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2008年6月 4日 (水)

フェアトレード

 ネパールやインドそしてアフリカに置いて、多くの子ども達が学校へ通えない背景には、学校の施設の不足という問題よりも、欧米の経済理念が浸透してきたことによる経済格差的貧困問題がある。

 労働力がただ同然で得られるという先進国の思惑が、こういった農業国の貧困を促進してしまっていると言っても過言ではない。

 某テレビ局で、カンボジアの子ども達のために学校を建てるというプロジェクトが組まれ、多くの芸能人が賛同し、多くの資金が集められた。貧しい国々にお金や物資の援助をすることは、もちろん大切なことでありすばらしいことである。しかしもっと大切な課題がある。

 それは、我々搾取(さくしゅ)してきた先進国が、貧しい国々の農業や産業に対し、労働の代価に見合ったお金を支払っていくことだ。

 昨日のブログでコーヒーの話をしたが、コーヒー豆にしても、プランテーション農業による先進国の大企業による事実上の生産である。農園で働く労働者の苦労は、いかほどであろうか。

 かつてアメリカの南部では、黒人奴隷による綿花栽培が行われていた。現代社会に置いて奴隷という表現こそ消えたが、同じような状況は実は続いている。

 過去6年間に、インドでは10万に以上の農民が自殺したと言われている。原因は農薬や機械等の購入による借金苦である。企業に買い取ってもらうために、近代的悪しき農業を余儀なくされ、そして命まで奪われていく。

 中学校の地理で学ぶプランテーション農業やルックイースト政策が、どれほど多くの社会問題と悲劇を生んでいるのか、塾教師として子ども達に伝える義務があると考える。穴あきのジーパンを1万円以上もだして買う日本人の若者。実はうちの長男も1,2本買って持っているようだが、そのジーパンの生地である綿花を育てるインドなどの生産者が、どんな環境でどんな思い出で栽培しているのかを考えてもらいたい。

 通常のコットン栽培には、大量の農薬や化学肥料が使われる。機械による大量生産は、人の仕事を奪うと同時に、多くのエネルギーや原料が消費される。農薬を使わない環境にやさしい有機栽培を促進するためにも、地道な農作業と手作業に対する、しっかりした報酬を我々は支払うべきである。

 搾取される国と、搾取する国、この図式を当たり前だと考えてはいけない。あの国は教育もお金もない国だからと見下してはいけない。早朝から夜遅くまで働いたお金で、コーヒー一杯も飲めない賃金で働かされている人達を無視してはいけない。

 人は皆豊かな生活を送る権利を有する。贅沢がいけないわけじゃない。贅沢な暮らしを当たり前だと考えることがいけないのだ。

 フェアートレード。発展途上国とかつて言われてきた国々の人達の、労働の代価を考え直そうという運動がちょっとづつだが、広がりを見せている。南の国の貧困と北の国の浪費を考えることで、地球の環境と、人間の存在価値を未来に問いかけ、そして改善していかなければならない。

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