春と修羅
いっきに春がやってきた。ウグイスが朝からしきりに満開になった庭先の梅ノ木にやってきて鳴いている。
人間に危害を加えられることがないのが分かっているのか、春に里に下りてくる小鳥達は私の姿を見ても逃げない。ただし我が家にはメス猫のキラがいるので、スズメやホウジロなどの小鳥達がときに犠牲になってしまう。
自然界で生き抜くことは大変である。あまり人間が関与すれば、自然の連鎖がおかしなことになってしまうだろうし、難しい。
毎年この4月になると思い出す詩がある。宮沢賢治の『春と修羅』である。今日は詩の前半部分をここに掲載してみたい。賢治の詩の世界を堪能していただきたい。
『春と修羅』 (mental sketch modified)
心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんいのてんごく模様
(正午の管楽よりもしげく琥珀のかけらがそそぐときも)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
砕ける雲の眼路をかぎり
れいろうの天の海には
聖はりの風が行き交ひ
ZYPRESSEN 春のいちれつ
くろぐろと光素を吸い
その暗い脚並からは
天山の雪の稜さへひかるのに
(かげろうの波と白い偏光)
まことのことばはうしなわれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしりし燃えてゆききする
おれは春の修羅なのだ
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