人生は繰り返す
仕事に追われ、仕事人間になっていると、いつの間にか家庭を顧みず驀進してしまっていることがある。私などその典型かも知れない。
よそ様の子どものことは分かっても、自分の子どもはほったらかしで、さっぱり分からない。家族旅行をしないとか、一緒に食事を取らないとかそんなことじゃなくて、精神的な繋がりがうまくいかないことがやはり痛手だ。
先日メールで友人の学び舎主人にも愚痴ってしまったが、塾教師を辞めたいと思ったことは何度あっただろうか。毎日毎日365日、家と塾の往復の日々。いつも先生と呼ばれるゆえ、いつも先生を演じる日々。塾とは別の道を逆行し、今日はどこか遠くへ行ってみたいなどと思うのだが、午後2時過ぎには、塾の鍵を開け、転送電話を解除し、教室の机に座っている自分がいる。
体調がすぐれず午前中寝ていても、出勤時間になると身体がかってに起きだし、塾に向かっている。病気だ・・・。心の中では塾生のため、家族のためなどと辛い自分にはっぱをかけるようにつぶやいているが、所詮は自分のためなんだろうなと思う。
塾生や保護者の皆さんに偉そうに日々アドバイスをしているが、実は自分が苦しくて、アドバイスを仰ぎたい時だって多々あるのだ。何千冊本を読んだって、何百人生徒を指導してきたって、何十年生きてきたって、日々煩悩の嵐は吹き荒れるのだ。自分の器の小ささに愕然とすることばかりだ。情けない。
今週期末対策がある。春期講習の準備が始まる。新学期のカリキュラムの作成をしなければならない。入試直前対策試験の作成もある。プライベートでは納税組合長として本年度決算報告をしなければならない。神社の総代として、年度会計報告がある。そして確定申告が始まった。これだけではない。農家である私は春の種まきの準備にとりかかる時期でもある。長男は就職活動が始まる。
仕事の山を見るだけでくらくらしてくるが、これとて毎年こなしてきたことだ。今更驚くことではない。しかし、同じじゃないことが一つある。それは確実に年を取ってきたことだ。これからはうまく仕事の量を減らすことを考えたいと思うのだが、増えることはあっても減ることがないのが現状だ。
ふと今の状況をどっかで経験をしたことがあったな~と思い至った。中学3年の時に、生徒会やら、合唱のまとめ役や、文化祭ライブや、弁論大会や、部活の部長やら、すべてを引き受けて、アップアップになっていた自分がいた。
高校受験をみごと失敗した時、あの状態じゃ無理だったろうなと、のたもうて頂いた先生がいたが、私にそれらをやらせたのはいったい誰だったのかとふと考えると、愕然としてしまう。
同じ轍は二度と踏みたくないと思いつつ、また人生は繰り返す。学習能力のないかねごんである。
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