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2008年3月20日 (木)

教師魂を見た

 昨年私立高校で非常勤講師として、少しの間であったが教鞭を執らせていただいた。県立高校を退職された先生方が、ものすごい情熱を持って生徒達を叱咤激励し指導されている姿に思わず唸ってしまった。

 中には校長先生を歴任された先生や、教育界では著名だった先生方が時給いくらという世界で、惜しげもなくそれこそ汗水流して働いていらっしゃる。失礼だが、それなりの退職金をもらい、生活に困らない老後のはずであるが、命がけのその情熱あふれる指導に、老人力ならぬ教師魂を見た思いがする。

 眼光鋭い眼差しは、70歳も近いとは思えないエネルギーの固まりである。50手前の私などは、彼らから見たらまだまだひよっこである。そんな先生方との何気ない会話から、実に多くのことを学なばさせて頂いた。

「塾の先生はいいですな、いろんな教科を教えられて」 そんな話題も上った。40年近く一つの教科を教え続けてきたその密度を考えると、小中学生に全教科を教えている自分が、何か薄っぺらに思えてきて、大先輩を前にして恥じ入ったりもした。

 私が塾で疑問に思っていたことなどを、良いチャンスとばかりに、先輩諸氏に尋ねるのだが、実に丁寧に意見を述べられ解説して頂いた。ほぼ私の父親世代であるが、学問に対する感性と柔軟性は、年齢のギャップを感じない若々しさを持っており、畏れ入ってしまう。

 「塾の先生は定年が無くて羨ましいですな」 これも学校の先生からよく言われるフレーズである。よ~く考えると、退職金もない我々自営業者は、死ぬまで働かなければならないと言うことであり、複雑な気持ちである。

 かつて息子の通っている小学校の校長先生が退職間際に、「かねごんさん、先生のところで私を使ってくれないかな」 と冗談とも本気とも取れない話を私にされてきたが、昨今確かに60歳の定年は、隠居する年ではないようだ。

 長寿国日本において、70歳までは仕事がしたいし、しなければと思っている人が多い。しかし引退してもらわないと、次の世代が大変なのも世の常である。自分たちの知の財産が、若い世代に引き継がれ、隠居をしたいのだけれど、若い世代の不甲斐なさにやきもきしているご老体も多いにちがいない。

 人は年齢でははかれない多くの価値を所有している。私も多くのことを、まだまだ先輩諸氏に学ばねばと思うこの頃である。

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