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2008年6月12日 (木)

啄木と賢治

 我が郷土と言っても、実に岩手は広い。岩手の面積は四国とほぼ同じ広さである。ちなみに我が町一関はほぼ東京都23区に匹敵きする。

 「岩手が日本に誇れるものは何だろう」そんなどうでもいい質問を、どうでもいいタイミングですると、塾生も塾生で「岩手が誇れるもの・・・?そうだな・・・自然」そんな答えが返って来たりする。ちなみに岩手県が全国1位なのは、炭の出荷額、そして三陸のワカメである。

 郷土の作家はとなると、岩手は一気にメジャーになる。宮沢賢治、石川啄木この二人の文学者を知らない日本人はいないだろうと思う。二人の作品は書簡集をはじめ多くを読んできた。彼らの評論集も目を通してきた。実に様々な捉え方があり、分析がありものだと感心をしたり、疑問符を投げかけたりしたものだ。

 賢治と啄木は同じ岩手に生まれながら、まるっきり性格やタイプが違う。水と油と言ってもいいくらいである。啄木はやんちゃな風来坊。賢治は修行僧のような人間だ。

 啄木の歌集は実にニヒリズムに富んでいる。自虐的感性とつま先立ちしたロマンチシズムが鬼才を放つ。どちらかと言うと時代の先端を行こうとして、逆に古典文学の呪縛に絡めとらわれてしまった苦悩する天才文学青年だ。

 一方賢治は、100年200年先の文学を見通した早熟で、ナチュラリスト、宗教的詩人であった。今後おそらく100年たっても彼の作品の感性は、時代をリードして行くだろう。

 どちらが好きかと尋ねられることがあるが、例えて言うなら、岩手に来て盛岡冷麺と南部そばのどちらが好きかと聞かれたようなもので、比較する土俵が違うように思う。

私の勝手な私見なのだが、啄木が存在しなければ宮沢賢治の文学も存在しなかったような気がする。盛岡中学校(現盛岡一高)の先輩であり、歌人として名をはせた啄木に憧れ、東京に出た賢治だった。日本詩壇に輝くこの二人の巨星、本当にキラ星のごとく異彩を放つ作品が多い。

 君に似し  姿を街に見るときの  

 こころ踊りを  あはれと思へ

 私が啄木の歌の中で一番好きな歌である。純真でいて、はにかんでいて、そして素朴な彼の感性が私には伝わってくる。

 みんなに でくのぼうと呼ばれ ほめられもせず くにもされず

 そういうものに わたしはなりたい

 賢治の『雨にも負けず~』に書かれている最後のフレーズである。わたしはこの言葉を読むたびに、彼が人生で目指したものの、他人に対する癒しや、絶対的な愛の希求を感じづにはいられない。

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