人生について語るのもいい
学生の頃、曲を作ることを生業にして生きてみたいなどと言う夢を抱き、日々当てのない彷徨を続けていた僕は、自分がやっていることは単なる現実からの逃避ではないかと時に考えてみたり、アーチステックな仕事は努力よりも才能に恵まれた人間の世界なのではないかと考えてみたり、毎日ビルの中を上下するエレベーターのごとく、感情や理性が揺れ動いていた。
僕は青春の一時期、風というテーマで人生を描く詩作に取り組んだことがある。岩手のような北国に生まれたものは誰でも経験することだが、冬に北から吹いてくる風は痛いほど冷たい。これでもかというくらいの寒風に押し流されながら、涙目になった顔で、それでも前に進まなければならない時がある。
それは学校に向かう道だったり、様々な人生の道であったりするのだが、遠回りがいやならば、北風が吹きすさぶ雪原を時に横切らなければならない人生の時がある。
南風が吹き始めると北国の風景は一変する。花が咲きほこり、小鳥達がさえずり始める。そして南から吹いてくる風は、多くの人たちを癒し温め北の町に吹いてくる。季節ごとの風の流れで、僕達の人生は彩られて行く。
悲しみや、辛さ、そして喜び、人生の瞬間瞬間の中で僕達は魂の声をあげる。歓喜であったり、怒声あったり。その声は、隠し切れない魂の声だけに、風にかき消されることはない。かつて井上陽水が、人生が2度あればという歌をうたった。残念ながら僕らに今生の人生は2度と来ない。この名前で、この顔で、この時代に生まれた人生は、たった1回きりの奇跡の命である。
今日吹く風も、2度と吹くことはない。
子どもの頃、電信柱に耳をあて聞いた風のうねりは今も変わらないのだろうけれど、僕ら大人は決してやらない。あまりの多くの風を経験し過ぎた僕らは、もう電信柱で風を確認する必要なんてないのかも知れない。
南風にひんやりするものを感じる季節になってきた。北風の復活も間近い。
(連絡)
9月19日土曜日のゼミは、新人戦のため、午後2時30分スタートなります。9月22日火曜日、9月23日水曜日は休塾になります。
« ブログをしばらくお休みします | トップページ | 家族 »
「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事
- せっかくの人生だもんね(2018.07.05)
- 長旅から帰ってまいりました(2018.05.04)
- 神様を信じている人と信じていない人の違い(2018.04.26)
- 4761回目のつぶやき(2018.04.11)
- 流転(2018.03.25)
10日は長いなあ、と早めの復帰をお待ちしておりました。
高校の定期試験から中学の二期中間試験が続く9月は、忙しい月ですが、おそらく神社の秋祭りや稲の収穫やら教務以外のことがらが重なっているのだろうなあと思っていました。秋の連休がありますが、もしかすると卓球の大会も何か入っているのでは?
北風が痛いほど冷たいという感覚は小学生の頃よく味わいました。いまと違って吹雪の日だから親が送ってくれるなんてこともなく、学校までの道を地吹雪の中歩いていると本当に風が痛かったなあと覚えています。暖冬のせいか、そういえば地吹雪が少なくなりましたね。
忙中閑あり、という言葉もあります。忙しいことと思いますが、また次の記事を楽しみにしております。
(かねごん)
小林先生コメントありがとうございます。
皆様からご心配のメールを頂き恐縮しております。多忙なのと精神的疲労が重なり、家にはただ寝に帰るだけの日々が続いておりました。PCの前に座る気力がなくなっておりまして、休憩をしておりました。毎日更新とはまだいかないようですが、ぼちぼち復活していきたいと思います。
投稿: 学び舎主人 | 2009年9月17日 (木) 09時28分
こんばんは、復活ですね。
どうも先生のブログを読むのが、生活の一部になっている
ので、調子が出ませんでした。
先生のように厳選された内容の記事を書くのは大変なので
しょうね。
また毎日楽しみに読ませていただきます。
(かねごん)
とよ爺先生コメントを頂きましてありがとうございます。
厳選された内容などと言われますと恐縮です。肉体の疲労だけならば何とか書き続けることも出来るのですが、このところ精神的に参ることが続きましてちょっとくたくたでした。
マイペースで何とか続行していきたいと思います。いつも読んでいただきまして本当にありがとうございます。
とよ爺先生も無理をせずご自愛くださいませ。
投稿: とよ爺 | 2009年9月18日 (金) 00時59分