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2008年9月10日 (水)

本音をどこまで言えるのか・・・

仕事をしていて気持ちのいい日がある。逆もある。感情が抑制できず、怒り飛ばす日もある。穏やかな一日もある。

天気と同じで、人間の感情は日々揺れ動く。自分に自信をなくし、いらつく時、若かった頃は酒でもあおり一晩寝ればよかった気がする。今はどううだろうか。なかなか言えない自分の本音に戸惑う時、私はとりあえずとことん自分と付き合ってみる。

忍耐や、プライドや、品格や、知性や、その他もろもろの自分の内面と向き合ってみる。自分の感情を因数分解して、単純化してみる。答えは出ずとも、納得はいかずとも、感情がおさまる時があるものだ。

年齢を重ねるごとに、自分を誤魔化すすべが身についてきた。本当は駄々をこねたかったり、はっきり嫌だと言いたい感情を押し殺し、愛想笑いをしている自分がいる。自分の中の失うべきものは何もないけれど、守るべきものは着実に増えてきた。家族や、仕事、そして自分を信頼してくれる人。裏切ることは出来ない。

毎日目が覚めたとき、今日はどんな楽しいことがあるんだろう、どんな人と出会えるんだろう、そんな思いやわくわく感が、実は大きな生きる支えになっているような気がする。幸せというのは実に単純なものだ。

人は幸せを感じる時、自分の過去や他人との比較を必ずやっている。実は多くの無念さや残念な気持ちの代償として、幸福感というもを体験できている気がする。

オリンピックで金メダルを取り、歓喜の中で涙する選手の陰には、決勝戦で負けた相手や、準決勝で涙を流した相手や、一回戦で敗れていった人達の敗北があって、一人の栄冠がある。

セレブなどという言葉が、仮想現実の中の戯言(たわごと)のように生まれてきたのも、貧困や中産階級という言葉の設定があるからこそである。私が『今日は気持ちが良いな』と感じられるのは、気持ちがふさいだり、つまらない日があるからだ。

相反する現象や状況の中で、人間は選別され差別化されて行く。勉強が出来る子が存在できるのは、間違いなく勉強が出来ない子が存在するからである。ブログの世界でもそうじゃないだろうか。多くのつまらないブログが存在するから、面白いブログにアクセスが集中する。

大人は本音をなかなか言えない。オブラートに包んだり、比喩を用いてちくりと相手をさすくらいなものだ。たとえば聖書を読んでいて思うことがある。当時聖書は、ベストセラー本であり、ブログで言えばダントツのランキング1位エッセイということになるだろうか。時の権力者や偽善者を批判する手段として、実に多くの比喩を用いている。聖書といえどもである。

子ども達は実に気持ちよく本音を言う。「勉強したくない」 「親がうざい」 「疲れたからやりたくない」。もし大人がこれをやりだしたら社会は崩壊していく。そして最近の世の中を眺めると、どうもその崩壊の兆しが垣間見えてくる。みんな本音を語り始めたのだろうか・・・・・・。

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コメント

かねごん先生、こんにちは。
いつも私のブログに素晴らしいコメントを寄せていただいて有り
難うございます。

私も本音を言えるようになるには大変でした。いやまだその過
程にいます。
最近、「自己主張」をするよりも、「自己開示」をする方が思いが
相手に伝わるのだなとやっと思い始めました。

このブログを読むと、先生の思索の深さや広がりがよくわかります。
私も感情を抑えた本音が言える人間になりたいと思います.。

(かねごん)
こちらこそ、いつもすばらしいコメントをいただき、書く元気をもらっています。ありがとうございます。これは本音です(・・笑い)。
とよ爺先生のブログ読み始めて1年弱になりますが、本当に様々な思考の源泉が広がっていくのを感じています。私も塾屋としての自覚がようやく出来つつあるような気がします。今後もよろしくお願いいたします。

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