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2009年11月

2009年11月30日 (月)

親の義務だと考えている

塾のメールボックスに毎日のようにセクシーな内容のメールがやってくる。多いときには一日に80通の出会い系や、わけの分からないお誘いのメールが来る。

たいていは女性の名前のメールなので怪しいのは削除しているわけだが、時に偶然塾生のお母さんと同じ名前のメールがあったりして、急いで開くととんでもない画面が現れ、若い頃ならまだしも疲れ果てているこのごろは、そんなものを見る気力もわかず、貴重な時間を奪われた腹ただしさに怒るかねごんであった。

塾生に聞くとやはりそいったメールは毎日のようにPCに入ってくるらしい。未成年者には過激な内容のメールであるわけで、調子に乗って返信をしたりすると、さまざまなトラブルに巻き込まれることも多く、子どもたちにはしっかり教育しておかなければならないと思っている。

雑誌やDVDの取り締まりは強化されている日本だが、PCに限って言えば無法状態である。中学生や高校生は一番興味がある年齢なので、親に隠れてみているものも多いようだ。完全にフィルターをかけたつもりでも、いまどきの賢い子どもたちは、簡単に削除してしまう。

性欲と学習欲がリンクしないのは昔からの常識である。分かっちゃいるが子どもたちは快楽に走りやすい。そこは家庭でブロックするか、しっかり言って聞かせるかどちらかだろうと思う。

性体験の低年齢化が加速している。自分の子どもがまさかと思っている親の思いとは裏腹に、携帯やPCを介入しての出会いが非常に増えている。

僕などは初めて女の子の手を繋いだのは二十歳の頃だったが、今の中学生などは誰と誰がキスをしただのと盛り上がっている。僕の世代からすると宇宙人である。今回の期末テストの保健体育で、エイズ予防とコンドームの使用について出題した市内の中学校があったが、大切な指導であると思う。

僕はいつもご父兄に言うのだが、「学校の帰りに、お宅の娘さんが彼氏と手をつなぎ寄り添って帰る姿を見たならば、覚悟すべきですよ」と、いつも脅かしている。脅かすと言うより、おそらく男と女の関係にあると見たほうがいいですよと、意見申しあげている。

禁止することは今の時代無理である。親の介入できないところで、ケータイを通じて子どもたちは多くの出会いを持つ。本人が持っていなければ友達のケータイを利用する。

したがって親はしっかり性に対する教育を子どもにしなければならない。僕は親の義務だと考えている。

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2009年11月29日 (日)

日々怒涛のごとく

今年ももうすぐ12月、師走に入る。年を取るたびに加速してしていく一年という年月を、ただこまねいているわけではないけれど、本当に1年はあっと言うまだ。

忘年会やら年度末の決算や年賀状、そして冬期講習の準備、日々怒涛のごとく仕事や行事予定が舞い降りる。

今年の10月11月は新型インフルエンザが猛威をふるい、学校行事や部活の予定がことごとく変更になった。インフルエンザが塾の指導にも多大なる影響を及ぼした。休みのための振り替えが激増し、感染した生徒も大変だったが、塾もてんやわんやの日々だった。日によっては生徒の3分の2が休む日もあれば、急に倍近くの生徒がやって来たりと僕も汗だくになる日が多かった。

そもそも僕の塾は特殊な塾である。生徒が塾に来る曜日は決まっているのだが、時間指定はしないし、学年やレベル分けはいっさいせず毎日オープンスクールである。小学生と高校生が並んで勉強する時間帯もあれば、5名の塾生が全員学年が違って、全員違う教科をやっていることもある。

小学生は別として、中学生は全員が自分の好きな教科を自由に決めて勉強するシステムなので、おかげで僕ら講師の脳みそは休む暇がない。

先週の土曜日の午後の指導はこんな感じだった。中2の女子生徒が電磁誘導のプリントをやり、隣の席の高専の2年生は英語の仮定法の書き換えをやっている。その向かいの席では小学6年生の女の子が県立の附属中学校の過去問を解いていて、その横の中学3年生の男子生徒は新しく三平方の定理に入っている。

一方僕のすぐ後ろの男子生徒は徒然草を読み解き、指導室の下の自習室では勉強に飽きた生徒が鼻歌を歌っている。こんなカオスな日々がほぼ毎日過ぎていく。

それだけではない。僕は毎月末ともなると、地域の方々の健康保険税や市民税、固定資産税などの集金をやっている。納税組合長のボランティァである。そして毎週日曜日は中学校の部活の指導。平日の午前中は週3回塾のそばの私立高校で授業をし、その他に僕の母校の高校の添削指導のバイトをしている。この添削プリントの枚数が月に200枚を優に超える。

夜も9時を過ぎるとさすがに目はしょぼしょぼ、見つめるプリントは霞の中に漂い始める。そして家に帰ると毎日このブログを書いている。病気である・・・・。間違いなくワーカーホリックである。分かっちゃいるが止められない。

いつ疲労で倒れてもおかしくない状況であるが、近年強い味方が僕にはついている。千厩で伊庄整体ヒーリング治療院を営む伊藤先生である。身体がどうしようもなくなった時に、僕にパワーを注入してくれる僕の守護神である。本当に助かっている。

さあ明日も頑張ろう・・・・。

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2009年11月28日 (土)

浜田省吾~思い出の日々~

僕のブログをかつての教え子達が何人か読んでくれている。その中に何人か教師をやっているものがいる。僕が言うのもなんだが、正義感が強く頑固な教師達だ。いったい誰に似たのだろうか・・・・・。

みんな家庭を持ち、かつてのように飲むことも稀になったが、たまに飲むと「最近先生反骨精神がなくなってきたんじゃないですか」などと絡んでくるかわいい教え子達である。僕としては十分反骨精神を保っているつもりなのだが、30代の僕を知っている連中にすれば、今の僕に、もの足りなさを感じるのかも知れない。

過去の武勇伝を語り始めたら、もう引退間近の塾教師だと思っているので、口が裂けても言わないが、塾を始めた若い頃は本当にやんちゃなヤンキー塾長だった。時に塾生や家族のためとは言え、法律ぎりぎりの綱渡りをやったこともある。冷や汗ものの青春であった。

塾を始めた頃に毎日聞いていた曲がある。友人である学び舎の小林先生からお借りした音楽テープでファンになったのだが、浜田省吾である。

この歌のように、経験もなくお金もなく驀進していた頃、なんだか知らないけれど夢を追うことと、子ども達を思う気持ちだけは誰にも負けない、そんな気概だけはあったような気がする。

それにしても近年はめっきり髪も薄くなり、体力もなくなってきた僕だが、そんな老体に鞭打って激務を何とかこなして行けるのも、照れくさいが家族の愛と、毎日元気さを注入してくれる塾生達と、そして友人達のおかげであると思っている。本当に感謝申しあげる。

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2009年11月27日 (金)

先生と呼ばれる人間ならば

僕の塾に来ている中3生がおこっていた。担任の先生が「○○はバカだから回りが面倒をみてあげなければいけないだろう」という発言を本人の前でしたと言うのだ。

まだある。いじめが原因で転校してきた生徒を前にして「○○君は前の学校でいじめられていたが、君たちは仲良くやってくれよ」と学活で言ったらしい。

一人ではなく、複数の塾生が証言していたので事実だろう。デリカシーがなさすぎる。たとえ0点の生徒でも、その生徒を前にしてバカはいけない。口に出すのもいけないが、そんなことを本気で思っていてもいけない。残念ながら教師として失格である。

子どもたちの本質(魂と言ってもいいだろう)は、純粋で無垢である。表面的な捉え方ばかりしているととんでもないことになる。言葉に発しなくとも、文字に書けなくとも、子どもたちの感性は我々大人を的確に捉えている。

上記のような発言をする担任の先生の進路指導を、果たして子どもたちは素直に聞き入れるだろうか。

『あいつは出来ない』という先入観を持つべきではない。暴力をふるったり、勉強の邪魔をする生徒でない限り、学校に毎日通ってくるそのことだけでも敬意を払い、指導しなければならない。教師として、この子に出会ったのは何かの学びであり人生の意味があるのだと、先生と呼ばれる人間ならば、気づかなければならない。僕はそう思っている。

あいつはバカだから仕方がない。本心で思っているならば、即刻辞表を出し、教師を辞めるべきである。

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塾業界の裏話

○○予備校とか○○教室などのフランチャイズ塾の経営セミナーが、全国の県庁所在地で年に何度か開かれている。もちろん僕はフランチャイズの傘下に入る気はないし、暇もないのでここ15年くらいは参加したことはないのだが、たまたま参加した知人にセミナーの話を伺ったのだが、なるほどな~という話もあれば、そりゃ~詐欺だろうみたいな話まで、多種多様である。

いつもそうだと思うのだが、だいだいそういった説明会場にはそのフランチャイズで儲かっている塾の代表が講演に登場する。年収1千万円とか2千万円とかという話が飛び交うようだが、お金につられて飛び込む業種ではないので、場違いな講演であるようだ。

結論から言うと、そういったセミナーの話は信じてはいけない。塾を始めた苦労話ならいざ知らず、いきなり儲かった話から入る講演などおそらく98パーセントは脚色である。2パーセントの真実は、フランチャイズの塾をやっていると言うことだけだろうと思う。

開設資金として700万円ほど用意してください。後はいっさいいただきません、などと言うものも黄色信号である。そんなお金があったなら何もフランチャイズに払わなくともリッパな塾を自分で立ち上げることが出来る。騙されてはいけない。

こんなご時世ゆえ、とんでもない輩が魑魅魍魎と化し、甘いわなを仕掛けて待っているのである。気をつけなければならない。

フランチャイズオーナー制などというのもよくチラシに舞い込んで来る。空いている店舗を利用して塾を始めてみませんか。講師も生徒募集もすべて本部が行います。場所と資金を提供するあなたは、その日から塾長であり社長です。生徒100名で年収500万円は保証します。何て言うのを見たことがあると思うが、笑ってしまう。いや爆笑ものである。

自らが教え、営業もやり、資金繰りに駆けずり回り、空いた時間で副業をこなしても大変な業界である。地方の町でそんなおいしい話があるはずがない。どれだけの人達が泣きを見ているか・・・・・。

今日こんな話題を書いたのは、実は『田舎で塾をやる』とか『フランチャイズの設立』などの検索ワードで僕のブログに入ってくる方がいるものだから、塾業界の裏話を少しやったわけであります。大切なお金を無駄にしないようにして頂きたい。

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2009年11月26日 (木)

ぶち切れた

僕は携帯電話を持っていないので、僕が高校で授業をしていたり、添削の作業を行きつけのジャズ喫茶でやっているときなどは、塾の電話が社長である家内の携帯電話に転送される。

その塾の電話が、現在ソフトバンクとの契約になっているのだが、「お安くなりましたから当社の電話回線に切り替えませんか」と、頻繁に営業の電話が来る。電話をかけてくるほうは仕事だろうからかけて来るのだろうけれど、授業中に頻繁に来る営業の電話は迷惑この上ない。

教材関係や、塾関係の営業マンの方々は、忙しい時間帯を把握しているのでそんなことはないのだが、電話やIT関係のセールス電話は本当に迷惑である。

先日はNTTが、安くするからどうしても替えてくれというので契約をした。某日某時間に切り替の工事にお邪魔すると言うものだから、昼飯を取るのも我慢して塾で待っていたら、1時間しても2時間してもやってこない。挙句の果てに指導が始まった5時ごろ、「これから行っていいですか」などという非常識の電話をかけてよこした。

ぶち切れた僕は「契約を破棄します」と一言言って電話を切った。翌日担当の者が平謝りの電話をよこしたので、僕も一応大人なので許したが、まったく貴重な時間を無駄にしてしまった。

だいたいこんなに電話代を値下げして採算が合うのだったら、今までのNTTの電話代はナンだったのだろう。NHKの受信料にも腹を立てている僕だが、国のお抱え企業は本当に腹が立つ。それにしても家内と息子の携帯代を毎月払っていて思うことだが、高すぎる。

追伸

この『ぶち切れた』という記事を更新した後に、我が家のパソコンが急にシャットダウンしてしまいました。修理をしながら8年間も使ってきましたが、限界のようです。急に2日以上僕のブログが更新されなくなった時は、PCが壊れ、買い替えの期間に突入したのだと思ってください。そのときはメールも受信できない状況になると思いますので、急用の方は塾に電話をいただければ幸いです。よろしくお願いいたします。僕の感だと後三日は持たないようです・・・

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2009.冬期講習ご案内

20歳の若者には20歳の人生があって、15歳の中学生には15歳の人生がある。僕のように半世紀近く生きてきたからと言って全然偉いわけではないし、60歳になっても70歳になっても、生きていく本質を見つけられずに歯ぎしりをする人はいるものなのだ。

マジメに生きてきて、一生懸命努力してきて、石ころにつまずいて大変な思いをしている人がいるかも知れない。でもマジメに生きてきたからこそ、一生懸命努力してきたからこそ、つまずきぐらいで済んでいるのかも知れない。

人生のゴールは誰にも見えないものだ。しかし、生きることを競争だと思っている限り、必ず人に負けたくない、負けられないという思いが付きまとう。本当は人生には勝ち負けなどない。自分らしく生きたか、生きなかったのか、その違いだろうと思う。

冬期講習にしたってそうだ。1週間ぐらい毎日塾で勉強したからと言って、何かが劇的に変わるわけではない。しかし間違いなく知識は増えるだろうし、やったという自信はつく。高いお金を出して得たものはたったそれだけかも知れないが、それが大きな飛躍の一歩になる生徒がいることも確かだ。

これから中学校で、最終的な志望校決定に向けて三者面談も始まる。大事な選択である。じっくり自分を見つめてもらいたい。

     【2009.冬期講習会要項】                                               

日時 

12月28日より1月8日までの全8日間。

12/28.29.30. 1/4・5・6.7・8・

時間

午前⇒9時30分~12時 午後⇒1時~3時30分

費用

午前コース(23000円)、午後コース(23000円)

両コース受講(42000円)

対象

中学3年生・全教科指導 定員(各10名)

*午前コースは定員になリました。ご了承ください。

お申し込   大験セミナー 一関市磐井町7-4-16     (一関一高すぐ前)

電話 0191(23)0824                                        daiken@flute.ocn.ne.jp

通常ゼミの詳細は、このブログのプロフィールをクリックするとごらんいただけます。

通常ゼミは12月29日(月)~1月3日(日)までお休みとなります。

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2009年11月25日 (水)

だいじょうぶだよ

彼がささやいた

勉強が出来ないことってそんなにダメなこと

勉強がしたくないってそんなにダメなこと

テストの点数が取れないってそんなにダメなこと

僕は答えた

出来ない理由を考えてみようよ

したくない理由を考えてみようよ

取れない理由を考えてみようよ

その理由に 後ろめたさも

悲しみも 悔しさも感じないなら

君は重大な過ちを犯していると思うよ

後ろめたさや 悲しみや 悔しさを感じるなら

きっとだいじょうぶだよ

君はきっと自分の道を見つけられる

人生の季節が冬なだけで

もうすぐ春が来るよ だいじょうぶだよ

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一人じゃないから

昼時間どきの工業団地そばのコンビニに行って僕は驚いた。

人の多さもさることながら、もっと驚いたのは車が20台ほど止まっていて、狭い車の中でみんな昼ごはんを食べていることだ。

普通の幕の内弁当ではない。多くの若者達が、カップラーメンや菓子パンを齧っているのである。380円のコンビ二弁当を食べていた僕は、その光景になぜか涙がこぼれてきた。

会社や工場勤めで弁当を持たない人達が、コンビ二の駐車場で毎日カップ麺を食べる生活。日本という国が何か殺伐とした底冷えのする世界に見えてくる光景だ。

当たり前のことが、当たり前でなくなってしまった日本という社会。リストラと倒産に怯え、未来が見えない若者達が増えている。

子どもたちが夢を見ることが出来る社会を、僕ら大人は創造しなければならない。働き盛りの若者がコンビニの駐車場でカップラーメンを食べている光景を日常化してはいけない。

一人じゃないから 私が君を守るから

きっとそんな人生のパートナーと夢を手に入れられるはず。頑張れ若者達。

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2009年11月23日 (月)

母親へのラブソング

僕の塾でもそうだが、お母さんが一人で家計を支え子育てをしている家庭が増えている。現在僕の塾に来ているそういった保護者の家庭の数をここでは申しあげられないが、一割以上に及ぶ。

家事をやり、仕事をし、そして塾への送り向かいまですべてこなしているお母さんを見ていると本当に脱帽する。僕がお母さんならば到底無理だろうなと思う日常をこなしているお母さん方は、想像を絶する強さだ。

子どもたちもその気持ちを汲み取っているのだろう。学年の上位で頑張っている塾生も多い。僕も子どもの頃は父親がずっと出稼ぎであったり、入院生活が長かったりで、母親、そして祖父母に育てられたが、子どもながらに父親の不在はいろんなことを考えさせられた。

離婚にしても死別にしても、その状況を受け入れようとする子どもたちの魂の悲しみはどれほどのものだろうか。しかしその悲しみを超越する母親の愛は、子どもたちの魂を救済してやまない。

これから雪の季節がやってきます。お母さん方、雪の日の迎えは慌てないでゆっくりでいいですよ。自習室でお子さんを待たせておきますから。

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生き残りをかけ

生き残りをかけ、タブーとされていた月謝の引き下げなどで生徒集めに奔走する学習塾も出始めた。

 東京都神奈川県を中心に学習塾を展開する城南進学研究社は、公立中学生を対象に一定期間内に成績が上がらなければ、その後、3カ月程度の授業料を無料にする制度を昨年11月に導入した。1科目週2回の月謝3万1600円が無料になる計算で、この制度の導入で入学者は急増しているという。

 総務省の小売物価統計調査によると、平成20年の学習塾の月謝(中学2年生、東京都区部)は2万150円と直近のピークだった11年の2万1640円に比べて7%値下がりした。

 だが、思い切って値下げしても生徒が集まらなければ経営は圧迫され、自らの首を絞めるだけだ。みずほ証券の渡辺英克シニアアナリストは「景気が悪化しても受験は急にやめられない。受験生の減少で学習塾の経営が厳しくなるのは今期以降になる」と学習塾の合従連衡はこれから本格化すると予測する。

     ◇

 中小の学習塾は少子化で生徒集めに苦労しており、M&Aの流れにも取り残されて淘(とう)汰(た)の波が押し寄せている。民間調査会社の東京商工リサーチによると、20年度の学習塾の倒産件数は28件と前年度から3割以上も増加した。

 中学受験に詳しい森上教育研究所(森上(もりがみ)展安(のぶやす)所長)の調べでは、東京都神奈川県の入試解禁日で試験日が最も集中する2月1日をみると、今年の受験率は前年比で減少に転じた。マイナスを記録したのは十数年ぶりだ。

 森上所長は「受験ビジネスが今の規模を維持するのは難しい。学習塾の成長戦略はM&A以外になくなっている」と指摘している。  MNS 産経ニュース

りんご先生http://d.hatena.ne.jp/ringojuku/も同じニュースソースを紹介していたが僕も使わせていただいた。

月謝のダンピングや春期や夏期講習を無料にし、内部生を取り込もうという動きが地方でも仙台を中心に近年始まっている。月謝の値下げのしわ寄せがどこに行っているかとかというと、講師の時間給であったり、処々の手当てが削減されている。

優秀な講師が離れていくという悪循環が生じ、窮地に追いやられる塾は多い。実は僕の塾は月謝が安い。市内でも有名なくらい安い。家内制手工業だからできるウラワザである。

最近は職が決まらない高専の5年生になる息子にも、週2回ほど時間にして4時間ほどだがアシスタントティチャーを頼んでいる。理系のはずなのに、高校生から絶対値の不等式を聞かれてたじたじになっていたが、就職試験が受からないのもうなずける状況なわけで困ったものである。

さて話を戻そう。最近は大手有名塾の統合再編が相次いでいる。少子化に伴い子どもたちの絶対数が少なくなってきた今、利益率を追及する大手企業はあの手この手の秘策を講じている。

僕は塾業界の実情と病院経営の実情が非常に似通っていると考えている。総合病院や県立国立病院のドクターが、激務に耐えられず独立し入院患者を持たないクリニックを開業するケースが増えている。個人病院の先生方は往診もしなければ、入院患者もとらない。自分で手に負えない患者はすぐ紹介状を書き、総合病院に委ねてしまう。楽である。

これを大手塾を抜け出してきた塾教師がやってしまうと、大変なことになる。昔であれば○○予備校の講師をしていましたと言うだけでひょっとしたら生徒を集められたかも知れないが、現状はそんなに甘くない。優秀な生徒には誰でも教えることが出来る。レベル分け授業に慣れている大手の先生が、偏差値30から60までの生徒に即対応できるとは限らないのである。

病院ならばあの病院に行きなさいねと言えるだろうけれど、塾ではそれも出来ないであろう。病院との違いはそこである。重症患者こそ個人塾が見なければならないのである。うちは進学塾だから進学校を受験するする生徒だけを面倒見ますという塾もかつては多くあったが、ことごとく消えていった。

文頭で僕の塾は市内で一番安いと書いたが、一番安いコースの生徒でも中1から中3の受験まで通っていただくと、教材費、光熱費、季節ごとの特別講習代すべてで、35万ほどがかかる。僕は決して安いとは考えていない。だから一生懸命教えている。

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2009年11月22日 (日)

奇跡のりんごから学ぶこと

木村秋則さんという方をご存知であるだろうか。青森で無農薬、そして化学肥料をいっさい使わない自然農法でりんごを栽培している59歳のおじさんである。

僕の家の周りには多くのりんご農家がいる。我が塾の風と虹の教室でも大変お世話になっている菅原さんというりんご農家があるが、本当に1年間、りんご栽培は手間暇がかかる大変な労働である。

僕も米作りをほぼ無農薬で栽培をしているが、単に農薬を撒く暇がないのと、お金がもったいないから農薬を使わないずぼら人間であるだけで、高尚な意図のない怠け百姓である。

木村さんの著書やテレビで紹介された奇跡のりんごは、いまや手に入れたくとも買うことが出来ない大人気で、その名声は外国にまで知れ渡るほどなのだが、何度聞いても木村さんの苦労話は涙がこぼれる。

りんごに散布する農薬によって木村さんの奥さんが皮膚炎症を起こした事がきっかけで、無農薬に取り組んだのだが、6年のもの間試行錯誤するも、農薬なしではりんごが実らず、収入が閉ざされ自殺まで考えた木村さんであった。

農薬の代わりに酢の散布を用い、りんご畑の土が固くなるからと、大型機械をいっさい畑に入れず手作業でりんごを作り続ける木村さん。子どもたちの教育と相通じるところがある。

パソコンやCGを駆使したビジュアルな教育が主流であるが、文章を読み取り、時間はかかるが想像力を駆使し、着実に掌握していく勉強法はやはり頭脳を根本から鍛える基本形だと僕は考えている。

木村さんも著作で述べておられるが、効率の良いことが決していい実りをもたらすわけではない。ときに遠回りする作業が本質に近づくことがあるのだと言う。

夢を捨てず努力することは本当に大変なことだけれど、信じる力が周りを動かし、運をはこんでくるものだと思う。

りんごの栽培は土が命ならば、教育の命は子どもたちの夢を実現させることにある。この世に生まれてきた命を輝かせずして、人生を過ごしてしまうことはやはりもったいないことだ。昨日、風と虹の教室のりんご狩りでもいできたりんごを頂きながらそんなことを考えていた。

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続・塾教師という職業

塾という所は親の立場から見れば、学校よりも個人的に面倒を見てくれる懇切丁寧な所というイメージがあって、ゆえにお子さんを預けてくれているのだと僕は思っている。従ってそういった期待を裏切らないことが塾の存続を支える最低限のマナーではないだろうか。

僕の塾に限って言えば、塾にはもう一つの顔がある。それは親御さんや子どもたちのストレス解消としての場であるというスタンスである。世の中に対する不満や不安をぶつける場でもある。

かつて僕が塾教師を始めた27年前の東京の私塾の社会的ポジションが、ちょうど現在の岩手の状況に近い。2年前のブログでも一度したためたのであるが、僕が大学を終え勤めた進学塾の校長は30才の若い先生だったが、当時世田谷の公立小学校や中学校の入学式や卒業式に来賓として招かれていた。その頃の岩手では決して考えられないことであった。

岩手県南の塾に勤めていた頃、冬期講習のために公民館を借りに行ったところ、行政サイドから塾というだけで貸してもらえなかったことがある。僕は数年前から公立の小学校などに講師として招かれているが、27年前の岩手に於いては絶対ありえないことだった。

塾教師という職がようやく地方に於いて認知されてきたということで、我々の業界の仕事が安定してきたかと言えば、まったくNOである。

27年前、岩手県南地区には塾がほんの数軒しかなかった。そして間違いなく子どもたちは今の倍はいた。塾に対する風当たりは強かったが、塾経営者は高級車を乗り回し、ゴルフをやり、テレビコマーシャルを入れるなど、世の中の評価とは裏腹に塾経営で成功し、財をなす先生方が多かった。今では考えられない。

今は職業としてある程度の評価を受けるようになったが、反比例するかのごとく塾だけでは食えなくなってきた。乱立である。個人塾が増えたのではない。全国展開するフランチャイズ塾が地方に押し寄せてきた。

我が一関市は統合したとは言え、10万ちょっとの田舎町である。市内の中学校は10校あまり、3000人ほどいるが、塾通いはその内の500人ほど。中学生をメインとする20軒ほどの塾がその生徒を取り合う形になる。平均25名の生徒として、田舎の安い月謝では到底生計が成り立たない。それが現状である。

成り立たせるためには、やはり70名から100名の生徒数が必要となる。そうすると弱肉強食の理論が生まれ、廃業に追い込まれる塾が出てくる。それは個人塾であろうが、大手フランチャイズの塾であろうが関係ない。それが毎年繰り返されるのである。

市内で20年以上続いている塾はわずか5軒である。その内4軒が個人塾である。僕はご父兄や子どもたちのニーズが、大手フランチャイズのマニュアル的指導に傾かないこの町の選択を誇りに思っている。そして励みとしている。頑張って行きたい。

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2009年11月21日 (土)

塾教師という職業

僕のブログを一番読んで頂いているのは間違いなく塾生の保護者の皆様であるが、その次に読んで頂いているのは、きっと同業者の先生方であるだろうと思う。

現在塾業界で働いている人のいったいどれくらいの人が、塾教師になることを望んでなっているのだろうか。ブログでふか~いお付き合いをさせて頂いている神奈川のとよ爺先生も書いておられたがhttp://toyojie.jugem.jp/?eid=3913『将来塾の先生になりたい』という中高生がどれほどいるだろうか。

病院の先生や学校の先生になりたいと言う声は聞くけれども、塾の先生になりたいという夢は語られない。

これだけ全国に塾が増えてもやはり塾教師という職業は特殊な仕事だと僕は思っている。僕らの世代では圧倒的に学校の先生に採用されるまでのつなぎの仕事という位置づけを持つ方々が多かった。実際昔の塾の同僚の多くが、今学校の先生をやっている。大学の同じ学部の同級生でも、塾教師をやっているのは僕ぐらいである。それほどマイナーな職業である。

生徒が集まらなければ生活が成り立たないという厳しい世界。開業した半分以上が5年以内に廃業する過酷な業界である。田舎で個人塾を経営する殆どの先生が、何らかの副業をやっておられる。それでも塾を続けたいという情熱を失わないのは、やはり塾ゆえに、塾だからこそ、できることがあるからではないだろうか。

僕はこんなブログを毎日書いているものだから、「先生にとって塾教育とは何ですか」などという難しい質問をされることが増えた。「運のいい子どもを育てることじゃないでしょうか」。こんなふうに最近は答えている。

僕は正直言って、塾教師であることに劣等感や、後ろめたさみたいなものを持っている。それはやはり王道を歩んでこなかった人生の後悔みたいなものを背中に背負っているからかもしれない。

しかしそれと同時に誇りもある。それは他人ではやれない僕だけの指導があるのではないかというちっぽけな誇りだけれども、そんな誇りにすがって27年間塾教師をやってきた。

実は先日の高校での話だが、定期テストの答案用紙を返しているときに、「中学校の授業はつまらなくて、眠くて、分かんなかったけど高校の授業は楽しくてなんだか英語が好きになってきた」という声を何人かの生徒からもらった。

「褒めたってこれ以上平常点はあげないぞ」などと言いつつ、僕は超単純な人間なものだから、とても嬉しかった。そんな日は仕事の疲れも吹き飛び、身も軽やかに塾に戻るかねごんであった。(つづく)

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2009年11月20日 (金)

講演の付き人

昨日は風と虹の教室の代表である家内の講演の付き人で(・・・笑い)、市内の花泉子育て支援センターにお邪魔してきた。僕の役目は幼児とお母さんの前で歌をうたうことだったが、不思議な体験をした。

1歳児や2歳児の幼児は、僕の歌など関係なく騒ぎまくっている状況がいつものパターンなのだが、僕のさび付いたギブソンの弦が鳴り始めた瞬間、視線も耳も僕に向かってきた。2曲を歌ったのだが、お母さんと一緒に静かに聞いていた。初めての経験である。

実は僕がちょうど歌をうたっていた頃、僕が大変お世話になった故人の方の告別式が市内のお寺で営まれていた。

僕は農家の長男に生まれた。一人っ子なものだから必然的に20年前父が亡くなった時に、29歳だったが、農地を引き継いだ。農業を見よう見まねで始めた。

農業機械にまったくオンチな僕にいろいろアドバイスをくれたのが、町内にある佐々長農機のご主人であった。ちょっとした故障の修理にも嫌な顔一つせず家まで来てくれた。父の代から30年以上のお付き合いになる。そのご主人の告別式であった。69歳であった。

急だったものだから告別式には参加できなかったが、子育て支援センターに行く前に、お店の前で合掌だけさせていただいた。そんなことがあっての僕のミニライブであった。

ちっちゃな天使たちには何か感じるものがあったのかも知れない。

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2009年11月19日 (木)

褒めて伸びるものだ

農家の軒下に柿がつるされ、そのそばには漬物用の大根が干してある。本格的な冬を前にして見られる田舎の風物詩である。

今朝は雪のような霜が降りた。奥羽山脈の山々が雪に覆われた。冬用のタイヤに慌しく変える方々も多かったのではないだろうか。

我が塾では高3生が今週からAO入試が始まる。今年も駒形神社の合格鉛筆を、AOを受験する塾生に贈った。どうか落ち着いて日頃鍛錬した成果を発揮してもらいたい。

僕はスポーツや文章は褒めて伸びるものだと思っている。僕の塾の生徒が通っている高校の先生が、毎回生徒を泣かしてしまうほどケチョンケチョンに作文をけなすのだという。この時期、多忙さからくるストレスを発散しているのかどうかは知る由もないが、けなしたからといって急に文章がうまくなるなるわけではない。

生徒は、何気なく使った比喩を褒めてもらったり、引用句を賞賛されたりして一行一行うまくなっていくものだ。

大学入試の模擬テストに於いて、志望校判定がDやEだった生徒がAOで受かってしまうのが文章力のなせる業である。毎年そんな奇跡を起こす塾生がいる。

市内の某県立高校は創立100周年を迎えたが、6年ほど前開校以来初の早稲田合格を果たした生徒がいた。我が塾の生徒であった。僕の論文指導を自慢しているのではない(やっぱり自慢に聞こえるか・・・苦笑い)。生徒を褒めることで、その生徒の潜在能力を引き出せるという事実を述べたいのである。

合格したのは本人の努力である。僕ら教師の仕事はサポート役に過ぎない。いかに子どもたちの能力を引き出すかが僕ら教師の仕事であって、要求される力量だと思う。

『塾からの連絡』

本年度の受験学年(中3、高3)の募集は終了しております。ご了承ください。

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僕は決してMではないので・・・

昨日で僕が講師に行っている高校の定期考査が終わり、今日から授業が再開した。昨日は午前中試験監督だった。2時間目は進学クラスの数学Ⅰのテスト監督だったのだが、ただストーブにへばりついているのも精彩に欠けるので、教壇の机で問題を解いていた。

2次関数の不等式や共有点等の問題であったが、結構解けた。ちなみに優秀そうな生徒の答案用紙を覗き込んだが、僕の答えと同じだった。数Ⅰはいけるかも知れないと一人静かなガッツポーズをとっていたかねごんである。

しかしである。やっぱり僕はMが横になったあたりから高校数学はチンプンカンプン、ギブアップ状態である。僕の数学的思考は冬眠に入ってしまう。どうあがいても私立文系頭の僕には高校の数学や理科はなじまないのである。

ところで僕の塾には高校3年生の女子生徒が何人かつるんで来ているのだが、最近受験が近くなってきて生物や数Bのプリントを要求してくる。たまたまその高校の準拠のワークがあったので出してやっているのだが、アブシリンサンがどうの、神経細胞のノルアドレナリンがどうのと聞いてくる。

僕は決してMではないので、攻められるのは居心地が良くない(・・・・笑い)。高校生は英語と論文の塾だったよな~と一人つぶやくのであるが、生徒たちは関知しないようだ。

彼女たちは英語が苦手で僕の塾に来ているのだが、毎回苦手な教科をやるのも辛いのだろう。それにしてもなぜか英語をやらない・・・・・。困ったものである。

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2009年11月17日 (火)

姿勢の偏差値

若い頃の本好きと卓球好きが重なって、猫背の姿勢が定着してしまい、自分で言うのも恥ずかしいが決して姿勢がいい人間ではない。

典型的な旧日本人体型の6等身なものだから頭がでかく、ゆえに背中が丸まって肩が猛烈にこり、腰痛の持病持ちである。姿勢の悪さから来ているのは重々承知しているのだが、長年の習癖ゆえ矯正出来ずここまで生きてきてしまった。

中学生や高校生を見ていて感じることだが、背筋が伸びて姿勢のいい生徒は成績もいい。例外がなくもないが、授業中やたらと髪をいじくったり、シャープペンの芯先で爪をほじくって、背中を丸めている生徒に残念ながら成績上位者はいない。もちろん寝ているのは論外である。

頬杖をついたり、やたらと足を組み変えたり、腕を組んだり、ふてぶてしい態度なのだが、そんな中にたまに成績優秀者がいる。そういう生徒の目は鋭く、獲物を狙っているライオンのごとく授業をする僕をにらんでくる。

それにしても学校の授業や塾の指導中に寝てしまう生徒が増えたのは、夜更かしの習慣が圧倒的に増えたことが原因であるし、それを助長しているのがケータイやパソコンそしてゲームである。

子どもたちの集中力のなさが睡眠不足から来ていることは間違いないだろうと思う。眠くなるのでおのずと姿勢もだらけてくる。教室に暖房が入ったこの時期は、睡魔と戦う生徒が増える。

しかしそうした生徒たちも、僕がシモネタ話や若い頃の武勇伝を話し始めるとちゃっかり起きだして聞いている。不思議な睡眠学習である。

それにしてもよだれを流さんばかりに眠りほうける女子生徒の姿ほど興ざめするものはない。若き乙女たちよ、ユメユメ気をつけるべし・・・・・・。

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自己洗脳

世の中の常識に反して、目に見える富や、目に見える学力などに囚われてはいけないと僕は思っている。お金は数字という形で給料明細書や通帳に表れるし、財布の中身もしかりである。学力も学年順位や偏差値表に表れ、それが人間の評価になってしまっている。

悲しいかなその結果で、いわゆる自己洗脳され、自分の人間としての地位を過小評価してしまう人達が多い。その逆もしかりである。

意識的にあるいは無意識的に力強い願望を持っていても、なかなかお金が手に入らない、学力が身につかないという人が多くいる。それは行動力の違いであると思う。

数学が嫌いならば、せめて早起きをして読書をするとか、頼まれたことは都合がつく限りやってあげるとか、困っている人がいれば相談に乗ってあげるとか、そういった日常の行動が幸運なり強運を呼び込んでくるのだと思う。

人を助けることもなく、お金にならない事には指一本動かさないという態度では、いくら願望ばかりが強くとも女神は微笑まない。

僕は名刺に校長などという肩書きを冠しているが、生徒のため家族のため一日500円の小遣いで頑張っている中年のはげ親父である。一見風采が上がらないよぼよぼメタボジジイであるが、実はその通りなのである(・・笑い)。

いつも女房に叱られるのだが、学歴もない、お金もない、髪もないなどと言う自虐トークをやっているものだから、「あなた言葉は言霊よ。自分を卑下した発言はたとえ冗談でもやっちゃだめです」などと厳しくお叱りを受けるのである。

しかし女房は僕の心を読み取っていないと思うが、そんなジョークを言っている時こそ、行動し心は情熱に燃えているのである。いつも塾生たちに言うのだが、僕が自虐ネタを連発するときは、世のため人のため働いて疲労困憊している時なので、どうか僕を励まして欲しいと懇願するのだが、「十分ハゲが増しているよ」と上手のギャグを食らってしまう。

三日前に紹介したNSPの『あせ』の歌詞じゃないけれど、人生で大切なものは、お金でも勉強でもなく、生きることに専念することだと思っている。名誉や地位や、そして欲望渦巻く人間関係にがんじがらめになってしまうのは、人それぞれが持つ「生きる」という意義を失ってしまっているからではないだろうか。

「生きる」とは、今の仕事を全力で行って、強い意志を持ち、その日出来ることをその日にこなし、人を思いやり、対価以上の仕事をし、前向きに生きることだと思う。

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2009年11月16日 (月)

人生に於ける最大の借金

毎月お金が飛んでいく。生活をしていれば必然的にお金がかかるのはしょうがないのだけれど、何かを始めようとしたり何かを望んだりすればやはり出費はかさむ。

それが経済と呼ばれるものの循環なのだろうけれど、生きる楽しみと苦悩が背中合わせの日常が存在するからくりでもある。

金を溜め込んでじっとしている人生などというのもつまらないだろうし、かと言って自由奔放に生きて借金だらけという人生も迷惑この上ない。バランス感覚と現実の生き様がマッチしてこそ人生の喜びがある。

今回僕の家では、僕の人生始まって以来の借金をすることになった。太陽光発電を取り入れ電化に切り替えることにした。やはり地球の温暖化やCO2の排出抑制を考えると、太陽光発電の導入はやるべきとの、僕と家内との決断である。

ガスをやめ、お風呂もエコキュートに切り替える。あまった電力は電力会社が買い取ってくれるシステムなのだが、じっさい毎月の支払いは増えることになる。当初灯油代が猛烈に値上がりしたときには、蒔きストーブを考えたが、地震が頻繁に起きる地域なので、火の管理に不安があり躊躇していた。

もろもろの諸経費を合わせて15年ローンなので、気が遠くなるような数字が請求書に羅列される。したがって還暦を過ぎなおかつ65歳まで僕は頑張らなければならばい。ひょっとすると今後ガス代や電気代が値上がりしていけば、太陽光発電の支払いのほうが安くなる時代が来るかもしれないが、今のところは毎月1万5千円ほどの負担増になる。

僕の人生に於ける最大の借金は、高校、大学と借りた育英奨学金であった。公と名のつく学校に縁がなかったために、すべて私学で学んだ。家計が大変だったので、高校、大学の授業料は7年間自分で払った。その返済が42歳で終えたときは本当にほっとした。

それ以来の巨額な借金である。この借金をエネルギーにしてまた仕事に頑張りたいと思っている。軽トラックの日々がまだまだ続くな・・・・・

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ジャズの好きな人にアホはいない(笑い)

先月に行われた平泉吉野屋さんでの第4回イーハートーブ音楽際の記事が地元紙で取り上げられ、この吉野屋さんの音楽祭もだいぶ有名になってきた。塾生は牛丼のお店と勘違いして、牛丼を食べながらのライブですかなどと聞いてきたが、コーヒーも飲める和菓子やさんである。

僕は、家内が吉野屋の娘さんとシュタイナー教育の縁で知り合ったのがきっかけで、昨年から飛び入り参加させてもらっているのだが、僕もこの音楽祭が病み付きになってきた。

この音楽祭でいつも美しいジャズピアノを聴かせてくれる青年がいるのだが、先日某高校の廊下でばったりであった。僕は職業を明かしていなかったので、ネクタイを締めた背広姿の僕に、「一瞬誰だっけ?」という視線を送ってきたのだが、すぐさまカブトムシのおじさんですねと、微笑みながら近づいてきてくれた。

彼は市内の印刷会社に勤める青年であった。彼は大学で音楽教育を先行し、まさに専門はピアノということで、基本が出来ている生粋のジャズ屋である。僕のような邪道のギター弾きとは違うわけで、彼のメローなタッチのジャズの調べは実に心を揺さぶる旋律である。

これは僕の勝手な信条というか信念なのだが、ジャズの好きな人間に悪いやつはいない。一歩踏み込んで、ジャズの好きな人にアホはいない(笑い)。という思想を僕は持っている。

僕の塾は開校以来15年以上もお付き合いをしてきた印刷屋さんがあるのだが、処々の理由で縁遠くなり、実は個人経営の印刷屋さんを探していた矢先であった。まさに音楽が取り持つ縁である。さっそく無くなりかけている名刺を補充すべく、新しい名刺を頼んできたのであるが、しっかりとした仕事が出来るジャズ青年であった。

と言うことで寒さが増してきた今日この頃、こんなジャズはどうだろうか。

1965年ベルリンでの演奏である。ビル・エバンスのピアノが一番輝きを放っていた時代である。日本は東京オリンピックを成功させ、時代は高度経済成長に突入する。日本経済は、あの頃のハングリー精神を再び思い起こし、チャレンジャーとして世界に立ち向かわなければならない。

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2009年11月15日 (日)

文は人なり

今日はお正月以来の朝寝をした。風邪気味で少し頭が痛い。熱はないが身体がだるい。

高校の定期テストの答案用紙の丸付けをし、息子の車が車検なので自動車屋さんに持って行き、一日が過ぎた。

先日友人であり先輩の学び舎の小林先生http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/から電話を塾に頂いた。先生の塾が入っているビルのすぐ前の通りに、仙台に本社を持つ大手フランチャイズの塾が進出してきたとのお話だった。

小林先生の塾は奥州市水沢区にある。先生の塾そのものは開校してまだ年月が浅いが、水沢での先生のキャリアは30年近くになる。僕のような短気な輩とは違って、温厚で知的で感情に流されない冷静沈着な先生である。

先生は決して自分の大学名など口にしないが、僕など逆立ちどころか宙返り三回ひねりをやっても入れない旧帝大である。謙虚で思慮深いという表現はまさに小林先生のためにあるような言葉である。

大手が個人塾の近くに進出してきて、生徒を奪う常套手段は昔から大手がやる戦法である。しかし僕はミイラ取りがミイラになってしまった実例をずいぶんと見てきた。

もちろん経営者がフランチャイズ塾を意図的に既存している個人塾の近くに出すことは、法律違反でもないし自由競争の日本において、まさしく自由なことである。しかしやはり礼儀と言うものはある。

この塾業界そのものが、今後生き残って行くためには共存の思想が絶対不可欠であると僕は考えている。今回開校するフランチャイズの代表がどこまで、この塾の未来というものを考えているか知る由もないが、小林先生の塾が水沢のご父兄に支持されることに僕は確信を持っている。

僕のブログの師匠であるとよ爺先生http://toyojie.jugem.jp/?eid=3920#commentsも小林先生のコメントに述べておられたが、文は人なり、小林先生の日頃の記事がすべてを物語っていると思います。

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つぶつぶの涙

この曲の音源はNSPのファーストライブアルバムであるが、中学生だった僕は本当にレコードが擦り切れるまで聴いた。曲の爽快感もさることながら中学生だった僕の心の中に歌詞が沁みこんだ。

この世で一番大事なものはいったいなんだろう。金でもない勉強でもないまして女じゃないさ。

この世に生まれてきた以上には生きていかなくちゃ

この歌詞に中学生だった僕はなんど勇気付けられ、なんど元気を与えられただろうか。県立高校の受験に失敗したとき、僕は布団をかぶってこの『あせ』を聴いていた、それこそつぶつぶの涙が流れていた。

先週の土曜日、一関高専に通う塾生が、PCを持ってきてNSPの懐かしい曲を聞かせてもらった。appleのPCにNSPのすべての音源が収録されていた。僕は思わず目頭が熱くなる曲があったが、塾生の前で涙を流すわけにもいかず、こらえていた。

昨日の記事の夕暮れを見ながら、そんな昔を思い出していた。

挫折、劣等感、後悔、そんな僕のわだかまりが、教えるエネルギーになっているような気がする。

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2009年11月14日 (土)

災害義援金を着服

475bd7924a0e228c 夕暮れが綺麗だった。左の写真は、今日塾の二階から家内に頼んで写してもらった磐井川の土手の風景である。

僕の好きだったNSPの天野さんもきっと磐井川のこんな夕暮れを見てあの名曲『夕暮れ時はさびしそう』を作ったのかも知れない。

080510_085831 この夕暮れの夕陽が沈んでいく一関本寺地区は、昨年の岩手・宮城内陸地震で大きな災害を被った地域である。

震災に対して、全国から多くの義援金を頂いた。その一関市に寄せられた災害義援金を着服したとして、市役所の主任主事が懲戒免職になった。不正に1084万円を引き出し私用に流用した事実が発覚した。

全国の方々の多くの善意を裏切るひどい行為である。僕も同じ市民として恥ずかしい限りである。沈む夕陽を見ながら、怒りを通り越して悲しみが胸を締め付けた。

そう言えば、僕の塾の生徒も少ない小遣いの中から、義援金を募金していた。昨年の地震では徹夜徹夜で帰れない市役所職員も多くいた。そういった努力を瓦解させてしまうような今回の行為は本当に許せない。

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熊出没注意

今日は岩手の塾ならでわの話題をしたためてみたいと思う。

僕の営む塾は一関市の中央に位置する。県立一関一高のすぐ前にある。ジャズ好きな方ならばベイシーの近くと言えば、すぐ理解してくれるのではないだろうか。大験セミナーなどというだいそれたネーミングを冠しているが、僕が20年前に立ち上げたまったくの個人塾である。

20年間で世に送り出した生徒数は600人をようやく超えた。塾生のメインは中学生である。下は2歳のあどけない幼児から、上は高校3年生まで指導しているが、中学生がそのうちの七割を占める。

実にさまざまな中学校から生徒たちが集まってきている。塾がある学区は一関市立桜町中学校の学区であるが、年によっては10校以上の中学校の生徒たちが在籍する。

一関市は近年町村合併が行われ、広大な面積になった。東京都の面積にほぼ匹敵する。それゆえ僕の塾に通ってくるのに車で片道40分以上かかる生徒もいる。本当に感謝である。

今年一番遠い生徒は、奥州市衣川から来ている生徒なのだが、毎回面白い話題を提供してくれる。昨日は熊の話題で盛り上がった。

Sくんは家の前の道を自転車で走っていて、道を曲がったところ熊と遭遇した。S君もびっくりしたが、熊もびっくりし近くの川に飛び込んだらしい。自転車に乗っていたから良かったものの、歩いていての遭遇ならば命の危険に晒されていたところである。本人は笑って話していたが、笑い話ではない。

Sくんの隣家には、かつて留守の間に熊が忍び込み、トウモロコシをぱくぱく食べていたらしい。テレビ等でも報道された騒動であったようだが、怖い話である。

『熊出没注意』のステッカーを付けて走っている都会ナンバーの車を見かけるが、わが町一関ではしゃれにならない。そのまんまである。数年前には、僕の塾の近くの県立病院の中に熊が走りこんできた事件が起こった。自然が豊かなのはいいのだが、豊か過ぎるのもちょっと困る話である。

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2009年11月13日 (金)

100年に一度の世界不況

プロ野球のドラフト会議が始まるまでは、菊池勇星くんの記事を書いた日がアクセス数が多かったが、最近は大学生や高校生の就職難の記事を更新した日がアクセス数が急増する。高校生就職難等の検索ワードで入ってこられる方が多い。

100年に一度の世界不況と言われているが、若者に仕事がない状況は本当に辛いことである。

知人の自動車屋さんが言っていたが、例年であるとこの時期から来春卒業する大学生や専門学生さんの自動車の購買が伸び始めるのだそうだが、今年はさっぱりだと、高校の就職担当の先生方同様頭を抱えていた。

公務員天下の日本と言われているが、宮城県は県職員の給料カットを決めた。全職員一人の年間収入を平均100万円カットする。この対応は宮城県に留まらず、地方全県に波及する可能性がある。

地方交付税が削減され、地方税収は毎年減収する一方である。公務員と言えども痛み分けは仕方がないことだろうと思う。これは公立の学校の先生にも影響していくのではないだろうか。

世界不況と言うが、あれほど潤っていた財力はいったどこへ消えたのだろうか。どこかの国の誰かが独り占めしているのだろうか。経済に疎い僕は実に不思議な現象に思える。

地球上には60億人の人々を養える食料と仕事がまだまだ山のようにあるように僕には思えるのだが、メディアを通して見えてくる光景は悲惨なものばかりだ。なぜだろう。

貧困と病気、そして紛争に明け暮れる国々を見ていると、今経済の血流の流れを悪くしているのは、富める者とそうでない者のギャップの負のエネルギーが地球上にとぐろを巻いているような気がする。それはまるで高気圧と低気圧がぶつかり合った時に出来る気圧の谷の嵐のようだ。

100ショップで売られている製品を見ていると、これだけの低コストを維持するためには、開発途上国の人々はいったいどれほどの自給で働かされているのだろうかと考えてしまう。

搾取し利益をえる経済システムを終焉させない限り、本当の豊かさはやってこない。

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2009年11月12日 (木)

人の花・感謝の意義 by Mr.Honda

僕がこのブログを始めて、最初にリンクを貼らせていただいたのが、山口県のみかみ塾ー本田屋Mr.Honda先生のブログであるhttp://mrhonda.jugem.jp/。音楽に造詣が深く、塾教師としての才覚もさることながら、音楽の感性に惚れ込んだかねごんであった。
私が尊敬してやまない宮沢賢治を髣髴とさせる詩を本田先生はしたためている。こんかい紹介する『人の花・感謝の意義 』の詩は、生きて行く根本姿勢を問いかけてくる文章である。ぜひ皆さんに読んでいただきたい。本田先生の「人の花・感謝の意義」からの抜粋である。
感謝。

感謝とは何であろう。
(中略)


感謝が道を外れるときの原因は何であろか。

そこにこそ感謝の本当の意味が隠されている。


感謝がその道を外れていくその原因は
「自己都合」である。

人はそれをわがままと呼ぶ。


「自分を大切にすること」が「自己都合」にすり替えられるとき
人はその感謝の道から外れていく。

「自己都合」が「他人を思いやること」を忘れさせるとき
感謝は崩壊し、
「自分を大事にすること」すら失ってしまう。

「自己都合・わがまま」が
「自分を大事にする」ということは決してない。
むしろ自分の道にバツ印を打っていくのと同じである。



豊かな道にだけ花が咲くのである。
自分の道に咲く花に水をやるのは自分だけではない。
必ず自分の愛する他の誰かが自分の花に水を与えてくれるのである。
自分を愛する他の誰かがそこに水をまいてくれるのである。
人を蹴落として傷つけて、あなたの花に水を与えてくれる人など一体どこにいよう。
人の花の美しさと尊さを知らないものに、誰が水を与えよう

豊かな道にだけ花が咲くのである。
昨日感謝が人間の根本のエネルギーだという文章をしたためたが、まさに本田先生のこの詩は鋭角的に僕の心の琴線を痛烈に刺しぬいた言葉の宝石である。
このような文章を書く先生が塾業界にいることを僕は誇りに思う。

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僕の人智学

昨日塾で高校生に分詞を教えていた時に、電子辞書を持っていたものだから「人智学」という項目を検索してみた。

シュタイナー教育の根源をなすもので、霊能力や霊感を開花させる・・・・・云々の表記がなされており思わず笑ってしまった。世の中の人が勘違いするのも分かる気がする。これじゃまるでシュタイナー教育は怪しげな新興宗教そのものである。

人智学の解釈はそれぞれだろうと思うが、僕が塾で取り入れているスタンスは次のようなことである。

人がこの時代、この国、この地域、特定の家庭に生まれてくるのは偶然ではない。それぞれの学びの目的があり、生まれてくる。

人間の幸、不幸はある種の宗教が言うような前世のカルマや因果によるものではなく、人間の深層イメージによるものであって、いつでも変えられる。言葉や想像力が一番大切なものである。

人間のエネルギーの根源をなすものは感謝であり、感謝から生まれる行動力である。

私は子どもたちの指導において上記のことを常に念頭に入れている。思いや常日頃発する言葉は、人の運命さえ左右するものだと考えている。

僕はある意味一番宗教臭い塾教師かも知れないが、一番宗教が嫌いな人間でもある。塾をやっているといろんな経営セミナー等の案内が送られてくる。その中には明らかにバックに宗教団体が絡んでいる怪しげなパンフレットも多い。

僕の知っている経営者の中には、この不況の中、藁にもすがる思いで宗教に迷い込み、会社どころか家庭までも離散してしまった方がいる。本当に気の毒である。

宗教に頼ることの一番の欠点は、自分の努力のなさや行動力のなさを祖先のせいにしたり、霊障のせいにしたりすることにある。宗教団体の戦略にまんまとはまり、経営の冷静さと常識力を失ってしまう。

神心はすべての人の魂に刻み込まれている。感謝と行動力が必ずその力を起動させてくれるはずである。多額のお布施や、寄進など必要ない。

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2009年11月11日 (水)

こんな日もある

冷たい雨が降り続く一日だった。塾のそばの公園の銀杏の葉っぱが雨に打たれ、ジュータンのごとく公園内に敷き詰められていた。季節は間違いなく秋から冬に彩を変えた。ストーブの暖かさが心にしみる季節である。

午前中に高校での授業を終えた僕は、その足で水沢の駒形神社に向かった。高3生がもうすぐAO入試である。合格祈願をしてきた。ついでにと言ってはなんだが、我が息子の就職祈願もやってきた。

きっと僕だけではなく、就職を希望している学生たちの親御さんの大半が僕と同じ気持ちだろうと思う。岩手県内の就職内定率はいまだ39パーセントである。どこの高校も厳しい冬を迎えている。

僕の家から駒形神社のある奥州市水沢までは、車で1時間ほどである。水沢区には僕の友人で先輩である学び舎主人の小林先生がいる。

雨の降りしきる中、かわいらしい子どもたちが七五三参りに詣でていた。そう言えば成人式を迎える長男も、中2の次男も駒形神社で七五三を祝った。つい先日のような気がするが、長い年月が過ぎた。

身長が170センチ弱の僕は、かなり前に息子たちに背を追い越されてしまった。最近は威圧感さえ覚える。足取りのあぶない息子の手を引いて、鳥居をくぐった遠い昔を僕は雨の煙る境内で懐かしんでいた。

子どもに苦労をさせたくないと願うのは、どの親御さんも同じだろうと思う。僕は大学の卒業式の日まで就職先が決まらなかった。きっと僕の父親も今の僕と同じ気持ちだったろうと思う。

北風が冷たい一日、僕の心はちょっとメランコリックになっていた。

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2009年11月10日 (火)

呪文を唱えませんか

脳科学者の茂木健一郎さんが4億円の申告漏れがあり、追徴された記事を目にしたが、申告漏れの理由が面白い。「忙しかったから」。

ここで個人的な批判をするつもりはないが、テレビメディアに出ている知識人は、著作や講演でだいぶ儲けている。一時間の講演で100万という方もいる。僕なども本当にたまに講演を頼まれるが、1時間しゃべり歌い?数千円の謝礼である。時にガソリン代で消えるときがある。

お金はどうやったら稼げるか。お金を愛し、うまく使う人のところに集まってくる気がする。最近僕もお金を稼ぐ決心をした。どんどん働いてお金を稼ぐことにした。金持ちになるぞ宣言である(・・・笑い)。

まず新しい軽トラックを買う。バリバリのホイルを取り付け、ナビまでくっつけて、走り回ろうと思う。次に8年間修理を繰り返し使ってきたパソコンを買い換える。スイッチがなくなり、マウスのジャックが付けられなくなったパソコンなど誰も使っていないだろうと思う。実はこの僕が使っている(マジです)。

・・・とここまで書いてきて馬鹿らしくなってきた。実際僕も茂木健一郎さんに劣らず忙しい。毎日12時間労働の日々である。4億円など夢のまた夢、年収400万円にもならない。それどころか一年間の経費を差し引いたら年収が15万円にしかならない年もあった。しかし僕はくじけていないしめげていない。それは仕事が楽しいからである。

数年前まではこの時期になると必ずストレスで口内炎になった。このところ口内炎にならなくなった。仕事が楽しいのである。分析をすると、最近僕は自分を偽らなくなった。出来ないことは出来ないし、出来ることはやるという主義を貫いている。

若い頃、(今でも若いつもりであるが)頼まれるとNOと言えなかった。気が弱いのと、お人よしなのと、断ったら仕事がなくなるのではないだろうかという不安にさいなまれ、どんな困難な生徒でも引き受けた。塾生を首にするなどとんでもないことだった。ゆえにストレスにさいなまれた。

実は今もやっていることは昔と変わらない。変わったのは意識だけである。僕は呪文を唱える。人間は必ず進化する。今日より明日のほうが必ず優秀だ!だから昨年出来なかったことでも今年は出来るようになるし、昨日出来なかったことが、今日できるようになる。それを毎日自分に言い聞かせている。

したがって年を取ることが楽しくなった。年とともに衰えるのではなく、年とともに進化して行くのだから。皆さんも自分を楽しくする呪文を唱えませんか。

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きっと道は見えてくるよ

先日中学生の息子を学校まで送って行った時のことである。いつもながらの遅刻ぎりぎりのタイミングで校門前に到着したのだが、ワンボックスカーの中で頭を抱えて動かない男子生徒がいた。

お母さんは腕組みをして仁王立ちである。会話は聞こえなかったが、察するに学校に来たくないのを無理やり車で連れてこられたようだった。僕らが来るまでどれくらいの時間が過ぎていたのか知る由もないが、結局は子どもを乗せて家に帰ったようだ。

息子はちらりとその様子を眺めていたようだが、他人事ではない。最近こそ何とか休まずに学校に通っているが、小学校の時と中1のときにはプチ不登校を決行された。一週間ほど休んだろうか。

実は僕にも前科がある。高一の時に高校に行くのが嫌で、ずいぶんと休んだ。しまいには退学届けを持って行った。幸いにも当時の担任の先生に説き伏せられ、辞めずに3年間を終えた。ゆえに今の僕がある。

あれから35年の月日が流れた。先生は今仙台にお住まいになっているが、いまだに年賀状のやり取りは続いている。わざわざ僕の山の中の自宅まで来ていただいた、若かりし頃の先生を思い出すことがある。こんな我がままの僕のために、一生懸命励ましてくれた先生に感謝しても感謝しきれない気持ちである。

若さゆえのどうしようもないやり場のない気持ちと、有り余るエネルギーのはけ口を求め、僕は尾崎豊の歌の世界を地で行くような生活を送っていた。真夜中にバイクを乗り回し、友人とギターをかき鳴らし、当てのない光を求めていた。

それが今、何をどう間違ったのか、先生などと呼ばれている。塾どころか高校まで行ってずうずうしくも教科指導をしている。人生は不思議なものだと思う。さすがにもうバイクは乗らないが、相変わらず音楽とやんちゃな性格はやめられない。

頭を抱えていた少年を見て、僕はそんなことを一人考えていた。

だいじょうぶ、きっと道は見えてくるよ。

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2009年11月 9日 (月)

伝説の赤ペン大魔神

自習室のテーブルに過去の塾生の自由帳を置いている。実は昨年から4年ぶりに教室に自由帳を置いたのだが、あまりのレベルの低さに切れ気味の僕であった。

シモネタと他人の中傷だけが目立つ次元の低さに廃止しようかなと思ったのだが、過去の塾生のすばらしい独白文なり、伝説となった赤ペン大魔神の雑文を読ませたなら、塾生も考えるところがあるのではないかと、20冊ほどのバックナンバーをテーブルに置いた。

案の定塾生が食いついてきた。「昔の塾生の落書きレベルが高い~」と、昨日行われた白ゆりテストを受けにきた生徒たちが、昼時間感心して閲覧していた。

当時は携帯電話がなかったので、塾生たちが伝言板代わりに使っていた。時に恋愛の相談ごとが書いてあったり、映画批評が書いてあったり、僕に対する質問状が記されてあったりする。

その中には、すでに結婚をして素敵な家庭を築いている卒塾生も多い。伝説の赤ペン大魔神くんは、現在テレビ局で活躍している。現在の記事力はこの自由帳で鍛えられたのではないかと思っている(・・そんなことはないか)。

メール世代になって、文章を書く感性が明らかに変わってきている。文章がリズミカルであるが、思考が短絡的。一見的を得ているようだが、感情的。唯我独尊的であるが、中身が空洞。ちょっと辛口すぎたが、つまりは文章が面白くないのである。

お笑い番組を一杯見ている子どもたちなので、もっとウイットがあるかと思いきや、残念ながら想像力が欠乏している。かつては塾生の中に詩人が必ず一人や二人ぐらいはいたものだ。

僕の塾の生徒ばかりではなく、塾のそばを帰っていく高校生を見ていても、殆どの生徒が、うつむきがちにケータイを見ながら帰っていく。彼ら彼女には、紅葉し風にそよぐ銀杏の彩りや、夕暮れ時に慎ましやかに姿を現した半月の光が見えているのだろうか。

今日はちょっと奮発して豪華な自由帳を買ってきて教室に置いてみようと思う。自習室で勉強そっちのけで自由帳の雑文書きに集中されても困るのであるが、せめて僕がブログで紹介したくなるようなイラストなり詩なり、たまには誰か書いて欲しいものである。

書いた文章に添削をしたりしないのでご自由にどうぞ

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2009年11月 8日 (日)

やりたくないことがいっぱいある

一人一人が鉛筆の握り方が違うように、子どもたちの能力や才能も一人一人がそれぞれに違う。

長い文章を見ただけで具合が悪くなってしまう生徒がいる。数学の文字式の羅列を見ただけでめまいを起こしてしまう生徒もいる。苦手を克服しなさいと言われても、どうにもならず天を仰ぐ生徒もいるはずだ。

人と話すことが苦手。パソコンが苦手。机にじっとしているのが苦手。運動が苦手。歌うことが苦手。人それぞれが出来ないことや、やりたくないことがいっぱいある。

僕もいっぱいある。泳ぐことが出来ない。高校の数学はMが横になったあたりからチンプンカンプン。字を一度もほめられたことがないし、音楽をやっているのに楽譜は読めない。

不得意分野で勝負をしてもはじまらないので、苦手なことはすべて無視してきた。出来ることだけやってきた。字は下手だけれど文章を書くことは好きだった。譜面は書けないけれど曲を作ることは好きだった。高校の数学は苦手だったけれど、英文を見るとほっとした。

メシの種になるのは得意なことであって、決して苦手なことなんかじゃない。当たり前のことだが、それに気づかない人間は多い。

何でも人並みにこなそうなんて思わなくていいじゃないだろうか。せっかく生まれてきたのだからとりあえず自分のやりたいこと、得意なことを伸ばすのが先決で、その方が絶対生きることが楽なはずだと思う。

自分の苦手なことにエネルギーを注ぐことも時には必要なことではある。しかし自分の負の面に対して気持ちが行ってしまっていると、どうしたって苦しいものだ。

自分が本当は何をやりたいのか、どんな生き方をしたいのか、自分の心の声とじっくり相談することが大切なことだと思う。世の中の流れや空気感に、感情ばかりか生き方まで支配されてしまってはいけない。

昨日仕事のことを書いたが、「何でも良いから仕事に就きなさい」というような言葉を浴びせられ、意気消沈し、生きる希望が萎えている若者も多いだろう。

今今に支配されるのではなく、目標を立てることが大切だ。来年はこうなりたい。3年後はこうなっていたい。10年後はこうなっている。そうすれば今の仕事に愚痴ばかり言っている生活ではなくなるのではないだろうか。おのずと、ステップアップするための努力なり鍛錬が始まるはずである。

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2009年11月 7日 (土)

代償は大きすぎた

近年は都会に出ず、自分の故郷で暮らしたいという若者が増えている。実際僕の地域でも地区民運動会やスポーツ交流会等があると、20代や30代の若者たちが結構集ってくる。頼もしいかぎりだ。

しかしである。不況の煽りを受けてリストラや派遣打ち切りの話が錯綜する中、若者たちの居場所がなくなってきている。岩手県内の殆どの工場が、自動車関連企業や電気部品製造の会社である。今一番不況の影響を受けている産業である。

朴訥で口があまり達者でない東北人にとっては、都会の喧騒が苦手な若者も多いのだろう。少子化の傾向もあって、地元の企業で働いて将来は両親の面倒を見たいという若者も多い。

しかし悲しいかな、県内の求人がない。来春高校、大学を卒業し地元に就職を希望する学生の仕事場がない。

市内の高校生の就職内定率は39パーセント前後で推移しているが、就職担当の先生方は頭を抱えている。このまま仕事が無いまま卒業をさせてしまう最悪のケースだけは避けたいと関係各社を奔走しているが、いい話は聞こえてこない。

実は我が家でも長男の就職が決まっていない。本人は焦っているのかいないのか、あいも変わらずマイペースの日々であるが、このまま卒業をしてプータロウという状況だけは避けてもらいたい。もうすぐ成人式がやってくるのであるが、晴れの~という形容詞はまだまだ遠いようだ。

仕事が無ければ、自分で起こせばいいなどと言うことは簡単であるが、現実は厳しい。高校や大学を終わった若者たちを、大人として教育してくれる場が僕は会社であり企業であると思っている。その機会を与えられない若者たちは本当に気の毒である。

利益の追求だけを優先して、安い労働力を外国に求めてきた日本の企業は、逆にそのことで会社としての基礎体力を失ってきてしまった。払わなければならない代償はあまりにも大きい。

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命のバトンタッチ

僕は人間は誰もがサイキッカーだと思っている。だいたいにしてこの地球に無事生まれてきたこと自体が奇跡であるし、このようなすばらしい星に存在し生活していることが奇跡だと思っている。まさに感謝なくして僕らの存在を語ることは出来ない。

僕の塾は人智学をベースにしたシュタイナー教育を取り入れ、家内が幼児の指導をやっているものだから、時に何かの宗教をやっているかのごとく世間様に見られる傾向があるのだが、無宗教である。

ごく世間一般的に曹洞宗の檀家であるし、僕は現在地元の神社の総代を引き受けている。学校はキリスト教系の大学を出てはいるが、クリスチャンではもちろんない。家内もしかりである。

ただ50年近くの人生の中で、サイキッカーな方々から、かねごんさんは見えているんじゃないですかとよく言われるが、僕は霊やお化けのたぐいはいっさい見えないし、見たいとも思わない(・・・笑い)。自称宇宙人などと塾生の前でオチャラケているが、もちろん宇宙人にあったこともない(激爆)。

ただかつてブログでも何度か書いたが、年に数回、人と話をしていると脈絡もなく、その方の前世なのか、過去生なのかは定かではないが、違う時代に生きている光景が見えてくるときがある。インドのガンジス川の川べりでの光景であったり、アンデスの山中で糸を紡いでいる光景であったりする。

しかしそれは、僕の想像が作り出した単なる幻想かもしれないし、疲労から来た幻覚だったかもしれない。何も確信もない。しゃべってもいいかなと思われる方には僕が垣間見た光景をお話するのだが、思い当たるふしがあるのか、驚かれる方が多い。

実はこのブログにリンクを貼らせて頂いている先生方の中には、きっと僕のソウルメイトだろうなと僕が勝手に思っている先生方いる(勝手に思っているだけですのであしからず)。

僕は人間は果てしない久遠の旅人だと思っている。今生の人生が終わって向こうの世界に帰り、また人間としての輝きを増すためにいつの日かこの地球に生まれてくる、魂の旅人だと思っている。

僕らは悲しむためや、苦しむために生まれてきたのではない。今生の人生を謳歌するために生まれてきたのだ。だから人を傷つけたり、自分を否定してはいけない。豊かで幸せな人生を送ることが我々の使命であると思う。

気の遠くなるような命のバトンタッチが繰り返されてきた。人と人が出遭い、愛を育み、命が生まれる。その偶然と感動を奇跡と呼ばずして何を奇跡と呼ぶのだろうか。

日々大切な子どもたちをお預かりしている僕は、そのことを一番強く感じるのである。

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2009年11月 5日 (木)

つぶやき

毎日毎日仕事に追われる日常が続く。一日ぐらいは目覚まし時計を鳴らさないで寝ていたいと思うのだが、かなわぬ夢である。

木曜日の午前中が唯一の僕のノンビリ曜日だったのだが、先日のブログでも書いたように、風と虹の教室の親子幼児コースが、先月から自宅を開放して行われている。室長である家内から、あれやって、これやっての要求が朝から僕に浴びせられ、僕とワンちゃんとメス猫のキラと、右往左往である。

三日前、名取市から幼児用のテーブルと椅子が数脚我が家に搬入されてきた。もちろん家内が注文を取り付けてきたのだが、僕の小遣いの5ヶ月分が飛んで行った。僕はいたって物分りのいい夫なので、「素敵なテーブルだね」と言いつつ、21年目の愛車の軽トラックを眺めていた。しばらく車も買えそうにない・・・・・・。

そう言えば僕のギブソンのアコギの糸巻きがさびついてしまっている。買った仙台の楽器屋さんが処々の理由で店を閉めてしまったので、別のところに頼んだのだが、部品が作られてないとかで断られてしまった。仕方がないので人前で歌うときはK・ヤイリのギターを使っている。

ヤイリのギターも今年で30年目を迎える。思うに僕は道具を大切に使う天才かも知れない。ちなみに今朝コーヒー豆を挽いた手回しのミルは、僕が学生の時に買ったもので、いまだに現役である。

ちなみに女房も24年になる。やっぱり僕は天才かも知れない・・・・・。

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最近僕は本を読まなくなった

先生と呼ばれる人間が一番やる失敗は、面倒くさくなると自分の価値観や自分の知識レベルで生徒を掌握し、これが自分の教えるスタイルなんだとうそぶいて、新しい技術を身につけようとしないことである。

これはベテランと言われる先生に多い現象である。個性と頑固さを履き違え、人の意見を聞くふりはするが、決して取り入れず、独断と偏見の亡者になってしまう。

ここまで書いてきてふと気づいたことがある。自分にもその傾向が多分にある。そうならないようにどうしたらいいのか。いろんなことをやってみることだと思う。

学校の先生も、塾や予備校の先生も、大学の先生も、専門以外のことをやってみるといい。落語や楽器や、スポーツや絵画、なにかチャレンジしてみることで、見えてくるものや気づくことが一杯あるのではないだろうか。机上の学問にだけ耽溺しているとろくなことはない。

ストレス、不安、妄想、腰痛、挙句のはてには鬱状態になって、生きる希望までも失いかねない。

自慢してもしょうがないが、最近僕は本を読まなくなった。とても気持ちいい。新人作家はさっぱり分からないし、直木賞などの受賞作品もまったく読まなくなった。

喫茶店に本を持ち込まないし、職場でも読まない。じゃ僕は何をやっているのか、実は人を観察している。40年間本を読み続けてきた。教師がこんなことを言っちゃいけないかもしれないが、本に飽きてしまった。作り話はもう結構という感じである。

世の中のスピード感が、架空の物語などより圧倒的に面白い。自分の価値観や読書体験では掌握できない事象が増えている。そんなおもろい世の中をじっくり観察しないのは人生の損失のような気がしてしょうがない。

本を読んで得た感性なり知識を何かに役立てようと思ったことはない。好きだから本を読んできた。音楽も好きだからジャズやポップスを聴いてきた。スポーツも面白いからやっている。塾教師も楽しいからやっている。

本を読むことより、最近は人の話を聞いたり、人間を観察することのほうが楽しくなってきた。わけの分からない哲学や教育書より、生身の人間が面白い。実に面白い。

いろんな人間がいる。学ばせてもらっている。それは生徒も含めてである。ゆえに指導も飽きない。刺激的な毎日である。自慢するわけではないが、僕は子どもたちの話や会話に自然に溶け込んでいける特技がある。子どもたちのもたらしてくれる情報は宝の山である。

子どもたちの声を聞いて欲しい。先生という壁のバリアを後生大事に守っていては、いくら本を読んでも、いくら会議をしても、真の知識は入ってこない。

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2009年11月 3日 (火)

自己犠牲に耽溺してはいけない

昨年は塾の創立以来初めて高3生が在籍しない年だった。ゆえにAO入試や推薦入試の論文指導がなく、比較的激務がない11月だったが、今年は打って変わって論文指導が忙しい毎日である。

さまざまなテーマを与え、論文指導を行っているが、論文力は思考力であることを改めて実感する毎日である。興味がないこと、意識が向かわないことはどうしても鉛筆が進まないし、論じられない。当然の結果として、論点を自分の得意とする分野にスライドさせるコマが不足しアップアップ傾向になることが多い。

最近の高校生はまとまった文章は書けるのだが、文章に毒気がない。実に文面がおとなしく、主張がない。いつも客観的な意見を用意しているのだが、読むほうにしてみれば論文のHOW TO ものを添付してきたような文章が多く、添削する僕自身が中だるみ的になる。

僕など自己主張のかたまりのような輩なものだから、今の高校生たちを見ているとどうしてももの足りなさを感じてしまう。

言いたいことは言うべし。そして言ったからには実行に移すべし。それが若者の本来の姿ではないだろうか。

西洋人と比べると、日本人は周りに迎合しすぎる。人の顔色を窺い、常に目立たぬように振舞う傾向が強い。終身雇用制度が歴然と存在していた時代ならともかく、今の時代は自分の主張をはっきり述べ、YES、NOを明確にしなければならない時代だ。

『出る杭は打たれる』などの至言が生まれた日本の精神的土壌が、変わらなければならい時期だと僕は思っている。

他人を思い、周りに気を遣う精神性は確かに美徳ではあるが、自己犠牲に耽溺してはいけない。最近高校生の文章を読みながらそんなことを考えている。

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寒い!

僕の家から、羽奥山脈の栗駒山や焼け石岳が眺望できるのだが、昨日は山が雪景色になっていた。初冠雪である。今朝はちらちらと雪が落ちている。気温も昨夜は氷点下近くまで下がった。冬がやってきた。

我が家ではみかんがすでにコタツ台の上に鎮座し、猫は寒さでストーブの近くに丸まっている。冬の定番の光景が始まった。

080425_002753 先月から『風と虹の教室』の親子幼児コースが僕の自宅で始まった。一関市内から花泉の山の奥まで来ていただき、お母さん方も大変であると思うが、りんご狩りや、かぼちゃのランタンを作ったりと、幼児たちは楽しんでいるようだ。

我が家の猫やワンちゃんは、見慣れない子どもたちに最初驚いたようだが、それなりのポジションを選び子どもたちを傍観している。

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我が家では、畑はおばあちゃんがやっているのだが、小さな子どもたちがニンジンやダイコンを引っこ抜く姿はほほえましく、今年は僕の母も、野菜作りのし甲斐があったことだろうと思う。

ところで、僕の家ではりんごは作っていないのだが、『風と虹の教室』の室長である家内が、近くのりんご園のりんごの木を一本まるごとりんご狩り用にレンタルしてきた。今月の半ばには収穫できるようだが、100個近くなっているらしい。今年の冬は、教室の子どもたちはりんごが一杯食べられそうである。

僕の家は標高の高い山中にあるので、雪が降り出すと大変である。市内と降雪量がだいぶ違う。昔ながらの農家の家なので、隙間風が通り過ぎいくらストーブをつけてもあんまり暖かくない。今後寒さ対策が課題のようだ。

080510_085853_2 ちなみに左の写真は、昨年の僕の家の庭先の雪景色である。道路と田んぼの区別がまったくつかなくなっている。こんな状況になるのは冬の間4,5回であるのだが、山の奥まで除雪車もやって来ず、難儀な雪である。

しかしこの雪が春の田んぼの水源となるわけで、難儀な雪であっても感謝をしなければならい農家の親父である。

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2009年11月 2日 (月)

11月8日は『白ゆりテスト』

11月に聴きたい曲と言えば、僕はTAKE FIVE をお勧めしたい。年末を前にしての静寂とそして慌しさをクロスオーバーしたような心臓の鼓動を落ち着かせてくれる曲だ。

文化祭も終わり、11月8日は入試プレテスト(白ゆりテスト)がやってくる。志望校選択の資料になる大切なテストでもある。僕の塾でも中3の半分以上が今回は受ける。

くしくもこの日は宮古市にて卓球の新人戦県大会があり、コーチとしての同行を要請されたが、入試プレテストの試験監督を優先させてもらった。出場選手及び関係各者には申し訳なかったがお許し願いたい。

朝と夜はストーブの前を離れられなくなった。家の庭先の山茶花が満開になった。渡り鳥も川辺にだいぶ増えてきた。季節は秋から冬に変わりつつある。

ちなみにtake five は、「ちょっと休憩しよう」という意味である。年賀状やら、冬期講習の準備、そして高校では定期テストが近づいている。試験問題も今週中には作成しなければならない。休んでいる場合ではないのだが、せめて音楽だけでも休憩の気分を味わいたい。

【連絡】

11月8日の大験セミナー会場の白ゆりテストは朝9時からとなります。昼食時間をとりますので、お弁当をお忘れなく。終了は2時30分頃となります。コンパス、定規を忘れないようにしてください。

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2009年11月 1日 (日)

TOMORROW

塾生の通う中学校の文化祭を堪能してきた。桜町中学校の校内合唱コンクールは圧巻だった。さすが2年連続全国合唱コンクール金賞受賞校だけあって、生徒諸君の歌のレベルが高い。歌心が分かっている合唱である。何度か涙腺がやばくなった。それほどすばらしかった。

壁新聞では花泉中学校がとても緻密に仕上げられていて感心した。インフルエンザの学年閉鎖の状況の中、特に3年生は大変だったことだろうと思うが、すばらしい内容と編集力だった。

一方一関高専は、昨日卒業生のNSP中村貴之さんのソロコンサートが行われ、500人を超える聴衆を魅了した。母校でのライブは30年ぶり、あまりの懐かしさに涙するおじさんやおばさんたちが多かったようだ。僕も行きたかったな~。仕事が優先仕方がない。

僕は文化祭に行くと、必ず塾生の描いた絵を見る。自画像だったり風景画だったりするのだが、生徒の内面と言うのか精神性が如実に表れていて実に勉強になる。指導している生徒の感性を知るには文化祭はとてもいい機会だと思っている。今年はスケジュールの関係で市内全部の学校を見れなかったが、来年は何とかなるべく多くの中学校を訪ねてみたいと思っている。

TOMORROWは市内中学校の合唱曲の定番になっているが、いつ聞いてもこみ上げてくるものがある。

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ハロインのかぼちゃランタン

インフルエンザの影響で文化祭が延期になり、日程も一日だけの開催となった中学校が増え、小学校、中学校の行事が昨日、今日と集中し各校を回って見ることが出来ず残念であるが、どうにか開催の運びになったことは幸いである。

来週土曜、日曜の新人戦の県大会はどうにか無事、選手たちが参加できることを祈るだけである。

ところで週末は、ハロインのかぼちゃランタンつくりに我が塾の低学年『風と虹の教室』の子どもたちは励んでいたが、目や口の切り抜きは僕やあきこ先生が手伝ったのだが、今日などは腕が筋肉痛である。だいぶ体力もなくなってきたかねごんである。

081024_161908

昨夜は第四回吉野屋さんのイーハトーブ音楽際に参加してきた。今回はとり前を任されフレーシャーであったが、なんとかかんとか3曲を披露し帰ってきた。久しぶりに『北風』をうなってきたが、歌の絶叫さに、前のおじさんやおばさんたちをびっくりさせてしまったが、申し訳ない。

さて今日から日曜日の部活が再開である。これから指導に出かけたいと思う。その後文化祭めぐりをしてきたいと思う。それでは・・・。

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