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2009年7月14日 (火)

脳死は人間の死だろうか

僕は宗教学者じゃないし、哲学者でもないし、ましてや医学に精通しているものでもないけれど、脳死は人間の死ではないような気がする。

確かに脳は言語や運動をつかさどる人間の大切な器官であるが、しかし心臓を動かし、細胞を成長させているものは間違いなく脳以外の何ものかである。呼吸をし、細胞が覚醒している存在が死んでいるとは思えないのである。

脳の電気パルスが反応しないからと言って、ベットに横たわっている人間に意識が存在しないと誰が断定できるのだろうか。

僕は臓器移植に反対なのではない。人間の死の尊厳について充分な議論をせず、脳死と臓器移植をワンセットで法令化しようとすることが、賢明なやり方ではないと思うのだ。

植物人間という失礼な表現があるが、野に咲く植物でさえある種の意識があることが報告されている。火を近づけたり、刃物を近づけたりすると、何らかの電気信号を発することが知られている。

我々人間はまだまだ未熟な存在である。数百年後、人類は生きている人間から臓器を取り出し移植を施した野蛮な時代があったと言われぬよう、もう少し慎重に、自分たちを考えたらどうだろうか。

魂という言葉は決して法律用語に登場しない言葉だけれども、肉体だけが全てだと割り切る思考には僕はついていけない。

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