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2008年11月 9日 (日)

思い続ける力 

人生において何をもって成功と見るのかは、人それぞれであると思うが、自分が理想とする人間になることが、幸福の一つであり、成功の一つでないかと私は思っている。

お金持ちになり、庭のある素敵な家に住みたいとか、会社を作って成功し豊かな生活を送りたいとか、愛する人と結婚をし、子どもに恵まれ、幸せな家庭を築きたいとか、いろんな幸せ探しがあるだろうと思う。

私は小学校の卒業文集に、将来の夢と題して、音楽家になりたいと書いた。ピアノも弾けず譜面も読めない私は、小学校の学芸会と言えばいつもカスタネットやタンバリンだった。それでも音楽が好きな私は、ずっと音楽家になることを思い続けていた。

中学の一年の時に買った、1万円のヤマハのフォークギターとの出逢いが夢を紡ぐ一歩だった。それ以来この年になるまで、ギターを爪弾いてきた。こうやって塾教師をやっている私は、もちろん小さい頃の夢をかなえることは出来なかったが、年に何度かどこかしこでミニライブをやらせていただいている。幸せものだと思っている。

このブログで何度も何度も書いてきたが、思いは現実を創造する。塾生にも毎年毎年言い続けてきたことだ。思いなきところに夢の実現はあり得ない。自分の夢や願望を思い続けるエネルギーこそが、幸福な人生を歩み続ける魔法の杖であると思っている。そしてその魔法の杖を手に入れる手助けとなるのが、学校や家庭や塾における教育だと思う。

自分が何になりたいのか、どこへ向かいたいのか、何をしたいのか、それを模索し、道を選び、前進していくことを子ども達に勇気づけ、後押ししていくことが教育の現場の使命だと私は思っている。

テストの点数をアップさせ、学年順位をアップさせ、志望校に合格させることが最終目標ならば、塾の先生という仕事はあまりにも寂しい職業だ。小学生や中学生に受験教科を教えるだけならば、進学校に通う高校生や、地元の大学生で十分事足りるのである。その後にやって来る長い長い人生の旅立への指針をそっと与え、生きて行く勇気と期待を子ども達に持たせてこそ、我々は先生と呼ばれる存在でありえるのではないだろうか。

子ども達は生きるためにこの世に生まれてきた。生きるとは、自分の思いをこの世に映し出すことだと私は思っている。悲しみよりは、喜びが良いにきまっている。泣き顔よりは、笑顔が良いにきまっている。しかしそれらの自然な感情の発露さえも、困難に感じられる若者が増えている。

人は何気ない日常に襲いかかってくる不安や恐れにたじろぐことがある。しかしそういった負の感情さえも、自分の思いが引き寄せているのだとしたらどうだろうか。思いは現実を創造する。

自分を大切な存在に思うこと。君達の豊かさを拒絶するものは何もない。君が君を否定しない限り、君は君の道を歩めるのだ。

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