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2008年11月29日 (土)

百日紅(さるすべり)の教訓

農家の長男に生まれた私は、今現在家を継ぎ、妻と息子二人、私の母、そして老犬ボブと雌猫のキラ、五人と二匹で山里に暮らしている。

祖父が私が二十歳の時に亡くなり、私が二十九の時に父が他界した。農家ゆえに庭はちょっとはある。祖父や父が植えた赤松や、ツツジやヒバなどの植木があったのだが、父が亡くなるまで、植木に興味もなく、もちろん剪定など一度もしたことがなかった。

しかし、祖父や父が亡くなり田んぼ仕事もそうだが、どう見回しても植木の手入れをしなければならないのは私だった。仕方なく季節季節には剪定をし、冬の前には雪囲いをするなど、それなりに手入れをしてきたつもりである。

始めた時は、近隣のおじいさん方に「若いのに良くやるね」と褒められもしたが、20年経った今は、剪定姿が似合う年になってしまった。

そんな私が庭仕事を始めた年、大失敗をやらかしてしまった。庭を眺めると、木の樹皮が取れ枯れ木同然のしょぼい木があった。他の木々の葉が芽吹いているのに、その気配すらない。私は早速のこぎりを持ってきて切り倒してしまった。

祖父が大切にしていた百日紅の木だった。当時元気だった祖母は、孫に大切な木を切られショックだったろうが、私の気持ちをいたわってくれたのか何も言わなかった。

百日紅の木は、名前の通り猿が登れないほど木の表面がすべすべしている。おまけに芽吹きも遅い。春先にこの木を見れば、私のように枯れ木に見える人がいるのかも知れない。しかし、他の木々に遅れて淡いピンクの可憐な花をつけ、夏まで長く咲き誇る生命力の長い花だ。

百日紅を切ってしまった春、私は今の塾を始めたのだが、この花の木に多くの教訓を学んだ。

一見目立たない人間に、遅咲きのパーワーを宿している人間が多くいる。早熟な天才がもてはやされる時代だが、年を取って才能が花開く人間には深みがある。花の咲かない木はない。季節とタイミングが違うだけだ。百日紅の木から私はそんなことを学んだような気がする。

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