最近のトラックバック

« 花巻東高校感動をありがとう! | トップページ | 大切なお金 »

2009年4月 3日 (金)

孤独との付き合い方

独身の頃は、本と音楽が日常の孤独を埋めてくれるツールだった。私の感性の100%は読書と音楽で作られてきたと言っても過言ではない。

15の春、高校入試を失敗した私は、その年の夏から23歳までテレビを見る日常と決別した。かつてのブログでも書いたが、テレビと決別した夏、生涯読書冊数を一万冊と決めて、私は読書という放浪の旅に出た。

50に近づいた今、残念ながら目標の半分にも達していないのだが、きっと途中から孤独でなくなった分本を読む冊数が減ったのではないかと思っている。結婚し、子供が生まれ、年を取り、やがて息子達が家を出て家庭を持つ頃には、私はまたひょっとしたら音楽と読書の日々に回帰していくのかも知れない。

そう言えばここ2.3年ジャズを聴く時間が増えた。ジャズ喫茶に週一回ぐらいは顔を出している。本のほうは仕事上必要なものは読むけれど、小説のたぐいはここ10年ほとんど読んでいない。1年半前からこのブログをしたためるようになってからは、帰宅後の時間はP・Cの前に座っていることが多くなった。

教育関係のブログを日々読むようになってからは、本を買うことが極端に減った。本がなくとも本の批評欄などを読んでは、読んだつもりになっている手抜きの私は困ったものである。

私はこの年代には珍しく兄弟がいない。一人っ子で育った。家が農家だったので、小さい頃は牛や鶏や、ウサギとよくたわむれていた。実はこれらはペットして飼われていたわけではなく、時として食卓にあがることがあった。

その時の感覚はうまく口では言えないが、子どもながらに人間が生きて行く宿命みたいなものを、犠牲になってくれた動物達に感じたことを漠然と覚えている。空っぽになったウサギ小屋の前で私が体感した孤独感には、何十年もたった今でも決して慣れることはない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ塾・予備校ブログランキングに参加しています。よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

大験セミナーのご案内http://daiken.cocolog-nifty.com/about.html

« 花巻東高校感動をありがとう! | トップページ | 大切なお金 »

コメント

「空っぽになったウサギ小屋の前で私が体感した孤独感」というフレーズに目が行ってしまいました。
私も小学生の頃、うちで飼っていたウサギがある日夕食の食卓にあがっていたことがありショックを受けたことがあります。父親はいずれ食べるつもり飼っていたわけですが、子どもの方はかわいいペットだと思っていたのです。
しかし、それも貴重な体験だったという気がします。われわれは動物にしろ植物にしろ他の生き物の命をいただかずには生きていけない存在だということを、これほどリアルに感じることは無いと思うからです。少なくとも命って何だろうと子ども心にも考えるようになった気がします。


(かねごん)
小林先生コメントありがとうございます。
先生も同じ体験があったんですね。人間が生きて行くためには、多くの命を頂いていかなければなりません。当たり前のことですが、時に子どもにとっては、サンタクロースが父親だったと分かる以上にショックなことですよね。

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 孤独との付き合い方:

« 花巻東高校感動をありがとう! | トップページ | 大切なお金 »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ