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2009年7月30日 (木)

僕たちの失敗

世の中の景気が衰退したことや、教育が一部で荒んできた原因が、社会や政治家の責任などではなく、僕たち中堅の世代にその責任の大半があるのではないかと思うことがある。

僕たちの上には常に団塊の世代が存在してきた。安保闘争のような過激な学生運動や、成田闘争を見てきた僕らは、「こういった闘争に何か意味でもあるのだろうか」的なクエスチョンマークを点滅させ、反動として政治にまったく無頓着な若者世代として青春を過ごしてしまった。

酒を飲んでも政治の話などすることもなく、音楽の話とファッションの話題に明け暮れた軟弱な世代である。

軟弱な世代がゆえに、子どもたちを軟弱に育ててしまった。雨や雪が降れば子どもたちを学校まで送って行き。中学生にあがった息子や娘がケータイが欲しいとダダをこねると、周りが持っているから仕方がなぇ~なと買い与え。「ぼく、○○ちゃんに学校でいじめられているんだ」などと耳にするものならば、「学校は何をやっているんだ」となぐり込んでいく。子ども溺愛自己中パパに変身してしまうのである。

そんな僕らだから、一見家庭パパとして家族からは疎まれることは少ないのだが、かと言って命を懸けて会社のためになどと言う世代でもない。

ゆえに終身雇用制が崩壊しても、何ら不満を会社にぶつけるでもなく、自分さえ良ければいいやと思いつつ、派遣社員制度を容認し、気が付いたら自分が解雇社員のターゲットにされている。

その結果、家族に見捨てられ、自分の命まで見捨ててしまう僕らの世代。これが僕らの失敗と言わずして、何を失敗と言うのだろう。

この閉塞感が充満した今の社会が、僕たちの責任だとしたならば、僕たちが社会を変えなければならない。今度の選挙にしても、今後の日本の動向にしても、僕らの世代に運命がかかっている気がしてならない。そうじゃないだろうか。

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