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2008年8月10日 (日)

長崎の鐘

長崎に原爆が投下されてから63年の年月が過ぎた。人類が作ってはいけなかった武器、原子爆弾。犠牲になった多くの人達の、声なき声が、平和を希求する人々を後押ししてきた。

戦争という人間の負の歴史、その愚かさを分かっているのに、地球上から戦争はなくならない。宗教の違いや、民族の違い、そして生き方の違いを共有できない国家間のジレンマ、もどかしさ、戦争をしないことがそれほど困難なことなのだろうか。

平和の祭典であるオリンピックの最中、グルジア軍とロシア軍が事実上の戦争状態に突入してしまった。これが地球の悲しい現実である。

広島や長崎の悲劇を2度と繰り返してはならない。人類が持ってしまった原子力の技術。我々人類がもし滅亡することがあるならば、それは間違いなく原子力の誤用であるだろう。

63年前アメリカが日本に投下した原子爆弾、アメリカがどんな理由を掲げようとも、日本に原子爆弾を投下した現実は紛れもない事実であり、アメリカの下した決断は許されるものではない。

世界警察を自認するアメリカが、建国にいたるまで行ってきた残虐行為や、その後神の名の下に行ってきた蛮行の数々を考える時、権力を持ったものの愚かさを間違いなく垣間見ることが出来る。それは日本とて同じである。

過去の反省を現代にいかせない国家は、いずれ滅びの道を歩むことになるだろう。

地球上から戦争がなくならないのは、人間が野蛮だからではなく、権力という目に見えない足枷に、逆らうことが出来ない弱い生き物だからである。政治そのものを権力機構として許してきてしまった我々人間の誤りが、多くの悲劇を繰り返してきた気がする。

天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず。ましてや人が人の命を奪う権限は絶対にない。歴史の流れは、惰性や必然ではない、人間の意志がそれを敢行してきたのだ。

長崎の鐘の音を、記念行事のように聞いてはいけない。

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