曲を書くということ
私は譜面が読めない。いわゆるおたまじゃくしを見ながら曲を弾くことも出来ない。学生の頃から耳コピーで曲のコードをたどりギターを弾いてきた。したがって曲を作るときもコード譜を歌詞の上に書き込みながら曲を練っていく。
中学校の音楽の宿題で、曲を作ってくるというのがあると、必ずMDに録音してきて「かねごん先生譜面にして」という塾生がいる。「出来ないよ」というと、信じられないというリアクションをする。申し分けないと思っている。
絶対音感とまではいかないが、よっぽど複雑な曲じゃない限り2,3回曲を聴けば、おおよそのコード進行が把握できる。小さい頃から譜面が読めないゆえに、耳が研ぎ澄まされてきたのかも知れない。
小学校の時、譜面を前にしてオルガンを弾きこなす同級生を尊敬の念を持って眺めていた。私といえば、いつもカスタネットやシンバルのパートだった。ある時、勇気を持って担任の先生に進言した「先生メロディーのでる楽器がやりたい」と。
先生は私に木琴を任せてくれた。がしかし残念ながら打楽器としての簡単なパートだった。私は子どもながらに誓った、必ずドレミの楽器を弾ける人間になってやると(・・笑い)。
中学校の1年生のとき、いとこからクラッシックギターを借りたのが、初めてのギターとの出会いだった。はまってしまった。時代はフォークブーム、吉田拓郎や井上陽水が登場した時代である。勉強は二の次三の次。毎日毎日ギターを握りしめ、歌を熱唱していた。おかげで音楽だけは最高の評価を先生よりいただいた。
ブログにはまっている私は、ここ半年曲を書いていない。新曲発表がないものだから、塾生にも「先生なんか面白い曲作ってよ」とのリクエストもあるのだが、やっぱりブログを優先してしまう。次回ブログねたの曲でも書こうかと思っているのだが、どうなることやら・・・・。
本日なんとすごい事実を知った。あの小室哲哉さんも私同様譜面が読めないということを。ん~・・・・・・私もヒットメーカーになれるかも知れない・・・・![]()
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