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2009年8月

2009年8月31日 (月)

歴史の教科書がおかしい

僕は28年前に社会科の教師として塾デビューして以来、ずっと中学生に社会を教えてきた。15年前から生意気にも中学生は全教科を指導しているが、教えて一番面白いのが社会科である。

近年中学校の歴史の教科書がおかしくなっている。日本の近世で活躍してきた歴史上の人物が紹介されていないどころか、名前すら載っていない教科書が増えてきた。ゆとり教育による削除と言う前に、由々しき問題が錯綜している気がしている。

市内で使われている東京書籍の歴史の教科書では、江戸の単元で新井白石の名前が出てこない。おまけに幕末に無血の江戸開城をやってのけた勝海舟の名前さえも記載されていない。西郷隆盛が教えられているのになぜに勝海舟が教えられないのか。

僕は思うに「だって教科書に載ってないもん知らない」という子どもたちの態度には、教科書もさることながら、社会科教師の責任も多々あると思っている。教科書に載っていなくとも歴史上の流れで欠かせない人物というものはいる。

例えば応仁の乱を教えるさいに、足利義政の妻である日野富子の存在は欠かせない、女の情念とでも言うものが、戦国の世を生んだきっかけだった気がしないでもない。富子に子ども義尚が生まれていなかったならば、間違いなく戦国の世は違った展開をしていただろうと思う。そんな話をすると中学生たちは実に印象深く応仁の乱を記憶に留めてくれる。

それにしても我々が中学校時代に学んだ政治改革の立役者たちが、教科書から消えてしまっているのは、国の国策ではないかと疑いたくなる状況である。教科書検定のきな臭さがぷんぷんと匂ってくる。

僕はある意味過激な塾教師なので、教科書など関係なく歴史の裏話を生徒に暴露するのだが、支配者の目線で語られる歴史ほどつまらないものはない。

今回の選挙で民主党が政権をとることになったが、庶民の目線で、弱者の目線で政治を断行していってもらいたい。

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2009年8月30日 (日)

究極の日々

市内の高校はもうすぐ定期テストに突入する。僕が行っている高校も9月3日から定期考査が始まる。週末は問題作りに励んでいた。

学校からは平均点が60点前後になるような問題の作成をという指示があるのだが、正直言ってそれが難しい。県立高校と違って私立高校の場合は、クラス分けがなされていても教科ごとによるレベルの差が激しい。

基礎力を必要とする生徒に合わせると、出来る生徒は物足りないし、かと言ってオーソドックスに中間層に合わせると、赤点どころか一ケタ台の生徒も多く出てきてしまう。しかしそこでたじろいでいては、教師の名がすたると言うものだ。周りの先生方もそうだが、あらゆる生徒のニーズに応えてこそザ・高校教師である。

そこで、めちゃeasy な問題と大学入試基礎レベルの問題が絡み合う一貫性の無い問題が誕生してしまうのだが、問題の美的センス云々など言ってられる状況ではないので、必然的にカオスが生まれる。

しかしそれも仕方がないと思っている。とにもかくにも試験問題を高校に提出してきたわけで、とりあえず一安心である。採点やら通信簿の点数付けが終わると、今度は中学校の新人戦がやってくる。

息子の中学校の卓球部のサブコーチを仰せつかっている身なので、県大会出場を目標に指導も頑張らなければならない。同時にこの新人戦の日は、中三の第二回実力テストの日でもある。塾での受験学年の指導もいよいよ佳境に入ってきた。

そして9月は収穫の季節。僕の田んぼの稲刈りがやってくる。かねごんがあと2,3人いれば助かるのだが、残念ながら僕一人しかいない。息子たちもほとんど当てにならないし、老体に鞭打つ秋がやって来る。

「先生だいじょうぶですか」という優しい声をかけて頂くが、だいじょうぶではない。かなり厳しい状況である。

高校生や大学受験の浪人生だけの塾をやっていた頃は、受験勉強のストレス解消に田んぼの稲刈りを手伝いに来てくれた篤実な教え子もいたが、今はその浪人生も誰もいない。かつて手伝いに来てくれた叔父や叔母たちも、もうかなり高齢になり、自分のことで精一杯の状態で、家内と老いた母に手伝ってもらっての稲刈りである。

ほんぎょの天日干しの稲刈りも、80軒近くある僕の村落でやっているのは、僕のうちを入れて3,4軒だけになってしまった。これも処々の理由による時代の流れなのだろうと思う。それにしてもからだがもう一つ欲しい・・・・・。

・・・・誰か稲刈りを手伝ってくれないかな・・・・・・。お昼とおいしいコーヒー付きのバイトですが、いかがでしょうか・・・・。

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2009年8月29日 (土)

どうして学校へ行かなければならないのか

夏のこの時期になると増える検索ワードがこれである。『どうして学校へ行かなければならないのか』。夏休みが終わり、学校が始まるこの時期、学校へ行くことがままならない状況の生徒が増加する季節でもある。

過去にも何度か論じたことの繰り返しであるが、学校は社会の縮図であり、理不尽の巣窟がゆえに行かなければならないのである。

生徒同士のいがみ合いがあり、競争心を煽る学習システムがあり、勉強しないとろくな大人にならないぞと脅かす教師がいるからこそ行かなければならないのだ。勉強する目的だけならば、PCを相手に自宅でも出来るだろうし、塾でこと足りるであろうと思う。

不登校を克服して立派な社会人になる者も確かにいるが、残念ながら引きこもりの大人になってしまうケースが多い。不登校になることは、その生徒にとってやはり大きな損失である。学校に行けない理由なり状況というものを、取り除いてあげなければならない。

宿題がやれないので行けないとなれば、「宿題なんかやらなくていいから学校においで」と先生が言ってやらなければならない。部活がいやで学校に行けないのなら「部活はさぼって良いからおいで」と言ってやらなければならない。

原因がはっきりしている不登校に対しては、その原因なり障害をいち早く取り除いてあげればいいのである。学校に来ることを何よりも優先させてあげるべきだ。「そんなことで・・・」と周りは思うかも知れないが、そんなことで不登校になってしまうのである。

不登校になっているということは、生徒は生徒なりに苦悩し、大変な経験をしたのである。十分社会の縮図を学んだのである。一日も早く学校に復帰できるようにしてあげることが大切なのだ。そうではないだろうか。

今の学校は、あまりにもたやすく不登校を容認してしまい、学校に復帰させる努力を投げ出しているように思えてしょうがない。不登校を克服した生徒は強く生きて行けるけれど、克服できず家に引きこもっている40万人とも50万人とも言われる若者たちの魂は、決して癒されてはいない。そのことを教育者は考えなければならない。

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2009年8月28日 (金)

塾の存在価値

僕はこの2年間塾教師としてのぼやきばかりを書いてきて、なぜ世の中に塾が必要なのか、必要とされてきたのかという塾をやるうえでの根本的な思索めいたものを論じてこなかった。ゆえに、僕のブログを初めて読んでいただいた、塾の保護者の方々からは、「塾のブログですよね?!」と言うような微妙な感想をいつも頂く(・・・笑い)。確かに宇宙人の話であったり、自分のハゲの話であったり、塾のブログとはほど遠い内容の日記である。

そういうわけで今日はあらためて、塾の存在価値というものについて言及してみたいと思う。

塾の必要性という意味では、なぜ子どもは塾に来るのか、という側面から眺めてみると分かり易いと思う。僕の塾教師歴も今年で28年になる。東京の私塾を2年、地元の塾に勤めて6年、そして今の塾を始めて20年目を迎えた。そんな中で、僕が塾の存在価値に対して考えてきたことをちょっとまとめてみたいと思う。

子どもたちがなぜ塾に来るのか。僕は自宅でコーヒーが飲めるのに、わざわざ喫茶店に出かけて行ってコーヒーを飲む理由と同じではないかと考えている。

学校の勉強で十分だと思える生徒がわざわざお金を払って塾に来るのは、自分の勉強の安らぎの空間を求めてくるのと、お客さんとして大切に扱ってもらえる快さというものが多分にあるのではないかと思っている。

学校で子どもたちは決してお客さん扱いなどされない。それどころかトイレ掃除はあるし、テストの点数がひどすぎると部活を停止され、服装が乱れていると言っては叱られ、返事がなってないと言っては叱られ、学校の先生には失礼だが、褒められることはそんなにないのではないだろうか。はっきり言って子どもたちは楽しくないのである。

他の塾はどうか分からないが、僕が大声で怒鳴るのは塾生がうるさい時だけである。いけないと思ったときは、とくとくといけない理由を子どもに説明する。生徒が守らないときはまた同じように言って聞かせる。それでもダメなら塾をやめてもらう。

僕が25年間近く通い続けているモリソンという喫茶店がある。一関ではベイシーと共にジャズ通に知られている老舗である。マスターの小原さんは、常連客のお客さんのその日の気持ちを察する天才だ。

そっとしておいた方がいいのか、話しかけた方がいいのか、お客さんの入ってくる様子やコーヒーの頼み方で、瞬時に判断する方だ。僕は塾をやってきて、彼のその天才ぶりを何とか真似ようとしてきた。子どもたちも日々によって、かまって欲しいときや、そっとしておいて欲しい日というのがある。

子どもたちを甘やかしてはいけないだろうけれど、子どもたちに気を使わない塾は生きて行けない気がする。子どもたちがなぜ塾に来るのか。自分のために入れてもらった一杯のコーヒーにほっとするように、自分のためにだけ用意されたプリントを勉強するその誇らしさみたいなものが子どもたちにもあるのではないだろうか。僕はそんな気がする。

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2009年8月27日 (木)

コーヒーブルース

僕が家で毎日飲んでいるコーヒー豆は、一関一高のすぐ隣にある『佐惣珈琲豆店』のコーヒー豆である。

ご主人の佐藤さんとは僕は同じ年である。と言うか誕生日が一日半しか違わない。大学1年の娘さんと高校2年生になる息子さんがいるのだが、ともに小中学校時代は僕の塾に通って頂いた。僕の塾のご父兄でもある。

娘さんは東京の私大に入られたが、なんと僕の後輩になった。僕も20年間塾を営んできたが、塾の卒塾生が僕の大学に入ったのは初めてである。このブログで自分の学校を3流だの4流だのと好き放題言ってきたが、知人の娘さんが入ったからには言葉を控えなければならないなと反省している。

実は僕はここ7年間佐惣珈琲豆店のカルモシモサカという豆を飲み続けているのだが、マイルドで程よい苦味のある、品格のある味わいのコーヒーである。朝は欠かさず僕と家内と長男が飲んでいる。

コーヒーは実は一日に10杯以上も飲むと、低体温を引き起こし、血液中の鉄分吸収を阻害する欠点があるのだそうだが、一方食後にコーヒーを飲む人の、糖尿病と癌にかかる発生率が極端に低いことが、医学的な統計で示されている。

お酒も少量を飲めば百薬の長と言われているように、適量のコーヒーはまさに天の恵みである。ストレスに打ちひしがれたとき、あったかい一杯のコーヒーは本当に救いの一杯である。痛風の発作を起こして以来、酒を控えている僕にとって、コーヒーだけが唯一の嗜好品である。

ちなみにコーヒー豆を自宅でドリップするときは、絶対紙のドリップでなく、布のドリップをお勧めしたい。理由は飲んでみれば分かります。

1970年代コーヒーブルースという曲がありました。聴いてみてください。

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思いつきの野球論

日本のプロスポーツで一番お金が稼げるのが野球だろうと思う。入団するときの契約金もさることながら、年俸の最低保証も他のプロスポーツに比べれば制度がしっかりしている。

一時期サッカーに人気を奪われた頃もあったが、イチローをはじめとする日本人大リーガーの活躍の後押しもあり、日本球界も再び活気を取り戻している。

どこの中学校でも野球部の人気は高い。部員数も群を抜いている。僕の息子が通う中学校でも、毎年紅白戦が余裕で組める人数を常にキープしている。

なぜに野球がこれほど時代を超えて人気があるのかというと、確かにテレビ放映の頻度やマスコミが取り上げる影響度も大きいのだろうけれど、野球というゲームそれ自体が、日本人の社会性や、行動規範に非常にマッチしているスポーツであるからではないだろうか。

大黒柱であるエースピッチャーがいて、それを守る守備陣がいる。攻撃と守りがこれほどしっかりわかれているスポーツも珍しい。ゲームの責任の所在が曖昧であるが、メリハリをつけたがる日本人気質にとても心情的に好まれるスポーツのような気がする。

日本という国は島国のゆえ、古代からの戦はどこかよその国に逃れるわけにはいかなかった。常に狭い土地を防御せざるを得なかったし、また攻撃する策略も念入りに練られた。かつて茶の間を沸かせたプロレスもそうだった。とことん相手に攻撃をかけさせ、ひるんだ隙に今度は逆襲し相手を倒す。そんなパーフォーマンスが四角いリングの中で人気をはくした気がする。

野球はポジションが決まっている。サッカーのように、サードの選手が、ライトまで走って行ってプレーするようなことはない。組織的行動力が求められる日本社会に於いて、まさに野球はその縮図のような競技ではないだろうか。

日本人は仕事上のオールランドプレーヤーをあまり好まない。学校でもそうだ。自分の担当する教科や部活動以外のことに口出しをする先生はめったにいない。ある意味長所ではあるが、それが時に組織の閉塞性を生み、融通の利かなさを生じさせてしまうこともしばしばである。

野球は投手の負担が間違いなく一番大きい。最大のリスクを背負い、試合の流れを一番左右するポジションである。だから一人マウンドにたつその姿にしびれるのである。どうか日本の政治にもそんなしびれる人が出てきて欲しい。

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2009年8月26日 (水)

僕のハゲ歴

僕のハゲ歴は長い。20代の頃より薄くなってきた頭髪は、今や空前のともし火である。女房からは何度かアデランス~♪を勧められたが、ハゲ頭も一つの個性だと開き直り今日まで過ごしてきた。

50も近くなると、もうハゲ親父でもかまわないと思うのだが、どうも下の息子は微妙な年頃で、僕のハゲ頭に不満げである。中学生の親御さん方は40歳前後が多い。若い親御さんだと30代半ばである。僕の年齢からすると完全に一回り下の世代である。

ハゲには苦い思い出がある。次男が幼稚園に通っていた時のことである。僕が迎えに行くと、息子のクラスの子たちが僕をおじいさんと間違えたことがあった。

その時の「おじいちゃんじゃないよパパだよ!」と言い放った息子の言葉が僕にはとてもショックで、なけなしのお金をはたいて高価な育毛剤を買って来たりもしたのだが、効果もなくこうやって過ぎてきてしまった。

頭髪の薄さをひげでカバーしているかねごんであるが、そのひげもめっきり白くなってきて、ますます老け顔になってきてしまった。同級生に孫ができる年代になってきたので、もう名実ともにおじいさんでもいいかなと思ってはいるが、ハゲはやっぱり不便である。

夏は直射日光が容赦なく襲ってくるし、冬は北風がしみる。困ったものである・・・・・。

ところで今一番効く育毛剤って何だろう・・・・、気になるかねごんでした。

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シンプルな人生

日常生活の中で、装飾的なものは僕はあまり好きじゃない。必要なものだともあまり思わない。華美なものを見ると、お金の無駄だとは思うが、素敵だとは思わない。

例えば安土桃山時代の豪華絢爛な襖絵や城郭建築を眺めると、これらのためにどれだけの農民の血と涙が流れたのだろうかと考えてしまう。

したがって中尊寺の金色堂も、足利義満が建てた金閣も本当はあまり好きじゃない。歴史的価値は認めるが、支配者のエゴが丸見えの建物に、感動は覚えない。

自動車も、僕は走れればいいと思っている。家は雨風がしのげて、寝る場所があればいいと思っている。そんなわけで僕の愛車は、カーラジオもエアコンもない軽トラックである。ちなみに腕時計は、5000円で買った手動巻きのゼンマイ時計だ。もちろん携帯電話は持っていない。

そんな僕を、塾の子どもたちは不思議に思えるのだろうか、「変わっている」と褒めてくれる。

喫茶店に入ったときなども、シンプルな素焼きのようなコーヒーカップが出てくると嬉しい。これでもかと言うくらい派手派手なカップが出てきたりすると、ちょっとコーヒーの味までが薄れてしまう感じだ。

そんなひねくれものの僕なので、おのずと旅行などというものもあまり好きじゃない。自然は十分すぎるほど周りにある。ド派手な建築物や、華やぎならば東京暮らしで十分堪能した。

マザーテレサが、会議の席にミネラルゥオーターが出されたときに、値段を聞いて怒ったという逸話がある。この水を買うお金でどれだけの人間の命が救われるかと。

マザーテレサのような気品のある聖人には到底なれないが、子どもたちの痛みを分かってあげられる大人であり続けたい。シンプルであるほうが感性が鈍らない気がする。

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2009年8月25日 (火)

学び舎主人物語

僕が26年以上お付き合いしている友人に学び舎主人こと小林先生がいる。小林先生とは20代の頃6年間、同じ塾で働いていたかつての同僚である。

年は僕の方が少し下なのだが、うまが合うというのか、感性のベクトルがツインをなしているというのか、話をしていていろんな気づきをもらう友人であり先輩である。とよ爺先生いわく、インテリジェンスのある先生だ。

細身で背が高く、白髪の小林先生の風貌はまさに哲学者や文学者のような威厳を兼ね備えている。

僕もいろんな方のいろんな文章を読んできたが、小林先生の文書はいつもブレがなく、贅肉をそり落としたような鋭い切れ味がある。実は僕は彼がいつか文壇にデビューするのではないかと本気で思っている。古典文学を愛し、落語とジャズをこよなく愛する風情人である。

ただちょっと心配なのは、僕が先生にブログを勧めたばっかりに、ブログにはまってしまい最近は毎日あまりにもレベルの高い記事http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/を更新し続けていることだ。岩手県塾ブログナンバー1の僕の地位が危なくなってきた(・・・爆笑)。困ったものである。

冗談はさておき、プライベートではお互いに息子の教育に頭を悩め、塾経営者として右往左往する日々ではあるが、そろそろと言うかすでに無理が利かない老体になってきたので、お互い老後を迎えるまで何とかかんばっていけたらいいと思っている。

きっとどっちかが先に天国に行くときは、どっちかが弔辞を読むことになろうかと思うが、理想はどちらも弔辞を読むことが出来ないほどよぼよぼになって、「こりゃだめだわ~」なんて言う往生を迎えられたら幸せだろうなと思っている。

息子には迷惑をかけるかも知れないが・・・・。

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2009年8月24日 (月)

金がねえなら結婚しない方がいい

「そりゃ金がねえなら結婚しない方がいい。うかつにそんなことはしない方がいい。金がおれはない方じゃなかったけど、結婚遅かったから」。麻生太郎首相は23日夜、東京都内で開かれた学生主催の集会で、少子化問題に関連してこう述べた。学生から、若者に結婚資金がなく、結婚の遅れが少子化につながっているのではないか、と質問されたのに答えたものだが、不況下で就職難の若者らの気持ちを逆なでする発言とも受け取れる。

 首相は「(金が)あるからする、ないからしない、というもんでもない。人それぞれだと思う」としながらも、「ある程度生活していけるものがないと、やっぱり自信がない。稼ぎが全然なくて尊敬の対象になるかというと、なかなか難しいんじゃないか」と語った。8月24日毎日新聞

日本を若い力で活性化しようにも、地方に於いては、高校や大学を終えた若者たちの就職の場がない。やりたいことがあって資本金を調達しようにも、銀行はお金を貸してくれない。3億円の宝くじでも当れば何がしかの事業を起こせるだろうが、そんな叶わぬ夢をずっと待っているわけにもいかない。

自民党に限らず他の与野党陣営も、選挙に勝つための方便を挙げ連ねているが、末期症状を呈している地方経済の支援策を早急に打ち立て、アクションを起こして欲しい。

どっかの党のフレーズではないが、国民のために働かない政治家はいらない。そういう意味ではタレント議員もいらない。実力も行動力もないのにふんぞり返っている二世、三世議員もいらない。

かつての第三世界のように、日本では今、貧困が原因の犯罪や、家庭崩壊が増加している。それにともない教育を取り巻く環境も、ますます劣悪化してきている。

お金の苦労を知らないボンボン議員に日本の舵取りは任せられない。僕は政党にこだわらず、国民のために働いてくれる政治家に一票を投じたい。

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僕の好きな山

国道四号線を一関市から平泉方面に北上していくと、山ノ目を過ぎ、すぐに右手に蘭梅山を見ながら峠道にさしかかる。田んぼの緑の絨毯の向こうに束稲山(たばしねやま)が見えてくる。僕はそこから見える束稲山が一番好きだ。

平泉中尊寺がある関山から眺める束稲山は、確かに優雅な曲線を描き訪れるものの目を癒してくれるが、一関から眺める束稲山の稜線は、男性的ないかめしさを醸し出し荒々しい。

藤原三代が崇拝した山だけに、山路の至る所に石宮や塚が祭られている。

080602_101719_3 息子たちが小さかった頃、この束稲山に家族で登山をしたことがある。登山といっても標高600メートルにも満たない山なので、登山道から経塚山山頂まで30分ほどの道程だが、子ども連れの山登りにはちょうど良い。日本カモシカが生息しており、幸運な方は遭遇するかも知れない。

山頂からは羽奥山脈に連なる、焼け石岳、栗駒山の勇壮が眺望できる。また北に目を転じると岩手山の頂も視野に飛び込んでくる。晴れた日は絶景が楽しめるスポットである。もちろん山頂までは車でも行ける。一関駅から束稲山山頂までは30分ぐらいだろうか。平泉の町が一望できる場所でもある。

080602_102223 登山道の途中にある巨大岩の体内くぐりである。奥州藤原氏の奥方が、安産祈願にくぐったという伝説が残されている岩である。

僕も五回ほどくぐったが、パワーを感じる岩だった。興味がある方はぜひチャレンジして頂きたい。

ききもせず たばしねやまの さくらばな よしののほかに かかるべしとは

西行法師が束稲山を読んだ歌である。

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2009年8月23日 (日)

せつない夕暮れだった

今日の空はもう秋の空だった。田んぼの稲穂も頭を下げ始めてきた。実り多い秋の収穫を前にしてひと時の休息かも知れない。

甲子園も明日決勝戦を迎える。我が岩手県代表花巻東は残念ながら、準決勝で敗れたが、雪国新潟の日本文理が初の決勝戦に勝ち上がった。強豪中京を相手に思う存分戦って欲しいと思う。

今日は白ゆりテストが行なわれた。中学3年生はいよいよ受験モードに突入である。足早に過ぎていく季節の移ろいは毎年のことであるが、この時期からいっきに加速していく。鈴虫の鳴き声がだんだん日ごとに増えてきた。ここ2,3日夜が急に涼しくなり、布団が欲しいくらいである。

僕の家の畑では、これから秋茄子の収穫が始まる。そして今ピーマンが最盛期を迎えている。ハロウィン用の巨大かぼちゃも順調に育っているようだ。風と虹の教室に通ってきている子どもたちの大きな楽しみでもある。今年はどんな形のかぼちゃが収穫できるだろうか。

今年14歳を迎えた我が家の老犬が、散歩することもままならない状態になってきた。視力も衰え、名前を呼んでも反応が遅くなってきた。僕だと分かると一生懸命尻尾を振っている。今まで何度か危険な状況があったが、そのたびに何とか生き長らえてきた根性犬である。

今日は花巻東の菊池君の号泣する姿に涙し、また愛犬の健気な姿に涙する一日だった。やけに夕日がきれいで、せつない日曜日の夕暮れだった。こんな日もある・・・・・。

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感動をありがとう!

花巻東の夏が終わった。

多くの感動に感謝をしたい。

岩手の球児に夢を与えてくれた

満身創痍のエースの姿に

心から拍手を送りたい。

甲子園の夏は終わったけれど

君たちの青春は始まったばかりだ。

多くの財産を手にした君たちは

新たな道を歩んで行くのだろう。

君たちの果せなかった夢は

きっと次の世代が担ってくれるはずだ。

多くの涙と多くの汗が

夏の日差しに輝いていた

まるでダイヤモンドのように。

ほんとに感動をありがとう。

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2009年8月22日 (土)

祈り

僕は人生を生き抜いていくために必要なことは、努力と感謝、そして祈りだと思っている。この三つが習慣づけられている人間は、どんな逆境でも試練でも乗り越えられると信じている。

努力することは簡単ではない。多くの時間とそして汗を必要とすることだろう。しかし感謝と祈りはいつでもどこでも出来ることであるし、お金も労力も要らない。そしてこの感謝と祈りこそが、努力の成果を最大限に引き出してくれるアイテムだと思っている。

僕は自分の半世紀の人生を振り返るとき、このことをいつも実感する。僕のような天邪鬼で経済力もない一介の塾教師が、なんとかこの業界でやってこれたのも、僕にいつも感謝と祈りの大切さを教えてくれた多くの方々との出会いがあったこそだと思っている。まさに感謝である。

塾教師をしていることで、多くのご父兄の皆様とご縁を持たせて頂いた。学校の校長先生であったり、有名なお寺のご住職であったり、お医者さんだったり、芸術家の方であったり、社長さんだったり、また今年は政治がいよいよ激動の年になりそうであるが、国会議員の秘書をやられているご父兄もいらっしゃる。

30代の頃は、お付き合いさせて頂いたご父兄の方々から、子どもの教育を通じ、多くのことを学ばさせて頂いた。そして人生で活き活きと活躍されている方々から共通して教えて頂いたことは、感謝と祈りの大切さであった。

誠実に、堅実な生活を営まれている方々には、信仰心の厚い方々が多い。ある社長さんからは、神棚や屋敷に祭っている神社を敬う姿勢を教わった。またあるご父兄からは、祈りとは愛の発露であることを学ばせて頂いた。

どこの馬の骨とも知れない若造だった僕に、大切なお子さんを預けてくださった多くのご父兄の皆様に、本当に心から感謝を申し上げたい。

まだまだ恩返しを出来るような人間ではないが、今度は僕が20代30代の若いお父さんお母さん方に、自分が教わってきた生きていくためのツールを、このブログを通じ紹介していければと思っている。

ちなみに祈りとは、「意を乗せる」という言霊だまだそうだ。神に救いを求めるのではなく、神に感謝を申し上げるのが祈りの礼儀だと多くの先人は言っている。心に留めて頂ければ幸いである。

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2009年8月21日 (金)

花巻東準決勝進出!

第91回全国高校野球選手権大会の大会本部は21日、準々決勝で背中の痛みを訴えて途中交代した花巻東(岩手)の菊池雄星投手が試合後に兵庫県尼崎市内の病院でレントゲン検査を受け、「異常はなく、背筋痛」と診断されたと発表した。
 菊池雄は大会本部を通じて、「痛みがあったので、念のために診てもらいました。あすは投げずに体のケアをします。準決勝については、監督と相談します」とコメントした。 8月21日18時22分 時事通信

まさに明豊、花巻東の両チームが全身全霊を傾けた総力戦であった。試合後のインタビューでは、花巻東の佐々木洋監督の目じりに光るものが見えていた。

監督の采配もさることながら、岩手っ子の逞しさと、したたかさと、そして爽やかさに、僕は誰もいない教室で涙をぬぐいながら拍手を送っていた。猿川の力投はすばらしかった。155センチの巧みの巨人、佐藤のファイトあふれるプレーは本当にすごかった。

岩手県のチームとしては、91年ぶりの準決勝進出だという。準決勝はひょっとしたら菊池雄星は投げられないかも知れない。ここまで頑張ってきたことで僕は充分だと思っている。ここまで勝ち上がってきたどのチームも満身創痍である。

あとはいかに野球を思う存分楽しめるのか、普段通りの自分を表現できるのか、そのことに尽きるのではないだろうか。

花巻東の球児たちの活躍は、今後語り継がれていくのだと思う。かつて、太田投手を擁して決勝戦まで勝ち上がった青森の三沢高校のように。

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アクセス解析

月に2,3人だが、僕のこのブログにアクセスして頂き、100ページほどの記事をていねいに読んでくださる方がいる。時間にすると2時間近く閲覧される方もあり、本当に感謝申し上げる。

なぜそんなことが分かるかというと、ブログを書いている方はもちろんご存知だが、ブログにはアクセス解析というのが付いていて、なんと言う検索ワードで入ってきたのか、どこの記事をどれだけの秒数読んだのか、何県の方なのか、どこのHPのリンクから入ってこられたのか等が分かる仕組みになっている。

アクセスしてきた方のPCのID番号まで表記されるので、脅迫文や、アダルト画像を必死に送ってくる不正アクセスのブロックが可能であるし、読みたくないコメントの自動消去も可能である。ただしインターネットカフェなどを転々として送られてくるアダルトサイトに関しては、ID番号が日々変わるので、対処の仕様がないのが現状である。

僕のブログは1年半前から、ブログ村の塾予備校ブログランキングに参加させてもらっている。先週あたりから7位から5位ぐらいを行ったり来たりしている。多くの人に賛同頂き大変嬉しく思っている。

実は上位にランクされてから、代償としてあやしげなメールも急増している。特にトラックバックに過激なアダルトサイトが頻繁に入ってくる。個人的には嫌いではないのだが(・・笑い)まさか塾ブログで公開するわけにはいかない。先日などは詐欺メールまで迷い込んできた。

僕が今現在使用しているニフティのブログには、一度送られてきた迷惑メールを2度と受信できないようにするシステムがあるのだが、それでも頻繁にアドレスとPCのID番号を変え送ってくる輩がいる。

そういったことに迷惑は感じるが、さほど気にしていないのが僕の本音である。曝け出すことで被るだろう代償はある程度予想していたことなので、こんなものかと思っている。ですので日々アクセス頂いている皆様、遠慮なさらず愛のクリックをお願いいたします。

僕のブログは塾ブログなのに、ほとんど教育を論じることもなく、中年親父のぼやき日記になってしまっている。もっときっちりした記事を書けばよいのだが、性格がアバウトなもので、記事も僕の内面を反映してしまい、こんな具合になってしまっている。申し訳ありません

今日から中学校の新学期が始まる。また高校での僕の仕事も今日から再開である。甲子園では、いよいよ花巻東が準決勝進出を賭け今日大分県代表の明豊高校と対戦である。結果はどうあれ、悔いのない試合をしてもらいたい。

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夏の終わりに

僕の同胞たちよ夏休みはどうだったろうか。

夏の日差しと同じように眩しい季節を過ごしたものもいるだろうし

退屈な日常を団扇をあおぎながら過ごしたものもいるだろう。

堆積していく宿題の山を見つめ

ため息をついていた夏だったかも知れない。

大好きなあの子に声が届かなくて

切なさが身にしみた夏だったかも知れない。

風の色が変わってきた時

君たちの青春も微熱を持ち

本当の夏が訪れるのかも知れない。

空に消え入りそうな透き通った純粋さを

そっと仕舞い込んでいる君たちが

やがて大人になった時

退屈だった夏がプラチナのような光沢をもつ。

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2009年8月20日 (木)

学生達の気骨

お盆休み中自宅でコーヒーを飲んでぼーと夕涼みをしていると、テレビから超レトロな単語が聞こえてきた。中核とか旧革マル派とか、1960年代や70年代の学生運動の特集をやっているのかと思えば、そうではなっかた。

最近の話であった。法政大学の学生達が、警官隊と押し合いへし合いやっているではないか。僕はしばしコーヒーカップを握ったまま、タイムトラベルに巻き込まれたような感覚におそわれ、フリーズしてしまった。

学生運動を煽るわけではないが、ここまで日本経済が大変な状況になり、特に地方の町に於いては求人有効倍率が0.7倍を切るところが激増し、地方の経済基盤は危機的状況である。学生達が職がありませんと言って、卒業後派遣やフリーターに甘んじる姿に、実は歯がゆさと憤りを感じていた。

法政大学の学生達の中には、検挙されたものも何人かいるようだが、あの気骨があれば人生少々遠回りをしても、この時代を生き抜いて行けるはずだと僕は信じている。

そう言えば、僕が大学を出て塾教師になった頃は、東京の私塾の塾長さん方の中にはバリバリの全共闘世代が多くいた。学生運動で塀の向こうにぶちこまれた話を、過去の勲章のように話す先生もいた。もちろん酒が入れば「この軟弱ものが!」と渇を入れられたものである。

彼らは今60歳を過ぎ、おとなしい老後を送っているのだろうか。いやそんなはずはない。ちなみにその世代であり、僕がお付き合いいただいている富山国際学院院長の奥村先生http://tiaokumura.exblog.jp/11738452/は、50代半ばを過ぎ国立大学に入りなおし、見事卒業された。その間富山国際学院の理事を兼任し、尚且つ2年前までは学習塾も同時に経営なさられていた。畏るべし団塊の世代である。

そして今法政大学を中心に、また世の中に対して自分たちのポリシーや理念を訴える世代が出てきた。僕はいいことだと思っている。学生の頃軟弱世代と言われた僕が言うのもおこがましいけれど・・・・・・。

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寺子屋のシュールな会話

             第一部

生徒A:今度の実力テスト理科の範囲中1の前半だったよね。 範囲表に状態変化って書いてあるけど、状態変化ってなんだっけ。

生徒B:液体が固体になったり気体になったりするやつよ。

生徒A:氷が溶けるとどうなるんだっけ。

生徒B:バカじゃじゃないのそんなのも分からないの。春が来るに決まってんじゃない。

生徒A:あっ、そうか。

             第二部

生徒C:テスト範囲歴史って古代のところよね。わたし飛鳥時代って苦手なんだ。

生徒D:聖徳太子のところでしょう。範囲は狭いし、覚えるところは比較的少ないところよ。

生徒C:なんか寺の名前とか覚えられないのよね~。

生徒D;じゃ問題出してあげるね。答えてね。法隆寺を建てたのは誰だ。

生徒C:う~んと、宮大工さん!

寺子屋金さんではこんなシュールな会話が時に行なわれる。エアコンの効きすぎだろうか、とても寒い・・・・・・

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2009年8月19日 (水)

ジャズピアノの巨匠ハンク・ジョーンズ

一関市地主町にあるジャズ喫茶ベイシーの開店40周年記念イベント「ライブ・アット・ベイシー・プロジェクト」は14,15の両日、同店で開催された。ジャズピアノの巨匠ハンク・ジョーンズさん(91)率いるカルテットが出演し、至高の音色でフアンを魅了した。

ジャズ界の大御所の演奏を間近で楽しめる貴重な機会とあって、会場は両日とも満員札止め。「日本一、音の良いジャズ喫茶」と称されるベイシーに、全国のジャズファンやオーディオ愛好者ら250人が詰め掛けた。 岩手日日新聞 8月19日

ハンク・ジョーズさんは今年91歳を迎えられた。今回のライブでは初日から17曲のナンバーを熱演した。すばらしい!今回のバックをつとめたアーチストは皆ハンクの孫の世代である。90を過ぎても音楽活動を続ける彼のパワーに脱帽である。

ライブの一発目は、スタンダードナンバー『TAKE  THE A  TRAIN』で始まった。まさに東北の夏の夜の夢、夢の電車が走り過ぎていった。

ブルーノート全盛時代の生き証人でもあるハンク・ジョーンズさんとマスターの菅原さんは、きっとベイシーの思いで話に花が咲いたことであろう。それにしても一関が日本のジャズの聖地と言われる日も近いような気がする。

巨大なJBLから繰り出されるサウンドは、僕が初めてベイシーのテーブルに腰掛けた19歳の夏から変わってはいない。その間に、ジャズの潮流は変遷してきたけれども、当時聴いた、コルトレーンもペッパーもサッチモもそしてハンク・ジョンズのピアノもこの時代に色あせることなく、響き続けている。ジャズはいいな~。

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2009年8月18日 (火)

家族のストレス

僕のうちにはPCが茶の間に1台あるだけである。ゆえに休みの日などはPCの奪いあいになる。息子たちはおもに曲のダウンロードに使いたがるし、女房は自分のブログ「風と虹の教室」の記事を書かなければと、長時間PCを独占している僕を皆でせかしてくる。

個人個人がPCを持てる余裕などどこにもないので、これが各人のストレスになる。しまいには、PCを離れない僕に、「お父さん病気!いい加減にしなさい!」と叱られてしまう。

僕は出不精である。ゴールデンウイークも今回のお盆休みも、墓参り以外どこにも出かけないで家にいた。それがまた家族のストレスのようだ。「どっか出かけようよ」と言う声を背中に、僕は昼寝をし惰眠をむさぼっていた。

ビフォーアフターというテレビ番組がある。女房や息子たちはいつもため息をついている。僕の家は、風呂場に行くのに雨の日は傘をさしていく。これが家族のまたストレスになる。「だいたい風呂場が外にあるのはおかしい」と家族から言われるのであるが、外にあるのだからしょうがない。問題はやはりお金の問題なのだろうか・・・・・。しょうがない。

近隣の農家の皆さんの朝は早い。5時ぐらいから草刈機械の金属音が響く。これがまた家族のストレスであり、寝不足の原因になる。だいたい夜中一時近くに寝る我が家にとって、この早朝の金属音は強烈なパンチになる。ブログなどを打っていて早く寝ない僕が悪いのだが、それにしても厳しい~。

今週に入って僕のブログが塾予備校ランキングで最高位の5位まであがってきた。とても嬉しいのだが、そんなことで喜んでいる僕の姿が家族にはまたストレスのようだ。「お父さん!最近ドサクサ紛れに一日に2回も記事を更新しているでしょう。いい加減にしなさい!」女房の雷が落ちる。・・・・・こわい、こわい。

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顔、顔、顔

僕は女房にいつもヤクザ顔と言われる。だまってブスットしていると、怖いからそんな顔はしないでと言われる。そんな顔はしないでと言われても、こんな顔なのでしょうがない。

顔がこわおもてのせいかどうかは知らないが、高校時代以降、俗に言うガンをつけられたり、喧嘩をふっかけられたことが一度もない。現在僕の顔はヒゲだらけ、頭髪は薄くなり、29歳でタバコをやめていっきに増えた10キロの体重はずっとそのままである。

実年齢よりはいつも5,6歳上に見られる。ダイエットを何度か試みたりもしたが、食べることが趣味なような輩なので失敗の繰り返し。困ったものである。

塾の子どもたちには不思議がられるが、僕は基本的には嫌いな食べ物はない。正確に言うと食べれない物がない。甘いものも辛いものも、すっぱいものもありとあらゆる分野の食べ物がOKである。

食い意地をはって何でも食べてきたものだから、きっと痛風にもなったのだろうと思うのだが、とにかく若い頃は自分の稼ぎの半分は食費に消えていった。

僕は若い頃から本当に大食いだった。高校時代は一日7回食事を取っていた。朝食を食べ、弁当は2時間目までになくなり、昼時間は部活の後輩や中学校の後輩いるクラスを廻り、から弁当を復活させ、まさに顔パスでやりたい放題だった。いやな先輩だったと思う。

授業が終わると、購買部に行ってパンを食べ、部活が終わり最終電車で帰ってくるのだが、その待つ間に立ち食いそばを食べる。帰宅してもちろん夕餉を取り、夜中はしっかりラーメンや茶漬けを食べていた。これが毎日続くのである。

当時隠れてやっていたゴルフ場でのバイト代は、その大半が僕の胃袋の中に吸い込まれていった。実はこの大食いの遺伝子は僕の次男に引き継がれている。したがって我が家のエンゲルケースーは大変なことになっている。

学校から帰ってきて食べ物がないときのぶすっとする顔は、まさしく僕のヤクザ顔そっくりである。血脈は続いていく。

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2009年8月17日 (月)

師弟対決

 (17日、花巻東4-1横浜隼人)

 1番打者の一発が試合を決めた。花巻東は同点の7回、2死一塁から柏葉が左翼席へ運んだ。投げた横浜隼人2番手の萩原にしてみれば、2死から失策で出塁を許し、がっくりきたところ。そこを見透かされ、初球の甘い直球を狙われた。菊池雄はソロ本塁打だけで1失点完投。 朝日新聞

いい試合だった。横浜隼人の水谷監督の終止変わらない笑みが、隼人のナインを明るく鼓舞していた。一方花巻東の菊池雄星は力を抜いた140キロ前後のボールを、今日はコントロール重視で投げ込んでいった。

ちなみに今日の試合は、雨で順延がなかったならば甲子園で応援していたはずなのだが、一人自宅のテレビの前で観戦した。

さすが強豪ひしめく神奈川大会を勝ち抜いてきたチームである。横浜や桐蔭を撃破してきた片鱗は充分過ぎるくらい甲子園のグランドで見せつけてくれた。

それにしても花巻東一番の柏葉のホームランは鮮やかだった。菊池雄星だけが脚光を浴びてきた傾向があったが、今や花巻東の打力は、菊池の力投と肩を並べる勢いだ。

監督同士が、大学の先輩後輩である。それどころか花巻東の佐々木監督は、花巻東の監督に就任する前、横浜隼人で水谷監督の下でコーチをやっていた。完全なる師弟対決である。

今回は佐々木監督に軍配が上がった。先輩監督に報いるためにも花巻東には頂点を目指して頂きたい。

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最後の休日

今日は僕にとっておそらくプライベートでのんびり過ごせる今年最後の休日かもしれない。

午前中は母親を軽トラックに乗せ、宮城県栗原市に、母の実家の墓参りにいってきた。僕の祖父と祖母が眠っている。

一度このブログでも書いたことがあるが、祖父は第2次世界大戦中、ガダルカナル付近の南方の島で戦死をした。僕の母が3歳のときである。赤紙で召集されたときに、祖母のお腹の中には僕の母が身ごもっていたらしいのだが、祖父はそのことを知らずに戦場へ向かった。

祖母は気丈にも女1人で、母を育て上げた。奥州市衣川、大森の出身であるが、平泉駅から大森までの道のりを小さかった母の手を取り歩いた話を、僕は小さい頃よく聞かされた。

今日、子どもの頃遊んだ、母の実家の道を車で走ってみた。子どもの頃に広く感じた道は、今は自転車さえも通るのに狭く感じられる小さな農道になっていた。小学生だった頃、8月16日に小高い峠道から眺めた若柳の花火大会は、僕の夏休みの終焉を知らせる狼煙でもあった。

祖母は1986年6月13日に亡くなったが、ジャズクラリネット奏者のベニーグッドマンと同じ日に天国に旅立った。忘れられない命日である。

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ボルト9秒58

なんということだ。人間は何処まで進化続けるのだろうか。ベルリン世界陸上でボルトが圧倒的な強さでゲイを破り、100メートルで世界新記録を打ち立てた。9秒58。

今世紀のうちに人類は9.5秒の壁を破るのは間違いないように思われる。スパイクシューズの進化。そして科学的トレーニング。時代とともに人間の身体能力は開発されていく。

これは陸上に限ったことではない。野球やバレー、サッカーなどの技術も20年前から考えると、スピードも組織力もまったく違った次元に突入した。最たるものは水泳だ。人間は何処まで魚に近づけるのだろうか。金槌の僕など、アスリートたちの泳ぐ姿は信じられない光景である。

これは子どもたちの学力にも言えることだ。教育評論家たちは、子どもたちの学力が低下していると指摘する。僕はこのフレーズがマスコミに出るたびに不思議な気持ちになる。

30年近く子どもたちを指導してきて、僕はそんなことを感じたことがない。間違いなく子どもたちの能力は加速的に伸びてきている。国語能力も数学の計算力も、昔の子どもたちに比べるとはるかに高い。劣っていると言えば作文力ぐらいである。

それが証拠に30年前や40年前の高校入試と今の県立高校の問題を見比べると、その質と分量の多さに愕然とする。今のほうがはるかに難しい。そして昔と変わらぬ平均点を子どもたちはたたき出して来る。

僕らの受験の頃(30年以上も前だが・・)の全国大学受験問題集を見ても分かる。失礼だが早稲田や慶応の英語の問題が、現在の英検準2級ほどのレベルだ。現在の難易度とは比べものにならない。

子どもたちの何処を見て、学力が低下していると言うのだろうか。パソコンを自由に操り、時に裏技を駆使してゲームソフトをダウンロードをする子どもたちの賢さは、僕たちの子どもの頃の能力を明らかに凌駕している。

問題はその能力を上手く導けない我々大人の責任であって、決して学力は低下していない。

昨夜の世界新記録を目の当たりにして、そんなことを考えていたかねごんである。

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2009年8月16日 (日)

忘れられない言葉

お盆の帰省も終わり、田舎にあふれていたいた若者たちが都会に戻っていった。

僕は塾教師をやってきて、楽しいことも多いけれど、一応人間なので他人の言葉に傷つくこともある。それが教え子の言葉となるとなおさらだ。

5年前の夏の話である。市内の居酒屋で教え子のM君と久しぶりに会っていた。彼はその前の年、お父さんを亡くしていた。初盆の供養も終わり、東京に戻る前に今後の身の振り方など、頼りになる僕ではないが、相談相手に僕を選んでくれて、しみじみとした酒を飲んでいたのである。

店内で盛り上がっている集団がいた。ふと見るとその中に卒塾生の女性が混じっていた。彼女は高校生の時に1年ほど在籍した元塾生で、地方の国立大に入った女性だった。

彼女は僕を見つけると声をかけてきてくれた。大学を終えた後、某旧帝大の大学院で社会学の研究をしているのだと報告してくれた。別れ際に発した彼女の言葉に僕は言葉を失った。

「先生、学歴は大切ですよ。まだ塾教師をやっているんですか」

少々酒が入っていた彼女ではあったが、僕は彼女の本音だろうと思った。「まだ塾教師をやっているんですか」僕は何日間か彼女のフレーズの真意を考えていた。

彼女の言葉は、塾教師などをやってないでもっとステップアップした仕事に就いたほうがいいよと言う、僕に対する励ましの言葉だったのだろうか。それともあんまり考えたくはないが、単なる傲慢からでた言葉だったのだろうか。

確かに僕は塾生たちがいい大学に入り、いい仕事に就くことは、嬉しいことだ。そのために塾をやっていると言っても過言ではない。子どもたちの踏み台になって行くことにある種のプライドがる。それは塾教師としてのプライドと言ってもいい。

僕も彼女に言いたい。教え子であるあなたに、僕も負けない人生を歩んでいくよ。

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なぜ自殺はいけないのか

中学生や高校生に「なぜ自殺はいけないんですか」と尋ねられたなら、皆さんはどのように答えるだろうか。

教育の最終目的は、子どもたちや若者に生きる勇気を伝えることだと思う。どんなに高学歴を得ても、一流企業に入っても生きていく喜びがない人生であってはいけない。まして自らの命を大切にしない人間であってはならない。

僕の同級生にも、親戚にも残念ながら人生の半ばで自らの命を絶ってしまった方々がいる。多くの慟哭と多くの憤り、そして深い悲しみが残った家族や愛する人達を襲う。

人生に訪れる試練にどのようなスタンスで向き合うかが、自らの精神性を高尚に保つ方法だ。時に裏切りであったり、別れであったり、貧困がやってくるときがある。それは自らが撒いた種であるかもしれないし、より豊かな人生を送っていくための天からの試練かもしれない。

人生には季節がある。春や夏の季節が長い人生もあるだろう。冬の時代が長い人生もあるだろう。寒さを経験しなければ芽を出すことが出来ない植物があるように、人間も辛さはかなさを経験しなければ大輪の花を咲かせない人がいる。

なぜ自殺がいけないのか。それは君しか出来ないことを放棄することになるからだ。君を愛する人が待っている。君の子どもとして生まれてくる命がある。君に救われる人達がいる。そういった命の連鎖を絶つことは、地球の歴史を、人類の歴史を脈々と生きてきた人達の努力を裏切ることになるのだ。

僕はそんなことを長年子どもたちに話してきた。華やかな人生を夢見ることは子どもたちの特権かも知れないが、大地にしっかり足を踏みしめて、着実な人生を歩んでいくことを僕は教え子たちに切望する。

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2009年8月15日 (土)

ブログで学ぶこと

最近何人かの塾生に、「かねごん先生のブログを初めて見ました」 「塾とまったく関係ない話だった!」という貴重な感想をもらった。

塾内の様子や、自分が教えに行っている高校の話は、毎日ライブでとても面白い話題が生まれているのだが、たとえ匿名で書いても読む人が読めば分かることで、残念ながら詳細を記事にすることは出来ない。もしこのブログを続けることが出来れば、3年なり4年後には過去の面白かったエピソードとして書けるかも知れないが、今は無理である。

僕自身がまったくの匿名で素性を隠しているブローカーならばいざ知らず、プロフィールには名前も塾の住所も電話番号も明記している塾ブログなので、当然のことながら制約を受けるのである。

それでも僕なりの勇気を出して、自分なりにギリギリのところまで曝け出しているつもりである。時に家内や息子の写真までアップしてしまい、家族からも周りからも驚かれたこともあるのだが、塾生の場合は、保護者の皆さんから当然のことだが了承を得ている。

それにしてもご父兄に学校の先生が多いのに、教師の批判を書いたり、お寺のご住職がいるのにお寺の批判を書いたりと、毎日のように家内から検閲を受け、フレーズにクレームをもらうのだが、かといって良識をわきまえない僕では決してない。

一応僕なりに守っていることがある。僕は記事を書いたらほとぼりが冷めてからもう一度見直す。いつも言っているように、僕は一度下書きをしないとブログが書けない。感情に支配されてついつい暴走したときなどは、これが有効な安全策となる。

二つ目。何度読み返しても面白くもなく役にも立たない原稿は捨てる。せっかく貴重な時間を割いてアクセス頂いている方々への最低限の僕の気配りのつもりである。それでも時に駄文をバンバン更新してしまうかねごんである。申し訳ない。

三つ目。自分で何気なく書いた記事が時に想像を超えるアクセスを頂くことがあるが、僕は必ず何がヒットしたのかを分析することにしている。

実は過去にも書いたことであるが、経営陣が一番失敗するのは順調な時の分析を怠ることだ。生徒が集まらなかったり、退塾者が多いときには一生懸命原因を探るのだけれど、調子がいい時は、自分が運がいいとか実力があるくらいに思って、分析をさぼる。実は一番これが危険なのだ。

自分の長所や強い点を掌握できていない経営者は、この時代は生きてはいけないと僕は思っている。

僕はブログを書くことで、その分析力を鍛えられている。世の中の人がどういう事象に興味があり、どんなことにそっぽを向くのか、毎日ブログを書いていると非常に勉強になる。そしてそのことが塾のニーズを作り出す学びにもなっている。

むむ・・・今日はちょっと偉そうなことを言ってしまった。失礼しました・・・・・。

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久しぶりの寺子屋金さん

半年振りの金さんの登場である。わたし金さんは、かねごんの分身であり、尚且つ本質的には大験わくわく日記の陰のクリエーターでもある。

金さんの営む寺子屋にはちょいと変化が生じている。先日金さんが厠に入ったところ、アヒルの便座が鎮座しておった。寺子屋の自習室をのぞいたところ、金さんの手のひらほどの小さな椅子が置いてあった。

むむ・・・とうとう寺子屋金さんに小人宇宙人襲来かと思いきや、金さんの女房が営む風と虹の教室に集うわらべたちの便座であり椅子であった。

先日高校の授業を終え寺子屋に戻って見ると、なんだか騒がしい。ちょいとのぞいてみると、2,3歳児のわらべを連れたお母さん方が、女房を囲み楽しそうにお弁当を食べているではないか。女房には失礼だが、お母さん方の若いこと・・・。あまり覗いていると変質者に間違われそうなので、金さんはお蕎麦屋さんへと向かったのである。

ところで金さんは、行きつけのお店では素性を隠しておったのだが、今年の初めに金さんの特集を5分ほどIBCテレビで放映されてからと言うもの、金さんの素性が知れてしまい、あまり醜態をさらすことも出来ず、神妙に飯を食べ、お茶を飲んでいる金さんである。

特に金さんは、コンビニでグラビアが一杯載っている週刊誌を見ることが楽しみであったが最近は叶わぬ夢となってしまった。残念である・・・。

ところで不意に入ったお店などで、「あら先生」とお声をかけてもらうことがあるのだが、金さんを先生と呼ぶからには、教え子か保護者の方であるわけだが、「・・・・・・?」という時がしばしばある金さんである。

実は金さんの寺子屋も今年でめでたく20年を迎えた。一期生は今年38歳になる。きっと素敵なババ・・・・・・おっと失礼、レディーになっていることだと思っている。

「先生お元気で変わりがないようで」などと畳み掛けられるのだが、名前どころか若き頃の姿が浮かんでこないのである。クーラーがバリバリ効いているはずなのに、汗がにじみ出てくる金さんである。

これからは寺子屋の入会用紙に、顔写真を貼ってもらおうかと考えている。本人のかって?いやお母さんの写真をである。そうすれば10年後、20年後、お母さんの写真を頼りに、女子生徒の未来を模索出来るのではないかと思っている金さんであった。

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2009年8月14日 (金)

菊池雄星くんと運の研究

今年の春、甲子園の一回戦で力投する雄星くんのまさに勇壮を目にした時に、僕のただならぬ直感が身体全体にうごめいた。このことはその日のブログに書いたのだが、得たいの知れないパワーを秘めた青年が現れたことを実感した。

菊池雄星くんのピッチングを初めて見たのは、彼が高校1年生の時の夏だった。一関球場に於いての対一関一高戦だった。1年生にしては安定感のあるピッチャーだなという印象くらいだったが、2年後の彼は劇的な進化を遂げていた。

高校生と長年接してきた僕は、高校生の心理というものを僕なりに掌握してきたつもりだ。16歳や17歳の少年は、一見強そうに見えても、逆境に立った時は実に弱い側面を見せる。顔に表れる一瞬の動揺は隠すことは出来ない。

野球の試合では、自信に満ち溢れた姿が、一球のボールの命運で瓦解していくことがしばしばあるものだ。これはかつての桑田も、そしてダルビッシュもそうだった。しかし菊池雄星は違う。逆境になった時に、堅くならないホーム。自分をとことん信頼しているふてぶてしいまでの冷静さ。僕はそんなピッチャーを見たことがない。

彼を10年に1人の逸材と評価するスポーツジャーナリストが多いが、精神性ではまれに見る高校球児である。

二日前の試合もそうだ。4対4での同点で迎えた7回表、レフトスタンドに打ち込まれた白球を追った後の菊池雄星の顔を見ただろうか。うつむくことも、空を仰ぐこともなかった。日大長崎が放った3本目のホームラン。誰の目にも菊池の劣勢が予想された。しかしである、次のバッターに投げた彼の一球は、すばらしかった。打たれた球種を恐れず投げ込んでいった。

僕は生徒の指導中であったが、その場面だけはポータブルテレビで偶然見ることが出来た。涙が出てきそうな気持ちのこもった一球だった。

甲子園が始まる前、テレビ局各社が菊池雄星くんの特集を組んだ。多くの方がご覧になったかと思うが、彼の精神力を支えるある日常が放映された。トイレ掃除である。

彼は3年になっても、学校の野球グランドのトイレ掃除を率先してやっていた。ゴム手袋をはめたりせず、ボールを投げる左手で便器の掃除をしているのだ。感謝を込めて磨いていると言う。

花巻東高校の伝統と言ってしまえばそれまでのことだが、トイレ掃除をしている野球部員など全国に五万といる。問題はその精神性だ。彼は本当に楽しそうにトイレ掃除をしていた。カメラの前で出来る演技ではない。

ホームランを3発も浴び、尚且つ闘争心を失わない菊池くんの姿。そしてそれに応えた花巻東の各打者。いまだかつて果たさないでいる東北人の夢を、彼らならやってくれそうな気がする。さあ、北の勇者よ立ち向かえ!

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2009年8月13日 (木)

たまには自分をほめるか・・・

最近は仕事中に老眼鏡を手放せなくなってきた。パソコンの文字は拡大文字を使えばなんとかなるが、生徒たちの鉛筆で書かれた小さな文字は70センチは離さないと肉眼で見えなくなってきた。

若い頃からこの年になるまで、両目の視力は2.0を保ってきた。きっと学生だった頃、勉強もしないで遊びほうけていたので視力がいいのだろうと思っている。その視力の良さが今度は老眼を加速させている。困ったものである。

僕は現在自分の母校の英語の添削指導をしている。一ヶ月に400枚ほどのプリントの枚数になる。そして塾では一ヶ月におよそ2000枚ほどのプリントの丸付けをやっている。年間に28800枚の作業量ということになる。それが証拠に年間80本の赤ペンが消えていく。

そしてプラス年間1000枚に及ぶブログの原稿を書いている。こういった数字に周りの人間は呆れてはくれるが、なかなかほめてはくれないので、自分で自分をほめている。時に腱鞘炎になりながら。

先週中学1年生のYさんから1ダースの赤ペンを頂いた。「もらって家にあったんだけど先生使ってください」と言うことだった。超感謝である。何よりのものをありがとうございました。

さて老眼鏡と言えば、今年の春から家内からは、ちゃんと眼を検査してめがねを作りなさいと言われ続けているのだが、105円で買ってきたダイソーの黒ぶちの老眼鏡をいまだに使っている。すこぶる調子がいい。

赤ペンも2本で105円というやつを最近は買ってきて使っている。ダイソー様々である。かねごん塾の低料金を維持するのに、日々経営努力をしているかねごんである。これも誰もほめてくれないので、自分でほめておく。えらい!

ほめついでにもう一つ。昨年の8月から今月までの一年間で、中途退塾者が1人もいなかった。塾を始めて初めてのことである。これはもちろん講師の先生や、スタッフの皆さんの努力の賜物なのだが、かつて短気かねごんと言われていた僕が、何とかようやく大人になりこの一年間一度もぶち切れなかったのが、ひょっとしたら効を奏したのかも知れないと、勝手に思っている。

そういうことで、今日は自分をほめるというテーマでした。あしからず。

《連絡》

塾は8月14日から17日まで完全休業になります。尚8月18日(月)は夏期講習の振替日となっています。休塾中、教室の電話は転送で繋がりますが、ファクスは通じませんのでご了承ください。

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部活が終わった中3の夏

子どもたちの受験指導を生業にしていると、時に人間の運命と言うものについて考えさせられることが多い。入る高校や大学によって人生の今後が決定するわけではないが、少なくとも運命の何パーセントかは明らかに合否の結果によって左右される。

僕は学校の成績と言うものが人生に大きな影響を与えるとしたならば、それはテスト結果によって選別された学校での人間関係によるものだと思う。

僕は勉強が嫌いだった。部活動と音楽に明け暮れた僕に待っていたものは、不合格と言う厳しい現実であった。人並みに落ち込みもし、人並みに自暴自棄にもなったりしたが、ある種個性豊かなクラスメートに出会うことができ、底辺から見つめる社会の光景とでも言うべきものを凝視できたことは、僕の大きな肥やしになっている。

結果が全てだと言い切る人間が多い世の中だけれども、人生に於いて失敗を含め何も無駄なものはないと言うのが僕の哲学である。努力したくないと言うのも学びであるし、人に負けたくないと一生懸命がんばるのも、もちろん大いなる人生の学びである。

僕の家内は、あいも変わらず宿題をやらない愚息に毎日頭を痛めているが、僕の『三年寝たろう』的血筋が入っている息子ゆえ、一筋縄ではいかないようだ。「なぜ勉強をしないんだ」と言われ続けている僕の息子が、いつか眠りから覚めるのか、もしくはこのまま永遠に眠り続けるのかは、彼が自分で決めることだと僕は思っている。

小学校時代や中学校時代、はたまた高校時代が楽しかったから戻りたいともらす同級生や友人が多いが、僕はそんなことを一度も考えたことがない。今の方が常に楽しい、やってくる明日が楽しみでならない。年を取っていくことを心から楽しんである。

ただ一つだけ過去の悦楽と言えば、部活動だ。僕の青春であり、全てであった。僕の命だった。だから部活動が終わった中3の夏は僕にとって人生が終わったような気分だった。受験勉強にさっさと意識を変えて行く同級生たちが宇宙人のように見えた。

県大会が終わり、勉強に本腰が入らない中3を見ていると、遠い昔の自分を見ているようである。自分が味わった挫折を塾生には経験させたくないと、自分の過去を封印してあれやこれや啓蒙する日々である。

僕の人生にこんな運命がやってくるとは、中3の夏の僕は考えすらしなかった。

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どんぐりと山猫協会のその後

昨年市内中央塾http://www.kurikoma.or.jp/~fuumon/c/index.htmlの斉藤先生と、僕かねごんで『どんぐりと山猫協会』なる一関個人塾協会を設立した。そして昨年の夏、コラボで折り込みチラシを入れ、個人塾さんの加盟を呼びかけたのであるが、完全に不発に終わってしまった。

市内に進出してきた大手フランチャイズ塾に対抗すべく立ち上げた個人塾協会であったが、僕かねごんと斉藤先生のお茶飲み会に終わってしまった。正直残念なことではあるが、一匹狼の先生方が集うことはやはり無理なようである。まあ、そのことを認識しただけでも収穫であったような気がする。

そんな中、斉藤先生の中央塾は、教室を移転し、新たなスタートを切った。もうご存知の方も多いかと思うが、お茶の常州園さんの近くにガラス張りの一見画廊かと思うような素敵な空間が生まれた。それが中央塾である。

先日お邪魔して中を拝見したが、斉藤先生の手作りの机が並び、床は天然目の板に張り替えられ素敵な塾になっていた。

実は斉藤さんは風聞園http://daiken.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-119f.htmlという喫茶店を一関の山奥に作られている。僕も月に一度ほどお邪魔して、奥様手製のお菓子とおいしい珈琲を頂いてくるのだが、このお店の中でずいぶんとブログ記事を書かせていただいた。僕にとって様々な文章が浮かんで来るエネルギースポットでもある。

斉藤先生は団塊の世代後期に属する御仁で、塾業界の大先輩なのだが、お互いに塾の話を腹を割って話せる市内で唯一の同業者でもある。

僕が今の塾を始めたときは、高校生だけの塾だったが、20年たった今は中学生が7割を占め、残りの3割が小学生と高校生という感じになっている。中央塾さんも小学生、中学生を教えているが、高校の数学や英語は、やっぱり中央塾さんという感じで、関一の生徒さんがメインになっている。

特に一関一高の生徒さんで、数学で困っている高校生の方は、ぜひ一度中央塾を訪れてみて頂きたい。斉藤先生は常日頃奥様が仕立てた作務衣を着て、風貌は一見坊さん風のおじさんであるが、頭脳はただものではない。高校生諸君、中央塾を覗いてみてはいかがだろうか。

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2009年8月12日 (水)

甲子園1勝

夕方4時から夜の6時半まで、今日は仕事に集中することが出来なかった。(塾生の皆さんごめんなさい)

花巻東高校が甲子園に登場した。仕事の合間にポータブルのテレビをちょくちょくと見ていたのだが、心臓が何度止まるかと思ったか・・・・・

花巻東の菊池雄星くんから一試合で3本のホームランを打ち込んだ長崎日大もすごかったが、劣勢を撥ね返し、長崎日大に打ち勝った花巻東の打線も凄まじかった。

平日の第四試合にもかかわらず、甲子園球場は超満員。まるで決勝戦でも見ているような錯覚に引き込まれるような試合だった。雄星くんの夏はまだ続く。

いよいよ次回は神奈川代表横浜隼人である。神奈川は僕の家内の実家。そして僕がブログの師匠と仰ぐとよ爺先生http://toyojie.jugem.jp/のお膝元である。

微妙な戦いであるが、ここは胸を借りるつもりで、花巻東には試合に臨んでもらいたい。

今夜だけはほんの少し美酒に浸りたいかねごんである。

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類は友を呼ぶ

いつも生徒たちに言うことがある。自分を知りたかったら、自分が付き合っている友達や、部活の仲間や、君たちに関係する人達を見てごらんと。それが君の現在の姿である。

『類は友を呼ぶ』僕は人類の究極の哲学だと思っている。僕もそうだ。自分のスタンスがあやしいと思うときは、集まってくる塾生やお付き合いをしている周りの方々をよく眺めてみる。自分の生きている流れが見えてくるものだ。

やたら愛想が良く、お金にうるさい人間が多くいれば、自分もそうなっているのだろうし、常に悲観的なメッセージを発する人が目に付けば、やっぱりそうなっているのだ。

「あの人は他人の愚痴ばっかりを言っていやだな~」と思ったら、知らぬ間に自分もその傾向を身にまとっている場合が多いものだ。気をつけてみるとよい。

僕の友達には音楽好きが多い。偶然知り合いになった方が、実は音楽をやっていたり、音楽に関係したお仕事をやっていたり、ジャズやブルースがめちゃ好きだったりする。偶然とは言えない確率でそういう人ばかりと縁が出来る。

僕のブログにいつも登場いただいている、小林先生やとよ爺先生、ミュ-ジシャンの本田先生、富山国際学院長の奥村先生、そして伊庄整体院の伊藤先生、僕がいつもコーヒー豆を買いに行く佐惣珈琲豆店のご主人の佐藤さんらも、音楽を愛する僕の素敵なお仲間である。

それと精神世界(スピリチャル)に精通なさっている方も僕の周りにはとても多い。僕の塾では、講師の先生を採用する際に「宗教は何ですか」などと質問することはないのだけれど(・・笑い)、採用して見るとクリスチャンの方が多かったりする。

何せ前世が、キリスト教会の牧師で守護霊が天使ミカエルの分霊と言われるくらいの僕なので(冷や汗笑い・・・・)、それもありなのかな思うのだが、まさに魂も類を呼ぶと言うことだろうか。

そんなことをある日、冗談交じりに塾生にしたところ、「だから先生フランシスコ・ザビエルみたいにはげているんだ!」と言われてしまった。・・・・・二度と言わない。

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2009年8月11日 (火)

青春という時代に

僕らの仕事は、青春時代の真っ只中にいる若者たちと向き合う仕事だ。子どもから大人に変わっていく劇的な季節を僕たちは生徒たちと過ごしていく。

髪をポニーテールに結んでいた女の子が、ある日突然マニュキアを塗ってやってくることがあれば、入塾した頃、僕の胸ぐらいの身長だった少年たちが、ふと気づけば僕と同じぐらいの背丈になっている。めまぐるしい日々の中、確実に大人になっていく子どもたちに、時に驚かされ、時に戸惑うかねごんである。

先日まで、夏祭りを誰と行こうかとか、誰と誰がカップルになったらしいとか、夏恒例のざわめきが塾でも沸きあがっていたが、夏祭りも終わりまた日常の静かさが教室に戻ってきた。

夏期講習の勉強会も残り二日を残すばかりとなった。一方甲子園は、雨のため二日間順延になり、本県代表の花巻東高校の試合は明日行なわれる。花巻東の日程が変わったため、予定していたスケジュールが微妙になり、僕の甲子園行きが怪しくなってきた。

僕のブログに野球グランドの写真が表紙を飾っているのを見ても分かるように、僕は大の高校野球ファンである。しかし毎年春の甲子園は春期講習があり、夏の甲子園は夏期講習がありで、残念ながら一度も生で甲子園を見たことがない。

地区予選は、時間が許せば頻繁に球場に足を運んでいる。時に母校の応援であったり息子の学校の応援だったりする。球場にこだまする高校生の応援の歓声を聞いていると、自分も思わず高校時代にタイムスリップし、ゲームセットの声を聞いた瞬間、恥ずかしながら感極まって涙してしまうこともある。

青春は本当にすばらしい人生の季節だ。僕は子どもたちによく言うのだが、ちょっと成績順位が悪くとも、ちょっともてなくとも、ちょっと身長が低くっても、君たちには若さがある。何ものもそれを君たちから奪うことは出来ない。

若さが君たちの全ての欠点を補って余りあるはずだ。なぜなら、今なら君たちは何にでもなることが出来る。努力という魔法で!がんばれ青春人たちよ!

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2009年8月10日 (月)

再掲載~核はいらない~

僕は人類が近世になって作ってはいけなかったものが、少なくとも三つあると考えている。一つは身分制度、一つは死刑制度、そしてもう一つは核だ。

核に関しては平和利用などというものは存在しない。核の存在そのものが地球文明の危機である。下記の文章は僕が一年半くらい前に書いたものだが、もう一度掲載させていただく。広島、長崎の原爆投下から64年が過ぎた今、我々人類は核の廃絶から遠いところにいる。核はあってはならない。

         海に放射能を捨てないで

来月から、青森県六ヶ所村のウラン再処理工場が本格始動する。全国の主要道路を、高レベル放射性核廃棄物が運ばれる。

 全国の人達は、自分の所じゃないので・・・と思うかも知れない。しかし、確実に、我々が享受してきた文明の代償が、私達の日々の中に忍び寄ってきている。

 六ヶ所村の一番の問題点は、間違いなく海に廃棄される放射性廃棄物だ。東北の美しい海が放射線に汚染され、死の海と化す。

 現在世界でウランの再処理施設を稼働させているのは、イギリスとフランスだけである。そしてイギリスの再処理場があるセラフィールドの町の周辺では、小児白血病の発症率が通常の10倍になっており、セラフィールドの町が面するアイリッシュ海は、世界で最も放射能汚染が進んだ海となってしまった。

 国際研究機関オスパー委員会の調査によると、沿岸の海水の放射性物質の濃度が、通常の70倍に達したと報告された。魚など食べられたものではない。

 誰でも知っていることだが、海は常に海流によって移動する。六ヶ所村から海に放出された汚染物質は、親潮である千島海流や黒潮である日本海流によってリンクされていく。その海で生息する魚介類は、もちろん被爆する。それでも、よそのことなのでと、言っていられるだろうか。

 このブログで何度も繰り返し述べてきたことだが、都会と地方の経済格差が広がった。経済力のない地方の活性化に、原子力の厄介者を押しつけて、まるで恵みでも与えてやったようなつもりでいる国の政府の対応に、私は激怒する。

 操業者である日本原燃(株)の事前調査では、排出されるトリチウムなどの放射性廃液は、青森県沿岸を南下し、八戸沖あたりで消えてなくなるとされているが、放射性物質は温廃水の水温のように数キロ先で、時間の経過とともにもとに戻るものではないし、消えてなくなるものではない。

 日本原燃ははっきりと、放射性廃液を海に捨てると言っている。決してこの事態を容認するべきではない。この素晴らしい日本の海と、育っていくこども達、そして生まれて来るこども達のためにも。

 この問題に危機感を覚え、活動をしているたくさんの人達がいる。塾の卒業生の中にも支援者が多くいる。しかし、まだまだ声がトップに届いていないのが現状である。東大の先生が、日本原燃を支持する意見書を国に提出するなどの暴挙もあり、いろんな利権が渦巻いている。

 前回のブログ、暗黙の共鳴でも書いたが、真実の声に耳を傾けられる感性と力が私達には必要だ。

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ブログ探訪

塾の宣伝媒体としてブログを効果的に活用しようと言うことで、僕らのような個人塾のみならず、大手のフランチャイズ塾などでもHPにブログをリンクするところが増えてきた。高校ブログも最近は増えている。

昨日は雨の日曜日であった。午前中は中学校の部活指導に行き、午後はお盆を前に、お墓掃除に行ってきた。帰ってきてから久しぶりに夕暮れ時まで、全国の教育ブログを閲覧していた。

ブログ主の嗜好やスタンスに文句をつけるわけではないが、せっかくすばらしい内容のブログなのに、これでもかと言うくらいアフィリエイトを回りに貼り付け、何処が記事なのか分からないブログがあったり、ブログネタが非常に若者向きで、この感性は僕のような年寄りにはとても真似できないな~と感心させられるものや、ずばり僕の塾は君たちを東大に導きますみたいな直球派があったりと、さすが塾を営む人間だけに個性も強烈なブログが多い。

そんな中でやはり一番面白いと言うか、楽しませてもらったのはフランチャイズ塾や、分室の塾長さん方のブログである。

はっきり言って極端に優劣が分かれる。「本当は書きたくないけど、本部から書けと言われているから書くもんね~」みたいなグログがあるかと思うと、我が教室こそはナンバー1と、将来本部を食っちゃうじゃないかと思えるほど情熱一杯の塾長ブログがあったりする。

それにしても「今日は疲れた~早く寝よう」の一行で終わっているフランチャイズ塾のブログなど、ある意味すごい。僕が代表ならば即刻閉鎖してしまうのだが、ノルマで書かせられるブログなんていやなんだろうなと思う。

ブログを読んでいると、その予備校なり塾なりのエネルギーが手に取るようにわかる。文章は人なり会社なりを表すので侮れない。一発勝負のチラシの文面やパンフの文章ならば何とでも書けるだろうが、毎日となるとその人間の本性が出てしまう。

かく言う僕も、権力に対する反骨精神がくすぶっている輩ゆえ、やはりついついその手の文章が多くなり、時にご批判を頂く。

それにしても一匹オオカミなどと言えばカッコはいいが、僕の場合は一匹太っちょ豚みたいな体型になってきたので、どっちかと言うとオオカミに食われる状況であって、痛たたた~である。

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2009年8月 9日 (日)

親想いの高校生たち

2009年の春の大学進学率が、現役・浪人合わせて5割を突破したという。一方で、家庭の経済状況によって、高校生の4年制大学への進学率に大きな差があることも報じられている。年収200万円未満での進学率は28.2%、600万円~800万円未満は49.4%、1200万円以上では62.8%になるという。

僕が使っているココログのブログニュースの今日の記事である。国民の2人に1人が大学に行く時代になった。高卒の就職難がこの数字に反映しているのかも知れない。この記事では触れていなかったが、子どもを大学に入れようと経済的に無理をし、自己破産を申請する家庭も増えているのだと言う。

大学の価値は間違いなく変遷してきた。少子高齢化に伴い、定員割れを起こす地方の私立大学が増える一方、早慶をはじめとする大都市圏の私大は相変わらずの人気を示している。

それにしても大学生の学力が低下したと言われて久しいが、本当にそうだろうか。この不況の時代を迎え、何とか就職口を見つけようとしている学生たちは、夜は夜で簿記や英会話を習いに出かけ、パソコンや様々な資格試験を取ることに必死である。僕らの頃から比べたら、努力している学生が多いように見受けられる。

大学に入ることが当たり前になった時代がゆえに、大学卒の重みがなくなったと言われているが、僕はそもそも大学に行く目的を、本質的なところで履き違えている方が多いような気がしてならない。

まず、就職に有利だから、給料が高卒よりいいから等の理由ならまだしも、やることがないからとか、働きたくないから大学に行くなどと、真顔で言っている高校生を見ると「お前らなめとんのか!」としばきたくなってくるのである。間違いなく裕福なご家庭の子どもたちであるだろう。

先月、僕は高校の職員室で痛ましい光景を目の当たりにした。進学希望だった男子生徒が、担任の先生の所へ就職希望の変更届を持ってきた。お父さんの勤めていた会社が今年限りで閉鎖になるので、家計を助けるために働きたいのだと言う。

奨学金等も検討してみたらどうだという担任の先生の話に、下に兄弟もいるので、就職をお願いしますということだった。僕は横で聞いていて目頭が熱くなっていた。大学の費用どころか、彼が即戦力として働かなければならない厳しい経済状況。きっといたるところで、このような選択を迫られている高校生が一杯いるはずである。

学ぼうと思えば本を読んで学べることも多い。人生は死ぬまで学びの連続だ。大学という選択肢が全てではない。がんばれ!親想いの高校生たち!

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塾教師の学歴パート2

先日僕は、いつも大変お世話になっているタコ坊主さんこと伊庄整体院http://www.isho-healing.com/index.htmlの伊藤先生の出身学校を間違ってブログに記してしまった。先生にはとても不愉快な思いをさせてしまったことだろうと思う。この場を借りて陳謝したい。

実は僕は今まで一度も塾のプロフィールにも、チラシにも自分の出身学校を記したことがない。ゆえに誰かの出身学校についてふれることも決してなかったのだが、たまたま書いていたテーマの流れで、先生の紹介のつもりがとんだへまをやらかしてしまった。本当に懺悔のしようもない。

出身学校のテーマについては、何度か過去のブログでも記事にしてきた。いろいろなコメントも頂いた。

塾を20年前に始めた頃は、電話を取るや否や「どこの大学を先生は出たんですか」と、のっけから聞かれたこともある。初めて塾に訪れた営業マンに「私は○○大学を出ているのですが、先生はどちらの大学を出たんですか」と尋ねられたこともある。

30歳前の若造だからなめられたのか、それとも相手がたまたま非常識な人間だったのか、今思うとずいぶんと失礼なやつもいたものだ。

塾をやるのにそんなに高校名や大学名が大切なものだろうかと、若かった僕はそれなりに自問自答してみた。僕の出した結論は「まったく関係ない」である。結果を出せばいいことであって、塾教師の学歴など関係ないと腹をくくった。

僕の塾は、講師採用の条件として学歴は不問である。国立大学を終え、アメリカの大学を卒業した方と、高卒の方が応募してきたことがあったが、僕は面接で高卒の方を採用したこともある。力量は会話や雰囲気に現れるものだ。履歴書の学校名は参考までに過ぎない。

僕の判断が正しかったかどうかは、僕の塾がこうやって何とか生きながらえてきたことで、ある程度証明できたのではないだろうかと、生意気にも思っている。

学力や指導力、そして運を味方につける努力は塾教師として大切なことだけれど、学歴は絶対条件ではないだろうと思う。

僕は大学時代家庭教師のバイトをずっとやってきた。僕の時間給が2500円だった頃、確か東大生の家庭教師は1時間5000円が相場だったと記憶している。バブルの頃は10000円の時もあったようだ。

ちなみに岩手県の高校英語教師名簿を今年の春、講師をしている高校より頂いた。東大卒の先生は0人だった。僕の出身大学の先生も県立高校にはいなかった。ひょっとして僕の出た学校は東大並み?! そんなことはないよな・・・・・(苦笑い)

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2009年8月 8日 (土)

本当の供養とはなんだろう

僕の地域は曹洞宗のお寺さんにお世話になっているのだが、15年ほど前ある事件が起きて、80軒ほどの檀家が離脱し神道になった。

全国のどこのお寺さんもそうだと思うが、本堂を建て直したりするには少なくとも2億~3億円のお金がかかる。檀家一軒から50万円~100万円の寄付を募るところも珍しくない。

僕の地域にあるお寺さんで、15年前自宅を新築することになった。ある日突然、30万円~50万円の金額が印刷された振込用紙が各檀家に送られてきた。おりしもバブルが崩壊し、どこの家も経済状態は大変な時だった。多くの方々が激昂したのは言うまでもない。

寺の一切の費用は檀家が賄ってきた。葬式があれば50万から100万円の供養料を支払ってきた。領収証を切るようなお金ではない。その上自宅を建てるから50万円をよこせとは何事かと、多くの家が改宗した。

僕の家も、近隣の方々から曹洞宗を離脱することを勧められた。僕の家ではその事件の5年前、父が亡くなりもちろん曹洞宗で弔った。母に相談したところ、自分もお父さんと同じ宗派で死んだときは弔って欲しいと懇願された。寺を変えず今に至っている。

ところが今年そこの住職が亡くなった。僕は神社の総代はやっているが、寺のことには詳しくない。何でも本山から偉い坊さんたちがやって来て、ド派手な葬式をやるらしい。息子の跡継ぎの儀式なども執り行い、数千万円のお金を本山に納めるらしいのである。これを檀家で賄うという話がこぼれ伝わってきた。

たまったもんじゃない。これじゃやくざの世界と変わらない。上納金制度と同じではないか。もしくは、大手フランチャイズ塾の本部が、システム料として、年間200万円のお金をチャージしてくる制度と同じだ。いやひょっとすると、大手塾が寺を真似たのかも知れない。どっちにしてもひどい話だ。

既存の宗教は新興宗教をことごとく批判するが、仏教界もこれでは困ったものだ。本当の供養はド派手な葬式でも、高額のお布施などでもないだろう。

でもこれで、檀家がいなくなり寺が成り立っていかなくなったら、どうするつもりだろう。しょうがない、うちは自分でかねごん教でも作って、勝手に葬式でも供養でもしようとしよう。

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2009年8月 7日 (金)

7.7.7の神様

7.7.7と言ってもパチンコの話ではない。くしくも8月7日一関花火大会の今日の記事は、記念すべき777回目の更新記事になる。2年と2ヶ月目での達成である。

記事に頂いたコメントは250件。僕の拙い記事に日々皆様からコメントを頂き、書き続ける励みになってきました。本当に感謝であります。

実は僕は数字の中では一番7が好きな数字である。お店で受け取った領収書の番号が77のぞろ目であったり、車の走行距離メーターに77の数字が連続しただけで嬉しい気分になる。

ちなみに僕の誕生日は7日である。次男の誕生日も7日である。おまけに飼っている愛犬の誕生日は7月7日である。まさにラッキーセブン。ウルトラマンシリーズではもちろんウルトラセブンが好きだったし、コンビにはもちろんセブン.イレブンが僕の常連である。

僕はギャンブラーな人間で、車のナンバープレート占いと言うものを勝手にやっている。どういうものかというと、仕事や家庭のことで何か決断をしなければならない日、僕は車に乗る前にいずれかの決定を心の中でする。そして目的地に着くまでの間に、77以上のぞろ目のプレートナンバーの自動車が、僕の軽トラックの前を走ったならば、躊躇無く決断したことを実行に移すことにしている。

それで失敗をしたことは無い。77の神様が僕にはついているようだ。

それにしても777回、自分で言うのもなんだが、よくも飽きもせず続けてこれたものである。前回も書いたが、僕はペンを握らないと思考回路にスイッチが入らない。必ず下書き原稿に記事をまとめないとPCに向かえない。ボツネタ原稿を含め、原稿用紙に加算すると2000枚ちょっとの枚数を書きまくってきた。

この2年間の間には、突然PCが再起不能になったり、僕自身が疲労困憊で書けなかったり、そして最近ではインターネット会社にログイン及びアクセスを止められ、まったく一週間何も出来なかったりと、順風満帆の日々とはほど遠い日々だった。

しかしほぼ毎日、あ~でもないこうでもないと、時にもがき苦しみ、また時に調子に乗って書いてきたかねごんである。これも読者の皆様がいたからのことであります。あ~感謝!

《謝辞》

リンクを貼らせて頂いている先生方には、毎日読んでいただき本当に感謝で一杯です。多くの読者の皆様、貴重な時間を割いていただき本当にありがとうございます。最近では、市内一関修紅高等学校や一関学院高等学校の先生方にもこの拙い僕のブログを読んで頂き感謝に耐えません。

そして塾生の保護者の皆様におかれましては、ことあるごとにブログの感想を頂戴し心より感謝しております。

気まぐれな性格ですので、いつ突然ペンを置くか知れませんが、世の中に対する憤りや、教える情熱があるうちはこのブログを続けて行きたいと思っています。今後とも大験セミナーわくわく日記をよろしくお願いいたします。

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経営オンチの個人塾

ここ一週間で延べ170名の小中高生が塾にやってきた。夏期講習と通常ゼミ合わせての一週間の延べ人数である。体力的にかなり一杯一杯である。

こんな数字を書くと「かねごん先生の塾はもうかってまんな~」などと思われそうであるが、なかなか現実は厳しいのである。僕の塾は集団個別指導というやつで、週一回90分の指導で5000円、週二回で9000円の月謝を頂いている。月謝は学年や指導教科数には関係ない。

仮に週一の生徒が定員一杯の100名だとしても、一ヶ月の売り上げは50万円そこそこである。そこから家賃や電気代、人件費などを差し引くと、赤字にはならないが、僕の給料は昨日のブログ記事ではないが、低所得者層に入ってしまう。

幸運にも僕の家は江戸時代から続く農家である。どうでもいいことだけれども僕で18代目だ。家庭で消費するお米や夏野菜は何とか自給自足の暮らしをしている。夏休みが終われば、高校での非常勤の仕事もあり、何とか家庭を支えているかねごんである。

昨日の話の続きになるが、「うちは家計が苦しくて子どもを塾になんかやれない」とお嘆きの全国のご父兄の皆様。

大手の塾のチラシや、テレビCMに惑わされず、アンテナを張り巡らして頂きたい。どこの町にも僕の塾のような、経営オンチの個人塾があるはずである。探して見ていただきたい。

工夫をすれば、お金が無ければ無いで何とかなるものである。教育だってそうである。お金を一杯出せばいい教育が得られるとは限らないのである。

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2009年8月 6日 (木)

たかが学力だ

 年収が多い世帯ほど子供の学力も高い傾向にあることが、2008年度の小学6年生を対象にした全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)を基に行われた文部科学省の委託研究で4日、分かった。学力テストの結果を各家庭の経済力と結び付けて分析したのは初めて。
 委託研究では、5政令市にある公立小100校を通じて、6年生約5800人の保護者から家庭環境などのデータを新たに収集。個人名が分からないよう配慮した上で、学力テストの結果と照合した。
 学力テストには、国語、算数ともに知識を問うA問題と活用力を試すB問題があるが、世帯年収ごとに子供を分類すると、いずれも200万円未満の平均正答率(%)が最低だった。
 正答率は年収が多くなるにつれておおむね上昇し、1200万円以上1500万円未満だと200万円未満より20ポイント程度高まった。ただ、1500万円以上では正答率が微減に転じた。 
時事通信8月4日

この記事を読んで、お金がなくて塾通いをさせることが出来ないから、学力が低いんだと分析された方がいたならばそれは間違いだ。

僕は暮らしが貧しいことは何でもないことだと思っている。僕たちが子どもの頃はみんな貧しかった。塾もなかったし、ピアノなどの習い事に通う子どももまれだった。いや僕の小学校の同級生にはいなかった。

貧しくとも親は希望を失わなかった。一生懸命働いていた。そして僕らはその背中を見て育った。

お金がなくてもプライドがあった。夢を持っていた。それが僕らの親たちだった。今のようにお金が無いことでいじけたり、子どもを巻き込んで心中するような親はいなかった。勉強が出来ないのは、塾に行けないからでも、家庭教師を頼めないからでもない。親が子どもの前で人生を語らないからだ。夢を話さないからだ。

僕の父親は中学校しか出ていない。しかし、学問や学ぶことの大切さは、ことあるごとに僕に話してくれた。もちろん反抗したこともあるが、父親の言葉は間違いなく僕の中で生きている。

そして農家の長男である僕はこうやって塾家業を営んでいる。

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2009年8月 5日 (水)

先生の進化論

教える側の人間が、「先生、勉強したくない」と生徒に言われたなら、ようやく対等な人間として認められた証だ。

「先生、何で勉強しなくちゃならないの」と言われたならば、ようやく大人として認められた証だ。

「○○先生むかつくんだよ」と生徒が他の先生の悪口を言ってきたならば、ようやく先生として認知された証だ。

そして「先生結婚してんの、子どもいるの?」と言われたならば、ようやく先生として興味を持ってもらった証だ。

「先生やってておもしろい?」と尋ねられたなら、一人前の教師だと僕は思っている。

「先生って楽しそうだね」と言われているうちは愛される教師ではあるが、一流の教師ではない。

僕は先生であることは、修行であると思っている。修行だと思っていないから、酒飲み運転をしたり、教え子を誘ってみたり、警察のお世話になってしまうことをしてしまうのだ。そうではないだろうか。

昨日の岩手日日新聞に、市内の小学校教諭が密漁で逮捕された記事が、実名入りで大きく報道された。児童やご父兄からは指導熱心で人望が厚い先生だったという。ちょっとした軽いのりでやったことだろうけれど、あまりにも大きな代償である。

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2009年8月 4日 (火)

親としてのポジション

先日市内で家業を継いでいる卒塾生のKくんが塾に立ち寄ってくれた。多くの従業員を抱える彼は、会社運営や、ちょっとトラブッている家庭の事情などをさりげなく打ち明けてくれたのだが、Kくんは父親になって自分が変わったと話してくれた。

もちろん会社で責任ある立場にいる人間なので、変わらざるを得ないのだろうけれど、僕から見ても確かに変わった。

幼い頃に父親を早く亡くし、いろいろな苦労をしてきた彼である。東京の大学を終えた後、家業を継ぐべくイギリスに留学し、修行もしてきた。高校大学時代ラガーマンとして鍛えた身体は、今も健在で見るからに逞しい。

「や~僕も先生と同じで頭髪がやばくなってきましたよ」などと目を細めてしゃべる癖は、塾に通ってきていた高校時代と変わらない。

「俺が塾に入った時、先生の息子さんとてもちっちゃくて、チョコチョコ歩き回っていたけれど、俺の娘がちょうどそれくらいになりましたよ」とKくん。

「息子も来春学校を卒業で、今は就職活動でいまだ陽の目を見ず、悪戦苦闘しているよ」と僕が言うと。「え~もうそんな年になりましたか。俺も年を取るわけだ」とKくんは目をパチクリしていた。

我が塾の社長であり、風と虹の教室http://kazetoniji.cocolog-nifty.com/の代表である僕の家内に、奥州市や市内の子育て支援センターなどから幾つかの講演の依頼が来ている。その内の一つは家内のスケジュールの都合で僕が代わりに行くことになりそうなのだが、僕は正直戸惑っている。

塾の生徒の指導は僕なりにがんばってきたつもりだ。死にたいと言ってきた生徒の自殺を食い止めたこともある。どうしようもなく荒れていた生徒を更生させたこともある。塾生が東大や早慶にも入った。しかし僕は現時点では、自分の息子達の教育に関して完全に失敗している。ゆえに子育ての失敗談ならいくらでも言えるが、成功例は今のところ言えない。

僕は2人の息子の父親になって、人並みに愛情を注いできたつもりである。しかしまったく言い訳にしかならないが、息子の教育に関しては、塾家業が忙しく(いや、忙しいふりをして)放任してきた。結果大変なことになっている。

でも息子たちから教わっていることも多い。僕は、子どもが勉強しないで困っている、いや苦悩している親御さんの気持ちが手に取るように分かる塾教師だと自負している。だから息子たちに感謝している。ちょっと複雑な感謝ではあるが・・・・・・。

そんなことを卒塾生のKくんと話をしながら考えていた。

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2009年8月 3日 (月)

さようならMr.Baseball

今日は僕が独断と偏見で選んだ夏の思い出の曲、ベスト3を発表したい。

第3位はこれです。

第2位はこれです。

第1位はこれです。

夏と言うと華やかなイメージが定番だが、僕はなぜか夏は寂しさを感じる。花火大会のあとの家路に向かうあのなんとも言えない虚無感。海に行ったあとのあの寂寥感はいったいなんだろう。

大地がヒートアップする季節なのに、なぜか僕は心がクールダウンしてしまう。したがって夏の曲というと、こんな感じの選曲が出来上がる。

夏の夕暮れ時、ひぐらしがうるさいくらい鳴く中、僕は学生時代のお盆休みを、実家の畳に寝転んで、これらの曲をヘッドホンで聴いていた。

夏祭りのお囃子が聞こえてくる季節になった。都会に出て行った人達が田舎に帰ってくる。昨夜部活動の育成会の会合があった。中学校時代の親しかった友人が昨年東京で亡くなったことを知った。

都会から帰ってきたくとも、帰って帰って来れない人もいる。彼は、僕が中学校に入学した時、最初に僕に声をかけてくれたクラスメートだった。さようなら Mr.Baseball.....(合掌)

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世の中は狭い

先月僕のブログがアクセス禁止になってしまったのが逆に効を奏したのか、塾、予備校ブログランキングで初のベスト10入りを果たした。昨日の日曜日は7位まで浮上していた。クリックをしていただいた皆様ありがとうございます。感謝申し上げます。

ところで塾、予備校ブログランキングで常に上位にいる静岡県の向上館http://blog01.kojokan.jp/という塾があるのであるが、その向上館の熊谷先生と言う方が僕のブログにコメントを下さった。なんと一関の出身の先生であった。

僕の塾は一関市立桜町中学校の学区内にあり、県立一関第一高等学校のすぐ前にある。なんとコメントを頂いた熊谷先生は、桜町中学校、関一出身と言うではないか、びっくりである。世の中は狭い。

世の中は狭いと言えば、僕が行っている私立高校の美術の先生にN先生という僕と同じようなヒゲ面の先生がいる。先月その先生がライブをやると言うので家内と出かけて行った。これが迫力のある歌声で、ソウルフルであった。

最近ギター一本で歌を聴かせてくれるシンガーが少なくて、残念に思っていた僕にとっては強い見方を得た感じで嬉しかった。

後日いつもお世話になっている伊庄整体院http://www.isho-healing.com/index.htmlのタコ坊主さんこと伊藤先生のところに治療に行ったおり、何気なくその話をしたところ、N先生は伊藤先生の友人と関一時代同級生とのこと、世の中はやっぱり狭い。

ちなみに一関市はほぼ東京都の陸地面積と同じである。どうでもいいことだけれど・・・・。

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2009年8月 2日 (日)

視点を変えて

教える側が視点を変えると違うものが見えてくる。例えば、なぜ授業を聞かないんだろうではなくて、なぜ授業が聞けないんだろうとか、なぜ宿題をやってこないんだろうじゃなくて、なぜ出来ないんだろうというふうに子どもたちを捉えると、教師側の目線が、もしくは指導が激変する。

塾の講師研修で必ずと言っていいほど先輩から学ぶことがある。なぜ生徒が授業を分かってくれないんだろうではなくて、なぜ理解させられないんだろうという、自己責任のスタンスを常に見失うなという忠告だ。

実は僕の塾の生徒の親御さんの中には、公立の学校の先生が多い。僕のブログを読んで頂いて、息子さんや娘さんを塾に連れてきて、入会していただいたケースがほとんどである。

ある先生から、「かねごんさんのブログは、教員である私たちの立場では言いたくとも言えないことを、時にずばりと書いてくれていて、すっきりする日があるんですよ」という恐れ入ってしまうコメントを頂いたことがある。そんなわけで調子に乗って暴走してしまい、時に家内から削除命令を受けるかねごんである。

僕は27年間塾教師をやってきた。現在は私立高校の非常勤講師もやっている。教員試験を受けた経験はない。それどころか、きっと頭が悪いんだと思うが、高校も大学も公とつくものにはまったく縁がなく、アウトローの人生街道だった。

しかし冷静沈着に自分を振り返ってみると、そんな僕だから塾教師を続けてこれたのだと思う。そして塾教師ゆえに言いたいことをこうやって言っていられるのだと思う。

ヒューマニックな表現をすれば、僕は常に弱者の目線で子どもたちを見てきた。何度もこのブログで書いてきたが、勉強が出来るのも個性ならば、勉強が出来ないのも個性である。勉強をしないからには、彼らの魂の目的は別なところにあるのかも知れない。

その目的を一緒に探して、思い出させてあげるのも僕の塾教師としての仕事であると、生意気にも思っている。

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2009年8月 1日 (土)

松岡さんの功績

下の子がようやく小学校に入学した頃、家族でハリーポッターの映画を見に行った。あれからもう8年も過ぎた。息子たちは第一作目からハリーポッターを読んできた。時に図書館から借りて、時に古本屋から買って、また時に新刊本で。

僕もハリーポッターは全作読んできた。訳本で、時に原作で。おそらく単独の作品としては、21世紀に入って世界で一番読まれた物語だろうと思う。

両親を亡くした子どもが、親戚の家に引き取られ、さまざまな葛藤の中、自分のルーツを探り成長していくストーリーはまったくもってありふれた古典的ストーリーではあるが、ホグワーツという魔法学校、そして闇の帝王ヴォルデモートというキャラクターをバックに展開されるプロットのすばらしさ、そして作者のアイディアの引き出しの多さは実に圧巻である。

僕はこのまれに見るヒット作品の現象はなぜ起きたのかと言えば、翻訳家の手腕によるところが非常に大きいと思っている。つまり訳がすばらしいのである。

リズミカルで、ポップで、そして威厳があり、行間にそこはかとない哀愁が漂っている。各国の翻訳者の技量のすばらしさが、ハリーポッターが世界で愛された一番の理由ではないだろうか。

世界の言語が情報というネットワークで繋がった証であると思う。物語の中に出てくる事象を、共通認識できる言語と知識と感性が、世界の人々が共有できる社会になったことが、今日のハリーポッター現象を生んだ要因だと思っている。

日本語版の翻訳をされた松岡祐子さんの努力には脱帽する。手元にハリーポッター4thの原文があるが、Society  for the Promotion  of Elfish Welfare を『屋敷しもべ妖精地位向上協会』と訳した松岡さんの翻訳センスには惚れ惚れするかねごんである。

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八月の空

8月が始まった。27年間連続夏期講習の真っ只中で迎える8月1日である。ここ北国に於いては、もうすでにコオロギが鳴き始め、めちゃくちゃ長かった一日も、日ごとに夕暮れの早さを感じるようになった今日この頃である。

奥羽山系の山々を仰ぎ見ると、7月の初旬まで見えていた残雪のまだら模様はすっかりなくなり、昨年岩手県南を襲った大地震のため崩落した須川岳の山すその傷跡が、市内からも肉眼で見ることが出来る。

あと一週間で一関も夏祭りである。昨年は地震のため磐井川の花火大会が中止となった。大きな被害を受けた本寺地区の一日も早い復興を願い、亡くなられた方々の悲しみを悼んだ。

そして今年は長年続いてきた市内川崎の花火大会が中止になった。北上川に映える豪快な花火は、県下でも有数な花火の一つに数えられている。協賛する企業が激減したことにより、運営資金が集まらず、中止を余儀なくされた。

夏の風物詩にも不況の影響があちこちで出てきている。

夏のこの時期になると聴きたくなる歌がある。大学時代、友人の車に乗って湘南の海に出かけた8月の夏、この曲がカーステレオから流れていた。

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