最近のトラックバック

« すべてに理由がある | トップページ | 子ども達の輝き »

2009年4月21日 (火)

ありがとう

先生と呼ばれる人達が、心に止めておかなければならないことがある。『ありがとう』である。

私の生徒でいてくれてありがとう。私の授業を聞いてくれてありがとう。学んでくれてありがとう。

この言葉が心の中で響いていれば、難しい教育理論も教師としてのカリスマ性などというものも必要がない気がする。心の響きあいを持つことが出来れば、おのずと学級崩壊も授業崩壊もないのではないだろうか。

『なんで俺が一生懸命に授業しているのに、あいつは寝ているんだ!』

『俺の与えた宿題をいつも忘れやがって、絶対いい成績なんかつけてやらない』

高見から下を見下ろすタイプの教師はいつの時代にもいる。威厳を保つことが教師の使命とでも思っているのか、常に命令口調で生徒の言葉に耳を傾けない。

おまえの言うことは分かる。だがな・・・・。この逆説の接続詞が生徒との溝を広げることはあっても決して埋めることはない。

学校にいる間、どうか問題を起こさないでくれ。俺が担任をしている間おとなしくいていてくれ。そんな先生方の声無き悲痛な叫びが聞こえてきそうである。問題児と言われる生徒が抱える心の奥深くに、親のエゴや暴力やそして社会に対する怨念が絡みついている。

教師は生徒の鏡でなければならない。むかしの夢物語などではない。今でも先生と言う職業は間違いなく生徒のお手本となる大人の見本だと私は考えている。子ども達は自分の親と学校の先生以外に接点を持つ大人は少ないものだ。その大人の代表である先生たちが、上から目線で生徒達と接していては、子ども達の心はなかなか扉を開いてはくれない。

子ども達は言う。「厳しくて面倒見のいい先生が好きだ」と。

『ありがとう』その気持が常に心にあふれている先生は、きっと間違った叱り方はしないだろうし、子ども達が抱える心の闇に、きっと光を注いでくれるのではないだろうか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ塾・予備校ブログランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

大験セミナーのご案内http://daiken.cocolog-nifty.com/about.html

« すべてに理由がある | トップページ | 子ども達の輝き »

コメント

こんにちは。
人生をより多く経験している先生が子供たちよりいろいろ知っているのは当たり前、それが理由に高所から者を見て、感謝の念を忘れるような者は教育に携わる資格がないと私も思います。
自分自身も未熟なので、ずいぶん子供を教えることに悩んだ日々もありました。いま私も文章が書けているのもそれがいちばんの理由だと思います。
子供たちに関わっていると、感謝の気持ちは自然とわき上がって来るものだと思います。
かねごん先生の場合、加えて自然からもいろいろな感動をもらっているのですからなおさらでしょう。
最近の先生の文章を読んでいると、そういう思いがひしひしと伝わってきます。


(かねごん)
とよ爺先生コメントありがとうございます。
なんかとても照れくさいですね。私は教える人間というのは自然体でいいのではないかと思っています。喜怒哀楽を普通にもって、喜びや悲しみを子ども達と共有できればそれが一番自然な教育だと思っています。
まだまだ未熟ですが、子ども達の思いを汲み取れる教育をやっていけたらと思います。心温かいコメントありがとうございます。

すてきな文章と内容ですね。30年以上も前の私の学校生活を振り返れば、すぐやめていった新任の先生以外に、かねごんさんのような考えで生徒に接してくれた先生はいませんでした。いつも、Don’tsと頑張れ、しか言わないような教師に魅力を感じたことがなかったです。その一方で、自分の気持ちをわかってくれる教師にどれだけ出合いたかったか。それは親にも同じことがいえますね。かねごんさんに出合える生徒がもっと増えればいいです。


(かねごん)
せなごんさんコメントいつもありがとうございます。
先生と呼ばれる職業はとても繊細な仕事だと思います。繊細がゆえに、ちょっとした舵取りで思わぬ方向に行ってしまいます。現在管理という名の教員研修は多いのですが、心や魂の研修がおろそかになっているような気がしてなりません。
子ども達の心の叫びをキャッチできる感性を、これからも学び、日々努力していかなければと思い、自分にも言い聞かせるつもりでこの記事を書かせていただきました。

ありがとうという気持ちは大切ですね。
とてもシンプルな原則なのに、つい忘れがちになってしまいます。「本当に大事なものは目には見えないんだよ」というサン・テグジュペリのことばと同じように、とても簡素なものほど大切さが見えにくくなるのかもしれません。
技術や理論ももちろん必要ですが、それを支えている気持ちの方がもっと大事だと思います。面と向かって「ありがとう」と口に出すのは何か気恥ずかしいものの、心の中で言うことはできますから私も心掛けたいなと思います。


(かねごん)
小林先生コメントありがとうございます。
若い頃は、『教えてやってんだ』という気持がありましたね。年を取ってきてようやく子供たちに素直にありがとうと思えるようになった気がします。ようやく自然体になってきたと言うことでしょうか。ようやくですね・・・・。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ありがとう:

« すべてに理由がある | トップページ | 子ども達の輝き »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ