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2009年4月13日 (月)

不完全であることの勇気

会社や学校どころか人のいるところに出て行けない人達がいる。自分の夢を紡いでいくことも、青春を謳歌することもままならず引きこもっている状況はやはり痛々しい。

さまざまな心理的抑圧を受けて、周りの人間と接点を持てず苦悩している人は多い。そしてこういった状況に追いやられることは決して珍しいことではない。日常的に誰にでもおこりうる事である。

生徒会などでバリバリ活躍していた生徒が突然学校に行けなくなったり、会社でリーダーシップを発揮していた人間が朝ベットから起きられなくなったり、他人事ではない。本人も大変であるが、家族も大変である。突然のうつ状態は時として、命の危機も生じさせることがある。早急な対応が必要とされる。

かつては燃え尽き症候群などと呼ばれた頃もあったが、うつ病の理解はだいぶ進み、根性論や励ましをごり押しする人たちはだいぶ少なくなった。しかしボーダーラインの人たちの対応は困難を有するのは事実である。

心療内科に行き、なにがしらの病名を与えられ、精神安定剤等を処方されてくるわけだが、家族の支えが一番大切である。そっと見守ってあげることが大切な時もあるだろうし、積極的な問いかけが必要な時もある。

「生きて行く希望というものは、常に自分が世の中に認められているとか、誰かに愛されているとか、誰かのためになっているとか、そういった連続の日々の中で培われるものだ」と言われることが多いが、私はそういった人間の意識が逆に現代の人間を生きづらくしているような気がしてならない。

テレビドラマや青春小説のように日常的なハッピーエンドは存在しないし、世の中に認められる存在などと言うものは、表面的にはそうあるものではない。人間というものはすこぶる無常な存在で、孤独で、そして自己中心的で厄介な生き物である。

そういった存在であることを認めず、過剰な理想論を掲げてしまうと、理想に届かないことのジレンマが抑圧となり、心の歯車を狂わしてしまうのではないだろうか。完璧な存在である必要はない。不完全だからこそ、我々は地球という星に生まれ、修行をしているのだと思う。

不完全であることの勇気を持つことが必要であると思う。完璧でなくてもいいのだから、勉強し、恋愛をし、つまずき、そして泣き、笑い、人生を生きていけばいんじゃないだろうか。

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