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2009年6月 2日 (火)

愛を受け取るアンテナ

親が子を思う気持ちも、教師が生徒を心配するのも、犬が飼い主を慕うのも、吹く風が心地良いのも、地球が回っているのも、突き詰めていくと私は愛だと思う。

そしてこの愛は、この宇宙を、地球を、そして我々人間を、存在たらしめている無限のエネルギーであると私は信じている。

このエネルギーは枯渇することは決してないが、時としてキャッチするアンテナが壊れていて、愛を受け取れない人たちがいる。凶悪犯罪を引き起こす人たちだけではなく、人を愛することが出来ない人間は少なからずそうかも知れない。

愛を受け取るアンテナは、優しさと、謙虚さであると思う。錆びないように金メッキをしようとしても、パラボラアンテナにしようとしても、優しさと謙虚さがなければ、愛のアンテナの感度を上げることは出来ない。

市内の有効求人の倍率が0.27倍にまで下がったと、今日の地元紙が一面トップで報じていた。職安に行って、どんな仕事でもいいですからと言っても、10人に2人しか職にありつけないのである。

このような時代に槍玉に挙げられるのが、公務員の方々や教員の方々の給料の話題や賞与の話題である。特にこれから夏のボーナス時期になると、羨望、妬み、嫉みが錯綜する。

実は愛のアンテナが即座に磨耗してしまうのが、この羨望や妬みの感情だと思っている。どうだろうか、公務員の方々や教員の方々が頂く給料や賞与が、労働の代償として適正なものであり、一般企業の給料体系が劣悪なものだと考えたほうがいいのではないだろうか。

仕事がないことや、仕事があっても給料がすずめの涙という状況は、ある種人生を生きていくための試練や、将来のための貴重な経験と位置付けて、ここは愛を持って忍耐してみてはどうだろうか。万事塞翁が馬を地で生きてきた私が言うのだから大方間違いがないと思う。

今だから言えるが、私の父は病気や怪我のために病院生活が長かった。私が小学校から中学校にかけて、私の家は生活保護世帯であった。ゆえにその後私立高校、私立大学に進んだ私は、高校、大学の学費を奨学金やバイト代ですべて自分で工面した。

私はしかし誰かを羨んだり、自分の運命が今一だとは思ったことがない。「明日はきっといいことがある」それを信じて生きてきたし、これからもそうだ。愛という言葉はあまりにも陳腐になり過ぎたけれど、愛こそが人生を切り開いていくツールだと思っている。

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