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2008年11月14日 (金)

若き教師達の苦悩

若い先生方の中には、勉強で苦しんでいる生徒達の心情や感情の流れをキャッチできない先生がいる。優秀であることは悪いことではない。しかしその優秀さがときに落とし穴になることがある。

人が2回書いて覚えるところを、10回書いても覚えられない生徒がいる。何度説明しても要領を得ない生徒がいる。そういった生徒達を表面だけで捉えようとすると、必ず摩擦が生じ、相互理解が生まれない。

経験の少ない先生は、自分が覚え理解してきた尺度で生徒達を指導しようとする。結果があらわれないと、演習量が増えれば良いだろうと宿題ワークやプリントをいっぱい出し、生徒は沈没してしまう。

家庭環境や、親の経済力や、はたまた人間関係のトラブルなど、勉強しない、もしくは出来ない要因はさまざまだ。そう言った複合的な要因によって、子ども達の集中力は奪われ成績が停滞して行く。幸いにもすばらしい家庭に生まれ、お金の苦労も無く、幼少の頃から素直に育ち、順調に競争社会を生きてきた先生方には、そういった子ども達の心の苦悩を、深いところで共鳴できず、指導の悩みを抱える方も少なくない。

「どうしてこいつら勉強しないんだろう」 「私の話しをどうして聞かないんだろう」 そんな声が聞こえてきそうだ。

今冷静に中学校や高校時代を振り返ってみるに、決して昔の先生方の教科指導のレベルが高いわけではなっかた気がする。今の若い先生方のほうが間違いなく教え方は上手だ。しかしはっきり申しあげて、人間としての迫力というのか、押しが足らない。クールすぎるのだ。

弁舌軽やかで、賢い印象ではあるが、説得力に欠ける。私の完全な主観であるが、泥臭さがない。

私のように勉強もせず音楽に明け暮れ、限りなく四流に近い三流大学を出たシガナイ塾教師が言うのもなんだが、自分がボンボンだと思ったらボンボンなりの長所があるはずだ。苦労人だったら苦労人の長所がある。自分の個性を生かしきれてないのが、今の若き教師達の欠点であると私は思う。

私が若い先生と言っているのは、新米の先生という意味ではない。文字通り若い先生達だ。昔は道を歩いている姿だけで、学校の先生は学校の先生とわかったものだ。凛とした雰囲気というかオーラーがあった。今はどうだろう、街を歩いていて先生と出会っても、私服であれば全然気づかない。普通のお兄さんであり、普通のお姉さんである。

塾生たちは教室で学校の先生の話をけっこうする。どんな先生を求めているかというと、意外かも知れないが、厳しくて怖い先生だ。妥協を許さず正義感のある熱血先生を求めている。友達感覚のものわかりのいい先生ではない。

時に親御さんまでも叱責するような強い先生を求めている。「授業がうるさくて集中できない」とか、生徒の暴言に対して、ただたじろぐ教師が多いと、生徒達は私に話してくれる。

「かねごん先生のようにもとヤンキーの先生だったらいいのにな~」などとため息をついている。確かに私が切れた時の怖さは並大抵のものではない。ブルースで鍛えあげた私の怒鳴り声は、軽く1キロメートル四方にとどろくに違いない。

しかし、元ヤンキーは昨今なかなか学校の先生などにはなれないのである。「静かにしなさい!!」と金切り声を張り上げても、いまどきの生徒はにやけてせせら笑っている。かと言って「うるせんだよ、このガキども!」という女性教師では問題がありすぎるわけで、若い先生達は苦悩するわけだ。

多忙な若い先生たちは大変かもしれないが、部活指導にエネルギーを注いでみてはどうかと思う。コーチや指導者と大会を回ったり、指導につくことで、教師間で得られない指導の流れみたいなものを体得できる気がする。実際部活指導にすぐれている先生方の人望は、生徒達からも厚い。いや父兄からもである。

私も6年ほど前、ご父兄の要望で中学生の部活指導を仰せつかり、1年半ほど女子卓球部の指導をやったことがあった。生まれて初めての経験だったが、非常に学ぶところが多かった。スポーツというものは子ども達の素の感情が表れる。教えるほうもまたしかりである。

若き先生諸君、ぜひ部活動に積極的に参加をされてはいかがだろうか。

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