寺子屋金さん第3話
寺子屋金さんは、最近ある真実に気づいたのである。それは女は強いという普遍的真理にである。
春のこの時期、寺子屋では塾生達が恋の話で盛り上がっている。修学旅行で誰と誰がいい感じになったとか、○○ちゃんが振られたとか、まあ賑やかである。
老婆心で私も恋のキューーピット役をかって出ようと思うのだが、はっきり言って邪魔なようである。先日恋に破れた我が塾生は、ため息交じりの塾の日々が続いていた。「俺の人生終わった」などとのたもうて、さっぱり勉強に身が入らない。
慰めようと若きころの私の失恋話など披露するのだが、ますます傷口を広げてしまったりして、受験指導のようにうまくはいかない。まだこの時期だからいいものの、これが秋ともなるとたいへんである。受験を前にした男子生徒の失恋は、目も当てられない。成績が重力を味方に急降下である。悲しい男のさがなのである。
一方女子生徒はたくましい。「私振られた~」と自習室に入ってくるなり、友達を相手によくもまあ言葉がでてくるな~と思う勢いで恋の顛末をぶち上げ、ポテトの袋を3袋もあっと言う間に空にしてしまうのである。気づくと一月後には、ちゃっかりと新しい相手を見つけているのである。開き直りというのか、図太いというのか、やるものである。
他の塾ではどうか分からないが、寺子屋金さん宅では、失恋して成績が落ちていく女子生徒はいない。逆にそれをばねにして、勉強に集中することの方が多いのである。恐るべしポジティブ思考である。
「彼女に振られて、うちの子勉強に身が入らなくて・・・」そんな相談を親御さんにされるたびに、男はデリケートだな~としみじみ思うのである。もう少し女性のたくましさを見習って欲しいと思う寺子屋金さんなのである。
さてゴールデンウイークも終わると、運動会の季節がやってくる。金さんの時代は、ホークダンスというのがあって、唯一女の子の手を堂々と握れる晴れのイベントであった。数合わせのために、女子パートに並んでしっまた男子生徒は悲劇であった。
失恋した男子生徒を見ると、なぜかあの時の、男子とばかりダンスを踊っていた自分を思い出してしまうのである 。

こんにちは、毎日精力的に内容の濃い記事を投稿されていて、
本当に読みでがあります。有り難うございます。
私は前にこのブログで直接本村さんをご存じの方から、
コメントをいただいたことがあります。
文面は以下の通りです。(抜粋です)
「光市母子殺害事件の場合もそうです。
私は被害者や被害者の御主人、本村さんのお人柄などを父から聞いておりますが、事件直後から彼は本当につらい思いの連続です。
近所や地元の人でさえ、何の罪も非もない被害者や御遺族を悪くいい、本村さんがTVに出演したり、本を出版されたり、御遺族の会を立ち上げられたりと動かれるたびに、何やかんやと心ない言葉を投げかける。
これはイジメではないか!!!と思うことがたくさんありました。
事件当時、中には、子を育てる母親の立場でありながら、
“こんな事件を起こされて、うちの子の教育に悪いわ!!”と吐き棄てるように言う人さえいて、その言葉が御遺族に向けられたものだと確認したとき、返す言葉を失いました」
私がイジメの記事を書いていたときに、いただきました。
あといくつか、この件に関してのコメントはあります。
私はこう言うこともあって、いろいろな感情を抱きながら
この事件の成り行きを見ています。
特に本村さんに感じては非常な大きな思いを抱いています。
声はたぶん届かないのですが、かねごんさんと同じように
私も彼を応援している1人です。
投稿 とよ爺 | 2008年4月22日
ある時を境に私のブログが変わったというご指摘を受けたが、間違いなくとよ爺先生のブログの影響だと確信している。記事を全国に発信するということは、ある意味勇気のいることである。当たり障りのない記事であるならば、批判もされようがないのだが、一歩踏み込んだ意見に対しては反響も多い。おそらくとよ爺先生も、時によっては筆が進まなくなるようなメールも受け取っているはずである。実は私もそうである。
しかしである、我々塾教師はこども達のいわば命を預かっている仕事をしている。人が命輝く存在であるために、言葉を選び、思いを選んでいる。そしてその言葉なり思想なりが、正しいのか、修正が必要なのかは、自分をさらけ出さないと分からない時がある。
「ブログに綴った自分の思いが、世の中ではどのように捉えられているのだろう」その時々の皆さんからのコメントなり、メールなりが大いなる学びになっている。先日塾の高校生から、「ブログのプロフィールに本名や個人メールをさらさない方がいいよ」という指摘を頂いたが、今後も消去するつもりはない。逃げも隠れもしないつもりである。
子どもの教育を通して、今後とも社会を見つめていきたいと思う。そしてこども達が尊厳と生きる勇気を損なわれないよう、微力ながら言葉を綴っていきたい。とよ爺先生のように、そして本村さんの魂をふるわす勇気ある言葉のように・・・・・・。