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2008年6月27日 (金)

校長という仕事

最近報道されている学校の不祥事、そしてモンスターペアレンツの横暴。学校と家庭の絆とか、信頼という言葉がどこかへ行ってしまった感がある。学校が訴えられる事件も多くなってきた。

 日本も訴訟社会になってきたゆえに、弁護士を要請する学校や教育委員会も事例によっては増えてきた。金銭や保証が絡む理由なのかも知れないが、殺伐たる思いがする。保護者宅に謝罪に行くと、非を認めたことになるので学校長は生徒宅に行かないように、弁護士からそんな指図もあるのだという。何かがおかしい。

 誠意を示すということは、訴訟云々以前の問題であろう。報道陣に追われ「カメラを回すな」などと言っている、顔にモザイクをかけられた校長先生を見ていると悲しくなってくる。

 学校で何か大きな問題が露呈すると、テレビやマスコミの前で鎮痛極まりない様子で、学校長が謝罪する。何も校長先生が直接の責任ではないのだから、あれまでバッシングされなくとも、という意見も耳にする。しかしである。やはり不祥事の責任はその組織に立つトップの責任なのである。

 校長の意識が変わることで、学校全体の雰囲気が激変したのを、私は良い意味でも悪い意味でもずいぶん拝見させてもらってきた。

 私も、週にやってくる生徒の延べ人数が多くとも三桁にならず、3名しか先生がいない小さな小さな寺子屋で、校長という肩書きを名乗っているが、すべての責任は自分にあるものだと常に思っているゆえの肩書きである。極論を言えば、生徒が点数が上がらないのはもちろんのこと、塾生が体調を崩すのも、家でケータイやゲームばかりして勉強しないのも、私の責任だと思っている。

 私もかつて、被害者側の立場で学校側に意義を申し出たことがあるが、守秘義務がどうの、我々にも生活がありますので・・等の逃げ腰の発言と態度ばかりで、学校内の治安が悪化するばかりの状況の中、警察に介入していただき問題解決にあたってもらったことがある。被害者の父がたまたま塾経営者だったことが、ひょっとしたら学校側の対応に微妙な影響を与えたのかも知れないが、警察の介入が無かったなら、いったい学校側はどう対応したのだろうかと、5年以上たった今も当時の憤りがよみがえってくる。

 高級車に乗り、香水をぷんぷんとさせている学校のトップに、生徒指導や教師指導を望むべきも無いが、開き直るのは、先生と呼ばれる職業人としてやめていただきたい。今日は実名を挙げたい怒りを理性で抑えながらこのブログを書いている。その心情を汲み取っていただきたい。

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