に襲われる。

それが受験の頃だったり、自分の子ども達にお金がかかり始めたお父さんだったりすると厳しい状況が生まれるわけである。

僕の人生に於いても2度大ブレーキの時代があった。一回目は中学校の3年の時だった。5月に修学旅行から帰ってきた途端、勉強の意欲が消え失せてしまった。ぼ~としていた。部活動が終わっても文化祭が終わってもアクセルを踏むどころか、ブレーキに足が突っ張たままだった。

2度目は大学の5年の時だった。「いちご白書をもう一度」を歌いながら、就職活動が遠のいていった(笑い)。人生の節目節目の大切な時に限ってブレーキがかかってしまうのである。新種の病気だろうか。

なんか僕は、その新種の病気を理解し解明するために塾教師になったような気がする。毎年毎年新種のブレーキ病が僕の塾でも発生する。なかなか決定的なワクチがないのが現状である。僕の修行不足である。

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2009年12月21日 (月)

ブログの架け橋

僕のブログのリストに新たな先生方が加わった。岐阜県の上野塾の上野先生http://blog.goo.ne.jp/uenojuku/と志道館学園の美川先生http://miketeacher.blog63.fc2.com/である。

僕のブログの師匠であるとよ爺先生http://toyojie.jugem.jp/を、上野先生も美川先生も同じように師と仰いでおられる。言わば師弟関係の同胞と言ってよいかも知れない。

実は上野先生のブログのタイトルは『架け橋』と言うのだけれど、僕が勝手に『虹の』の二文字を付け加え『虹の架け橋』というタイトルでリンクを貼らせて頂いた。上野先生は自宅を開放され塾をやられている。実は僕の塾も今年の秋から自宅でシュタイナー教育を取り入れた『風と虹の教室』という親子幼児教室を始めた。そんな同胞意識から虹の架け橋というタイトルを付けさせて頂いた。(上野先生には了承を得てないけれど・・・・)

その後、僕のブログを読んで頂いた美川先生より、僕のこの『虹の架け橋』のタイトルに共感のコメントを頂いた。美川先生のコメントにじ~んとくるものがあった。

僕のブログを読まれている方は隅々まで読まれているのだな~と嬉しくもあり、思わず襟を正すような緊張感も覚えたしだいである。

それにしても上野先生も美川先生も素晴らしい情熱の塊だ。僕の塾教師としての魂を揺さぶられる存在である。また素晴らしい先生方と出会えたことに感謝である。とよ爺先生、縁を作って頂きありがとうございます。

上野先生には失礼だが、普通塾のブログの壁に塾長の顔がアップされているとドン引きになるのだが、上野先生のそれはヤル気のパワーに充ち溢れ、「これは何者ぞ!」という気概に引き込まれてしまう。きっと僕が同じようなことをブログでやったならば、塾生の大半からブーイングに違いない。それどころか入塾率に多大な影響がでるだろうと思う(・・・笑い)。

ということで、上野先生、美川先生、お互いに雪深い地域に暮らす住人として、これからの冬は大変ですが、子ども達の輝く春のために頑張りましょう。今後とも宜しくお願いいたします。

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またまた不思議な体験である

耳の中がもじもじするので耳をほじくっていた。僕は俗に言う猫耳で、耳の中が湿っている。そのため小さい頃プールに入るとよく中耳炎を引き起こした。

まあそんなことはどうでもいいのだが、なんと一昨日その僕の耳の中から種がこぼれ落ちてきた。カボチャの小さな種である。え!!!???

いつ入ったのだろうか。なぜ入ったのだろうか。分からない。誰かが僕が寝ていた間に入れたのだろうか。そんなはずもないだろうし、僕は誰もいない教室の中で呆然とカボチャの種を眺めていた。

まさかちょうどいい湿り気と36度の発芽の適温を狙って、宇宙人がいたずらをしたわけでもないだろうし不思議である。

ハロウィンの時にカボチャの種をほじくり出していたが、あれはもう一ヶ月半前の事であるし、あんな巨大な種が耳の中に入って縮小したはずもない。不思議だ・・・・・。

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2009年12月20日 (日)

風を感じなければならない。

先月発売になったプレジデントの記事に、自己破産する方々の多くが、年収が800万円を一度超えた方が非常に多いという、心痛い記事が特集されていた。コンビニで立ち読みをした記事だったがいろいろ深く考えさせられた。

つまり年収が800万円を超えたあたりから、家をローンで買ったり高級車をローンで買う方が増えるのだという。公務員の方や学校の先生のように収入が安定していれば良いのだけれど、突然にボーナスが0円になったり、リストラにあったりすれば支払い不能の状況がやって来るのである。

僕などボーナスもないし,収入も安定しない職業ゆえ、ローンを組まないし組めない。車は21年目を迎える軽トラックだし、古くなった自宅は自分でリホームしながらなんとか住んでいる。

また塾の教材には、卒業して行った生徒から毎年寄付してもらう様々なワーク類を思う存分使わせてもらっている(・・笑い)。工夫と節約の暮らしが僕の塾教師としての日常である。

百姓をやっていると、その土地の豊かさというのか土壌のエネルギーみたいなものを感じることがある。この田圃は美味しいお米が収穫されそうだなとか、ここの畑のネギは固いだろうなとか、そんな感覚がふとよぎることがある。

太陽の光がその田圃や畑だけ、どことなく寂しげだったり、働いている人の姿が辛そうだったり、また楽しいそうだったり。理由はうまく説明出来ないのだけれど、そういう不思議な感覚というものを少なからず誰もが持っているのではないだろうか。

年収が800万円に達した時、その経済力が持続するものなのか、個人的なバブルなのかをキャッチするセンサーは必要だ。自分の季節がいま春なのか、秋なのか、風を感じなければならないだろう。

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2009年12月19日 (土)

父の命日

今日は父の命日だった。父が死に20年がたつ。55歳の若さで旅立っていった父に、僕は何もしてあげられなかったけれど、父の亡き後どうにか家族を養ってこれたことに正直ほっとしている。

天国の父は塾教師をやっている僕をどんなふうに思い眺めているのだろうか。座敷に飾られている父の写真の下で、最近は小さな子ども達が遊んでいる。自宅で何を始めたのだろうかと訝しげに見ているかも知れない。

父が亡くなり僕は女房と一歳にならない長男と実家に戻った。そして今の塾を始めた。塾も20年になる。

父が孫である僕の長男を抱いた写真が一枚だけ残っている。照れくさそうにそして嬉しそうな顔で写っている写真だ。その3週間後に父は天国に行ってしまった。突然だった。

人生の別れはいつも突然やってくる。そのことは重々承知しているつもりでも家族や親しい人との別れは辛い。僕のように毎日元気な子ども達と接していると、死というものがどこか遠くの星の出来事のように感じるのだけれど、実はいつも隣合わせに死は潜んでいる。

5年前に一度体調を崩し倒れてからというもの、生きることの意味を模索することをやめた。人間は生まれた瞬間から死に向かう存在である。本人が心の中で、いや魂の奥深いところでまだまだ生きて世の中で頑張るのだと思えば生きるだろうし、いくら本人が生きたいと願っても、魂の本質が「もう僕は帰るよ」と決めたならば、あちらの世界に戻って行くのだろうと思う。

55歳、父は若かったけれど、きっともう帰ることに決めて帰って行ったのだろうと僕は思っている。僕は今年、還暦を迎えるまで塾教師であり続けることを自分に誓った。少なくともあと10年頑張るつもりだ。また一歩一歩が始まる。

父の分まで長生きをしてなどとは思わないけれど、死をしっかりと見つめて生きていきたい。

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2009年12月18日 (金)

小林正弘先生の著作が完成しました

080602_102223 学び舎の小林正弘先生http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/が『陸奥話記』の現代語訳を世に送り出した。本日北上市から一関の僕の塾に、製本された著書を小林先生自らが持参して来られた。恐縮至極である。

先生の著書を手にした僕は震えるような感動をお覚えた。出版の構想から10年もの歳月を経て、完成された陸奥話記の究極のガイドブック。120ページに及ぶ文面すべてに小林先生の研究者としての息遣いが聞こえてくる。

古代研究者である小林先生の緻密な調査と歴史感は、読むものを圧倒する。岩手に生まれ岩手に住むものにとって、東北の古代史は東北人であるということの原点を考えさせられる。前九年の役や後三年の役の国府軍との戦い、後の平泉焼失という源頼朝の暴挙に連なる歴史の流れは、大和民族から蝦夷(えみし)と虐げられたみちのくの民の屈辱の歴史であり、東北人の反骨精神の歴史でもある。

僕の血の中には、間違いなく東北の古代人の血が流れ込んでいる。陸奥話記を読んで感じる慙愧の念は、きっと古代人の物言わぬ魂の声なのかも知れない。

それにしても東北の古代史を学ぶものにとって、小林先生の著作には、多くのインスピレーションと、古代史研究者が歩んできた学術のほとばしりを感じずにはいられないだろうと思う。小林先生は著書のまえがきに、こう記している。

何もないどころか、岩手には豊かな自然と誇るべき歴史があるのだ。石川啄木や宮沢賢治といった文学者だけでなく、多くの宰相を輩出してきたのも偶然ではない。遥か遠い昔から連綿として続くこの岩手の風土がすべてを生み出してきたのだ。

敗れはしたが、かつてこの地に中央からの力と対等に渡り合った人々がいた。岩手の若い世代には、その歴史をあらためて認識し、誇りに思って欲しいと願う

小林先生のメッセージを僕はそのまま故郷の若者たちに送りたい。

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2009年12月17日 (木)

文章を書くことで

文章を書くことで覚醒してくるものがる。毎年受験生の論文添削をしていて思うことだが、生徒達は文章を書くことで落ち着きが出てくる。そして文章を書くことで日常の言葉に品格が出てくる。不思議なものである。

文章を書くことで自分との心の対話が進む。記憶の中にしまい込んでいた感謝や優しさ、悲しみや怒りまでもが、さざ波のように浮かんでは消えていく。原稿用紙に字を埋めながら子ども達は自分を癒して行く。

いや子どもばかりではない。僕もそうである。ブログを毎日書くようになって2年半が過ぎた。過去のブログを読むことで自分が感じた空気感や、子ども達と共有した感情の流れのようなものが瞬時に浮かんでくる。

自分が何にいらついていたのか、何の不安に怯えていたのか、何が足りなかったのか、そして何がうまくいったのか、失敗だったのか、日めくりのカレンダーをめくるように自分の日記が自分を鼓舞し、時に沈静化して行く。

言わばブログは僕にとって精神安定剤であり、そして塾教師という孤独の日常を埋める自分へのラブレターなのかも知れない。

もうすぐ更新記事が1000稿を迎える。頂いたコメントは300を超えた。本当に感謝である。直接打ち込みながら文章を書けない僕は、いつも下書き原稿に汚い字を書きなぐる。その枚数が2700枚程になった。

きっと来年もこのわくわく日記は続くだろうと思う。よろしくお願いいたします。

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旅立ちの日に

10年間で40回程のライブをやってきた。そのうち小学校にお邪魔して歌を歌わせてもらったのは30回を超えた。

お母さんがたの読み聞かせや、家内の講演のゲストとして歌うこともあれば、単独でギターを抱えて学校に行くこともある。時にPTA主催の公演であったり、知人の先生からの依頼だったりするのだけれど、10年間本当に楽しませてもらった。感謝でいっぱいだ。

僕にとって音楽は空気と同じようなもので、無ければ窒息してしまうかも知れない。僕の歌で子どもたちが笑い。時にお母さんがたが涙し,時に自分が癒されている。

中学校1年の時にギターを手にしてから、本当に長い年月が過ぎた。人生の節目節目に必ず音楽があった。今年は僕の大切な友人が天国に召されてしまった。追悼の意味を込めてこの曲を送りたい。

今日アボちゃんと最後に訪れた中尊寺に行ってきた。中尊寺の本堂に線香を手向けてきた。本当にさようなら。

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2009年12月16日 (水)

経験知だけでは生きていけない

僕の拙いブログを教え子の先生をはじめとし、多くの学校の先生方に読んで頂いているが、今日はちょっと厳しい意見を言わせてもらいたい。あくまでもごく一部の先生に対してであるが・・・・・。

僕の勝手な極論かも知れないが、得てしてスポーツの天才プレーヤーが良き指導者であるとは限らないように、あるいはお坊ちゃん育ちの政治家のセンセイが、庶民感情を理解出来ないように、勉強をすることが苦でなかった先生方の中には、勉強の出来ない生徒の気持ちを、実は理解出来ない方がおられるのではないかと感じる時がある。

小さい頃から家庭環境に恵まれ、良い学校を出て、挫折を味わうことなく教職に就かれた先生の中には、勉強が出来ない子どもの心理というものを、心の深い部分で咀嚼出来ない方がおられる。

毎年保護者の皆様からの相談を承るにつけ、子ども達からの不満や嘆きの相談を聞くにつけ、僕はそのことを強く感じるのである。

「なんでそんなことを言うかな~」と,耳を疑いたくなるような発言が学校の先生から生徒に発せられている。本来先生というものは、生徒の能力をけなす立場ではなく、激励し勉強なり部活動なりを応援する立場の人間であるはずである。

生徒をバカ呼ばわりしたり、どうせあいつは努力しないダメなやつだと決めつけて指導の箍(たが)を緩めてしまうのだろうか。経験知だけで物事や事象を判断してしまうと、人間は進歩をやめてしまう。

失礼だが、お年寄りを見て頂ければわかると思うのだが、「オレは長年の経験で言っているんだ!」という頑固爺を見かけたことが誰でもあるかと思うが、迷惑この上ない。世の中は日進月歩流動し進化している。経験知だけで生きて行けるのならば、誰もこんな不況の時代で苦労はしないのである。

例えば1000人の子ども達を指導してきたとしても、その一人一人を理解してきたとは当然のことながら言えない。その子どもの持っている指向性や魂の抱えている闇のようなものまで見てきたわけでは決してない。表面だけの考察で、まるでその生徒の人格をすべて理解したような態度をとることは、先生としてではなく、人間対人間として失礼ではないだろうか。僕はそんなふうに考えている。

問題を抱えている生徒の顔を思い浮かべながら、じっと意識をその生徒の心の中に降ろしてみる。そしてなぜこの生徒と自分が関わりを持っているのか、なぜこの生徒の問題が自分に押し寄せてきたのかを、5分でも10分でもいいから静かに考えてみるといい。もしその生徒に対して、感謝の心が湧いて来るようならば、もう問題は解決に向かうはずだ。

これは僕が経験知から得た対処法などではない。日常の感覚知だ。

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2009年12月15日 (火)

不思議なこともあるものだ

中学校時代得意な教科は音楽と体育と国語ぐらいで、英語にいたってはずっと2,3,2,3のオンパレードであった。なんの言い訳にもならないのだけれど、英語の授業がつまらなかった。

英語の先生がとても年をめされたおじさんに見えたのだが、きっと今の僕よりずっと若い先生だったに違いない。しかし人生に悩みでもあったのか、笑いが一つも起こらない退屈な授業だった。やたらと英語の書き取りテストをやる先生で、忍耐力のない僕はへきへきしてしまい、英語を勉強する情熱を失って行った。

そんな僕が高校に入って英語をやる気になったあるエピソードがる。高1の夏に僕はある夢を見た。大人になっている僕が、宣教師らしきアメリカ人と英語をペラペラしゃべっているのである。その夢が不思議なくらいリアルティーがある夢だった。

その夢を見て以来僕は何かに取り憑かれたように英語の勉強を始めた。商業系の私立高校を終えた僕は、何をどう間違えたのか東京の私大の英文科に入った。残念ながら僕の大学の4年間は、音楽とバイトで終わってしまい、英文科とは名ばかりで洋書の一冊も読むことがないぐうたらな学生だった。

実は英語に本当に目覚めたのは2度目に勤めた学習塾に入ってからだった。大学の4年間を遊び呆けてしまった僕は自分の英語力のなさが情けないやら、やるせないやらで,日本大学の通信教育で英語学と英語教育の基本を一からやり直そうと決心し勉強を始めた。

その時の英語の独学が、後に独立し市内で初めての大学受験英語専門塾を立ち上げる際の僕の力となった気がする。今から20年も前の昔の話である。

英語塾を開いてしばらくすると、何人かのモルモン教徒のアメリカ人宣教師が遊びに来ては、よもやま話をして帰っていくようになった。時には一緒に卓球をやったり、僕の家の田んぼに自転車でやってきて稲刈りを手伝ってくれたりした。

そんなおり、自宅で昼飯を一緒に食べながら何気ない会話を彼らとしていたのだが、僕は何かに頭を打たれたような衝撃を覚えた。「この夢だ!」 僕が高校1年の夏に見た夢の場面が、15年の歳月を経て僕の前に展開していた。ディジャブゥである。不思議なこともあるものだ。

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2009年12月14日 (月)

『悲しみばかり積もる夜に』

僕の尊敬するミュージシャンで作曲家であり、塾教師である本田先生http://mrhonda.jugem.jp/が今年も受験応援ソングの新曲『悲しみばかり積もる夜に』をリリースした。我が塾の生徒からも、「本田先生のCDまだかな~」という声が出ていたが、ついに待ちに待った新曲が出来上がった。

今回は昨年のアップテンポな曲とは変わってバラード調のしみじみとした曲である。本田先生の受験生に対する愛情がほとばしっている。今回の先生の新曲をどうぞお聞き頂きたい。

一昨日の記事『塾屋のカリスマ達に乾杯!』でもご紹介した先生であるが、塾の先生という範疇を超越した存在感とカリスマ性は口では言い表せられない逸材である。

見た目は線が細く本当に優しそうな本田先生だが、いったい彼のどこにこんなパワーが秘められているのかと思うバイタリティーさである。本当に脱帽である。塾教師はこの時期から受験の3月まで凄まじい忙しさである。あえてこの時期に受験応援ソングを世に送り続ける意志と行動力と才能に、僕は言葉を失ってしまう。

著作活動と音楽活動と受験指導、その凄さを見せつけられたら僕もじっとしていられない。

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2009年12月13日 (日)

親子二代にわたっての就職難

今日は寒かった。市内で中学生の卓球大会があり監督アドバイザーとして行ってきた。ところがである。暖房のない体育館にずっといたために、持病の腰痛を引き起こしてしまった。僕の体もだいぶやわになってきてしまった。明日も市内の小学校でのサンタ飛び入りライブがあるのだが、心配である。

現在夜の8時を過ぎたばかりだが、高校の添削指導のプリントも終了したし、早く寝ようと思う。

僕の隣では、女房がみかんを食べながら「お父さんかわいそうに・・・・」と同情してくれた。同情ついでに明日の朝は9時頃まで寝かせてもらえれば嬉しいのだが・・・・・・。

そう言えば、目覚まし時計をセットしないで寝たのは今年の元日ぐらいだったろうか。学生時代誰にも邪魔されず、惰眠をむさぼっていた遠いあの頃が懐かしい。

我が家の長男が卒論制作に入っている。自宅のパソコンがあまりにも旧式のため、学校のデーターベースが取り込めないのだと言う。新しいパソコンを買ってくれとも言えないようで、放課後学校のPCを使って打ち込んでいるようだ。疲れているのだろうか、土曜、日曜は死んだようにお昼過ぎまで寝ている。羨ましい限りである。

就職が決まらず卒論制作に入ってしまった息子を見ていると、自分の学生生活を思い出してしまう。僕も音楽と卒論に夢中になり、就職活動に身が入らなかった。12月に卒論を書き終わり就職部に顔を出したときには、もうすでにめぼしい求人標は存在せず、新聞の求人欄や広告チラシの求人を頼りに仕事探しの日々だった。

たまたま開いた求人雑誌の、進学塾の講師募集の記事に目が止まり、2月の末にいそいそと試験を受けに出かけていった。本当は不合格だったらしいのだが、僕がたまたま合否の問い合わせの電話を入れたときに、予定していた講師の先生が辞めることになり、僕がピンチヒッターの採用となった。大学の卒業式の翌日の事であった。

息子の親としてなんの根拠もないのだが、我が子の運みたいなものを信じている。言わば親ばかである。自宅から通える職場を求めているようだが、冷えきった地方経済に朗報がなかなか届かいないのが現実である。親子二代にわたっての就職難。春はまだ遠いようである。

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2009年12月12日 (土)

塾屋のカリスマ達に乾杯 !

最近僕のブログを読んで頂き、熱いメッセージをくれる塾屋がおられる。岐阜県の上野先生だ。まずは彼の授業を見て頂きたい。http://www.youtube.com/user/uenojukukakehashi

同世代の先生である。失礼千万ではあるが、僕に似ている・・・・。いや僕のようにハゲていなしメタボ体型ではないが似ている。自分で言うのもおこがましいが、子どもを思う情熱である。僕も寺子屋のプロなのでたいていの先生には情熱では負けないつもりでいたが、この上野先生には負けそうである。

最近生徒を前にして人生を語れる先生が少なくなってきたと言われるが、塾業界にはまだまだ熱き情熱を吠える教師がいっぱいいる。上野先生も間違いなくその一人である。

塾業界には多くのカリスマ達がいる。10年の間に全国に多くのフランチャイズを展開する若き経営者がいる。たった一人で大学受験のすべての教科をこなすマルチ教師がいる。僕がブログでお付き合いしている先生方にも、とんでもない才能をお持ちの先生方がいっぱいおられる。

毎日しびれるれるような切れ味の教育記事を4稿も更新続けるとよ爺先生http://toyojie.jugem.jp/や、毎年受験応援ソングをリリースする山口県の本田先生http://mrhonda.jugem.jp/。そして「陸奥話記」の現代語訳に専心し続ける学び舎の小林先生http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/。みんな僕が尊敬する塾屋の先生方である。

今回全員ご紹介出来ないのが残念であるが、本当に多くの素晴らしい塾屋の先生が全国で頑張っている。ゆえに僕も努力精進を怠ることは出来ない。

今夜は久しぶりに、とよ爺先生のブログから上野先生の授業を拝見した。僕が生きているこの業界は素晴らし人達がいっぱいだ。塾屋のカリスマ達に乾杯である!

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2009年12月11日 (金)

地球はなぜ傾いているのかパート2

地球は23,4度傾いている。その状態で太陽の周りを回っている。これが中学校3年生で習う公転である。何気なくさらっとしたためたが、この事実が僕ら地球人に大いなる恵みと生きる奇跡を与えてくれている。

僕は太陽系の惑星の模型や絵を見ると不思議な気持ちになる。原子や分子及び中性子のモデルを見ているような錯覚におちいる。宇宙の構造とマクロの原子があたかもリンクしているかのようだ。

いつの日か人類は宇宙の構造を認識する時代が来るかも知れない。わずか数百年前まで、僕たちが住む地球は亀の甲羅にのった大きな皿のように考えられていた。地球が太陽の周りを回っていることが正式に認められたのは近代に入ってからである。

40年以上も前に人類は月に降り立った。僕らが大人になってオジンになる頃には,宇宙人と共生する日常が来るのではないかと思うほど宇宙開発の流れは加速していた。

そして今、何かスッキリしない状況を僕は感じるのである。人類が宇宙に旅立ってから半世紀近くが経とうとしているのに、意図的に宇宙開発が頓挫してしまったような気がする。知ってはいけないことを知ってしまったのだろうか。もしくは何かの圧力があったのだろうか。

そう言えば、先日僕が紹介した青森のリンゴ農家である木村秋則さんが、最近出版した本の中で、宇宙人にUFOの中に連れていかれた話を書いていた。家の玄関に宇宙人が現れたとも書いていた。自称宇宙人のかねごんもびっくりの話である。

みちのくひとり旅を歌っていた某歌手もテレビで宇宙人と会った話をしていた。共に超有名人なので,今更売名行為で一儲けしようなどという魂胆はないだろうから、ひょっとすると真実なのかも知れない。

僕は今日、地元の小学校に行ってサンタライブをやってきた。ギャグを連発し歌を3曲熱唱してきた。子ども達も先生方も大爆笑である。実は僕は、サンタクロースはいると思っている数少ない大人の一人である。

「サンタさんなんかいないよ」という言葉を、僕は、「宇宙人なんかいないよ」という言葉と同等のレベルで受け止める大人である。

ちなみに僕は、地球が23,4度傾いているのは地球の意志だと思っている。地球に意識なんかないだろうって、それが人間の傲慢さであり愚かさなんだな~。

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20年来のテーマ

大人になって感じるものの考え方と、子どもの頃に感じたものの感性には、それほどの違いはないものだと僕は考えている。

生きている時代や国家,地域による違いはあっても、大人だから子どもだからという価値観の相違はないと思っている。

癇癪を起こす赤ん坊を見ていると、生まれると同時に感情的な性格は決定づけられているように思う。魂の特性と言ってもいいかも知れないが、感情的な揺れかたや、感性的なベースを人間は生まれながらに携えて来る。それを自分の長所とするか短所とするかは、学習能力であったり家庭環境や親のスタンスで決まっていく。

僕は20年近く、学力と子どもの精神性というテーマをずっと模索し勉強してきた。簡単に言ってしまえば、学力と人徳が調和するものなのかという疑問に対する僕の勝手な研究である。そしてもう一歩踏み込んで言えば、学力があれば幸福になれるのだろうかいう疑問に対する僕なりの解答の追求でもあった。

その疑問への追求は、このブログに於いて2年半の間、書き続けてきたつもりだ。成績の向上や学歴の習得は、学力の一つの指針ではある。しかし決定打でないことは何度も述べてきた。謙虚さと感謝と、そしてそれを包含した自分に対する自信(自分に対する愛と言っても良いかも知れない)がない限り、真の学力は身につかないと僕は考えている。

塾業界に28年間お世話になってきたが、家族を守るため自分自身を守るため多くの戦いを強いられてきた。その相手が時に東大出の方であったり、慶応や早稲田の出身者であったりしたわけだが、地方の商業系の私立高校を出て、4流の私大を出た僕がなんとか生き残れてきたのは、実は戦わなかったからだ。

塾の買収を仕掛けられた時も、図書券や現金で塾生を引き抜かれた時も僕は戦わなかった。困難は成長の一歩だと思い、相手に感謝さえした。買収を仕掛けられた時は、僕の塾も大手からようやく塾として認められたのかと思い、一人祝杯をあげた。

塾生が新しくビルにできた塾に流れて行ったときは、僕の塾が建て替えの時なんだなと、新たな計画に着手することができた。真の学力とは難しい微積の問題を解くことでも、関係代名詞のwhichと関係副詞のwhereの区別を完璧に言えることでもない。

自分の生きていく流れみたいなものを、常にキャッチ出来るアンテナの構築こそが学力ではないだろうか。そのアンテナの構築のためには、多くの人達の支えと協力が必要である。だからこそ感謝と謙虚さがなければいけない。

半世紀を生きてきて、ようやく僕はそのことに気がついた。本当にようやくである。

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2009年12月10日 (木)

再びジャクソン・ブラウン

再び三度目(みたび)ジャクソン・ブラウンを紹介する。受験が近づいてきたこの季節衝動的にこの曲を聞きたくなる。

高校を卒業して上京し、なけなしのバイト代で初めて買ったアルバムが上記の曲が入っていたレコードだった。ジャクソン・ブランとの出会いは忘れもしない18歳のクリスマス前の冬だった。もう30年も前の昔になる。

当時はレコードレンタルが全盛の時代で、僕は気に入ったレコードを、300円を出しては借りてきてミュージックテープに録音していた。お金が無かったのでよほどのことがない限りアルバムレコードは買わなかった。

町田のジャズ喫茶NOISEでいつものようにジャズを聞いていた僕に、突然襲いかかってきた曲があった。Running  On  Empty だった。脳天杭打ちとはこのことだろう。かかる曲すべてが僕の五感を刺激し、僕は一発でジャクソン・ブラウンの虜(とりこ)になってしまった。

人それぞれに音楽の指向性は違うだろうが、ジャクソン・ブラウンの悲しみや哀愁や人生の喜びが、僕は手にとるように音楽を通じて伝わって来るのだった。

僕はすっかり忘れていたのだが、友人の学び舎の小林先生http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/にジャクソン・ブラウンのレコードを数枚貸したことがあって、小林先生もジャクソン・ブラウンを気に入って頂き、かつてブログにて紹介して頂いたことがある。こちら⇒http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/the_load_out.html(スイマセン僕の技術ミスで転送貼付けが出来ませんでした)

また僕がブログでお付き合い頂いている山口県の本田先生http://mrhonda.jugem.jp/も、僕のブログの曲紹介がきっかけでジャクソンブランのCDを買ったとのこと。本田先生は毎年受験応援ソングをリリースするミュージシャンである。また今年は『君の成績をぐんぐん伸ばす7つの心のつくり方』(総合法令出版)を出版なされた。そんなアーチスティックな本田先生にもジャクソンブランの音楽を気に入って頂いたことは光栄である。

受験は言わば孤独なランナー(Running  On  Empty )である。しかし支えてくれる家族や友人たちがいる。ガンバッテ欲しい。

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まったりとした一日

朝起きてカーテンを開ければ、風景は冬色である。いつものように台所に行き鉄瓶でお湯を沸かす。その間にパソコンにスイッチを入れ、新聞をポストから取ってきて、息子たちをたたき起こす。

コーヒー豆を手回しのミルで挽く。コーヒーがカップに注がれる頃には、家族はそれぞれの朝を迎え、僕の家は慌しくなる。パンをかじりながらメールを確認し、新聞に目を通す。

妻は息子の弁当作りに奔走し、台所をパタパタと歩き回っている。それとは対照的に、昨夜は誰の部屋で寝ていたのか、ペルシャ猫のお嬢様が茶の間にゆっくり現れる。僕の視線に気づくと、ニャーとなく。一応主人である僕に気を使っているのかも知れない。

眠た気な顔をした家族がそれぞれに朝食をとり、8時も過ぎる頃、僕は軽トラックで下の子を中学校に送っていく。その足でそのまま市内の高校に直行だ。昨日は担当のクラスがインフルエンザのため学級閉鎖。1時間だけ授業をして、10時過ぎに自宅に戻った。

家では『風と虹の教室』の親子幼児教室が始まろうとしていた。昨日は家内の講演を聞いて、シュタイナー教育に興味を持たれたお母さんが、わざわざ奥州市の水沢から1時間近くをかけてお子さんと来て頂いた。感謝である。

元気な幼児の子ども達の声が家中に響きわたる。子どもの元気な声はいつ聞いてもいい。そのうちに僕が家にいる気配を感じた我が家の老犬が散歩に連れていけとなきだした。田んぼの土手道を20分ほど散歩した。季節を勘違いしたのだろうか、タンポポの小さな黄色い花が二つ三つ咲いていた。

田んぼの収穫の頃、今年いっぱいは持たないだろうと思っていた15歳になろうとする老犬が、何度目かの奇跡の回復をとげ、元気になった。彼の生命力には脱帽する。我が家の犬が飼われている間に、隣の飼い犬達は2,3回天国に行ってしまった。

我が家の老犬は、人間で言えばとうに90歳は超えているだろうと思う。僕を引っ張る力はまだまだパワーに満ちている。一度も薬を飲ましたことがない。病院にも連れて行ったことがない。ドックフードも与えない。主食は僕の作っている無農薬栽培のササニシキ米である。ひょっとしたならそれが長寿の秘訣かも知れない。

散歩をしながら二日後に迫った小学校でのサンタミニライブの出し物を考えていたが、まったりしすぎて思い浮かばなかった。ところで本物のサンタさんは今頃どの辺りだろうか・・・。

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2009年12月 9日 (水)

呪縛からの脱却

庶民感覚という言葉が最近巷で多く聞かれる。国の経済基盤が弱体化してきても、不況が深刻化しても、揺らぎの無いお金持ちはいる。それがたまたま国のトップだったりすると、心情なり生活感覚が庶民感覚では分からないという状況が必然的に生まれる。

母親から一ヶ月に1500万円の小遣い(?)をもらう感覚は、一日500円の小遣いの僕にはやはり実感出来ないのだけれども、そういう経済環境だからこそ首相になれたのだろうなという想像はできる。

僕はお金持ちであることは全然悪いことではないと思う。せっかくこの世に生まれてきたのだから、豊かになることは万人の権利であり、間違いなく幸福の一形態であると思う。

僕もお金持ちになりたいし、教え子たちにもお金持ちになって欲しい。貧乏であるよりは、金持ちがいいに決まっている。

問題はそのお金持ちになる機会を国民に与えることが出来ない状況じゃなくて,お金持ちになれるんだという希望を子ども達にもたせられない状況が一番問題なのである。

富と叡智はどこにでも転がっている。それを阻止してしまっているのが自分自身であることに気づいた時、貧困や不幸からの脱却はいともたやすいのではないだろうか。

いま日本国民は不況と言う名の呪縛から脱却しなければならない。『不況だから・・』という枕詞をいつまでも冠していてはいけない。

同じことは志望校決定にも言える。『お前は無理だ』という心ない言葉に屈してはいけない。3ヶ月で脳細胞の70%は変わる。『諦めるな』という言葉は受験生のためにある。悔しかったらその悔し涙を、エネルギーにかえて明日に向かおう。

「やればできる」という言葉を、僕が全身全霊で言っていることを塾生のみんな忘れないで欲しい。君たちが自分を信じないで誰が君たちを信じるのだろう。

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2009年12月 8日 (火)

こんな僕が言うのもおこがましいけれど・・・

ちょうど5年前の今頃の時期だった。ハンバーガーショップに行ってコーヒーを飲んだのだが、コーヒーの味がしないのである。まるで塩湯を飲んでいる感じであった。

夕方の指導の時間,ろれつが回らないことに気づいた。翌日かかりつけの病院に行ったのだが、すぐに脳外科に行って精密検査を受けるように言われた。

脳の血管には異常がないとの検査結果だったが、血圧が180まで上がっていた。倒れたのはその夜だった。夜中にトイレに起きたのだが、胸の締めつけと頭の痛みで立っていることが出来なかった。

家内に自分の状況を話そうにもろれつが回らない。自分の片目が硬直して自分の意思で閉じられない自分がいた。『やばい』と思った。

救急車で病院に運ばれる間、まだ小さい息子たちのこと、これからすぐにやってくる塾生達の受験のこと、人工呼吸器をつけられた僕は朦朧とした意識の中でいろんなことを考えていた気がする。

自分が体調を崩した理由は十分承知していた。その年の夏、教室の建て替え工事が始まったと同時に、母がリンパ癌で仙台の病院に入院した。そして長男が当時中三で、受験を迎えようとしていた。僕の体は疲労のピークに達していた。

もうあれから5年が過ぎた。いまだに顔の左半分に顔面麻痺の後遺症は若干残っているものの、運動することに何ら不便はないし、歌も以前と同じように歌えるようになった。お世話になった多くの方々に感謝をしている。

あれ以来酒は控えている。1年間に芋焼酎の中ビンを4本までは飲まないだろうと思う。養命酒がわりにちびちび飲んでいる感じだ。

僕のブログを読んで頂いてる同年代の皆様。こんな僕が言うのもおこがましいけれど、どうか体調には十分お気をつけて頂きたい。忘年会の季節でありますが、暴飲暴食は体にこたえます。ほどほどに・・・・・

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最後のメッセージ

昨日は祖母の命日だった。8年前に93歳で天寿をまっとうした。

喪主はもちろん僕がやったのだが、考えさせられることが多々あった。田舎の葬式は都会と違って火葬、仮通や、通や、本葬、初七日の供養と多くの時間を費やす。簡素にするところも増えてはきているが、昔ながらの風習に乗っとってやれば一週間はどうしてもかかってしまう。

故人を偲び、供養し、別れを惜しむことはもちろん人間として残されたものの大切な営みであるし、故人に対する感謝と愛の発露である。

僕は祖母の葬儀で一週間ほど塾を休みにさせて頂いた。ところがその間に3名の塾生が他所の塾に移っていった。ショックだった。

冠婚葬祭は暗黙の了解で、世の中の人は寛容の気持ちを示してくれると思っていたが、そんなに現実は甘くはなかった。12月7日。確かに私立受験や推薦入試の直前ではある。僕とて指導をしたいのはやまやまだったが事情が事情だけに仕方が無いことだった。

僕がショックだったのは,塾をやめていった子ども達やご父兄に対してではなく、そのような関係しか保つことが出来なかった自分の不甲斐なさに対してであった。

祖母の件があってから、僕は猛烈な反省をした。冷静にやめていった生徒のことを考えてみると、彼女たちの家族構成や個人的な悩みや、不安などを親身に聞いてあげていなかった。教科の指導に夢中になるばかりで、コミニュケーションがとれていなかった自分に気がついた。

現在は子ども達との会話を本当に重視している。その後退塾する生徒もずっと減った。僕に優しかった祖母が最後に僕に教えてくれた大切なメッセージだったような気がする。

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2009年12月 6日 (日)

小学校の英語教育が笑ってしまう

小学校英語の必修化を前に今年4月から文部科学省が配布している補助教材『英語ノート』の予算が、政府の事業仕分けで廃止になり、問い合わせや反対意見が殺到している。事業仕分けの席上では「なぜ小学校で英語を教えなければならないのか」との「そもそも論」も出る中、30分程度で「廃止」となった。(ココログニュース)

英語教材が世の中にあふれている。いろんな出版会社の思惑が絡み、どれを信じてやらせればいいのか、悩む親御さんや教師の方々も多いのではないだろうか。そんな中、『英語ノート』の廃止は様々な余波が生まれそうだ。

教材を統一化することが教育上良いことかどうかの議論は別にして、国家の名の下で始まった小学校の英語教育が、笑ってしまう。予算がないのでテキストを廃止するなら、それほど需要な国家プロジェクトではなかったのではないだろうか。

フインランドは教育先進国として名高いが、教科書の国家検定がない。ゆえに教材のレベル水準が高く、教育のレベルアップの底上げになっていると指摘する方々も多い。日本のように様々な団体や周りの国の顔色を伺いながら教科書を作る国など聞いたことがない。

教育や医療という生活の根源に係わる予算を仕分けしてしまう国がもし存在して行くならば、その国に明るい未来はないような気がする。

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受験が終わるまで体験入学を控えさせて頂きます

本年度は、平日ゼミの中三生の募集を秋以降控えさせて頂きました。定員を25名とさせて頂いたため、せっかく入塾の電話を頂きながら要望に応えられず皆様には申し訳なく思っております。

今回もう一つ塾からお願いがあります。来春の入塾の予約を承っておりますが、塾の体験入学を、受験が終わる3月10日まで控えさせて頂きたいと思います。理由は受験生の指導に集中をしたいというその一点に関してであります。

どうしても体験入学者がおりますと、入塾させたいという良からぬ営業意識が働き、他の内部生の受験指導がおろそかになってしまうのであります。10分いや3分の指導が大事な時期になってまいりました。ご理解のほどをよろしくお願いいたします。

直接の入塾の説明に関しましては、事前にお電話を頂ければ幸いです。入塾に関する電話でのお問い合わせはいつでも構いません。尚、空いている時間帯の教室の見学は自由ですのでお申し付けください。

冬期講習会についてでございますが、すでに定員になっております。申し訳ございません。また中1、中2の新規入会に関しましては、水曜日,土曜日が入れませんのでご了承ください。同様に休んださいの振替も水曜日、土曜日は出来ませんのでよろしくお願いいたします。

まだまだインフルエンザの生徒が多く、体調の維持が大変な日々が続いております。受験生のご家庭におかれましては、困難極まりない今年の受験と相成ってしまいましたが、予防に心がけお過ごしくださいませ。

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人生の醍醐味

「先生、やっぱ人間て頭がいいやつと悪いやつがいるよね」

よく生徒から尋ねられる質問である。僕は真面目な顔をしていつもこんなふうに答えている。

「出来のいいやつも悪いやつもいないよ。そんなのは幻想だ。勝手に思い込んでいるだけさ。」僕は話を続ける。

「世の中には少し変態な人間と、かなり変態な人間がいるだけだよ」 笑いがおこる。

「先生はどっち」 これも予想の範疇(はんちゅう)である。

「塾の先生をやっているくらいだから,後者のかなり変態のほううだろうな」 また爆笑がおこる。

入試が近づいてきた。連日保護者の皆さんからの相談も多い。子ども達もそうだが、それ以上に親御さん方の感情が揺れ動く時期ではないだろうか。

『こんなふうに育って欲しい』という、パパとママになった頃の想いと、現実の我が子の姿がリンクしている親御さんもいるだろう。またそうでない親御さんもいるかも知れない。

自分の足で堅実なしっかりした人生を送ってもらいたいと、願わない親はいない。いい学校に入って、いい会社に入って安定した生活を送って欲しい、誰もがそんなふうに子どもに対して思っているのではないだろうか。

僕の知人や友人には、類は友を呼ぶではないが、自営業者の方々が多い。一国一城の主である。眺めてみると、決して一流の高校や大学を出た者たちではない。どちらかと言うと、私立高校や,商業系や工業系などの出身者が多い。僕と同じ、出来のいい学校を出たわけではないが、この不況の中ガッツで頑張っている。

彼らは一応に同じようなことを言う。学校の勉強は出来なかったけれど、好きなことには寝食を惜しまず傾倒できたと。そしていつも出会いに感謝しているとも言う。

僕ら新米経営者には、老舗の2代目や3代目のような守るべきしがらみは何もない。家族のためお客さんのため全力投球あるのみである。

Never give  up の不屈の精神があれば、受験もそして人生もきっとその人の良い方向に向かうはずである。僕はそう信じている。成績の偏差値がそのまま人生の偏差値にならないのが、人生の醍醐味ではないだろうか。

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2009年12月 5日 (土)

もうすぐ今年も終わる

今朝の栗駒山は綺麗だった。朝日にきらめく雪山の荘厳さは息をのむような美しさだった。

12月の青空は1年間で一番静謐(せいひつ)な空気感をもたらしてくれる。自宅から市内に向かう途中、4キロほどの道のりは田んぼとりんご畑が続く。そのはるか向こうに白く輝く奥羽山系の峰々の光景は、僕に一日の始まりのエネルギーを与えてくれる。

小さい頃からずっと山を眺めて生きてきた。荒々しい雲が流れ去る日もあれば、一週間近くも姿を現さない時もある。そして今日にような光景に出会うこともある。

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毎日自分が出会う人生の彩りを、僕は山を眺めながら模索し、心の心象風景として捉えてきた気がする。

20年前に今の塾を立ち上げた。毎日栗駒山を仰ぎみては日々いろんな夢を見、いろんな想いを僕は山に問いかけてきたような気がする。20年経ってようやく、本当にようやく毎月の家賃や、先生に払う給料のためにあたふたすることがなくなってきた。

決して金銭的に豊かな暮らしではないけれど、借金もなく、平穏無事な生活を送らせていただいている。塾生や保護者の皆様に本当に感謝の日々である。多くの方々に支えられて生きてきた。

12月を迎え、この1年を振り返ると、お世話になった方との多くの別れがあった。訃報に接しなんど涙を流しただろうか。

もちろん感動もあった。花巻東高校の甲子園での活躍には本当にハートがシビれた。個人的には、僕の音楽活動がテレビや新聞で取り上げて頂き、身に余る評価を頂戴した。

街にはクリスマスソングが流れ、2009年もあともう少しで終わる。生涯忘れえぬ一年に今年はなるだろうと思う。

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2009年12月 4日 (金)

明日を信じて

西村由紀江さんは僕の大好きなピアニストであり、作曲家である。彼女の音楽に僕は癒される。感謝している。

ちっぽけなプライドや  勇気という一陣の風に支えられ

僕たちは生きていけるのかも知れない

明日が来る希望と そして今日がやってきた奇跡

その神々しいまでの生命の輝きに 実は僕らは生かされている

地球が回り一日がやってくるのではなく

僕らが明日を望み 地球が応えてくれているのだ

だから明日を信じて生きなければならない

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2009年12月 3日 (木)

あなたにとって生きる目標とする人は誰ですか

僕の塾に通ってきている女子高校生に「あなたにとって生きる目標とする人は誰ですか」という作文を400字詰め原稿用紙一枚に書いてもらった。本人の了承を得て、Sさんの作文を紹介させて頂く。素敵な作文である。

私の生きる目標とする人は、母である。

母はとても明るい人で、多くの知識としっかりとした考えを持っている。叱る時は厳しく叱り、どこが問題だったのか、どこが間違いだったのかを教えてくれる。

また、母は面白みのある人で、会話をすることがとても楽しい。いつでも私の話に耳を傾け、ユーモワのある返答をし、温かい気持ちにさせてくれる。どんなに辛い時も、苦しい時も、母との会話が私の心の支えであった。

私は将来、いつか『母親』と呼ばれる立場になったのならば、自分の子どもに対し、母のような人でありたいと思う。明るく気さくで面白みがあり、時には厳しく叱ることができ、子どもにとって、一緒にいて楽しいとか、心の支えになれるような、そんな「母親」になりたいものだと思っている。

私の生きる目標となる人は、母である。母のような強い人に、私はなりたいと思う。

娘に尊敬される母親。なんと素敵だろうか。そして母親をこれほどまでに慕う高校生。なんてイカス関係だろう。こんな作文にであった日は心が癒される。

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悲しい一日だった

出会って28年になる友人の死を、今日喪中のはがきで知った。

最後に会ったのは今年の1月だった。小学校4年生になる娘さんの写真をいつも胸ポケットに忍ばせている優しい子煩悩の友人だった。僕が最初に勤めた塾の同僚だった。50歳だった。ほんとうに早すぎる死である。

札幌に住んでいたが、仕事で日本中を飛びまわっていた。1年間で100日以上は飛行機を利用するんだと言っていたが、きつかっただろうなと思う。

いろんな思い出がよみがえり、僕は教室で涙があふれて止まらなかった。彼が亡くなって半年間も知らなかった自分の不甲斐なさと、彼から頂いた多くの優しさに僕は慟哭するだけだった。

28年間一度も年賀状を欠かすことがない彼だった。こんな形で終わることが無念でしょうがない。今年の一月、一ノ関駅で僕に手を振ってくれた姿が彼の最後だった。半年後脳梗塞で倒れ帰らぬ人となった。

今夜しょんぼり帰宅したら、僕がかつて良かれと思って紹介したブログの記事が迷惑だと言う電話が自宅に来たという。早速記事を消去した。今日は悲しい一日だった。

              天国のアボちゃんへ

アボちゃん、君が死んだことを半年間も知らなかった。ごめんよ。可愛いい一人娘を残して旅立ったことは無念だったろう。でも、アボちゃんの父親としての愛情は娘さんにきっと伝わったはずだ。だいじょうぶだよ。

若い頃の僕はまったくヤンキーで、君をずいぶんと連れまわしたね。給料の半分近くを酒代にしてしまったときもあったよな。マジメな君をそそのかして悪かったごめんな。

そうそう夏期講習が終わって湘南の海に出かけたことがあったよね。金槌の僕はひたすら砂浜で寝ていたけれど、アボちゃんは水泳もテニスもうまかった。田舎者の僕を楽しませてくれた都会派のアボちゃんに感謝してるよ。

僕も10年後になるか、20年後になるか、間違いなくそっちの世界に行くだろうけれど、また一緒に飲もうな。札幌で今度飲もうと約束したけれど、それは無理になってしまったな。

アボちゃんさようなら・・・・・

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2009年12月 2日 (水)

いい涙だった

今日はすがすがしい感動的な場面に遭遇した。

高校の職員室に入っていくと、パソコンの画面にまさに大学のAO入試の合格発表が掲示される瞬間だった。関東の私大を受験した3年の女子生徒と担任の先生、そして授業がなく職員室にいた数人の先生方が画面に釘付けになっていた。

急に女子生徒が泣き出した。隣にいた僕は『ダメだったか』という無念さが沸きあがってきた瞬間、「私の受験番号あった!」と泣きながら声を発した。うれし泣きであった。AO受験3度目の栄冠だった。

その場に居合わせた先生方も涙ぐんでおられた。僕も感動し、鼻をかむふりをしてそっと涙を拭いた。

地方の私立高校に通う生徒たちは、さまざまな思いを抱いて私立高校の門をくぐって来る。第一志望校で入ってくる生徒は正直少ない。いろんな葛藤といろんな無念さを、胸のうちに秘めてやってきたはずである。自分の力で勝ち取った大学の合格に、こみ上げてくるものがあったにちがいない。

生徒の感極まった姿を目にし、その子の3年間の歩みを思い、目頭が熱くなった僕だった。教え子たちの大学の合格や、就職の採用通知が届き、生徒が感極まった時、まさに教師としての仕事の一つが結実する。

今日のような光景のために、先生方は頑張っていると言っても過言ではない。ふと、自分が大学に合格したときに、一緒に涙ぐんで喜んでくれた高校の担任の先生を思い出していた。

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2009年12月 1日 (火)

父親たるもの・・・・

「父ちゃんが誰のために苦労して働いていると思ってんだ!」

「勉強する気がないなら高校なんて行くな!」

こんな切れ方をするお父さん方は実に多い。僕も父親であり家の主なのでその気持ちはよ~く分かる。しかしである。息子や娘を叱るときに、自分の仕事のストレスをぶつけてはいけない。

男たるもの嫁さんをもらい子どもを作ったうえで、自分が大変な責任と使命を背負ったことは重々承知のはずである。そして責任と使命を背負った以上に、夫となり父親になった喜びはそれ以上だったはずだ。

僕は子どもの成績の悪さや、躾のなさはすべて自分の責任だと思っている。塾教師という実に不安定極まりない仕事をしている父親ゆえ、夜は家にいず、休みの日ともならば、仕事関係の付き合いやら金策に走り回る日々だったので、まったく息子を放任状態にしてきた。だから息子たちを責める資格は僕にはない。

ただ一生懸命働く父親の姿は見せたいと思い頑張っている。僕も子どもの頃は勉強が大嫌いだった。中学校の頃は給食を食べ、部活をやるために学校に行っていた気がする。

我が家の食卓は貧乏ゆえあまりにも質素だった。ゆえに中学校の給食は僕にとってパラダイスだった。風邪で数人が休んだ時などは、おかずの酢豚をおかわりできる喜びに舞い上がった。

今振り返ると、単純でアホな生徒だった。でもそんな自分がいとしく思えるこの頃である。僕はよく女房に言われる。「あなたは家族がいなかったら仕事のストレスでとっくに死んでいたわよね」と。

まさにその通りだと思う。家族は決して重荷などではない。子どもや嫁さんがいるからこそ父親は頑張れるのである。

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