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2008年7月24日 (木)

負の連鎖

自分の不幸を他人を抹消することで解消しようとする精神性の崩壊が、連鎖的に起きてしまっている。これは民族問題や宗教問題が絡んだ残虐的なテロ行為も、そして国家間の戦争も、元を正せば同じ人間性の崩壊がもたらしたものだと思う。

自分達の苦しい状況は他人のせい、他宗教のせい、他国のせい、負の連鎖が拡大して行く。

正社員が派遣社員を扱う態度と、先進国が発展途上国の労働力をあてにする姿勢に、大きな差異がないような気がしてならない。『フエアートレード』http://daiken.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_55a0.htmlという記事でかつても書いたが、グローバル化した経済の中で、国家間の経済格差は悲劇をもたらすことがあっても、幸福な未来を築きことはないように思う。貧困がなくならない限り真の国際平和は訪れない。

アフリカやアジアで毎日餓死して行く幼い命。アメリカや日本EUなどで、毎日食べられずに捨てられる食料が分配されれば、これらの痛ましい命のほとんどが救われると言われている。

豊かなアフリカの大地において、プランテーションで作られるコーヒー園、カカオ園を全て小麦畑に変えれば、どれだけの人々の命が救われるだろうか。商品作物を作れば豊かになると、先進国の宣伝に踊らされ働かされるアフリカの人々。コーヒー豆やカカオ豆はあまっても食料になることはない。

地球の人口が増えている。しかし、この地球に愛と慈しみがあれば、海や山や大地は人間に必要な食料をまだまだ与えてくれるものと私は思っている。80億だろうと100億だろうと十分な糧を与えてくれるはずだ。そうでなくしてしまっているのは、他人を搾取してお金を得ようとする人間の品性の無さであるように思えてしょうがない。

競争をしなくとも、他国を搾取しなくとも、本来は豊かになれるはずである。近代、電気の発明や化石燃料によるエネルギー改革が始まり、その利便性を追い求めるあまり戦争が始まったと言っても過言ではない。縄文時代的な共有社会が、稲作という作物の普及により格差社会が生まれた歴史の流れは、何度も何度も続いてきた。

一族から村へ、村から国へ、国から地球へ、やがて地球人は宇宙にでも糧を求めるのだろうか。ありとあらゆるものがあふれ出している都会の街を眺めて見るとよい。そして毎日出されるごみの量を眺めるとよい。薬物中毒の患者のごとく、何かを消費せねば気がすまない、人々の悲しい性が見えてくる。

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