シンプルな人生
日常生活の中で、装飾的なものは僕はあまり好きじゃない。必要なものだともあまり思わない。華美なものを見ると、お金の無駄だとは思うが、素敵だとは思わない。
例えば安土桃山時代の豪華絢爛な襖絵や城郭建築を眺めると、これらのためにどれだけの農民の血と涙が流れたのだろうかと考えてしまう。
したがって中尊寺の金色堂も、足利義満が建てた金閣も本当はあまり好きじゃない。歴史的価値は認めるが、支配者のエゴが丸見えの建物に、感動は覚えない。
自動車も、僕は走れればいいと思っている。家は雨風がしのげて、寝る場所があればいいと思っている。そんなわけで僕の愛車は、カーラジオもエアコンもない軽トラックである。ちなみに腕時計は、5000円で買った手動巻きのゼンマイ時計だ。もちろん携帯電話は持っていない。
そんな僕を、塾の子どもたちは不思議に思えるのだろうか、「変わっている」と褒めてくれる。
喫茶店に入ったときなども、シンプルな素焼きのようなコーヒーカップが出てくると嬉しい。これでもかと言うくらい派手派手なカップが出てきたりすると、ちょっとコーヒーの味までが薄れてしまう感じだ。
そんなひねくれものの僕なので、おのずと旅行などというものもあまり好きじゃない。自然は十分すぎるほど周りにある。ド派手な建築物や、華やぎならば東京暮らしで十分堪能した。
マザーテレサが、会議の席にミネラルゥオーターが出されたときに、値段を聞いて怒ったという逸話がある。この水を買うお金でどれだけの人間の命が救われるかと。
マザーテレサのような気品のある聖人には到底なれないが、子どもたちの痛みを分かってあげられる大人であり続けたい。シンプルであるほうが感性が鈍らない気がする。



コメント