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2009年5月 6日 (水)

欺瞞的感情

日常発する言葉が与える影響に対して、あまりにも鈍感過ぎるというのか、無神経というのか、そういう大人が増えている。

職業的な立場とか与える影響度とかそう言った範疇を度外視して、個人個人が言葉に対して無責任になっているように思えてならない。言葉の持つ力というのは、使い方を誤れば人間の命をもいとも簡単に奪ってしまうことがある。

生きていくことは誰もが不安と隣り合わせである。一見華やかに見える世界に於いても、平穏そうに見える家庭に於いても、それぞれの苦悩やバクダンを抱えていたりするものだ。

子ども達にしてもそうだが、言葉と言うものは如実にその人間の内面や感情をあらわすものだ。常に他人を揶揄する人や、攻撃的な人間の感情はきっと阿修羅のごとく、何がしかの嵐が心の中にいつも吹きまくっている人なのだろうと思う。

学歴や経済力をバカにする人、常に人の欠点のみを指摘する人、そういった見下す態度に接するたびに、私は人間の抱える悲しみや闇のようなものを感じてしまう。

現在の自分の置かれている現状と言うものに対して、自分より劣っている人や自分より不幸な人間を見て安堵し、自分を納得させる思考は、とても欺瞞的な感情だと思う。

人をうらやむ感情と人を蔑む感情は、根っこは同じなのだろうと思う。

「あんな高校に行ったてしょうがねえだろう」とか、「あんな大学に行ってもろくな仕事もないだろう」などと、発言する人間の感情は、きっと欺瞞に満ち溢れた不安定な感情なのだろう。

どんないい高校を出ても、大学を出ても、相手の心情を考えず言葉を発していては、本当の幸福は訪れない。

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