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2008年7月26日 (土)

ちょっと幸福論

先日私塾教育の目的は、受験に合格させることだけではなく、将来物資、精神の両面で子ども達が幸福になることだと申し上げたところ、多くの保護者の皆様より賛同の声を頂きました。ありがとうございます。記事のお陰かどうかは定かではありませんが、私のブログを読んでいただいた方より、例年にないほど夏期講習の申し込みも頂きました。感謝申し上げます。

さて本日も人間の幸せということについて、少しお話ししたいと思います。私は人が幸せであることは、それほど努力を要することではないと考えています。「こうじゃなくてはいけない」というこだわりを捨てて、「こうなりたい」という思いを強く抱くことだと考えています。

常に自分を他人と比較することも必要ないことです。究極的には競争もいらないと思います。弱肉強食の世界で生きている人は、死ぬまで阿修羅の世界を彷徨うようなものです。食うか食われるかの価値観で生きたのでは、心が安らぐことはないでしょうし、他人を搾取してお金を得たとしても、それが末永く家系や会社を繁栄させていけるとは思いません。

多くの宝物を、もともと全ての人が持っています。それは学歴や家柄や、しいては通帳の預金残高などとはまったく関係ないものです。

この地球に無事生まれ、育ってきたこと自体が奇跡であります。その奇跡を成し遂げた一人一人が、すぐれていないわけがありません。人は無限の創造力を秘めています。歌を歌うこと、絵を描くこと、話すこと、土を耕すこと、風を感じること、愛すること、学ぶこと・・・・おそらく書き続ければ原稿用紙何千枚にもなるかも知れません。

そしてもっとすごいことがあります。心臓や肺や肝臓などの人間の命を支えるパーツは、私たちの意思に関わらず働き続けています。私たちのために1秒たりとも休むことがありません。それが私達人間です。そのことに感謝することが神心ではないでしょうか。

この奇跡のかたまりである私達人間が、奇跡を起こせないはずがないと私は思っています。幸福であることが人間の自然の姿だと思っています。小さな幸せを見つけて見てください。感謝をすれば大きな大きな幸せがふくらみはじめるはずです。

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