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2009年6月

2009年6月30日 (火)

体育系の生き方

企業や会社は即戦力の人材が欲しいと言うが、本音は資格や技術力よりも人間力のある学生が欲しいのだと思う。

気配りが出来て、勤勉で人間関係のバランスがうまく取れる、そんな人材が欲しいのだと思う。しかし一度きりの面接ではなかなか掌握できないのが実情で、したがって学歴や資格などの有無に重きを置いた選考になってしまう。

一見堅実な選抜ではあるが、大切な日本の宝を切り捨ててしまっているかも知れない。

近年企業は経済的理由をたてに、スポーツ部門の切捨てをおこなってきたが、こういった時代だからこそ体育系人間の行動力が必要なときである。

私は音楽をやり、軟弱なブログを書き、そして英米文学などという棒にもはしにもかからない学問をやってきた人間だが、実はバリバリの体育系人間である。

体育系人間にとっては、中学校時代や高校時代の二つ三つ上の先輩は、神様のような存在で絶対服従である。

数年前のこと、久しぶりに家族で日曜日のドライブを計画していたその日の前の日、つまりは前日の土曜の夜9時に塾の電話が鳴った。いやな予感が脳裏をかすめた。

「もしもしかねごん君か、明日さ、俺がベンチコーチに入らなければならない大会があるんだけどさ、急に隣の爺さんが亡くなってさ行けなくなったんだよ。ごめん代わりに頼むな、6時30分学校集合じゃ」

電話がすぐ切れた。プゥ・プゥ・プゥ・・・・・・・

先輩の頼みを断られず大会に出かけていったのは言うまでもない。家族との約束ももちろんキャンセルである。これが体育系の人間関係である。

しかしである。先輩方は子息を塾に入れてくれるし、夏期講習の人数が足りないと言えば、周りの後輩を脅し(・・・笑い)子どもたちをつれて来てくれる。義理人情に堅い方々である。

学生時代、部活動では多くの不条理を経験したが、知らぬ間に世の中で生きていくための知恵を授けてもらった気もする。

「勉強もしないで部活ばかりやって・・・」というお母さん方の嘆きが聞こえてくるのだが、部活で鍛えられる先輩後輩の上下関係や、挨拶、忍耐力は、教科書では学べない学びである。

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2009年6月29日 (月)

『僕の好きな先生』

高校の先生は大変である。朝8時には職員室に入り、夜は8時ごろまで学校に残り雑務をこなしている。ほぼ毎日12時間労働の日々である。

もちろんその間授業や仕事がずっとあるわけではないが、電話の対応、休んだ生徒の対応や遅刻してきた生徒の指導、ノートの点検、宿題プリントの添削、3年生を受け持っている先生は、進路指導がこの時期から始まる。放課後は部活指導が入り、時によって掃除の指導や、放課後の街の見回りがある。

運動会やクラスマッチ等の段取りなどなど・・・・。気の遠くなるような業務が日々押し寄せてくる。私など非常勤講師なので、授業が終わればとっとと塾に帰ってくるのであるが、先生方は本当に大変である。

私が高校生のとき父親に言われたことがある。「学校の先生は楽でいいぞ。職員室でお茶を飲んでいてもお金になる。お前も大学を出て教師になれ」

天国にいる父には悪いが、父のとんでもない勘違いである。現場に入って見ると判るが、授業をする仕事は全体の4分の1にも満たない。ほとんどが肉体労働である。時に階段をダッシュし、時に血圧がマックスに達するぐらい怒り、時に指が腱鞘炎になるほどペンで書きまくる。大変である。

そんな大変な先生方に今日は懐かしいナンバーをお贈りいたします。

『僕の好きな先生』BY RCサクセッション

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アンフェアートレードからフェアートレードへ

「かねごんさんは金持ちが嫌いですか」

先日私のブログを読んでいる方より言われた。

私はお金は天下の回り物だと思っている。

お金が一箇所に留まることは

水が流れないで淀むのと同じでろくなことがない。

お金は使われる人の所に集まってくる。

ただしその使われ方が問題だ。

稼いだ人がどう使おうと勝手だろうと言われれば

もちろんその通りなのだが

生きたお金の使い方と言うものがあるような気がする。

近代の世界経済の動きを振り返って欲しい

発展途上国の資源や安い労働力を搾取することで

一部の先進国が潤ってきた。

日本とて例外ではない。

つまりお金をもうけるためには誰かが犠牲になってきた。

今 世界不況と言われているがそれは違う。

世界に情報と教育が浸透し

ようやく自分たちが搾取されてきたことに

多くの人達が気づいてきた。

わずかながらも富が分配される世界経済が芽生えてきたのだ。

アンフェアートレードからフェアートレードが実現しなければ

世界に貧困はなくならない。

搾取から共生へ 日本人の課題でもある。

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2009年6月28日 (日)

ビックニュース


『君の成績をぐんぐん伸ばす 7つの心のつくり方』 (総合法令出版)

私がブログでお付き合いいただいているMr・Honda先生http://mrhonda.jugem.jp/こと本田篤嗣先生が本を出版することになりました。

7月末頃全国発売になります。毎年受験応援ソングをリリースし、多忙な教務と塾経営の日々の中、マルチなタレントを有するの本田先生の精力的な活動には本当に脱帽です。いつも先生には刺激を受けっぱなしで、同業者として負けてはいられないと思いつつ、やっぱり完全に負けております(・・・(;´д` ) トホホ)。

と言うことで、私かねごんも本田先生の本の出版がとっても楽しみです。皆さんもぜひ買って読んで見てくださいね。

塾での指導を通して、本田先生が語る教育論は、私たち年寄りにはないきらめく感性が随所にキラ星のごとく輝いています。子どもたちの視線で、我々大人が見失いがちな気づきを優しく教えてくれています。

また受験生が陥りやすいわなを鋭く指摘しています。受験生諸君必見です!

え!かねごんは読んだのかって? 私は超能力者なので読まなくともわかるのであります・・・。

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2009年6月27日 (土)

さようなら

みずから手にした王国を

誰もが手放すときがやってくる。

どんなにあがいても 望んでも

失った肉体を再生することは出来ない。

富も栄光も一生懸命働いて手に入れた土地さえも

もはやたずさえて行くことは出来ないのだ。

しかし

間違いなくこの地球上に残るものがある。

それはあなたの思い出であり

あなたに対する多くの人達の心情や愛である。

1000万円のキャディラックも

1万ドルの貯金通帳も

時がたてばなくなってしまう。

しかしあなたの残した愛は

芸術となり 音楽となり 言葉となり

永遠に人類の種となっていくことだろう。

あなたにあこがれて

あなたに励まされ

あなたを目標とした人達が 

新たな夢を育んでいく。

さようなら マイケル・ジャクソン

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努力をして何になるのですか

我々は努力することで必ず前進できることを、小さい頃から頭に叩き込まれ育てられてきた。学校でも、家庭でも、部活でも、本を読んでも、努力は大切だと教わってきた。

お金を得るために、家族を養うために、しいては自分の幸福のために、がんばれと励まされ続けてきた。しかしある時期を境に、がんばれとか努力をしなさいと大人は言われなくなる。ひょっとしたら、その時から我々はようやく本当の大人になるのではないだろうか。

塾の仕事をしてきて、「努力をして何になるんですか」こんなフレーズを生徒にたたきつけられたことが2度、3度あった。「普通に楽して、いやなことはやらずに生きてちゃダメですか」 私はそれが生徒たちの本音だろうと思う。

しかし、たいていの人は学校を終えると働く。眠い目をこすりながら起きだし、満員電車に乗りどうにか会社にたどり着き、8時間働き、帰りにちょっと街をぶらついて、時に酒を飲み、パチンコなどをし、アパートや自宅に帰る。そんな日常がずーと続く。

誰かの心のささやきが聞こえてくる。「こんな生活のために自分は生まれてきたんじゃない」 「こんなことをするために自分の人生があるんじゃない」

しかしである、自給680円のコンビニの仕事も、自給2500円の家庭教師の仕事も、一銭にもならないボランティアも、全部尊い労働であることに間違いない。自分の人生の価値をどこにおいて生きていくのか、それが全ての幸福感の根底にあると考える。お金なのか、好きなことが出来る時間の確保なのか、学問を学ぶことなのか、愛する人と一緒にいることなのか、一人一人の生きる目的があるのだろうと思う。

「努力をして何になるんですか」 それはきっと学校の勉強に対する不満なのであって、生きていく努力に対しての反抗ではないのだろうと信じている。きっと恋人とデートするときは、ばっちり化粧をきめるだろうし、欲しいブランドもののカバンを買うために、飲みたいお酒やタバコを我慢するかも知れない。

どんなに哲学的思考を駆使しても、勉強をやっても、人生が楽しいものだと感じなかったら、子どもの頃のように、「努力しなさいよ」なんて言われる、ダメ人間に立ち返ってみるのも面白いかも知れない。

家内や友人から「あんまり無理をしないでね」という言葉をもらう時、努力をしろよと言われた昔がほろ苦くもあり、この人生の先にあるだろうまた幾たびかの壁が何か楽しみでもある。若い頃のような無茶な登りかたはもう出来ないが、壁を壁と感じない老獪さは少しは身についたような気がする。

それが若い頃の努力の成果なのではないだろうか。

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2009年6月26日 (金)

ジャクソンの死

M・ジャクソン死亡の記事がネットに飛び込んできた。

同世代のスーパースターの死に、様々な感慨がよぎる。彼の与えた音楽的な影響もさることながら、幾たびかのスキャンダル、整形手術、裁判等々、人生のあらゆる快楽と辛苦を経験した彼の人生はある意味尋常ではなかったが、時代の申し子だった。

ジャクソンがあれほどまでに美形にこだわった理由も、巨額のお金を投資した遊戯施設にしても、心の寂しさを紛らわす一つのアクセサリーのようなものだったろうと思う。

お金があっても名声があっても人生はパラダイスじゃないことを、彼の人生が教えてくれている。

M.ジャクソンが全盛期の頃、私は言わばどん底の生活だった。自分と同世代の人間の輝きに、私は歯がゆさを感じ、彼の才能の輝きに言いようのないアバンチュールを感じていた。

人生には幾たびの季節がめぐってくる。その春夏秋冬の流れの中で成長する人間もあれば、おぼれていく人間もある。

一杯50万円もするようなワインを飲むお金で、いったいどれだけの苦しむ人々が救われただろうか。30億もする豪邸を買うお金で、家もなく戦火を逃げ惑う人達の、どれだけの食料が賄われただろうか。

歌い踊るだけのために、神様があれほどの才能と運を彼に与えたはずじゃなっかたと私は思う。

ジャクソンよ君の人生わずか50年と言う短い生涯だったけれど、君の人生からは多くの学びを与えてもらった。君を愛する多くのフアンが君の死を悲しんでいるだろう。しかし私は違う。

君がやるべこきことはもっとあったはずだ。残念でならない。(合掌)

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2009年6月25日 (木)

言い訳は聞きたくない

やらなかったことの言い訳を何度も繰り返す。

天気が悪かったから勉強しなかったとか

お母さんがむかついたからやらなかったとか

面白いテレビがあったからやらなかったとか

眠かったからやらなかったとか

きっと

将来仕事がうまくいかないことも

結婚できないことも

お金がないことも

ずーと言い訳していくのだろうか。

だって

でも

そういうけれど

そんな接続詞を永遠と続けて

年をとって行くのは 悲しい気がする。

やりたいのやまやまだけれど

年もとったし無理だな。

おいおい

そんな人生面白かったかいなんて言われたら

どうすんだよ。

楽な人生だったかも知れないけど

一生懸命の人生ではないな 残念ながら。

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現代の潮流の中で

東国原知事が自民党より来る総選挙への出馬を打診されたようだが、次期総裁の候補として待遇してくれるならば自民党より立候補するとの回答であったようだ。

やるな~と言う感じである。

今までのタレント政治家とは一味も二味も違う戦略を持ち、知名度を利用するのではなく、そのタレント性を諸刃の剣のごとく戦力としてくるあたりはただものではでない。

政治はもはや青色吐息である。誰がトップになっても国の経済が良くはならないだろう的な諦観の気運がよどんでいる。

公務員だけが羨ましがられる日本の経済状況は、はっきり言って末期症状である。また弱体個人経営のお店は、あらゆる業種において全国規模のフランチャイズ店に一掃され、完膚なきまでに抹消されてしまった。

どこの街のどこのバイパスを通っても、同じレストラン同じコンビニ、同じ量販店が立ち並んでいる。駅通りのシャッターは嵐が吹きまくり、バタバタと鳴っている。世の中がフランチャイズ化するのが何が悪いのだと問われれば、それは自由経済主義の国であるからいいのであるが、合併や吸収で一極に富が集中する日本企業のあり方は健全ではない。

ある産業の大元がこけてしまうと、一気に経済は坂を転がりだしてしまう。それがアメリカの自動車産業であり、日本の企業の実情である。銀行もデパートもどんどん合併、吸収を繰り返し、新しい名前を覚える暇さえない。

そう言う意味では、総理大臣も頻繁に変わり、最近の歴代の総理大臣を順番に5人言える高校生など皆無に等しい。実は私も頻繁に忘れてしまう。困ったものである。

このブログで何度か述べてきたが、塾業界も同じである。生徒を抱え、個人塾経営者の高齢化に伴い、生徒ごと大手フランチャイズ塾に身売りするケースが増えているのだと言う。東北の地方都市に於いて、フランチャイズとは関係ない個人塾を探すのが大変だと、教材の営業の方が嘆いていた。

めまぐるしく変わっていく現代の潮流の中で、今日本社会はとても大切なものをなくしてしまった気がする。それは“東国原知事”である。心のこもった会話と言ってもいいかも知れない。

政治家と同じで、どこの店に行ってもマニュアル通りの受け答えばかりで、昔の商店街にあったような人情味あふれる会話がなくなった。いらっしゃいませ。ありがとうございました。これでおしまいである。マックや牛丼屋さんで、きっとマニュアルで禁じられていると思うのだが、個人的な会話が店員さんと交わせれることなどなく、お客の方もそのほうが煩わしくなくていいというのだから、やはり世の中は病んでいる。

今日本には強烈なカンフル剤が必要だ。東国原知事が首相になるというシナリオも面白いかも知れない。

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2009年6月24日 (水)

頼むぜみんな

今年も因数分解の季節がやってきた。

夏休みの計画がささやかれる今日この頃である。

冷やし中華始めました の看板で

夏の到来を感じる人がいる。

生ビールの樽が飲み屋さんの店先に積まれると

夏が来たな~と実感する人もいるだろう。

私は 中3の数学が因数分解に入ると

夏が来たことを実感する。

塾の夏の風物詩である。

きんぎょ~♪ ~え 金魚~にあらず

いんす~ぶんかい~♪てな感じである。

どこの塾も夏期講習の準備に入ったようだ。

カラーコピー機を春に入れた私の塾は

調子に乗って4種類の色違いのパンフレットを作った。

赤 青 黄 そして緑

ヒマワリの写真が青だったり赤だったり

私の塾の個性を反映していい感じである。

ところで塾生諸君・・・夏期講習受けろよな。

いや失礼!受けてくださいお願いします。

そうしないと 

今年作るはずのCDアルバムが作れません。

頼むぜみんな!!!

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2009年6月23日 (火)

雑踏の中で

君たちは年をとることをどう思う

ニキビが出はじめた生徒たちに問いかける。

カッコイイ大人を見ると年をとることに憧れるけど

疲れたヨレヨレの大人を見るとげんなりするよな。

あんなふうにはなりたくないよな~。

じゃ先生みたいな大人はどうだろう。

変わってていいじゃない 自由っぽくて。

そうか褒めてくれてありがとう。

自由っぽくってて言うのがいいのか・・そうか。

あと髪の毛があったらカッコ良かったのにね。

子どもたちはまったくもって正直である。

雑踏の中で ウインドウにうつる自分の姿を見ることがある。

なんの準備もないまま自分の姿を見た瞬間

私は凍りついてしまう。

見てはいけないものを垣間見てしまった感じだ。

気をとり直して ウインドウにうつる自分にそっと話かける。

お前も年をとったな・・・・・・

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僕のはじまり

夕日の影が長くなり 公園の灯に明かりがともる頃

僕の仕事が今日も始まる。

子どもたちの出席カードを机に並べ

指導ノートに日付を入れて

薄めのコーヒーを飲み終わる頃

第一陣がやってくる。

塾の自転車置き場は 子どもたちの社交場となる。

○○ちゃんにこくった?

メールアドレス教えてくれ!

今度の練習試合何中学校だっけ?

夕暮れの風とともに2階の教室に

子どもたちのざわめきが入ってくる。

重い学校のかばんを背負ってあがって来る者

鉛筆と消しゴムだけ握りしめて来る者

トイレに入ったきりなかなか出てこない者

鏡の前で一生懸命髪型を整えている者

それぞれの思いが錯綜する。

僕は子どもたちの純真な輝きに

時に背を押され 時に戸惑いながら

今日もペンを握りしめ 

子どもたちの一日の終わりであり

僕のはじまりである 学びが始まる。

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2009年6月22日 (月)

懐かしい曲を一つ

雨が降る一日だった。久しぶりに8時まで床に入っていた。何をやったわけではないが、中総体疲れだろうか、体が重く頭がすっきりしない目覚めだった。

新聞の折込に、塾の夏期講習チラシが入ってきた。出遅れてはいけないと、塾に行って夏期講習の案内を作成した。夏期講習教材の営業の方々が頻繁に訪れる季節になった。また忙しい夏が来る。今年はどんな夏ドラマが待っているのだろうか。

高校野球も気にかかる。総選挙も気にかかる。そして息子の就職活動も気にかかる。気にかかるものばかりで、雨が降るじめじめの季節、青空が恋しい今日この頃である。

梅雨空を払拭するスカッとする曲を聴きたいものだ。

実はこの曲NSPの曲だったのですが、ず~と井上陽水の曲だと思い込んでいました。若い頃歌っていた曲のはずなのに、歳をとると思い込みが激しくなるのでしょうかね

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中総体終わる

土曜、日曜と中総体の熱戦が繰り広げられた。私は息子の中学校の卓球部のサブコーチをしている都合上、今年は他の会場回りが出来ず、塾生の活躍を残念ながら観ることが出来なかったが、新聞紙上に塾生の多くの名前が入賞者として掲載されていたので、嬉しい限りである。

見事県大会出場を果たした選手諸君は、後一ヶ月、部活が出来ることになるのだが、昨日の試合で引退する中三生も多くいるわけで、気持ちを切り替え受験勉強にがんばって欲しいと思う。

卓球会場に隣接するサッカー場では、3年前県大会を征し、東北大会入賞を果たし初の全国大会出場を果たした桜町中学校がまさかの地区予選敗退をきっした。県南地区の層の厚さを物語る結果だった。

ところで我が卓球部男子は団体戦も個人戦も残念ながら予選敗退をしてしまい、決勝トーナメントに残ることが出来なかったが、秋の新人戦ではぜひリベンジを果たしたい。

同卓球部の女子は見事団体優勝を飾った。男子部員が小雨の降る中うつむきかげんに帰宅したのとは裏腹に、女子は優勝祝賀会をやったはずである。これもまさしく人生。悔しさをばねに我が男子卓球部もがんばって欲しい。

来週から期末テストである。負けた余韻を引きずりながら厳しい精神状態の中三塾生もいるかと思うが、がんばろう!

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2009 夏期講習

            大験セミナー夏期講習ご案内

2009  夏期講習会を下記の日程で行ないます。小学6年生から中学校3年生までは全教科指導になりますが、高校生に於きましては大学受験英語指導のみとさせていただきます。

指導は夏期講習専門教材と通常のプリント演習を複合して行ないます。また時間はフレキシブルですが、申し込みの際に夏休み期間通常塾に来れる時間帯を申し出ください。学年に関係なくその時間帯が8名になり次第定員とさせていただきます。

教材、及びプリント準備のため7月18日(土曜)までに希望者は申し込みください。夏期講習までは受験学年の外部生の受講が可能です。

  【要項】                                               

日時 

夏休みの期間の土日とお盆休みを除く全ての日程より、7日間コース及び14日間コースを選択してください。

*お盆休みは8月14日より8月17日までです。

時間

午前9時より午後5時までの2時間を選択してください。

費用

7日間コース(17000円)、14日間コース(30000円)

      7/27~8/4      or  (both)           8/5~8/13

*前期日程は定員になりましたご了承ください。

対象

小学6年生、中学1年生~3年生 全教科指導 高校生英語指導

お申し込   大験セミナー 一関市磐井町7-4-16(一関一高すぐ前)

電話 0191(23)0824                                        daiken@flute.ocn.ne.jp

通常ゼミの詳細は、このブログのプロフィールをクリックするとごらんいただけます。

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2009年6月21日 (日)

特殊能力

私の周りには友は類を呼ぶではないが、スピリチャルな話題が大好きで、前世も信じるし宇宙人ももちろん信じるし、お化けも信じちゃうという知人が多い。

テレビに出てくる江原さん見たいに、見える人も結構いるし、間違いなくこの人はただものではないという人物がいる。

今日は私の特殊能力をカミングアウトしたい。譜面が読めないのに曲を書くとか、二本指でブログを打ちまくるとか、そういうことではない。前回、人の前世らしきものが見える話も書いたが、それとて50年近い人生で5回にも満たないことで、単なる妄想かも知れず、特殊能力とは言いづらい。

私の特殊能力・・・それは食べ物の好き嫌いがないことである。これは塾生にあきれられるほどすごい。果物、野菜、きのこ、魚、肉、・・・・嫌いなものがまったくない。おそらくスーパーで売られている食材で、食べれないものはない。私の特殊能力である。

よく食べ物の好き嫌いがない人は、人間の好き嫌いもないと言うが、しかしである、塾教師をしていて言うのもなんだが、人間の好き嫌いは激しい。性格的な好き嫌いではなく、その日その日の感情に対しての好き嫌いである。

実は人と話をしていたり、教科を教えたりしているときに、その人の感情が私の中に流れ込んでくるのである。自分が調子がいいときは、その感情に押し流されることなく、ブロックできているのであるが、そうでないときは、相手の怒りや悲しみや疲労感などに影響されきついときがある。普通に感情移入などは誰でも出来ることだろう思うし、誰でも常日頃やっていることである。問題はその相手の感情をいかにトラックバックして、相手の感情に支配されず、人間関係をうまく構築出来るかであると思う。

30歳を過ぎたあたりから気づいたことがある。自分の感情を相手にぶつけることによって、人間関係の有意さを保とうとする人間が多くいると言うことである。俗に言うキレルなどもその一形態であるだろうし、「私今落ち込んでいるんだ」と言って、相手の攻撃を回避しようとするのもその一つであるし、愚痴を言うこともそうである。

5年前ある方にこんなアドバイスをいただいた。

「かねごんさん、どうしてアメリカの精神科医やカウンセラーがうつ病などになって違う精神科に通う人が多いか知っていますか」

彼が言うには、相手の苦しみや辛い日常の話を聞いていると、その相手の波動によって体調を崩すことが多いのだと言う。同情しやすいタイプの人間は、相手の苦しみを脳の中で創造していまい疑似体験をすることで、相手と同じようなストレスを感じてしまうのだと言う。

これは私のように受験指導をなりわいとしている職業にも当てはまる。そこでブロック法を伝授していただいた。人の苦しみは頷きながら聞かないことである。頷くという行為は学習に於いては非常に有効な行為で、習得能力を加速するものだ。頷くことで脳は理解したとみなし、脳のシナプスを活性化する。

しかしこれを相手の愚痴や悪口雑言に頷いていると、相手の言葉によってダメージを受けてしまうのである。みなさんお気をつけあれ。

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2009年6月20日 (土)

蛍が舞う

今年初めての蛍が我が家の庭にやってきた。

15年ほど前から田んぼに農薬を撒かなくなって、私の家の周りには蛍が舞うようになった。

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090620_210554 源氏蛍のようだが、今年はいつもより1週間ほど早い訪問だった。

昭和30年代は本当に家の周りは蛍が乱舞していた。土地改良がなされ、沼地や小川が次々と埋め立てられ、大きな田んぼが整地され、小川がコンクリートの川になり、どじょうやメダカやフナが泳ぐきれいな水脈が岩手の山里でさえ消えていった。

080602_101514 30年前大型のトラクターやコンバインが作業しやすい、広い田んぼが整備されたが、その後の減反政策で、農家一軒あたり300万から500万円の借金だけが残ったままの地域も多い。

秋田の八郎潟開拓の悲劇がきっと全国の多くの農村であるのではないだろうか。毎年値上げする肥料代や機械燃料費に対し、確実にお米の買い取り価格は下がっている。

お米を作れば作るほど赤字になっていく農業の悪循環を断ち切らなければ、日本の農業の未来はない。労働に見合った報酬がなければ、後継者も育つはずがなく、私の家の前のこの水田の風景も、20年後には消えてしまうかもしれない。

庭先でのんびり蛍の光を眺めることが出来るこの故郷を、いつまでも残したいものだ。

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運について

さだまさしさんの歌、無縁坂の中にこんな歌詞がある。

運がいいとか 悪いとか

人は時々口にするけど

そうゆうことって確かにあると

あなたを見ててそう思う

この曲を子どもの頃に聴いて以来、誰かが「運が悪かったな~」などと言うと、なぜかこの歌詞が頭の中でいつもリフレインするのである。

本屋さんに行くと『運の研究』であるとか『運を見方につける方法』など、運に関する書籍が結構出ている。ちらちらと立ち読みなどをして見るのだが、誰にでも幸運は平等にやって来るというのが大方の結論のようだ。

ただその運気に気づくか気づかないかが問題のようである。

半世紀も生きてくるとようやく自分の人生のバイオリズムみたいなものが分かってくる。私のバイオリズムは6年周期で山と谷間がやってくるようだ。17歳大学受験合格。23歳岩手に戻り再就職。29歳独立、長男誕生。35歳次男誕生。41歳オリジナル曲が初のFMオンエアー。47歳ブログデビュー。53歳は何が待ち受けているのだろうか。

自分の運気を知ることは大切である。冬の時代を迎え、力を蓄えなければならないのに海パンになって海に泳ぎだしてはいけない。夏がもう来ているのに、いまだに何もやらずコタツに横たわっていてはいけないのである。

今朝のことである。私がPCの前に座っていると、家内が私にこんなことを言ってきた。「あなた高校も大学も3流だったから今があるのね。運があるってことよね」 珍しく奥の深いお言葉を頂いた(・・・笑い)。

確かに調子に乗りやすく、すぐ天狗になる傾向があった子ども時代をかんがみると、私の挫折の日々は天の恵みだったかも知れない。

貧乏生活もいやと言うほど経験した。孤独も挫折もいやと言うほど味わった。しかしそれを乗り越えようとした精神性が、今、子どもたちを指導する大きな柱となっている気がする。まだまだ坂の途中であるが、実直に地道に登り続けたい。

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2009年6月19日 (金)

脳死と臓器移植

脳死を人間の死とする判断が下された。日本国内に於いての子どもの臓器移植に対して一つの光明が出来たわけであるが、人間存在の根源をいろいろ考えさせられる案件であり、単なる法改正という手続き上の問題ではない。

心臓移植や腎臓移植でしか生きる道がないと我が子が宣告をされた時、自分が親であったならもちろん移植を望むであろう。しかし、その心臓なり腎臓を提供してくれるドナーが子どもであり、心臓が鼓動し呼吸をしている尊い命であることを考えるとき、きっと大きな葛藤を抱えるだろうと思う。

私は脳死は人間の死ではないと思っている。間違いなく生きている個である。生命維持装置を外すという行為は、単なるスイッチを切る動作ではない。脳が止まっていても行き続ける命は奇跡の命である。間違いなく家族にとって意味のある大きな大きな存在であるはずである。

脳死を宣告されても生き続ける選択をしているのは、何を隠そう本人自身なのだ。本人の魂と言ってもいいかも知れない。

父親や母親が、この我が子の命を他人の命のために提供したいと願ったときのみ、奇跡のバトンタッチが行なわれるのだろうけれど、想像を絶する愛の輝きと、壮絶なまでの祈りが、救われる命と与える命の間に結実するのである。

脳死の子どもの命をささげていただく家族のケアーが、これから進展して行くであろう臓器移植の一番の問題点であるだろうと思う。

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英語が出来なくて大学受験を迷っている高校2年生へ

進学校ではなく、ほとんどの生徒が就職を希望する普通高校に入って、勝手気ままにのんびり過ごしてきたけれど、最近大学に行くのもいいかなと思いつつも、英語が出来なくてやっぱり大学進学は無理かなと思っている高校2年生にアドバイスをしてみたい。

英語の通信簿がいつも3で、全国模試を受けて返ってきた英語の偏差値が35以下で、聞いたことのない大学名を書いたにもかかわらずE判定を受け、やっぱり大学は無理かと考えている高校2年生、無理ではありません。これから私かねごんが話すことを秋の風が吹く頃までに実行してください。

まず中学校の英語の教科書を1年生から3年生まで引っぱり出してきてください。残念ながら捨ててしまった人は、友達からもらってください。赤鉛筆と青鉛筆を持って、1年の教科書から読んでください。もちろん3年生の教科書まで。

英文の意味がわからないセンテンスには青ライン、そしてその中の判らない単語には赤丸をつけてください。定期考査を終えた君たちは時間があると思うので、これを10日間で終わらせてください。だらだらやっていると、何のために自分がこんなことをやっているのかいやになるので、しっかり期日を決めてやること。

次にその和訳が出来なかった例文だけをノートに書きとめてください。この作業を20日間でやってください。その頃に夏休みがやってくるはずです。進学校でないので大学受験の特別講座などないでしょうから、夏休みはそのノートの和訳に費やしてください。ただしその前にやることがあります。

気分を新たにするために本屋さんに行って英語の辞書を買ってください。色や重さやデザイン、はたまたインクの匂いなど、一番気に入ったものを買ってください。出版社はどこでもいいです。ただし中古はダメ。その辞書だけを頼りにノートの例文を訳してください。引いた単語には、辞書内にチェックをすること。夏休みの前半までにこれを終了してください。

そして今度も本屋さんです。高校英語の基礎とか基本などのタイトルがついている参考書を買ってください。出来るだけ薄くて、例文の単語が簡単なのがいいです。イラストや文字の大きさなど、精神的に疲労しないものがいいですね。

中学校の教科書と同じです。赤鉛筆と青鉛筆を持って、参考書の例文を読んでください。訳せない例文には青ラインを、判らない単語には赤丸をつけてください。これを夏休みが終わるまでに終えてください。

今度は学校も始まりますのでなかなか時間が取れないかも知れませんが、進学校ではないので宿題は少ないはず。高校英語の基礎の参考書の訳せなかった例文を9月15日までにノートに書き写し、今度も参考書を見ずに、辞書だけを参考に和訳してください。これを10月の衣替えがくるまでに終えること。

その頃には辞書を引くことが億劫でなくなり、また辞書や参考書に愛着がわくと思います。そして英語の本筋が見えてくると思います。学校の教科書も怖くないと思います。

実は今日述べてきたことは、英語が出来なかった私が高校2年のちょうどこの時期からはじめた勉強法です。いたって単純ですが、この作業のおかげで高校時代、英語に目覚める基盤を作ることが出来ました。そして今に至っています。だまされたと思ってやって見て下さい。

尚、この勉強法の文章に対して、いかなる著作権も生じません。ご自由にお使いください(・・笑い)。 By かねごん

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2009年6月18日 (木)

夢を見ることを忘れてはいけない

今 青春を生きている者たちよ

その若さとその力を持て余してはいけない

たゆたう心のゆれは青春の助走路なのだ

君たちの心は渇望しているはずだ

君たちの情熱はあふれ出そうとしているはずだ

やらなかった後悔よりも やって失敗した後悔が

君たちをより輝かせる人間になるはずだ

だから

明日があるから今日はやらないのでなく

明日のために今 始めようじゃないか

君たちの未来には何万時間という時が横たわっている

一秒一秒が時代を作って行くことを忘れてはならない

一秒一秒が君たちの思いの創造なのだ

社会の中で一呼吸する君の細胞が

社会を作っていくとしたら

君たちの存在が社会そのものであることに気づくだろうか

夢を見ることを忘れてはいけない

信じる力と 努力する力

それが君たちの世の中を変えていく

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大学の危機

6月15日14時57分配信 産経新聞

 少子化で18歳人口が減少し、定員割れの私立大が半数近くに上るなど、厳しい運営を迫られる大学が少なくない。「大学全入時代」の到来で希望すればだれでも大学生になれる一方、学生の獲得競争に敗れて淘汰(とうた)され、廃校が決まった大学の学生からは、「留年や休学して在学途中で大学がなくなったら、どうすればいいのか」と不安の声が上がっている。

 文部科学省によると、4年制の私立大は平成20年度で591校あり、2年度の372校から約1・6倍も増加した。しかし、日本私立学校振興・共済事業団の20年度調査では、定員割れした私立大は約半数の266校に上った。このうち、29校は定員の半数にも満たなかった。

 定員割れの大学は、地域別では北関東や北陸、中国、四国地方で多く、学生数では800人未満が目立つという。都心の大規模校に学生が集中し、地方の小規模校ほど厳しい運営を迫られるという「二極化」の実態も浮かんでいる。

 今回、募集を停止した三重中京大の担当者は「今、募集停止しないと在学生の教育も十分にできなくなってしまう危機感があった」と明かす。聖トマス大でも12年度以降、定員割れが続き、累積赤字は20億円に上っているという。

 一方、学生の側も廃校を念頭に置いた募集停止に、不安を隠せない。「学生や保護者向けの説明会を何度も開いてきたが、学生からは『留学や休学したときどうなるのか』『他大学への転学などはできるのか』といった声が多い」と三重中京大広報課。

 「消える大学 残る大学」の著者、諸星裕・桜美林大学教授は「1万人規模の大学は60校ほどしかないが、それが学生の半分ぐらいを取ってしまい、残り半分を500校近くで取り合うのが実態で、淘汰は仕方がない」と説明。

 今後について「地方大、女子大、小規模大、単科大の順に危なくなるだろう。運営の厳しい大学は、18~22歳層ではなく、地域や社会人に活路を求めていくしかないのでは」と指摘している。

私がブログの師と仰いでいるとよ爺先生http://toyojie.jugem.jp/の記事を拝借したものである。今の大学生が、私たちの頃と比べ何が違うのだろうかと考えてみた。確かに我々の頃の大学数は現在の半分だったし、生徒数は倍近くいた。大学の進学率も東北は25パーセントぐらいだったと記憶している。

大学に行く高校生の割合が少なかった。それは経済的理由もあっただろうが、それ以上に大学に行く必然性を感じなかった高校生が多かったような気がする。高校を出てすぐに働いて、早く自分の自由になるお金を手に入れ、恋をし結婚を夢見た同世代が多かった気がする。

自分はどうかと言うと、正直言って勉強がしたかった。本も読みたかったし、自分の未知なる世界を探索したかった。もちろんお金も大切だと思っていたが、自分の感性を磨くことが私にとっては一番の課題だった。

実はその感覚は今も変わっていない。かつてのブログでも書いたが、本当に真剣にお金儲けをしたかったならば、私は塾の教師はしていなかったはずである。それは自信を持って言える。

『大学は勉強したい者が行くのではなく、就職したがために誰でもが行くようになった』と、とよ爺先生が指摘なさっているように、経済理念だけで教育機関を見てしまえば、本来の純粋な学問嗜好が薄れるのは当たり前で、即戦力的な会社のニーズに応えようとするあまり、極端な例を挙げれば、面接があるから本を読もうみたいな学生が増え、とりたくもない資格の取得にエネルギーを奪われ、実体のない頭でっかちの学生が生まれてしまうことは仕方がない現状だろうと思う。

大学のレベルが決して下がったのではなく、社会が求めるニーズが学生に対して下がってしまったことが、根本的原因なような気がしてならない。

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2009年6月17日 (水)

著作権侵害

ブログに張ったYou Tubeの映像が著作権侵害のため消去された記事を一昨日したためたところ、たこ坊主さんこと伊庄整体院http://www.isho-healing.com/index.htmlの伊藤さんから著作権にまつわるコメントを頂いた。伊藤さんは横浜でジャズやロックのライブができるお店をやっていた経緯があり、今回積年の恨みつらみをコメントにて独白していただいた。

それですよ~著作権云々かすラック!ちなみにライブで人の歌を歌っても著作権料金が発生します。だからライブハウスなどは過去に遡って多額の金を払えと請求がきます。ビートルズのコピーバンドが出演する店は閉鎖、昔から営んでいたジャズ喫茶も閉店におい込まれました。普通の店で流す音楽は有線でなければいけないとまで言い放ちます。以前うちに来た有線の営業マンが「営業中レコードは著作権料が・・」当然やさしくおどしてお帰りいただきました。昔からレコードを流してるお店には、レコード会社営業マンがサンプルをもって来てみんなに聞かせてくださいと来てたもんですが・・それを聞いていい音楽は広まっていきました。うちのレコードラックにはそのサンプル盤がたくさんあります。かっこいい音楽を広めたいという営業マンの心意気がはいってます

アーチストの曲を無断で演奏が出来ないのは、テレビやラジオ及び一般のコンサートに於いては理解できるのだけれども、公共の場で流すCDやレコードに対しても著作権が発生することに対しては、私はいつも違和感を感じる。

ましてや無料のライブなどで、他のアーチストの楽曲を歌うことにも著作権料が発生する状況はいかがなものだろうか。音楽を作成したアーチストの権利を守らなければならないのはよ~く理解できるのだが、ならば中国や東南アジアで売られているCD等の海賊版を重点的に取り締まって欲しいと思うのである。

好きな楽曲を紹介しようと善意で曲を流している、お店や喫茶店そしてブログの音楽紹介欄などの行為を踏みにじるような著作権云々は私も伊藤さんが言うように、時代錯誤のお門違いなような気がするのである。

私のブログを読まれている音楽関係者の方がおらられば、ぜひご意見を拝聴したい。

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2009年6月16日 (火)

言葉をすり替えてはいけない

近郊で有名デザイナーの作品展があれば、数万円もする服が飛ぶように売れる。一方リサイクルショップでは、500円の服を何度も試着して買っていくお母さんがいる。芸術会員の方の陶芸展が開催されれば20万円もする茶器を嬉々として買っていくおばさんがいれば、ダイソーの100円の茶碗をいろいろ手に取り、思案顔のおばさんがいる。

持つものと持たないものの格差がこれほど激しくなった時代もまれだろうと思う。自動車の買い換えの頻度がめっきり減り、自動車産業は火の車であるが、3ナンバーの高級車は以前と変わらず順調なのだという。

確かに月4000円ほどの学校の給食費を払えない家庭が増える一方、土日の高級食材を扱う回転寿司などは待ち時間が出来るほど家族連れでにぎわっている。

昔一杯のかけそばという貧困と家族愛をテーマにした作品が売れたことがあるが、一杯1000円近くする天そば屋さんが、連日大賑わいのお店が市内にはある。一日500円の小遣いの私などは、こういった状況にいろいろ考えさせられることが多い。

貧富の差という言葉を、経済格差などという言葉にすり替えることで、何か一過性の社会現象のような錯覚を与えられてしまうが、現実はかなり深刻である。

県立高校へ子どもを通わせることが困難な家庭が出始めている中、月謝が6万もする私立高校に、月5万円の新幹線代をかけて通わせるご家庭も市内では増えている。

終身雇用制の崩壊により、雇用不安定なアルバイト社員を派遣社員などと言い、これまた言葉のすり替えによって、何か特別技能を持った人材のような呼称にしてごまかしている日本社会は、どう見ても病んでいる。

そしてこういった状況に、ただ愚痴を言って、何もしない若者たちも病んでいる。

子どもの頃、大学生の安保闘争などをいやというほどテレビで見せつけられて育った私たちは、世の中に反抗するとはどういうことかぐらいは知っている。ゆえにそれなりの反抗をして生きてきたつもりだ。

私はこれほどまでに貧富の差が激しくなり、職がなく、無能な政治に対して、なぜ若者たちが、苦渋に満ちた忍耐をしているのかが不思議でならない。ゲバ棒をもって戦えと言っているのではない。精神を鼓舞せよと言っているのである。

頼むよ、若者たち!

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2009年6月15日 (月)

越境入学について

小学校3年生のときに、世界チャンピオンの長谷川選手にあこがれて卓球を始めた。途中20年間のブランクがあるが、かれこれ40年の卓球歴になる。

長男が小学校5年生のときにスポ少で卓球を始めた。ここぞとばかりコーチ役をかってでた私は、それがきっかけでまた卓球にはまってしまい、以来10年以上ラケットを握っている。

10年間、町や市の代表選手として県民大会に出させてもらっている(もちろんC代表や、D代表としてであるが)。大会にはもと国体選手やインターハイ出場経験のある一流プレーヤーが年代別で出てくるので、実は悲しいかな10年間で勝った試合はわずか一回である。

どちらかと言うと、その後の打ち上げが楽しくて参加しているようなものなので、個人的には十分楽しませてもらっているのだが、勝利に貢献できず周りには迷惑をかけっぱなしである。

現在中学生の次男が、弱小ながらも卓球部に入りがんばっている。勉強もそうだが、卓球も私に教わる気はないようだ。しかし、たまに気が向いたときは私の卓球に付き合ってくれている。

その部活であるが、最近それはちょっとな~という問題が生じている。公立中学校の越境入学の問題である。市内は県下でも卓球のレベルが高い。ちなみに隣町の宮城県栗原市は福原愛ちゃんの出身地でもある。

私立の附属中学ならいざ知らず、強い中学校に入るために、住所を変え、もしくは学区を無視して入学させる親が増えている。これを一度許してしまえば、中学校の戦力バランスが完全に崩れ、試合をやらずとも優勝チームが最初から決まっている状況が生まれる。我が市がそうである。

私はそれほどまでに子どもを強くさせたいなら、そんなアンフェアーなことをせず、名門の私立中学に入学させ堂々とやらせればいいと思っている。そうじゃなければやはりルールを守り、学区内の中学校に入れるべきではないだろうか。

各々の思惑や欲望が錯綜するのが世の常であるが、しかしルールは守らなければならない。強いから、優秀だからと言って何をやってもいいわけではない。

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話題を変えて・・・

市内の高校は定期考査真っ最中である。二日前の土曜日は、我が塾に通う一高生、二高生、高専生がテスト対策の自学自習にいそしんでいた。

高1の英語のテスト範囲は、感嘆文、付加疑問文、5文型の書き換えがメインである。SVOOの英文をSVOに書き換える例の演習に没頭していた。

I  gave  him  my  notebook.. が I  gave  my  notebook  to  me. になるのはわかるけど、He asked  me    some  questions. が He  asked  some  questions  of  me になるのはなぜなんだろうと、頭を抱えてしまっている。

今私は、我が塾の生徒をはじめ、非常勤で行って教えている高校生を含めると 、市内六つの高校に通う約70名ほどの高校生に英語を教えている。それぞれ谷あり山ありである。

このブログで私は何度か受験英語無用論を述べてきたが、残念ながらまったく反応がなかった。英語に費やされる途方もない時間。全国の大方の高校生は、6年間英語を学んできても英語の日常会話を出来る生徒はほとんどいない。

それなのに小学校でさえも英語を必修にしようとしている。「先生、江戸時代の前って奈良時代だっけ?」そんな生徒が英語を学ぶ前にやるべきことはたくさんあるような気がするのであるが、いかがなものだろうか。

英語論を語り始めるとヒートアップしてしまいそうなので、がらっと話題を変えたい。

実はYou Tube のことなのだけれども、前回もそうだけれど昨年より私は一週間に一度ぐらいの割合でYou Tube の画面を貼らせてもらっている。お気に入りの曲やアーチストを紹介してきたのだが、著作権違法とのことでいくつかの映像が私のブログから削除されてしまった。

罰金を科せられたわけではないのだが、突然自分のブログから消されてしまうのは後味が良いものではない。ちなみにアダルトや個人情報漏洩のものならば当然であるが、削除されたものは、井上陽水のものと二-ルヤングの画面だった。

埋め込み可能なYou Tube は、著作権が大丈夫だと思っていたので、正直戸惑っている。私の塾生の何人かは私のブログで紹介されたアーチストが気に入ってCDを買ったものがいる。決してアーチストにとってはマイナス要因だけではないような気がするのだが・・・・・。

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2009年6月14日 (日)

反抗期再び

私のブログの検索ワードのベストテンに『反抗期』がずっと上位を占めている。我が家もそうであるが子どもの反抗期には手を焼いているに違いない。

しかし反抗期のワードで私のブログに多くのひとが入ってくるには、なにか分けが他にあるに違いないと思い検索して見た結果、上記のしみじみとする映像画面が見つかった。

誰もが自分の親が好きでしょうがなかった幼児期、そして親離れの時期に言わなくともいい暴言を子どもは吐き出し親を悲しませる。自分が親になった時、愛すべき自分の親が居ない事に愕然とする。自分の不甲斐なさを償うように、子どもに愛情を注ぐ。

それが人生なのかも知れない。

【休塾の知らせ】

6月16日(火曜日)はお休みです。また6月22日(月曜日)もお休みです。20日(土曜日)は中総体のため授業はありません。土曜日の授業に関しましては、月曜日に振り替えとなります。よろしくお願いいたします。

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経営哲学

小さな小さな個人塾の代表である私は、三桁にも満たない生徒数を家族経営のような講師スタッフで切り盛りしているが、校長などという大それた役職命を冠した名刺を持ち、バタバタと日々塾運営に奮闘している。

そんな私が敬愛する企業人がいる。故本田宗一郎氏である。彼はくしくも私が現在の塾を立ち上げた年、1991年に他界されたが、日本の企業人に与えた影響は計り知れない。

私は今でこそスバルの軽トラックに乗っているが、高校時代の愛車は、ホンダの50CCカブだったし、生まれて初めて買った車はホンダシビックの中古車だった。根っからのホンダフアンである。

本田宗一郎さんは、多くの有名な本田語録とも言える言葉を残しておられる。その中で私が座右の銘にしている言葉がいくつかある。

『チャレンジをして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ』私が塾を営んできた上で、いつも肝に命じてきた言葉である。

19991年、私は今の塾の前身である大験英語セミナーを設立した。私が29歳の時である。市内初の大学受験と英検のための英語専門塾であった。塾生は高校生、浪人生、社会人、あわせて12名のスタートであった。

1995年、全国大手の英語会話スクールが一関駅前に進出してきた。外国人講師による個別指導である。私の塾は閑古鳥が鳴いていた。翌年名前を現在の大験セミナーに改め、高校入試対策の全教科指導を開始した。

ほっとしたのもつかの間、1999年、中学、高校生指導の大手フランチャイズの個別指導塾が、大挙して一関に出現した。我が塾は対応策として、一斉授業を廃止し、一ヶ月5000円という超リーズナブルな集団個別指導を打ち立てた。

2003年、駅近くのビルに県内大手の進学塾が移転してきた。教室の老朽化が進み、それに加えトイレが外にあり、自習室もない我が塾は、塾生が新しく出来た塾に流れ始めていた。合格実績と安い指導料だけでは太刀打ちできない現実が生じていた。

2005年秋、自習室完備の2階建ての新教室が大家さんの多大なる支援のもと完成した。同じ年、幼児、児童のためのアート知育教室、風と虹の教室を開校した。そして今年2009年、一関一高附属中学校開校に伴い、中学受験のための小学生指導を開始した。

この間20年の間に、12の塾が開校され、その半数の塾が廃業を余儀なくされていった。厳しい生存競争である。

『チャレンジをして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ』を常に経営訓とし、私は何かの問題が生じたときは、翌年のカリキュラムをとことん変えてきた。時に建物までも変えてきた。本田宗一郎氏のこの言葉は、これからも私を生かし続けさせてくれるものと信じている。

振り返れば20年間は多くのことがあった。93歳で天寿を全うした祖母の死に水を取った。次男が瀕死の状態で生まれてきて生死をさまよったこともあった。母が癌になり、往復100キロの道のりを病院まで頻繁に走ったこともある。私が過労で朝方トイレで倒れ、救急車で病院に担ぎ込まれたときもあった。

妻の内助の功で、どうにかここまで歩んでこれたと思っている。そして私の小さな塾を選んでいただき、学んでいただいた多くの塾生のおかげでここまでやってこれた。本当に感謝でいっぱいである。

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『からすたろう』

都会ではカラスというと、ゴミ収集場に集まり生ゴミを散乱させる厄介者という感があるが、田舎では、また違った側面を持つ鳥である。

このカラス、鳥のIQというものが仮にあるとすれば、只者ではない。確かにカラスは獰猛で、雑食性があり、何でも食する。道路で犠牲になる動物たちの死骸を啄ばむ姿は決して愛されるべき鳥ではない。

しかしこのカラス、今は法律上で飼ってはいけない鳥になっているが、昔は物好きで飼うひともいた。実は九官鳥なみに人間の言葉を覚えまねをする、愛嬌もあり憎めない鳥である。

この鳥は霊的な側面を持っている。昔から田舎では人の死を知らせる鳥として有名である。その家にゆかりがある人や、親類の方が亡くなる日が近づくと、実に不可解な鳴き声を発するカラスが家の近くで鳴く。

我が家でも従兄弟が亡くなった時や、叔父が亡くなった時など、やはり独特の鳴き声を発するカラスが現れた。私の勝手な解釈であるが、カラスは人間に見えない何かがきっと見えているに違いない。それは今生、この地を去ろうとする魂のエネルギーかもしれない。もしくは別れを告げにくる魂の姿を垣間見ているのかも知れない。

絵本作家、八島太郎さんの代表作に『からすたろう』という絵本がある。アメリカの絵本賞コルデコット賞において多大な評価をされた本である。読むたびに教育の本質を考えさせられる名作である。主人公のちびは、いろんなカラスの鳴きまねをできる少年だ。

子を呼ぶ母親の鳴き声のまね、カラスが嬉しくて鳴くときの声、とうさんカラスのまね、そして村の人に不幸があったときにどんなに鳴くかをまねることが出来た。

この『からすたろう』は現在偕成社より、出版されている。八島さんは1994年アメリカのロスで亡くなられた。八島さんの少年時代の経験がもとになっている作品であるが、貧しさや、優しさや、せつなさ、子どもの感情がストレートに表現されている大人が読んでも感動する絵本である。ぜひ一読ください。

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2009年6月13日 (土)

ここだけの話であるが

学生の頃、有名作家たちの文章修行のような本を古本屋さん行って探してはよく読んでいた。いかに自分はこうやって物書きになったかみたいな内容の本なのだが、面白い本あり、私のブログのような独りよがりの内容ありで、色々であった。

そんな中でなるほどな~と感じ入った本があった。遠い昔のことで失礼ながら本の名前も著作名も忘却してしまったが、内容はこういうものだった。

詩を書くという作業は詩をはじめから書こうとするのではなく、毎日毎日文章をつづり、その文章の肉を限界までそぎ落とし、文面からなくなってしまった言葉の残像を、もう一度構築するのが詩なのだみたいなことが書かれていて、「すげ~こと言うな~」と若かった自称詩人気取りで音楽作家をもくろんでいた私は、喫茶店の片隅で感動したのを覚えている。思わず背筋を正す文章だった。

単純行動型の私は、早速翌日から日記のような雑文をしたため始めた。3年ほど飽きることなく書き続けただろうか。ある日愛用の万年筆が私の意思に反してリタイヤーしてしまった日を境にやめてしまったのであるが、その日記帳今でも物置となってしまった書斎に鎮座している。

実はこのブログを毎日書くようになった時、私の友人の学び舎のご主人である小林先生http://k-manabiya.cocolog-nifty.com/blog/に、「かねごん先生毎日よく書けますね」とお褒めの言葉を頂いたのであるが、音楽修行のために始めた若い頃の文章修行が数十年たって、塾ブログという形でまあちょっとは役立っているのかな~と思うこの頃である。

ところで私に毎日よく書けますねと言っていた学び舎のご主人は、今年になって毎日超ハイレベルの記事を毎日更新続けている。実はここだけの話であるが、学び舎のご主人の奥様は、きっと彼が将来有名作家になれるだろうという見込みがあり、左団扇の作家の妻になれるという期待を抱き、ご主人の所にとついで来たらしいのである。

しかしなぜかそうはならず、奥様もご主人とは別に自宅で塾をやられている。そんな奥様が惚れ込んだ学び舎ご主人の文章のレベルにいつか近づきたいと思っているかねごんであるが、先は長いようである・・・・・。

追伸

ここだけの話と書きましたが、数万人の人(うそですよ~)が知ることになるかも知れません。小林先生お許しあれ・・・(;´Д`A ```

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2009年6月12日 (金)

鬼の目にも涙

前回の記事を書いた後で、ふと自分の高校3年時の担任の先生を思い出していた。もうすでに退職されたが、大変お世話になった。

超体育系の先生で、何度愛の激励を頂いたことか(・・・笑い)。昔気質の義理人情に厚い先生だった。卒業式の日に泣いていた先生は、まさに鬼の目にも涙であり、忘れられない思い出である。

先生は保健体育の時間は下ネタを連発するし、教科書を進むことなく、若き頃の武勇伝が炸裂する。やくざに拉致された教え子を救うべく単独乗り込んでいった話や、ブログではとても書けないさまざまな武勇伝が繰り広げられるのであった。

残念ながら保体の講義は何一つ記憶に留めていないのだけれど、私が一番印象に残り、今でも生活に役立てている先生の話がある。

「お前たちいいか、就職してな会社の上司や得意先で、ボールペンをちょっと貸してくださいと言われたらどうする」急にそんな話をされた。同級生の一人が「ハイどうぞと言って渡します」と答えた。

「ばかやろー、いいか、ボールペンのキャップをはずして、相手が使いやすいようにして、お使いくださいと言って渡すんだよ。それが礼儀だ」

「勉強が出来なくっても、少々仕事の出来が悪くとも、礼儀の正しいやつは人生調子よく行くんだよ。覚えておけ!」

私にとって、この先生の教訓というのか、出世術というのか、人生において様々な局面で使わせていただいた。先生には心から感謝をしている。

まるで仁侠映画の主人公みたいな先生だった。退職なされてからは、なかなか会う機会がなくご無沙汰をしてしまっている。近いうちに会って昔の武勇伝をまたお聞きしたい。

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え!?まさか?まじで!

塾生の話である。

4月に赴任してきた先生が高校3年生を前にしてこうのたもうたらしい。

「俺はお前たちを生徒とはみなさない。商品だと思って扱う。ゆえに商品だから君たちを必要とする雇い主にちゃんと渡さなければならない。」

ちなみにこの先生職員名簿を眺めると、前は進学校にいたようだ。

一応私も高校に出向いて授業をやっているが、上記のようなシーラカンスのような先生がまだ存在することに驚きである。

あまりに驚いたので今日はブログがまとまらなかった・・・・・。今年一番短いブログでした。

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2009年6月11日 (木)

音楽の効能

残念ながら私は譜面が読めない。今まで100曲近い歌を作ってきたが、繰り返すことでメロディーを暗記しギターのコードで曲を追従し、作成していく。私の名曲(迷曲?)カブトムシも卒業もそうやって生まれた。

したがって新しい楽曲を覚えるときも、ギターでコードを取りながら、いわゆる耳コピーで曲を奏でるのだが、デミ二ッシュや不協和音が入り込む曲は大変である。オタマジャクシを見ながらピアノを奏でる人を見ると感動してしまう。音楽をやっている塾生に言わせると、譜面が書けないのに曲を作れるのはすごいと言うことなのだが、慣れれば誰でも出来るのではないだろうか。

私はピアノが体育館においていたりすると、人が居ないのを見計らってよく弾く。ジャズタッチの曲を弾いていると、たまに早く来た卓球部員に聞かれてしまうことがあるのだが、二度と同じメロディーは弾けない。即興である。ギターのコードを覚えるときにピアノの和音で音を覚えたので、どこを弾けばきれいな和音が出るかを知っているだけで、適当に弾くものだから、音だけは美しい。

実は私は譜面が読めないゆえに、小さい頃から耳の感性はちょっとは良かったように思う。これが今の仕事にとても役立っている。2階の教室に上ってくる塾生の足音で、私はその日の子どもたちの精神状態が80パーセントはわかる。重い足取りでも、精神的な疲労と肉体的な疲労では違うものだ。ましてや何かうれしいことがあったときの生徒の足取りはぜんぜん違う。

曜日ごとに塾生が来る日が決まっているのだが、下の玄関でスリッパを床に置く音と、階段を登ってくるリズム感で私は約半分の生徒を誰だか認識できる。ちょっとした得意技である。それはジャズ好きな人間が、FMから流れてくるキースギャレットやビル・エバンスのタッチを一発で認識できるのに等しい気がする。

「こんにちは」と言う声で指導がスタートするのだが、この時点で塾生たちのその日のテンションはほぼ私の脳裏にインプットされる。各自の指導ノートとにらめっこしながら、おおよその指導案が私の中で作られる。

たかが音楽されど音楽である。

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人の話は聞くべきである

人の話を聞くことが出来ない人がいる。子どもであるとか大人であるとか関係ないようだ。自分が思いついたことは、相手の感情など関係なくしゃべりだし、人が話し始めると意識は完全に違う方向に漂っている。

自己中心的なと言うより、他者に対して集中力がないのだと思う。悪気があってのことではなく、人の話をしっかり聞く習慣がない。授業参観やPTAの会合でもそうである。周りの状況に関係なくおしゃべりをしているお母さん方をよく見かけるが、自分たちが迷惑をかけていることさえ気づいていないようだ。

女子高生が電車の中で、周りに居る乗客の迷惑など関係なく、「あいつむかつくんだよね~ちょう~うざいってぇの」なんていう会話をしているが、そのまま結婚して母親になった姿を想像していただければ現実は見えてくるのではないだろうか。

したがって子どもたちに何度「うるさい」と言ったところで、話を聞かない状況は家庭で小さい頃から育まれてきたものだから、改善するにはだいぶ時間がかかる。

話し方教室というのはよく耳にするが、聞き方教室というのはめったに聞かない。しかし、人の話を咀嚼し聞くという行為は、学習能力や知的さを向上させるためのとても大切なアイテムだと私は考えている。

自分の知らないことを、当たり前だが他人は多く知っている。聞き上手の人間は相手の情報をうまく引き出す才能の持ち主でもある。時に専門書を幾冊か読まなければ入手できない情報や真実を、数分間の相手の話からキャッチでき収集できることは、まさに天の恵みである。その恵みを常に拒絶し続ける人生は、やはりどう考えても実り多い人生とは言えない。

ましてや学校や仕事場で大切な学びの情報を相手が与えようとしているのに、時にその貴重な時間を睡眠にあてるなどは、人生の損失である。

99パーセントが退屈でも、1パーセントの真理が話の中に潜んでいるかもしれない。聞かなければ0パーセントで終わってしまう。その連続が人生を大きく分け隔てていくとしたならば、やはり人の話には耳を傾けるべきである。

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2009年6月10日 (水)

有効な時間の使い方

最近はどこへ行っても言われることは、「忙しそうですね」である。今までに比べて忙しいだけであって、適当に休みはとっている。

「芸能人のように忙しい」という表現はあるが、塾教師みたいに忙しいという言葉は使われない(・・・笑い)。塾教師は本来暇なのかも知れない。半世紀にわたる私の人生も大方暇だった。暇なものだから百姓をやったり、バイトをやったり、音楽をやったり、卓球をやったり、ブログを書いたりしてきたのだが、この年になってようやく忙しくなってきた。自分でも遅すぎるような気がする(・・・苦笑い)。

金策に忙しかったり、生徒集めに忙しかったことはしょっちゅうあったが、本業で忙しいのは久しぶりである。忙しければ、百姓仕事も音楽もブログも卓球も休めばいいのだけれど、気の弱い私はどれ一つとしてやめられない。

赤ペンを握りしめている時間は一日2時間ぐらいだろうか、添削に丸付けにと年間80本近くの赤ペンが消えて行く。ブログ原稿を書く時間は平均一日30分ぐらいだろうと思うのだが、こっちは鉛筆を使っているので費用はかからないのだけれど、老眼が進み肩こりが激しくなってきた。自分で好きでやっておいて愚痴を言うのもおかしな話だが、疲れることは間違いない。

先週は講師に行っている私立高校の定期テスト問題を半日がかりで作った。何やかやと家に一台しかないPCを私が独占しているものだから、家内や息子たちが切れ気味である。そろそろ新しいPCを買わなければと思いつつ、あっちこっちに飛んでいくお金にため息をつきながら、そう言えば自動車税もまだ払ってなかったことを思いだし、くらくらしてくる日々である。

今日はどさくさ紛れに、有効な時間の使い方などというタイトルをつけたものの、誰か私にその使い方を教えてくれ~と言うのが実情であって、私が知っていたら楽だろうな~という願いを込めてのタイトルである。

基本的に私は超がつくほど我儘な人間なので、嫌いなことは極力やらない主義である。自分で楽しいことや生きがいを感じることは、たとえお金にならなくともとことんやるタイプの人間である。ゆえに塾家業を続けてこれたのだろうと思う。

家内に言わせれば、限りなくお人よしと言うことになるのだが、お金は天下の回り物、命は天下に尽くして何ぼのもの、と言うのが私のモットーゆえ、いつも家族には多大なる迷惑をかけてきた。

一応タイトルにしてしまった責任上、私なりの有効な時間の使い方というものを述べさせていただいて今日のブログを終わりとしたいのだが、「楽しいことをやる」これに尽きるのではないだろうか。今生の人生はどう転んでも一度きりである。楽しいことをやらない人生、やれない人生ほどつまらないものはない。

お金がないから、チャンスがないから、才能がないからなどと言っている間にあっと言う間に年をとってしまうのが人の世の常である。

There is  a  will, there  is a way!  道は必ず、信じた方向へ拡散していく!

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2009年6月 9日 (火)

故郷

私はこのブログで風と孤独をテーマにした話を良く書く。根っからの風来坊ゆえ、ふらふらと風に吹かれどこかにさまよいたい気分なのかも知れない。

私の住んでいる一関は北上盆地と仙台平野のちょうど境目に位置する。須川おろしの突風が冬は吹き荒れ、夏は奥羽山脈と北上高地に挟まれた土地ゆえ、盆地特有の暑さが襲う。

街の北に隣するのは古都平泉である。藤原3代の栄華を今に伝える関山の金色堂は、見るものを圧倒する。東は奥羽山系の恩恵である温泉が湧き出る一帯で、須川温泉をはじめ、多くの名湯が点在する。

また西の北上高地には、優麗な束稲山、ウドガ森が優しくたたずみ、一関の街から眺める山の風景は心を癒してくれる。

    080510_085656 080510_085831             080511_153003         080512_115309                      

孤独感が忍び込んでくるとき、岩手という風土に溶け込んでいるようで 、どこかでよそ者を演じたがっている自分がいるのかも知れない。近代文学に双璧をなす、啄木や賢治が愛した郷土の自然が、やけに寂しく感じるときがなくもない私である。 

季節ごとの風景や風を50年近くも経験してきたのに、いまだになじまない風景があり、風がある。きっと人生の終わりが来るまでその違和感を持ち続けるのだと思う。 

故郷に生まれ住み続けることは、たやすいようでいて、多くのしがらみと、激情が絡み合う。

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2009年6月 8日 (月)

一枚のCD

昨年レーベル不明の一枚のCDを中古屋さんで買ってきた。ネテイブアメリカンのたくましい青年の写真が掲載されていた。100年ぐらい前の写真だろうか。教室のCDラジカセにセットし流れてきた音楽に私は釘付けになった。

魂の遠吠えであった。動物を呼ぶ声だろうか、死者を弔う歌だろうか。悲しみといたわりと、生きる慟哭が聞こえてきた。太鼓にあわせ繰り返されるその遠吠えのような声が、聞いている私の心臓の鼓動にリンクし、まるで原始の草原を吹き抜ける風のようだ。

インターネットで調べてみると、インディアン音楽では有名な曲らしいのだが、日ごろジャズを聞いている私にとっては衝撃的だった。民族を超え時代を超え、すばらしい音楽は本当にすばらしい。皆さんもどうぞ堪能してみてください。

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山の神

30代の10年間は私にとって山との語らいの時期だった。本当によく山登りをやった。40を過ぎ一度重度の腰痛を患ってからは、体をいたわり登らなくなったが、登山をする爽快感はすばらしいものである。

岩手に生まれ、周りが山だけなものだから、10代の頃は山そのものに格別の興味などなく、近隣の山の名前さえもまったく知らなかった。

啄木ではないけれど、一度故郷を離れ東京暮らしを経験し、また岩手に舞い戻ってきた私にとって故郷の山は懐かしくもあり、人生のしるべを教えてくれる孤踏の座標のようなものになった。

一番登った山は北上高地の最高峰早池峰山である。年に2,3度塾登山と称して高校生を連れて登ったものである。時に雨に降られずぶぬれになったこともある。雲海が広がるパノラマに息を呑み、じっと佇んだことがある。登る朝日の神々しさに涙を流したこともあった。

休みを取れない私は、いつも朝4時ごろ家を出て、7時前には登山口にたどり着く。登り3時間、下り一時間半ちょっとの半日登山を終え、途中街中の湯船につかり、3時頃には塾に帰還するという強行軍を月に何度かやっていた。

山に魅了され登り続けてのは若かったからと言うこともあるが、不安定極まりない職業を生涯の仕事として選んだことへの自戒と、自分に対する渇のつもりだったような気がしないでもない。心が弱りかけた時、迷いが生じた時、私は近隣の山々を登った。

須川岳、焼石岳、五葉山、室根山、そして早池峰山、その他国道4号線から仰ぎ見る主だった岩手、宮城の山々を私は黙々と登った。

時に山頂の小さな祠に、「母の病気が治りますように」「息子が大学に受かりますように」などという登山者の絵馬を見つけると、山の神に手をあわせ、祈願主の成就を願ったものだ。

年をとるごとに仕事も忙しくなり、山に登る時間が取れない私であるが、そんなことにはおかまいなしに、今年も岩手の山々は山開きの季節を迎える。しばらく山の神にはご無沙汰してしまっているが、指導教室に張ってある早池峰神社のお札を眺めては、山頂の風を思い出すかねごんである。

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2009年6月 7日 (日)

ボツ原稿復活

1週間ほど前に、ブログ原稿が種々の理由から10日に一度ぐらいの割合でボツになる話を書いた。2年ちょっとで120枚ほどのブログ原稿が闇に葬られたのであるが、その中に出来の悪い塾の話と言うのがあった。塾教師が出来の悪い塾の話をするのはどうかと思い更新をボツにしたのだが、これはこれで大切なテーマかと思い、本日思い出しながらもう一度書き改めることにした。

塾というところは、卒塾したからといって何がしかの資格を与えるところでもないし、何かを保障するところでもない。進学高校や有名大学に生徒を合格させてなんぼの世界である。

しかし時に、どこかの学校でもいいから入れてくれと言う、中学生や高校生が入塾してくることもある。塾によっては面接をした時点で丁重にお断りする塾も多い。なぜなら、めちゃくちゃ手間がかかるゆえに、合格させても宣伝効果もなければ、他の生徒の指導に支障をきたすこともしばしばである。塾経営者にとっては利点が少なく、出来ればとりたくない生徒である。

一方出来の悪い生徒と言うよりも、問題を抱えた生徒のみを入れる塾も存在する。今もまた復活を遂げているが、戸塚ヨットスクールのように全寮制のスパルタ塾である。死者を出すほどのしごきであまりにも有名になった塾なので、知っている人は多くいらっしゃると思うが、この塾を頼って子どもを預ける親御さんは今も多い。

不登校生だけを受け入れる全寮制の学校もある。実はこれが曲者だ。表面上は子どもたちを救う教育として、美辞麗句を並べ立てながら、年間数百万円という高額の授業料をとり、金持ちのお客さんだけをターゲットにした悪徳商法まがいの法人もある。

特にNPO法人という名を隠れ蓑にし、法律ぎりぎりの怪しげなフリースクールなるものも存在するので、要注意である。学校に行かない理由を、祖先の祟りだとか、悪霊が取り付いているなどと恐怖心をあおり、怪しげな宗教家と結託し、法外なお金を要求する塾もあるという。人間の弱みに付け込む商売はいつの世も存在する。塾とて例外ではない。

良心的な塾がいっぱいある中で、上記のような塾が存在することは悲しいかな事実である。我々の業界は、月謝の上限が法律で決まっているわけでもなく、塾経営者の気質を問われる何がしかの調査があるわけでもない。

学校教員の採用等に於いては、いくつかの法的手続きが行なわれ、前科や逮捕歴があれば、採用されることはまずない。しかし塾となると別である。実際、塀の向こう側にかつてお世話になったことがある塾経営者を私は何人か存じ上げている。その中には、ヘルメットをかぶり、火炎瓶を持ち、権力に立ち向かっていった若かったがゆえの向こう見ずさと言うのもあったかも知れない。しかしこの人が経営者で、先生と呼ばれていいのだろうかという輩は、東京、岩手と30年弱塾教師をやってきた私の近辺には存在した。

出来の悪い塾と言うより、あって欲しくない塾という感じである。私のブログはうちの塾生も読んでいるのであまり過激な真実はこれ以上書けないが、長年塾教師をやってくると、見なくともいいものまでも見てしまうことも多々ある。

お金と権力が渦巻くのは政治の世界だけではない。どこの業種にも存在するものである。ただ間違いなく言えることは、法の裁きをいくらかいくぐっても、おてんとう様がしっかり見ていると言うことである。淘汰されるものは必然的に淘汰されるのが世の常である。

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天才たちは気まぐれだ

先日6月5日の「早期英才教育」という私の記事に対し、塾屋のオピニオンリーダーであるブログ『とよ爺のつぶやき』http://toyojie.jugem.jp/の執筆者であるとよ爺より賛同のコメントを頂いた。

早期英才教育は近年の教育のトレンドであり、若い親御さんの大きな関心事でもある。視聴率もいいのだろう、テレビ等も頻繁に取り上げるテーマである。コメンテーターに登場する多くの有名人も諸手をあげて英才教育に賛成の方が多い。

しかし前回私は反対の趣旨の記事をしたためた。今回とよ爺先生の後押しをいただき再び幼児教育について私の私見をのべさせていただく。

実は私の塾でも『風と虹の教室』という幼児教育を行なっている。親子で参加していただき、一緒に歌を歌ったり、お遊戯をしたり、ぬらし絵をしたり、おにぎりを食べたり、代表の私が言うのもなんだが、とても楽しい教室である。

私の妻が室長で指導にあたっている。経費とガソリン代を引くとほぼ彼女の給料は無給になってしまうのだが、元気な幼児や児童の輝きと、お母さん方の楽しそうな顔に支えられ、がんばっている。

シュタイナー学を10年ほど前から学んでいる彼女は、自然の風と天使と、食べ物が大好きなようで、いつも子どもたちを公園や川辺に連れ出し、タンポポを採ってきてはおひたしにして食べ、ヨモギを摘んできてはヨモギもちにして食べ、時に、はつか大根の種をプランターに蒔き、一緒に子どもたちと食べようと張り切っている。そんな教室である。

プリント学習を強要することもしない。漢字の練習がやりたくないと言えば、急遽桜のスケッチに出かけていくようなアバウトな指導である。私はそれでいいと思っている。

本来子どもたちは気まぐれだし、我儘だし、うるさいものだ。そして天才教育をせずとも、大人が振舞うことが出来ないことを平気でしてしまう天才たちである。

100年ほど前、ドイツで産声をあげたシュタイナー教育は、イギリスや日本、アメリカをはじめ今多くの国で静かなブームである。天才教育とは対極にある教育かも知れない。シュタイナー教育を施したからと言って、東大や早稲田や慶応に入れるわけではないけれど、シュタイナー学校の卒業生は、健康で、純朴で、自然と融合し、仕事を楽しんでいる方が多い。

日本では北海道や神奈川を中心に、いくつかのシュタイナー学校がある。しかしこのシュタイナー教育とてもちろんさまざまな欠点があるに違いない。宗教色が強いとか、自由すぎるという批判もあるようだ。

一方早期英才教育に於いては、子どもたちが早いうちから文字や音楽やスポーツを習得することは、確かに同世代の子どもたちの中で抜きん出るという点に於いて、子ども時代を生き抜いていく強いツールであると思う。しかし、幼児期にしか感じられないもの、幼児期にしかゆるされない感情や行動というものが多くある。それらを削り取ってまで、小学生や中学生がやることを強いることはいかがなものだろうか。

昨日も風と虹の教室に通ってきている小学2年生の女の子が、突然泣き出した。何事かと思いきや、花の絵がうまく自分だけ描けないと泣いていたのである。教室の外でトマトの苗をプランターに移植し始めたとたん、さっきまで泣いていた顔をニコニコさせながら、赤いシャベルを一生懸命動かしていた。

え!これって農業の英才教育!・・・そんなわけないよなと、自問自答し苦笑いのかねごんであった。

やはりうちの塾では、英才教育は無理なようである・・・・。

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2009年6月 6日 (土)

17年間の悲劇

45歳の時に殺人の容疑で逮捕され無期懲役の刑に服していた菅家さんが、17年後の昨日釈放された。62歳の菅家さんは修行僧のような微笑を浮かべていたが、17年と言う歳月がすでに流れていた。

やっていないと言う事実だけで、17年の歳月を耐えられるものだろうか。冤罪の恨み苦しみで憤死しそうな日常を耐えてきた菅野さんの精神力もさることながら、私は運命に翻弄された彼の人生が、今後の司法の大きな転換の土台になって欲しいとん願わずにはいられない。

DNA鑑定という天下の宝刀が両断された。事件当時の鑑定が非常にあいまいであることが、報じられたことが一度としてあったろうか。信用性や信憑性という言葉が司法から瓦解した。

菅家さんが幸いにも死刑になっていなかったからいいものの、人間が人間を裁く危険性と命の尊厳を深く深く私は考えさせられた。

死刑廃止論に拍車がかかるのは間違いない。私も死刑廃止論者の一人である。しかし殺人者の無期懲役が恩赦や模範囚であることで、短縮され釈放されることには反対である。人をあやめた事実を一生刑務所で反省し償って欲しいと思っている。

1991年と言えば、ほぼ私が今の塾を始めた頃と重なる。私が塾をやってきた間、菅家さんは刑務所に入っていたことになる。なんという悲劇だろうか。

解放された菅家さんは、外で飲んだコーヒーが一味も二味も違っておいしかったとおっしゃっていたが、その言葉に私は涙が止まらなかった。

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2009年6月 5日 (金)

DNAの螺旋階段を上るように

太宰治よりも三島由紀夫よりもそして夏目漱石よりも、私は年上になってしまった。

高校時代、40代半ばで他界した小説家たちが、とても老獪で大人に感じられた。今もその感覚はあまり変わらない。文章の中で使われる言葉の重みと大胆さが、老人のような枯れた感性のときもあれば、15歳の少年のような初々しさの躍動感を持つときもある。

無機質とも言える感情が、押し殺されるような悲しみや怒りを言葉に押し込め、まるで幼児がダダをこねているように、ストレートに心に突き刺さってくる。私にとってそれが文学だった。

好きな作家をあげればきりがないのだけれど、高校時代に一番読んだのはヘルマンヘッセだったように思う。日本の作家では夏目漱石の小説はほぼ高校時代に読破しただろうか。

私は子ども時代、他人の感情を共有することが苦手だった。兄弟がおらず、いつも一人で居ることが多かったことが起因していたかも知れない。本を読むことはまるで新しい友達を探すような感覚だった。

大人になって教育書や心理学の本を読むようになった時に、それまで読んできた小説や物語の舞台裏というのか、なぜ人間が文学に惹かれるのか、なぜ物語を書きたくなるのか、その衝動の脈絡がぼんやり分かったような気がした。

まるでDNAの螺旋階段を上るように、人間は進化を遂げてきた。価値が多様化する社会の中にあって、個性的であること、自分らしくあるとはどういうことかを我々人間は模索する。しかし日々自分に訪れる感情や、思い込みが何なのか、どこから来るのか、不安なものである。

小説や多くの文学を通じて、人を憎む感情や、愛する切なさや、個人の脆さや逞しさなど、一見特別な感情や感性が、万人に共通なものであることを理解する。自分の感性が多くの人達と共有していることを知る。

朝日が湖面に輝き、新緑の光が、季節の風が、多くの人達を癒していく。その反射する光が、立つ場所によって瞬間瞬間の時間によって変わる。同じように言葉も、年齢や状況や受けての感性で変わっていく。書き手の意図や啓蒙を超えて、文学がまるで湖面に反射し放射し拡散していく光のように、人々の心の中にしみこんで行く。

若い頃の読書は、長い人生を生きていくうえの忍耐を作ってくれるものだと私は考えている。毎日体を鍛えることと同様に、心を精神を育んでくれるものだ。今若者の本離れが危惧されている。困難な時代だからこそ多くの本を読んでもらいたい。

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早期英才教育

テレビ等でよく話題になる英才教育というものは、簡単に言えば世の中の人達が一般に認識しているよりも早い年齢のうちに多くの知識や技術を教え、習得させることをさすのだろうが、私はそのような指導を否定はしないけれども、好きではない。

最近は脳科学が飛躍的な進歩をみせ、人間の持つ脳の解析が進んでいる。幼児期のうちに脳の98パーセント以上が完成するなどという刺激的な報道や出版物に影響され、早期英才教育なるものを施す親御さんが増えている。

確かにそういった英才教育を施された子供たちが、一流高校一流大学に進むケースは多い。問題はその後の人生である。暗記力や問題を解く能力で勝負をしてきた子供たちがぶつかるものがある。感情である。

3歳の子どもに漢字や九九を教えることは出来ても、暑い夏の日に木々の木陰に吹く、一陣のそよ風の清涼感を言葉で教えることは出来ない。小さな蟻を1時間も観察し続ける好奇心を英才教育でうえつけることはできない。

もし感情や感性さえも英才教育で何とでもなると言う教育者がいるならば、それはあやしげな宗教となんら変わりがないような気がする。

100メートルを13秒で走れる人間が、17秒で走る人間よりも優れているだろうか。5歳の子どもがすべての国名を言えたからといって、他の子どもより人間的に優れているのだろうか。

私は5歳の子どもが花という漢字を何度も練習することよりも、公園や庭を走り回り、たまたま見つけた花に顔をうずめ微笑んでいる姿のほうが好きだ。

「私の教室で幼児教育を受けた子どもは、みんな早稲田や慶応や旧帝大に入ってます。ダメな学校なんかには行きません」 と言うような指導者に、私が親だったら子どもを預けたくないな・・・・。

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2009年6月 4日 (木)

プリント学習の光と影

ワープロが登場し、そしてパソコンによるプリント作成が一般化し、コピー機が普通に学校に置かれるようになって以来、ガリ版刷りの時代が終焉し、塾業界も含め日本の教育環境は激変した。ここ30年来のことである。

宿題プリントやプリント学習による授業が猛烈な勢いで全国に浸透した。特に塾業界では公文式のプリント学習が、幼児や小学生のプリント学習の代名詞になった感がある。また学校教育においてもいとも簡単に問題が作成できるようになり、毎日の宿題プリントが増えた。

昔行なわれていた国語科の筆写や、英語の教科書の書き取り練習が行なわれなくなり、一見合理的な要点問題がプリントで演習されるようになった。先生が問題を作成せずとも、パソコンからダウンロードし、質の高い演習プリントが生徒たちに行き届くようになった。

その結果、何かが変わってきたような気がする。私は生徒たちの教科書の読み取り能力が、極端に落ちたと実感している。そして明らかに、面倒くさがりやが増えた。

教科書の内容をあまりにもすばらしくまとめ上げた教材プリントが世に出回り、教科書を読まずとも要点が押さえられるプリントが、常に学校や塾から配られる。添削指導の通信教育もしかりである。子供たちは教科書に目を通すことなく、要点がわかるようになった。

部活やさまざまな習い事で忙しい生徒たちにとってはありがたいことではあるが、苦労して読みこなす経験が少なくなったことは間違いない。

最近、生徒達を見ていて一番気になる言葉は『面倒くさい』である。頻繁に面倒くさいを連発する。これは我が息子たちを見ていても同じである。即結果を求めたがる。小さい頃から情報社会の渦の中で育ってきて、何をするにもマニュアル的なものをあてがわれてきた子供たちは、なかなか自分で創意工夫をしようとはしない。

自分が工夫しなくとも、周りが常に情報を提供し続けてきたからである。「かねごん先生、この単元のまとめプリント頂戴」 「いいよ、はいどうぞ」 私にも責任がある・・・・。

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2009年6月 3日 (水)

時代は動いている

アメリカのGMが破綻した。16兆4千億という途方もない債務を残して破産手続に入ったが、アメリカ政府はひとまず国営化し、急場しのぎをしようとしているが、影響は全世界に及びそうだ。

自動車産業がなぜこれほどまでに窮地に追いやられているのか、産業の自然淘汰とまで言う経済学者までいるが、私は車社会の恩恵が、逆に地球の資源を枯渇させ、環境を悪化させてきた負の側面が、この状況を生み出したような気がする。

塾業界もそういう意味ではいろんな側面で変革が生じてくるだろう。

私の塾では昨年から、私立高校からの業務提携の話がいくつか来ている。関東地区にある某高校からは、通信制の分室を私の塾でやってもらえないだろうかという提案を頂いた。一関一高の付属中学の入試が始まり、小学生部門が多忙になったことを理由にご辞退申し上げた。さらには今年は市内の私立高校の臨時講師もやっている身なので、高校生のスクーリングまで面倒をみる余裕はなかった。

また違う関東の学校よりも、小学生部門の提携の話を頂いたが、こちらも同じ理由でお断りした。

すべて私のブログを閲覧しての問い合わせのようだが、自虐ネタや日々の愚痴を綴っているこんな塾ブログを、多くの学校関係者の方々に見てもらっていることはとても恐縮であり、正直驚き戸惑っている。塾ブログを検索してみると分かるが、最近は多くの塾の先生方がブログを公開している。失礼な言い方であるが、なぜ私のところのような塾にという感じはしないでもない。

私なりの考察をしてみると、近年昔から営まれてきた個人塾が廃業を余儀なくされ、どこの街でも同じような大手フランチャイズの塾が開設されている。どの塾に行ってもマニュアルに沿った質の高い指導が受けられる利点はあるが、逆の見方をすれば、どこの塾でも同じ教材、同じ指導というのは、何か新しい教育を展開しようという方々にとっては物足りないのかも知れない。

フランチャイズの欠点として、講師がなかなか定着しないということもあるかと思う。教員採用までの腰掛先生や、求職中のバイト先生が多いと聞く。指導の責任制という点においては、個人塾と比べると難点があるのかも知れない。

一時期、個人塾が、自然界から消えていく多くの絶滅種のように、世の中から淘汰されるのかと思っていたが、時代は違った動きを見せ始めた気がする。個人塾を営むことの利便性がまだまだあることを私は感じるこの頃である。

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2009年6月 2日 (火)

愛を受け取るアンテナ

親が子を思う気持ちも、教師が生徒を心配するのも、犬が飼い主を慕うのも、吹く風が心地良いのも、地球が回っているのも、突き詰めていくと私は愛だと思う。

そしてこの愛は、この宇宙を、地球を、そして我々人間を、存在たらしめている無限のエネルギーであると私は信じている。

このエネルギーは枯渇することは決してないが、時としてキャッチするアンテナが壊れていて、愛を受け取れない人たちがいる。凶悪犯罪を引き起こす人たちだけではなく、人を愛することが出来ない人間は少なからずそうかも知れない。

愛を受け取るアンテナは、優しさと、謙虚さであると思う。錆びないように金メッキをしようとしても、パラボラアンテナにしようとしても、優しさと謙虚さがなければ、愛のアンテナの感度を上げることは出来ない。

市内の有効求人の倍率が0.27倍にまで下がったと、今日の地元紙が一面トップで報じていた。職安に行って、どんな仕事でもいいですからと言っても、10人に2人しか職にありつけないのである。

このような時代に槍玉に挙げられるのが、公務員の方々や教員の方々の給料の話題や賞与の話題である。特にこれから夏のボーナス時期になると、羨望、妬み、嫉みが錯綜する。

実は愛のアンテナが即座に磨耗してしまうのが、この羨望や妬みの感情だと思っている。どうだろうか、公務員の方々や教員の方々が頂く給料や賞与が、労働の代償として適正なものであり、一般企業の給料体系が劣悪なものだと考えたほうがいいのではないだろうか。

仕事がないことや、仕事があっても給料がすずめの涙という状況は、ある種人生を生きていくための試練や、将来のための貴重な経験と位置付けて、ここは愛を持って忍耐してみてはどうだろうか。万事塞翁が馬を地で生きてきた私が言うのだから大方間違いがないと思う。

今だから言えるが、私の父は病気や怪我のために病院生活が長かった。私が小学校から中学校にかけて、私の家は生活保護世帯であった。ゆえにその後私立高校、私立大学に進んだ私は、高校、大学の学費を奨学金やバイト代ですべて自分で工面した。

私はしかし誰かを羨んだり、自分の運命が今一だとは思ったことがない。「明日はきっといいことがある」それを信じて生きてきたし、これからもそうだ。愛という言葉はあまりにも陳腐になり過ぎたけれど、愛こそが人生を切り開いていくツールだと思っている。

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2009年6月 1日 (月)

家族の肖像パート2

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今日のブログは家族の了承を得ていない。ゆえに私が自宅に帰るまでに消去されているかもしれない(・・笑い)。短い命かもしれないのであしからず。

左の写真は昨年平泉吉野屋で行われた『いーはとーぶ音楽祭に』私が飛び入り参加したときの写真である。吉野屋さんの娘さんと並んで写っている眼鏡をかけたはげ親父がわたしかねごんである。塾生に言わせると禿げ方が鶴瓶師匠そっくりだと言われるのだが、まったくもってその通りである。

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二枚目の写真のなにやら不思議な踊りを踊っているおばさんが我が塾の社長であり、23年間私の妻をやっていただいている、『風と虹の教室』の代表であるあきこ女史である。

最近はヨーガに懲りだし、塾で暇さえあればヨーガのポーズをとり、精神を鍛えているようだが、私に結構強要することが多くなり、付き合っているかねごんである。

Shouta 一番下の写真が、ちょくちょく私の教室を手伝ってもらっている私の長男である。講師の先生が急用の時や、私が体調を崩した時などピンチヒッターで指導室に入ってもらっているのだが、塾生は私と顔がまったく似ていない我が息子を新しい講師の先生だと思って興味津々のようだが、実は私の息子である。あしからず・・・・・。

いずれも家族の許可をとらずに掲載してしまったので、このブログどうなることやら・・・。

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自由への道

二兎を追うものは一兎も得ずのように、一つのことに集中することや、一つの天職をまっとうすることをよしとする格言やことわざが世に多いのだが、どうも私はそうではないらしくあっちに行ったりこっちに行ったりふらふらしどうしの人生である。

表面上はどうにか塾教師という仕事を続けてきたのだが、心の中では日々葛藤だらけである。「勉強を教える以外で何の仕事がしたいのだ」と問い詰められれば、種々の事情があり答えに窮するのであるが、一応候補がないわけではない。

ブログでいつも言っていることなのだが、やりたいことの第1位は喫茶店のマスターである。一日中自分の好きな音楽をかけ、コーヒーの香りに包まれて仕事をする気分は最高だろうなと思う。

二番目になりたいものは詩人だろうか(・・・笑い)。作詞家でもいいのだけれど、職業欄に詩人と書き込める人は、別世界の異邦人に思える。感性や、感情が思考となり言葉が構築される世界、そしてそれを商売に出来るなんて羨ましい限りだと思う。

第3位にやっぱり塾教師だろうか。人生でやりたいことの3番目の仕事をこうやってやってられるのだから私は幸せ者かも知れない。いや幸せだと思う。したがって、収入が少なくとも多忙であっても文句は言ってられないのだろうけれど、やはり・・・である。この・・・に凝縮される思いはまことにもって深いのだが、その・・・に対する思いをこの2年間ブログでああでもないこうでもないとしたためてきた私である。

ちなみになりたい職業第4位はシンガーということになるのだが、まあこのことはさんざん書いてきたので止めておく。

自分の勝手な嗜好でなりたい職業ベスト10を続けると、5位は個人タクシーのドライバーで、6位は古本屋のオヤジ、7位は運命鑑定師、8位は教会の牧師、9位は結婚コンサルタント、そして10位はお笑い芸人というところである。

自分で書き連ねたこの職業を眺めて気づいたことは、一言で言うならば自由への道とでもいうものだろうか。誰からも管理されることなく、自分の力量で食っていく職業に対する憧れがあるようだ。ゆえに塾教師をしているのだと思う。

そんな私が夏を向かえて聞きたい曲はこの歌である。『自由への道』お聞きください。

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