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2009年7月13日 (月)

僕の夏休み

夏休みになると、仙台にいる叔父が僕を七夕に連れて行ってくれた。小学校時代の楽しい思い出である。

小学校6年の春からギターが欲しくて、お年玉やイナゴを取って佃煮屋さんに売ったお金を僕は一生懸命ためていた。仙台の七夕でにぎわうアーケード街の一角に大きな楽器屋さんがあって、ショーウインドウには60万円もするようなマーチンやギブソンのギターが飾ってあった。1ドル360円の時代である。

中学生になったら買おうと思っていた1万円のヤマハギターが店内に吊るされているのとは対照的に、鍵のかかったショーウインドウのマーチンやギブソンはまるで宝石のような輝きを放っていた。

子どもながらに、情念とも思える感情が沸いてきたのを覚えている。1万円のフォークギターさえも手に入れられなかった僕だったが、いつの日かこの重厚なギターを手にすることを確信をもって夢見る少年だった。

僕の家だけではなく、どの家庭も決して裕福ではなかった。しかし夢を持つことは今の時代に比べたらとてもとてもたやすい事だった。なぜなら、周りの大人たちが夢を現実にしていけた時代だった。

僕らの夏休みは、ディズニーランドもファミコンも家族旅行もない夏休みだったけれど、20円のアイスキャンディーに当たりの焼印を見つけては、うれしくて飛び跳ねていたそんな夏休みだった。

中学生になって手にしたフォークギター。うれしかったな。中学校の最初の夏休みに、僕は吉田拓郎のこの歌を、調弦のままならないギターを片手に歌っていた。

拓郎さんは今回ライブツワー中に体調を崩されたが、無理をせず休養をしていただきたいと思います。多くのファンもそれを望んでいると思います。

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コメント

すでに僕の日課となっております、かねごん先生のブログ閲覧。
いったいどうしたものかと心配しておりました(我が家のPCがまた壊れたのかとかいろいろ…)。
何はともあれ、復帰されて何よりです。ありがとうございます。

子供の頃に感じていた「夏休み」って、一日一日が永遠に思える程すご~~く長くて、ワクワクするけれども、気だるくて、退屈で、少し寂しかったり・・・。そんな感じがこのたくろうさんの曲にも表れていて、、、とても大好きな一曲です。


(かねごん)
Muddyさんコメントありがとうございます。
長らく閉鎖になってしまい申し訳ございませんでした。閉鎖後多くの皆さんからご心配のメールやら電話を頂きました。
多くの皆さんが私の拙いブログを読んでいただいていることに本当に感謝で一杯です。
Muddyさんの夏が今年もすばらしい季節であることをお祈りいたします。今後ともよろしくお願い致します。

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