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2008年7月15日 (火)

教員採用の光と影

ほとんどの学校の先生は、大変な努力をして教員になられている。それは揺るぎのない事実であるし、間違いないことである。

その一方で、県の採用に携わるものと、親しいものの間に癒着があり、コネがまかり通っているのも事実である。今回の大分の事件が発覚し、青ざめ肝を冷やしている全国の教育関係者も多いのではないだろうか。(そうでないことを切に願いたいのだが・・・)

コネクション、つまりコネであるが、日本人の仲間意識や共同体意識が生み出した産物である。稲作を中心とする農耕民族であった我々日本人は、水の管理や農作業に置いて、「ゆい」という共同作業を生み出してきた、時間が空いている時に他人に労働を提供し、わが身が大変な時には手伝ってもらうシステムである。

お互いに農作業を助け合うことで、村や共同体を構築してきたのである。このことに加担しないものは村八分となり、共同体の中では暮らしていけなかった。歴史的に見れば、「惣」や「寄り合い」などにその組織体の一端を見ることが出来る。まさしく教員や公務員そして一部企業におけるコネの世界は、その名残でもあるかのようである。

組織の体制や人事を、身内的感覚で決定し取り計らっていく慣例は、気心が知れているとか、根回しがし易いとか、素性が知れている等の利点が確かにかつてはあったかも知れない。しかし平等の原理原則の現代社会に置いて、百害あって一利なしである。

たとえコネで入ったにしても、実力が伴っていれば問題がないのではないのか、という意見もあるかと思うが、しかしである、実力がある人間がはじめからコネを頼りにするだろうか。本人の知らないところで、親や親戚が働きかけたとしても、本来の実力がないものがその仕事につくということは、例えそれが一部であっても慣例化していけば、必ずしやその組織体は弱体化していく。

今回の大分県の不祥事にいたっては、一部どころか、2008年の採用に当たって、約半数の採用合格に不正があったと言うのだからとんでもない話である。

大手塾業界や予備校の講師採用に置いて、コネがまかり通っているのどうかは分からないが、確実に言えることは、塾で学級崩壊やクレームが頻発すれば、改善無きものは解雇されるはずである。中には労働組合が強く解雇が困難な場合があるかも知れないが、そういった塾は、塾そのものが崩壊し消えていってしまう。私は30年近く塾業界で飯を食べさせていただいてきたが、そういった光景をずいぶんと見てきたし、経験もしてきた。それが資本主義社会の現実である。

能力のある教師と言うものは、しゃべらずとも風ぼうなり、醸し出す雰囲気の中に、一徹な情熱に支えられてきた威厳のようなものが感じられるものである。そういった方々の人を見る見識には優れたものがある。

高校入試の問題作成者を選出するように、採用担当官を裁判の陪審員制度のような形で教員から選出するのも良いのではないかと、門外漢の私は思ったりするわけであるが、いかがなものであろうか。

権力を持った人間が、一番やってはいけないサンプルのような今回の大分の事件は、何度も言うように他人事ではない。しばらくの間、教育界は厳しい批判にさらされるだろうが、蒔いた種は刈りとらなければならない。

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