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漱石流自己紹介

我輩は塾教師である。青二才の文学青年が酒と恋と文学を語るごとく、どうでもいい日常をブログにしたため、教育的指導を世間から受けつつも凝りもせず、自分の勝手な思いを得々と書き連ねる日々である。

毎日17キロの道のりを山里の自宅から軽トラックで一関一高の前にある塾に通いつめ、早20年近くになる。

塾生は我輩をどう思っているのか知らないが、塾教師の割には人見知りが激しく、結構傷つきやすい小心者である。

自分で言うのもなんだが、それゆえ他人に対する気遣いはそれなりにあるつもりだ。気疲れのせいか30歳半ば辺りから髪の毛が寂しくなり、今や空前のともし火である。

我輩にはやめられないことが三つある。卓球とブルースをがなりたてることと、このブログを書くことである。タバコとパチンコは30歳でやめることが出来た。と言うかお金に余裕がなくなってやめざる終えなかったと言ったほうが正しい。

29歳の時に長男が生まれた。その後今の塾を始めたのが30歳の時であった。30歳の若造に自由に出来るお金などあるはずもない。それでタバコもパチンコもやめた。それ以来19年弱今日まで一度もやったことがない。

毎年塾生諸君に、塾教師になった理由を聞かれる。我輩は教員試験を受けたこともないし、商社や一般企業を受けたこともない。笑っちゃうが、二十歳を過ぎた頃より、音楽で飯を食べることを真剣に考えていた。いわゆるアーチストである。

いくつかの音楽事務所を訪ねたが、私の行く場所はなかった。仕方なく生活のつなぎとして、大学を出た後塾の仕事に就いた。仕事は夕方の4時から夜の9時まで、時間は一杯あった。4畳半一間のアパートで、日々詩を書きとめ、曲を作っていた。あの時期どれだけ曲を作っただろうか。

しかしあるとき我輩は思ったのである。「塾教師も棄てたモンじゃない、音楽を諦めて郷里に帰ろうと」。

その時から音楽は私の趣味としてのライフワークとなった。毎年地元の小学校でサンタミニライブをやらせてもらっている。たまにどこかしこでブルースを歌っている。言わば歌は我輩の青春の残像であり、ストレス解消であり、塾教師としてのモチベーションを保つ糧でもある。

「かねごん先生のブルース魂」などと言う長いブログのハンドルネームも、そんな思いでつけた我輩である。ご了承くだされ。

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