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2008年4月18日 (金)

希望格差社会からの脱却

 パソコンや携帯によるイジメの問題をこのブログでも何度か取り上げてきたが、『学校裏サイト』の掲示板への悪質な誹謗中傷によるイジメが原因で、不登校や自殺までもが起こっているという報道が最近なされた。本当に痛ましいことである。

 こうやってブログを日々書いている私も間違いなくネット社会の一員であるが、トイレの落書き感覚でネットに書き込みを続ける若者達の増加に、彼らの不満や欲望の迷走を見る思いがする。スポーツや芸能の世界で華々しく活躍する同世代の若者達を、テレビやメディァで見続ける若者達は、どう感じ何をくみ取っているのだろうか。

 努力をしようにも、その努力をしようとする動機さえも見いだせない若者達が多いような気がする。まさに希望を失った若者世代が拡散し続けている。PCや携帯で相手を攻撃する若者達の動機は、いたって単純なものだと思う。それは、自分より不幸になっていく人を見て、自分の存在価値を見いだそうとしているのだ。

 何が彼らをそうさせたのか。私は社会心理学者でもその手の専門家でもないので、確信的なことは言えないけれど、戦後続いてきた資本主義経済の富の追求が、人間が持つべき本質的優しさや道徳心を排斥してきてしまったのだと思う。お金を持つことが、人生の勝利者であるという無意識の波動が、子どもを、大人を、そして老人達をも拝金主義的人間に駆り立て、安らぎの心を喪失させてしまったのだと思う。

 「良い学校に入れない」 「良い会社に入れない」 「お金もない」 PCの前で、ひたすらバーチャル的快楽にふけり、現実感を喪失していく多くの若者達を救わずして、日本の将来はない。

 28歳の若者が、時給700円のバイトを一日8時間労働で1ヶ月26日間働くと、145,600円である。税金等を差し引くと年収で140万ほどだ。一方同年代の都会に暮らす一般企業のサラリーマンは、ボーナスを入れてゆうに400万円を超える年収になる。これが現実だ。「昔から金持ちと貧乏人はいた。今更何を言っているんだ」というご意見もあるかと思う。

 お金にとらわれぬよう抵抗しようとすると、お金という経済はますます強くなり手強くなっていく。意識すればするほど、現実として襲いかかってくる。経済や教育の問題も、そして若者達の希望格差社会の問題も、根っこの部分は同じような気がする。

 お金や学歴から放れ、自分が何をやりたいのか、大学を出ないといけないとか、お金がなければやれないという意識を取り払って、原点に立ち返ってみることが出来るかどうか、それが大切であり、根本的問題を解決する一歩だと思う。

 ~がないといけないという言葉の呪縛から放れることだ。よく言うではないか「人間生きていればまるもうけ」と。小さい頃「大きくなったら何になるの」と聞かれた時に、「○○になる」ときっぱりと言えたではないか。その時の輝いた眼差しは、間違いなく今も持っている。

 若者達よ、中学生や高校生達よ、自分の将来の夢や希望を、決して自分で否定してはいけない。否定する大人の話をまともに聞いてもいけない。どうせ~とか、絶対無理などと言う大人から離れなさい。希望というエネルギーを吸い取られないように。

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コメント

同感です。
ついつい書き込みたくなって書いてしまいました。
『なぜ勉強させるのか?』(光文社新書)という諏訪哲二さんの本を思い出しました。少し長い引用になりますが、次のような一節があります。

「問題なのは、そういう目先の職業上の目標にからむエサをぶら下げても、若者たちが動かないことである。だいたい、人間が経済的な目標だけで動くものかどうか、大いに疑問である。「消費社会的」段階は、経済に一元化された社会であり、みんな得か損かでひとが動くように思われているが、本当にそうなのであろうか。目先の利益に関わる目標を選んでいるように見えるときでも、根底の所では別の精神的価値を同時に選んでいるのではないか。もっと魂が揺さぶられるような精神的価値や崇高なものが入ってこないと、ひとは根源的に動くことはないのではないかという気がする。」(245頁)

経済効率最優先で、経済価値を第一に考える現代社会の中で拝金主義がはびこるのは自然な流れなのでしょうが、お金で買えないものはないと言う人はお金で買える範囲のものしか見えていないのだと思います。

「お金がないことを、そのまま「下流社会」といってしまう下品さに、なぜ世の中の人は気づかないのだろう。」
ビートたけしこと北野武さんの『全思考』(幻冬社)の一文です。とても真っ当な意見で、なんでこういう当たり前のことが当たり前じゃなくなってしまったんだろうと腹立たしくなります。

すみません、長々と書いてしまいました。しかし、金田先生の書いたような真っ当な意見を大人が子どもに伝えなければ、この国に未来はないと思います。

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