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2008年5月 9日 (金)

26年目に突入

 ふと気づいたら先月で塾教師生活も、26年目に突入していた。とても短い26年だったような気がする。東京の世田谷で2年、岩手に戻り奥州市(旧水沢市)で6年、そして独立して一関で18年が過ぎ去った。ブログで何度もしたためてきたが、本当に様々な出逢いがあった26年間だったと思う。

 塾教師をやってきて一番よかったことは、受験という子ども達にとっての人生の桧舞台に、毎年携わってこれたことである。一緒に喜び、一緒に泣き、そして塾生たちと一緒に歩んできた。長い道のりだったけれど、本当に一瞬だったような気がする。

 教育の問題はたくさんたくさん山積みされてしまっているけれど、いつの時代も子ども達はピュアーだった。輝いていた。そのことは間違いない。その輝きの放射を時としてさえぎってきたのは、大人の都合とエゴという名の執着心だ。

 自分の果たせなかった夢を子ども達に押し付けるエゴ、子どもを支配したいという大人のエゴ。ピュアーな魂の叫びなど二の次三の次。実益と現実の闘争に駆り立てられる子ども達。心の安らぎは奪われ、夢を見る暇さえも与えられなくなっている。その代償として、自分を他人から遮断し、社会との接点を持つことをやめた若者が急増した。

 小さい頃からテレビゲームやハンディゲームを与えられ、バーチャルな世界と格闘してきた子ども達。彼らだっておろかじゃない。現実世界と空想の世界のギャップなど、最初から認識している。昔も今も、子ども達が見上げる青い空はさわやかで、季節季節に降り注ぐ日の光は世界を平等に照らしてくれる。青春という名の風がそよぎ、恋をし、夢を追い、そして大人になっていく。

 子ども達は、今も昔も本質的には何も変わっていない。塾をやってきて、それは間違いなく言えることだ。今社会を悩ませている要因の一つは、弱者への思いやりの欠けた社会になってしまったことだと思う。「差別用語はやめましょう」「I  love  障害者」そんな言葉が巷にあふれる一方、老人が孤独に追いやられ、学歴の無い若者がスポイルされて行く。

 先日我がブログにリンクさせていただいている奥村先生もブロブでおっしゃっていたが、競争原理を取り入れなくていいところで、今日本社会は競争を煽っているような気がする。脱落者を作って誰が喜んでいるのだろうか。

 人は勝ち続けることは出来ない。そのことを社会は気づかなければならないと思う。

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