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2008年7月 2日 (水)

落書きに思うこと

遠い外国に行ってテンションが高くなって、理性をなくし、記念に自分の名前を世界遺産に残してくる、そんな失態が連続して発覚した。野球部の監督が解任される事態まで起きてしまった。残念であり情けない話しである。

塾の近くにある児童公園のトイレなどもそうだ。小さな子ども達が使用するトイレの壁に、見るに耐えない卑猥な絵が描かれたりする。何度ペンキで消しても、描き続けるばか者が後をたたない。橋の欄干やガードレールなどに、芸術のつもりなのかスプレー缶を吹き付けるものも多い。本当に困ったものだ。

自分の存在を誇示したいのなら、違う手段がいっぱいあるだろうと思うのだが、安易な思考と安易な行動が多すぎる。難しい数学や英語などを教える前に、初歩的な社会のルールを教えなければならない状況である。

最近子ども達を教えていて気になる口癖を聞く。「まだ学校で習ってないもん、わかんない」という生徒達の発言である。まさしく「習ってないから分からない」という表現は、現代を象徴している言葉だ。

受動的な教育を施され、意識的に自分で新しいものを学ぼうという姿勢が薄れてきている。自分で調べる態度、自分で知識を開拓していく力、自立学習の力が衰えている。我が塾はこの自立学習の能力を鍛える寺子屋塾であるが、近年子ども達が家庭教師的指導を受ける機会が増え、上記のような言葉を発する生徒がよく入ってくる。

大人になっても手取り足取り教わって生きていくつもりではないだろうけれど、教わらないことは学ばないという態度は、危険が多すぎる。

進学校でも、世界史が入試に重要でないので教えないという事態が生じて問題になったが、日本の教育の本筋がずれてしまっている。高校や大学に入るために勉強とはするものだと、もし子ども達や親御さんや教師が考えているのなら大きな間違いであると思う。

私は勉強や学びとは、人間が地球上で存在して行くための、サバイバル的な知恵と叡智の獲得だと考えている。人間の質的向上に貢献しない勉強など、学びでもなんでもない。そのような勉強は、かつて奴隷が、強制的にやらされた非合法な労働となんら変わりがないものだと思っている。

また人間の存在を脅かすような分野の学術研究などは、世界で脅威となっている自爆テロとなんら変わりはない。いやそれ以上のテロ行為だと思っている。それに気づかずに、自分のかりそめの頭脳に溺れてしまっている研究者がどれほどいることか。

人間の幸福や、利便性という大義名分で、どれだけ多くの企業が利益追求のために、負の遺産を作り上げてきたか、常識ある方ならばご存知だろう。

中高生達よ、みんなに伝えて欲しい。世の中にはやって良いことと、やって悪いことがある。生きていくと、必ず人生には道の分岐点がある。成功する道を選ぶ運みたいなものは、子どもの頃から培われているのだ。「バカ」という友達への一言、「死ね」という落書き一つで、運命とは変わっていくものなのだ。そのことを知って欲しい。

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