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2009年6月14日 (日)

経営哲学

小さな小さな個人塾の代表である私は、三桁にも満たない生徒数を家族経営のような講師スタッフで切り盛りしているが、校長などという大それた役職命を冠した名刺を持ち、バタバタと日々塾運営に奮闘している。

そんな私が敬愛する企業人がいる。故本田宗一郎氏である。彼はくしくも私が現在の塾を立ち上げた年、1991年に他界されたが、日本の企業人に与えた影響は計り知れない。

私は今でこそスバルの軽トラックに乗っているが、高校時代の愛車は、ホンダの50CCカブだったし、生まれて初めて買った車はホンダシビックの中古車だった。根っからのホンダフアンである。

本田宗一郎さんは、多くの有名な本田語録とも言える言葉を残しておられる。その中で私が座右の銘にしている言葉がいくつかある。

『チャレンジをして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ』私が塾を営んできた上で、いつも肝に命じてきた言葉である。

19991年、私は今の塾の前身である大験英語セミナーを設立した。私が29歳の時である。市内初の大学受験と英検のための英語専門塾であった。塾生は高校生、浪人生、社会人、あわせて12名のスタートであった。

1995年、全国大手の英語会話スクールが一関駅前に進出してきた。外国人講師による個別指導である。私の塾は閑古鳥が鳴いていた。翌年名前を現在の大験セミナーに改め、高校入試対策の全教科指導を開始した。

ほっとしたのもつかの間、1999年、中学、高校生指導の大手フランチャイズの個別指導塾が、大挙して一関に出現した。我が塾は対応策として、一斉授業を廃止し、一ヶ月5000円という超リーズナブルな集団個別指導を打ち立てた。

2003年、駅近くのビルに県内大手の進学塾が移転してきた。教室の老朽化が進み、それに加えトイレが外にあり、自習室もない我が塾は、塾生が新しく出来た塾に流れ始めていた。合格実績と安い指導料だけでは太刀打ちできない現実が生じていた。

2005年秋、自習室完備の2階建ての新教室が大家さんの多大なる支援のもと完成した。同じ年、幼児、児童のためのアート知育教室、風と虹の教室を開校した。そして今年2009年、一関一高附属中学校開校に伴い、中学受験のための小学生指導を開始した。

この間20年の間に、12の塾が開校され、その半数の塾が廃業を余儀なくされていった。厳しい生存競争である。

『チャレンジをして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ』を常に経営訓とし、私は何かの問題が生じたときは、翌年のカリキュラムをとことん変えてきた。時に建物までも変えてきた。本田宗一郎氏のこの言葉は、これからも私を生かし続けさせてくれるものと信じている。

振り返れば20年間は多くのことがあった。93歳で天寿を全うした祖母の死に水を取った。次男が瀕死の状態で生まれてきて生死をさまよったこともあった。母が癌になり、往復100キロの道のりを病院まで頻繁に走ったこともある。私が過労で朝方トイレで倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれたときもあった。

妻の内助の功で、どうにかここまで歩んでこれたと思っている。そして私の小さな塾を選んでいただき、学んでいただいた多くの塾生のおかげでここまでやってこれた。本当に感謝でいっぱいである。

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