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2008年12月28日 (日)

どうして塾の先生になったの パート2

なぜかこの多忙な時期になると尋ねられる質問がある。昨日も冬期講習を受講している生徒より、「先生どうして塾の先生になったの?」と不意に質問を浴びた。

実は過去のブログでこの質問に対する回答をしたためている。興味のある方はご覧頂きたい。http://daiken.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_9dcb.html

私の塾の生徒には、親御さんが学校の先生という塾生も何人かいる。きっと家庭でも塾の先生という職業に対して何らかの話題が出ているのかも知れない。

「どうして塾の先生になったの」と、聞いてくる中学生や高校生の質問の意図を私なりに分析してみると、その1、どうして学校の先生にならなかったの、というニュアンスが感じ取れるし、その2、そのマルチ能力を塾じゃなくて別なところで生かせなかったの?というカジュアルなレスペクトとも受け取れる(・・笑い)意味合いも感じ取れる。

昨日私が発した回答は、「お金になると思ったからなったけど、大いなる勘違いだった」というもので、生徒はとりあえず笑ってくれたが、子ども達なりに、大人の仕事って大変なんだな~と思っているのかもしれない。

寺子屋を営む私には、ひょっとすると祖先の血が流れているのかも知れない。私は代々百姓をやってきた農家の18代目である。江戸時代には藩より人足肝入りを命じられた本百姓であったが、種々の理由から明治の中頃没落してしまった。かつての山林や耕作地は借金のかたに無くなってしまい、私の祖父は大変な苦労を背負って生きてきた人だった。祖父はそのことが幼少期のトラウマになっていたようで、小さい頃何度も私に話してくれた。

明治の学制が施行されるまで、我が家では自宅を開放し寺子屋を営んでいた。藩が出した当時の寺子屋の住所録を見ると、我が家の屋号が載っていないので、きっともぐりの寺子屋だったのだろう。

私が住んでいる地域の長老の方は、私が塾を営んでいると言うと、「あんだのうちは、むがし寺子屋をやってたから血筋だべ~」と言ってくれる。やっぱり私は寺子屋気質の塾教師なのかも知れない・・・・。

種々の塾教会には一切加盟していない私の塾は、将来私の子孫に、同じようにもぐりの塾と言われるかも知れないな・・・・

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