先生と呼ばれる仕事~続編~
最近学校を出たばかりの塾教師の方と話す機会があまりないので、今の現状を把握しきれていないが、かつて私が塾教師になった頃は、よく親戚に「来年あたりは教員採用試験を受けるのですか」と聞かれたものである。塾の先生は、教員になるまでの繋ぎの職業という認識が世間一般にあったようだ。
実は私は教員採用試験を一度も受けていない。ずっと塾教師をやってきてしまった(・・・笑い)。途中辞めようかと思ったことも何度かある。このことについては何度かブログにも書いてきたのでかつあいさせていただくが、まあ生粋の塾教師である。
若い頃酔った勢いで教師批判をした時に、「お前達塾教師は、学校の先生のなれ損ないの輩の集まりだろう。えらそうなことを言うんじゃない」と言われ、血の気の多かった私は、相手のむなぐらを掴んでしまったことがある(現在はそんな暴挙はしませんのであしからず)。昔の話ではあるが、田舎での塾教師の評価はそんな感じであった。
大学を出たときも、塾教師という職業を選んだのは全体で二人だけだった。今は母校の回報を読むと、塾や予備校に就職する学生もだいぶいるようだ。「学校の先生よりも塾の先生の方がいい」などと言う学生も多くいるらしい。時代の変遷を感じてしまう。
先日、フランチャイズ塾の経営戦略に関する本を読んだが、○○式教室や○○ゼミナール等のフランチャイズの説明会が開かれると、多くの脱サラ希望のサラリーマンの方や子育てを終えたお母さん方が集まるのだという。
企業側の本音が垣間見られるが、10の教室がロイヤルティーを払い開校にこぎつけても、3年後には半分が消え、10年後には一つぐらいしか残らないのが実情だそうだ。フランチャイズに限らず、だいだい我々の業界の存続率は似たようなものではある。
ビジネスとしてだけ塾経営を考えてしまうと、利益率や稼働率等をどうしても考えてしまい、そこばかりに意識がいってしまうのではないだろうか。塾経営コンサルタントなどの本を読むと、簿記を学ばない経営者は失格であるとか、市場調査をしない経営者は落第である等のお言葉が連ねてある。その点からいくと、私など開校3年で消えてしまう部類に入るダメ経営者ということになるが、金儲け主義で塾を始められる経営者は、長続きしないようだ。
教育をお金儲けと考える以上、教育の理念はお金第一主義で構築されることになる。そんな理念が通用するほど教育市場は甘くない。成功している大手塾企業は、見えないところで実に多くの社会貢献をしている。利益第一主義で伸びてきた塾が、近年ことごとく失脚して来ているのは、社会に対する還元や、人に対する優しさを忘れてしまった企業だと思う。
我が塾に置いて、「先生、私も将来先生のような塾をやりたいな~」という教え子がいたりする。嬉しい反面、なかなか心から薦めることができない複雑な心境ではある。
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コメント
先日は電話で偉そうなアドバイスをしてしまい、申し訳ありませんでした。
で、性懲りもなくコメントいたします。
今日のブログを読んで、去年の7月頃に新聞に載っていた就職活動サイト「エンジャパン」の「起きろ大学3年生」という広告を思い出しました。
「少なくとも言えることのひとつは、優れた企業ほど、「自分は本気で世の中を良くしたい」という若者の波動を、とても敏感に感じ取るということです。自分の幸せだけしか考えない者は、周りを幸せにするどころか、自分を幸せにすることすらできない。そのことを何より身をもって実感しているのが、今、生き残れている企業だからです。」
この広告の文を誰が作ったのか分かりませんが、少なくとも「本気で世の中を良くしたい」という気概を持った人が書いたのだろうな、と思いました。
教育という仕事は公教育であろうが、私教育であろうが効率や利益率とは無縁の仕事だと思います。これほど効率の悪い仕事もありません。しかし、だからこそ奥深いのであり、尽きることのない楽しさの源にもなっているのだろうと思います。私は生まれ変わっても塾講師をしたいと本気で思っています。儲かりませんけど(笑)。
(かねごん)
先日は貴重なアドバイスありがとうございました。お話を参考にさせていただき、ブログを書かせていただきました。借金をすることなく、質素ながらも家族が生活できることに感謝をしなければならないのですが、時として欲望の虫が沸くこともあります。自分の足元をしっかり見据えた経営を考えなければと、自分に言い聞かせ頑張らなければと思います。
投稿: 学び舎主人 | 2008年5月25日 (日) 23時53分