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2008年4月23日 (水)

文明は繰り返す

 学生の頃から、古代史や人類史に興味があり、少なからず本を読みあさってきた。仕事柄古代史を教える機会は多いのだが、教科書が正直言って胡散臭く感じてしまうのだ。塾教師として言ってはいけないと知りつつ 「歴史を鵜呑みにしてはいけない」、そんなことをついつい口走ってしまう。困ったものである。

 例えば日本の古代史のターニングポイントと言われている645年の大化の改新である。藤原氏の祖先と言われる中臣鎌足が、中大兄皇子と、蘇我入鹿を暗殺する事件であるが、本当に中臣鎌足が関与したのだろうか?倉山田石川麻呂(くらやまだのいしかわまろ)や南渕請安(みなぶちのしょうあん)等が中大兄皇子のもとに、志を同じくしてクーデターを企てたであろうが、中臣鎌足の名前は、後世、藤原氏の権力を確立するために付け加えられた藤原氏の改ざんのような気がしてならない。

 そんなことを言いだしたら生徒達が混乱するだけなので教室では言わない。しかし日頃の言いたい虫がうずいてどうしよもない。今日は勝手な私見を述べさせていただく。

 地球の現代の文明が、直線的な進歩の結果現れたのではないと思う。回りくどい表現をしてしまったが、簡潔に言うならば、今より高度な文明が何度も地球上に生まれそして消滅し、その循環の中に現在の文明社会が存在していると言うことである。

 日本の歴史を眺めて欲しい。卑弥呼が生きた時代からわずか2000年足らずで、この時代を迎えている。人類史10万年の歴史を考えるとき、9万8000年も、原始社会を人間は生きていたのだろうか。人間の頭脳がそれほど愚かだったとは思えない。何度も高度な文明が誕生したと仮定した方が、多くの古代史の謎が解ける気がする。

エジプトのピラミッドしかり、アステカ文明の遺跡もしかり、過去にそれらを建築出来る今以上の技術があったと考えれば謎でも何でもないと思う。宇宙人飛来説などの茶番的な発想などが巷にあふれているが、笑ってしまう。

 文明は繰り返す、これが私の歴史観だ。なぜ高度な文明が地球上から消滅してしまったのか。ある時は核戦争だったかも知れない。またある時は何らかのエネルギーの誤用だったかも知れない。科学技術の進歩と、人間の精神性のアンバランスが、悲劇を繰り返してきたような気がする。

 そして今回の我々が生きている文明もそうだ。核エネルギーの誤用が起これば、一瞬で人類は消滅する。オゾン層の破壊も深刻の極みに達している。二酸化炭素による地球の温暖化は、あらゆる生態系に影響を及ぼしている。珊瑚礁の死滅や、クラゲの異常発生などはほんの兆候に過ぎない。今対策を立てなければ、かつての文明の二の舞を見るのは明らかだ。

私は不安を煽っているのではない。希望を語っているつもりだ。問題は我々が気づくことだ。気づくことで、必ず一人一人の思いが変わっていく。それが我々が生き残っていく希望の一歩だ。私はそう思う。

 狂信的なメシア崇拝者が待ち望むように、世の終末の日に、天から救いの神が降りてきて善なる人々を救い出すなどというパホーマンスがあろうはずがない。この文明は、我々自らの意志と行動で救わなければならない。

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