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2009年1月 4日 (日)

申し訳ない

昨夜親類のおじいさんが亡くなった。葬式の準備等を手伝わなければならなかったのだが、冬期講習を優先させていただいた。本当に申し訳なかった。1月7日(水曜日)は告別式ゆえ冬期講習は臨時休講とさせていただく。ご了承ください。

かつて冠婚葬祭に対しては会社も世間もとても寛容だった。東北地方では隣人が亡くなれば、隣近所のお父さんやお母さん方は、一週間近く会社や仕事を休んで手伝ったものだ。今それをやれば、くびになりかねない状況がある。余裕がなくなった社会、いたわりのない社会になってしまった。残念である。

冠婚葬祭に関しては塾を営んでいる私にも、考えさせられる過去がある。私の祖母が7年前93歳の天寿をまっとうした。病院へ行くことを拒み、自宅で生涯を終えたいという祖母の意思を尊重した。もちろん喪主は私がやった。12月も半ばであったが、塾を一週間ほど休まざるを得なかった。

葬式の休講の間に4名の塾生が辞めていった。私の日頃の甲斐性のなさが露呈したショックな退塾であった。いろいろ考えさせられた。受験生を持つ親御さんの気持ちは分からないわけではない。大事な時期に、葬儀で一週間も休むんじゃないとの暗黙の抗議と私は受け取った。

こんなこともあった。学研教室から何人かの小学生が我が塾に移ってきた。理由を聞けば、女性講師の先生が出産のために2ヶ月ほど休塾するのでやめてきたのだと言う。この時も私は考えさせられてしまった。塾の先生は子どもを生むこともままならないのかと。

受験は間違いなく人生に於いて大切なものだ。会社の業務とてそうかも知れない。しかし人が生まれることや、人が天国に旅立つことをないがしろにしていいほど大事なことではないような気がする。入試の日ならいざ知らず、優先すべきは人間の生き死にだと私は思っている。

7年前のことがトラウマになり、5年前私は体調を崩し医者に一週間ほどの入院を勧められた時も、実は断り翌日から仕事をした。

いくら偉そうなことを言っても塾生あっての塾である。寝る家があり、3食たべられるのも塾生のお陰である。それは重々承知している。それでもやはり世の中には、申し訳ないが・・・・と言うことはある。

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コメント

「生は死に通じ 死は生に通じる。これは荒吐神の要旨である。
 死を恐れるな、何事においても自分の心を偽ってはいけない。自分の心に問いただす行為が神に通じる。自分の行為を心に問わず他人のことも考えずに突き進むのは邪道である。」
 安倍次郎貞任遺文より

 まずは、ご自身のおからだ御慈愛くださいね。


(かねごん)
伊藤様コメントありがとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
人心乱れれば人道かなわず。私がいつも考える人生のあり方です。
目先の便利さや自分の都合ばかりで生きていると、人としての道を踏み外してしまい、結果目先のものを失います。
かと言って無理はやっぱりダメですよね。休むべき時は休むようにします。やっぱり・・・・・・。
 

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