小菅敏夫先生の思いで
私の恩師である小菅敏夫先生からは、実に多くのことを学ばさせて頂いた。敬虔なクリスチャンであり、また先生の詩は何度も芸術祭で賞を受けるなど、卓越した言葉の感性をお持ちの先生だった。
1990年に54歳という若さで天に召されてしまったが、小学生の多感な時期に、先生と多くの時間を共有できたことを感謝している。
実は多くの宮沢賢治の作品を紹介して下さったのが、小菅先生であった。小学3年から4年まで担任をして頂いたのだが、演劇発表会で演じる作品はすべて賢治作品という徹底ぶりだった。『どんぐりと山猫』『注文の多い料理店』 『よだかの星』 『雪わたり』どれもこれも先生の脚本と演出で演じたものばかりだ。
特に『どんぐりと山猫』の主人公のいちろうは、私と名字が同じだということで、即私が主人公に抜擢され、一生懸命台詞を覚えたのを今でも覚えている。
大学を出たあと、私もまがりなりにも先生と呼ばれる職に就き、教育のこと等で悩みが多かった時期、何度か先生に連絡を取ろうとしたものの、忙しさにかまけて叶わないままだった。そんなおり先生の訃報を聞き、本当に残念でならなかった。
私の手元に今、平成三年に岩手日日新聞社から発行された『小菅敏夫詩集』がある。私が中学生の時先生から頂いた年賀状に、北上連邦で始まる詩がつづられており、先生の詩の中で一番私が好きになった詩である。ここに紹介したいと思う。
北風の叫び
北上連邦の果てにつづく山襞に
きらきらと光る瞳があるかぎり
涙は生きるものの上にいつまでも
注がれるのを知っている
なんと寒い雪の日の夕暮なのだろう
森の中に目覚める数々の仕事は
せせらぎのように
雪道に吹きだまりをつくる
もし存命しておられれば、先生は今年72歳を迎えられていたはずです。賢治の詩や童話に対する思いや、教育についてぜひ拝聴したかったと思うこの頃です。
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