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2008年2月14日 (木)

あこがれのギブソンギター

 中学1年の時に買ったヤマハのギターが、生まれて初めて手にしたギターだった。それから7本ほどギターを買っただろうか。今残っているのは、大学2年の時に買ったK・yairiのギターと、7年前に買ったギブソンの2本である。

 K・yairi のギターは30年近く使ってきたが、ネックの反りもおこらず、ボディも長年の風雪に耐え、いぶし銀の風格さえ漂わせている。このギターで作った曲は100曲を越えていると思う。しかし、今現在歌えるのは30曲にもみたない。

 と言うのも、私は今までに5回ほど大きな引越をしている。そのたびに詩を書きとめたノートを紛失したり、ギターケースに入れていた譜面が消えたりで、70曲ほどが紛失してしまった。

 青春時代、ヤマハのポップコンやいろんなオーディションに、曲を作ってはデモテープを送っていた。その時に録音した曲がテープに残っているのと、40歳を過ぎてから、こども達のために書き下ろした10曲ほどの曲を歌えるくらいである。

 実はもう一本のギブソンであるが、まさしくギブソン故高かった。中学校の頃、仙台の街に行くと、必ず楽器店に立ち寄った。鍵の掛かったショウウインドウには、マーチンやギブソンが飾られていた。

 当時今のような変動為替相場ではなく、1ドル360円だった。一番安いギブソンでも50万円はしていたと思う。マーチンなど100万円ぐらいしていた。いつもその前でため息とよだれ(・・・笑い)を流して見つめていた。いつかこれを買える大人になってやる・・・・。子ども心に誓ったものだ。

 そして7年前事件が起こった。当時の塾生が、私の弾き語りライブを一関でやろうという計画を立てた。塾生のお父さんに、かつて円谷プロで映画の助監督をしていた方がおられ、音響やら照明やらを担当して頂き、本格的なライブとあいなった。

 予想に反し、有料にもかかわらず満員御礼のライブになった。私のブログにたびたび登場頂いている学び舎の小林先生や、前回のブログに登場した友人の山ちゃんらも多忙なところ駆けつけて頂いた。全曲オリジナルのライブで、それもギター一本。今思うと冷や汗もののドキドキものである。ほんとうにあんな素晴らしい機会を私に与えてくれた塾生達に感謝である。

 そのライブの後、衝撃の事実が発覚する。なんとK・yairi のネックに亀裂が入っているではないか。即楽器店に送り修理となったが、10日待てども1ヶ月待てども修理工場からギターが戻って来ない。

 音楽魂に火がついてしまった私は、休みの日仙台の楽器店に向かった。全くの衝動で、長年の夢であったギブソンのギターを買ってしまったのだ。

 その年、我が妻とこども達は、実家に里帰りをすることが出来なかった。旅行にも出かけなかった。そう・・・原因はギブソンである。

 我が家内は、私のギブソンを見るたびに、きっとず~と思い出すんだろうなと・・・思う。

追伸

K・yairi のギターは、完璧な修理を施され、ギブソンを買った数日後に戻ってきた。大験セミナーの教室に鎮座し、今も私のストレス発散に付き合ってもらっている。ありがたい。

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コメント

もう7年前ですか、早いものです。あのコンサートは良かった。塾生の皆さんがてきぱき動いてとても気持ちよかったし、こういう関係を生徒と作れる金田先生がうらやましいなと、正直思いました。
歌ももちろんすばらしかったです。自分も何かやらなければとあの時思ったことが、その後の「陸奥話記」現代語訳に繋がっているような気がします。肝心の「陸奥話記」の方は、このところ放置したままですが、なんとか今年中には形にしたいと思っております。


小林先生コメントありがとうございます。
今度ギブソンを片手に学び舎をおとずれ、ミニライブをやろうかなどという幻想を勝手に抱いています。もちろん無料で(・・笑い)。

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