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2009年4月27日 (月)

人間力

中学生や高校生達に教科指導をしていていつも感じることは、物事を理解する能力の多様性についてである。社会的に必要な最低限度の生活IQがどれくらいなのかは個々人の実状や環境にもよるだろうが、基本は国語力であると思う。言葉を変えれば、今の社会は言語能力が問われる社会ではないかと思う。

言葉を構築することが出来なければ、文章も書けないだろうし、自分の思考を相手に伝えることが出来ない。会社に入って勤務報告書が書けない、商品の発注書すらままならないではやはり厳しいものがあるだろうと思う。

例えば英語や数学が思わしくなくとも国語力がしっかりしていれば、社会人として生きていけるはずである。小学校程度の漢字力と表現力があれば、相手とのコミニュケーションは間違いなくできる。

小学校に英語教育を導入する余裕があるのならば、児童の日本語教育にもっと多くの時間を費やしてほしいと思う。「うちの子は引っ込み思案で、さっぱり人と話したがらないので」などと小学校のうちは片付けられることが、中学校や高校に於いてさえ改善されないとなると、問題は深刻なものになってくる。

プレゼンテーションがいっさい出来なければ、おのずと職種は限られてくる。話すことが苦手なばっかりに劣悪な仕事環境に置かれている人たちの状況には、私は断固賛同できない。

このブログでも何度も何度も繰り返してきたが、国社数理英の能力が決して人間力のすべてではない。近代教育が便宜的に構築したカテゴリーの中だけで人間を評価することは、人間に対する冒瀆でないかと思っている。

勉強が出来なくとも、人を説き伏せる能力がすぐれているものがいる。私が出会ってきた生徒の中には、通信簿が1と2だけだったが、なぜか女の子を口説くテクニックは一流で、常に彼女がそばにいる男子生徒がいた。これとて言語能力がなせる業である。

逆に言葉をいっさい発しない教え子も何人か見てきた。その中に文章がすごくうまい子がいた。中学生の女の子であったが、字が美しい、そして美文を書く。彼女は通信制の高校から大学に進み、現在ライターを目指している。表にあらわれない彼女の内なる声が、文字という言葉になって彼女のエネルギーを放出させているのだろうと思う。

頭が悪い人間はいない。ただその個人の持っている個性や人間力に周りが気づいてあげられないのと、自分で引き出せられないでいるだけのことである。

音楽を奏でること。絵を書くこと。歌うこと。裏切らないこと。優しいこと。かわいらしいこと。気を遣うこと。空気を和らげること。たくましいこと。力もちであること。頼られること。・・・おそらく何万何億という長所や美徳をそれぞれの人間が持っているはずである。

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