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2009年6月 8日 (月)

山の神

30代の10年間は私にとって山との語らいの時期だった。本当によく山登りをやった。40を過ぎ一度重度の腰痛を患ってからは、体をいたわり登らなくなったが、登山をする爽快感はすばらしいものである。

岩手に生まれ、周りが山だけなものだから、10代の頃は山そのものに格別の興味などなく、近隣の山の名前さえもまったく知らなかった。

啄木ではないけれど、一度故郷を離れ東京暮らしを経験し、また岩手に舞い戻ってきた私にとって故郷の山は懐かしくもあり、人生のしるべを教えてくれる孤踏の座標のようなものになった。

一番登った山は北上高地の最高峰早池峰山である。年に2,3度塾登山と称して高校生を連れて登ったものである。時に雨に降られずぶぬれになったこともある。雲海が広がるパノラマに息を呑み、じっと佇んだことがある。登る朝日の神々しさに涙を流したこともあった。

休みを取れない私は、いつも朝4時ごろ家を出て、7時前には登山口にたどり着く。登り3時間、下り一時間半ちょっとの半日登山を終え、途中街中の湯船につかり、3時頃には塾に帰還するという強行軍を月に何度かやっていた。

山に魅了され登り続けてのは若かったからと言うこともあるが、不安定極まりない職業を生涯の仕事として選んだことへの自戒と、自分に対する渇のつもりだったような気がしないでもない。心が弱りかけた時、迷いが生じた時、私は近隣の山々を登った。

須川岳、焼石岳、五葉山、室根山、そして早池峰山、その他国道4号線から仰ぎ見る主だった岩手、宮城の山々を私は黙々と登った。

時に山頂の小さな祠に、「母の病気が治りますように」「息子が大学に受かりますように」などという登山者の絵馬を見つけると、山の神に手をあわせ、祈願主の成就を願ったものだ。

年をとるごとに仕事も忙しくなり、山に登る時間が取れない私であるが、そんなことにはおかまいなしに、今年も岩手の山々は山開きの季節を迎える。しばらく山の神にはご無沙汰してしまっているが、指導教室に張ってある早池峰神社のお札を眺めては、山頂の風を思い出すかねごんである。

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