最近のトラックバック

2023年11月29日 (水)

1965年ブラックニッカ誕生

E828429a731d45faa6afd9fda0e26b84

ウイスキーの宣伝ブログではありません。実は今回DIYした納屋が建てられた年と、ブラックニッカが誕生した年が同じと言うことで、コラボしてみました。なぜか納屋カフェにブラックニッカが絵的に似合います。

この納屋のリフォームが終わってからは、若い頃のようにジャズのCDを買い漁っています。全く僕個人の感想なのですが、僕が手作りしたスピーカーとこの納屋の音響が、ジャズサックスの音に相性がいいようで、いい音を出してくれています。自己満足の話で恐縮です。

このスピーカーもともとは教室の指導室に置いていたもの。生徒がいない時間帯に僕がジャズを聴いていたのですが、すぐそばがアパート故、音量は限りなく絞らなければならず、自分で作っておいてスピーカーの能力を試す機会がありませでした。

この納屋にスピーカーを引越しさせてからは、田んぼに囲まれた納屋故、誰にはばかることなく、大音量でジャズを聴いています。

街中では味わえない贅沢を山里で味わいさせてもらっています。ところで、ウイスキーを写真に載っけて言うのもなんですが、僕は日本酒派です。岩手には美味しいお酒がいっぱいあります。やめられません。^_^

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

 

2023年11月28日 (火)

さりげない日常の中で

A26b61cc9ee64bf690e28e09735a5c22

何かを継続することって大変なことだけれど、それがルーティンになると自然と身体が動くから不思議だ。

現在の寺子屋塾を始めて33年。毎日日曜日以外は自宅と塾の往復を33年間やってきた。日曜日はほぼ中学生の卓球の指導。今年は納屋のリフォームでだいぶサボったけれど、これもほぼ15年続いている。

そして13年間平行して私立高校の非常勤講師や論文添削指導員、短期大学の講師などをやってきた。それに付け加えて農業も継続中だ。

我ながら良く働いてきたと思う。60年ちょっとの人生だけれども、120年生きてきたようなそんな感じだ。

正月の元日以外は目覚まし時計が欠かせない日常なわけで、働き続ける僕はまるで泳ぎをやめた瞬間に死んでしまうマグロのようだ。

人生には青天の霹靂とでも言うような出来事が突如として起きることがある。身内の死であったり、突然の失職だったり。それまであった日常が急展開する。僕の人生にもそう言うことが幾度かあった。

さりげない日常が終わった瞬間、ざわざわとした景色の中で、自分が失ったものの大きさと、その失望感に立ち向かう自分を俯瞰でもしているような時間が過ぎて行く。

自分がやって来たことが、正しかったとか間違っていたとかなんてそんなことはどうでもよくて、ただただ一生懸命生きて来たことそれだけが、僕の存在理由であり全てだった気がする。

僕は間違いなく年を取った。塾生から見れば僕はおじいちゃんだ。時々男子生徒が、先生疲れてるんじゃないと言って肩を揉んでくれる。ありがたい。

最近新たな仕事が舞い込んで来た。金田渉治改め金田祥治に改名して以来、納屋のリフォームに着手したり、地元の奉納祭りで30年振りに歌を歌ったり、新たな仕事のオファーが来たり、効果はバッチリ出てきたような気がするのだけれど、さらに忙しくなって行くことだけは誤算だった。改名したことにちょっとだけ後悔している。笑

さりげない日常がまた続いて行く。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

 

 

2023年11月27日 (月)

AIが人間から仕事を奪って行く

E4cc52532aed40cc916a1eec70d40d57

広告の編集作業も卒論の文面も、受験指導も新聞記事もAIがやってくれる時代。テレビのニュースもほとんどがAIがアナウンスする昨今、我々人間の多くの職業がAIに奪われる時代が間違いなくやって来る。

さあどうする人間。職業選択の自由がかなり制限されて行く。肉体労働とある種の伝統産業がかろうじて残るのか、もしくは一切の仕事がAIにとって代わるのか、人類の将来はどのような変遷を辿って行くのだろう。

便利な世の中になる一方、人間の生きる価値観みたいなものが問われる世の中になりそうだ。

文科省の紙の教科書を廃止する計画は着々と進行し、多くの小中学校でタブレットによる指導が始まった。高価なタブレットが一人ひとりに配られ、先取り学習がどんどんできるアプリが組み込まれ、優秀な生徒は更に優秀になり、出来ない生徒はますます取り残される教育現場となっている。

表現は悪いが、AI は人間を選別して行く。

これからは塾教師はAIに仕事を間違いなく奪われる。パソコンやタブレットによる無料授業配信。自己学習が完結する。

タブレット授業の蚊帳の外にいってしまった生徒の需要があるだろって?

甘いな。現在の塾を見て見れば分かるが、出来ない生徒は塾にはこない。諦めて自分が入れる学校に収まる。出来ない生徒は進学もしないので、僕のような大学受験用の塾には来ない。

受験アプリを開発する大手は生き残るかもしれないが、それ以外の塾は将来消える。僕らが最後の寺子屋経営者になると思う。

AIと共存し映像授業を展開する経営者が塾の代名詞になって行くはずだ。

ところで、このブログもAIにテーマを与えて書かせたら勝手に書いてくれそうだけれど、そうなったらブログ本来の意味がないし、アップする意味もない。世の中にはAIを利用してブログをアップしている人もいるようだけれど、意味があるのだろうか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

 

私立高校を終えているからこそ分かること

8289e9252ea04141b7dfeb6a0459b16b

そうね、自分がこの教育業界で生きて来れたのは、私立高校、私立大学と私立畑を歩んで来たお陰だと思っている。きっと公立や国立に入っていたら、僕のことだから天狗になっていて教育には関係ない世界に生きていただろうと思う。てかその前に、国立に入ることはなかったけれどね。出来が悪かったからね。

教える仕事をやってきて本当に良かったと思うこの頃だね。生徒たちと触れ合うことが好きなんだろうね。や、マジで出来の悪い生徒ほどかわいいよね。わがんね〜なんて叫んでいる生徒を見ると愛おしいよね。

勉強って頭を鍛えることだと思うんだよね。本当はさ学校の勉強じゃなくてもいいわけよ。でもね社会の仕組みが学校ありきで成り立っているので大変なわけよね。

ここ10年あまり、塾をやりながら昼間市内の私立高校に講師で行っているわけだけれど、正直言って特別進学コースの優秀な生徒さん達より、ちょっとだけ落ちこぼれた生徒さんがいるクラスの方が教え甲斐があるのよね。落ちこぼれたと言うと失礼か。学校の勉強が苦手な生徒たちね。

でもね成績が悪い生徒の中には、頭がいい子がいるのよ。学校の勉強なんてどうでもいいと達観している感じで、鋭利な思考力を持っている生徒がね。

成績が良くないからもちろん進学もしないのだけれど、何か目的を持ったら一気に成功するタイプよね。

僕が私立高校に通っていた頃、そういう連中がわんさかいたね。こいつら優秀なのになんで勉強しないんだろうと不思議だったね。

高校を卒業後、東大卒を使うような仕事をしたクラスメイトがいたし、外国で優雅な暮らしをしているクラスメイトもいる。成績が頭の悪い僕よりさらに悪かったのにね。笑

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

 

2023年11月25日 (土)

微笑まれたら買っちゃうよね

5b275cdd5bdf49f5a9a1524f628d02e5

リサイクルショップを散策していたら、この木製のボックスに釘付けになった。めちゃ僕に微笑んでくる。

値段を見たら結構の値段。次回立ち寄ってそれでも欲しかったら買うことにして泣く泣く僕は立ち去った。

2日後、彼女は売れずに僕を待っていた。僕のほぼ2週間分の小遣いをつぎ込んで買って来た。

現在納屋カフェのアンプの横でCDボックスとして新しい生活を彼女は送っている。僕の大好きなジョンコルトレーンのCDを子守歌にしながら、ジャズを堪能している。

ジャズと言えば、僕はモダンジャズが好きなのだけれど、コルトレーンにしてもマイルスにしてもそうだけれど、1960年あたりから、奇策に走り出したと言うのか、フリージャズみたいなものをやり出すのだけれど、僕の理解の外側に行ってしまって戸惑ってしまう。

さらにフリージャズから今度はヒュージョンと言われる音楽に推移して行くのだけれど、そこも僕にはついていけなかった。やっぱり1950年代のジャズが落ち着くと言うのか安らぐのである。

その時代僕は生まれていないし、小さい頃モダンジャズを聞いてわけでもないのに、魅了されるのである。どうしてだろう。不思議だ。あのリズムと旋律に何かヒントが隠されているのかも知れない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

2023年11月24日 (金)

銭湯今昔物語

8825af09ad934b1aa63a2fda9e49681a

学生時代東京には至るところに銭湯があった。風呂付きのアパートが少なかった時代だったので、銭湯はいつも混んでいた。記憶を遡ると入浴料は140円だった気がする。

今は銭湯がほぼ消えた。日帰り温泉が主流になったのと、風呂のないアパートが無くなったのが一番の理由だろうと思う。

現在も残っている銭湯があるようだが、入浴料は550円だそうだ。ちなみに一関市では銭湯は消滅している。

現在東京で一人暮らしをしようとすると、交通の便にもよるが、四畳半一間トイレ台所付きのアパートで7万前後。立地条件がいいとあっさり10万円越えだ。

大学や専門学校に通う学生たちの生活費は大変である。食費や光熱費スマホ代等で月15万はかかる計算になる。都会での一人暮らしも楽じゃない。

ちなみに僕が住んでいた東京町田のアパートは変則4畳一間風呂無しぼっとんトイレで16000円だった。45年も前の話である。

バイトで帰りが遅くなると、銭湯に入れず残念と言う日々があった。銭湯は夜11時まで、そんな時はお湯を沸かして身体を拭くわけだが、侘しさがそこはかとなく忍び寄って来る夜だった。

ところで市内の日帰り温泉は夜9時まで、金額も700円越え。かと言って自宅のお風呂が安価かと言うと、燃料の灯油はリッター105円。

収入が上がらない、いや下がる一方なのに、物価だけが跳ね上がって行く。生きづらい世の中だ。 にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

 

 

2023年11月23日 (木)

立石神社in一関藤沢

Ec71a353eb1143259363ef4a54ce34e5

7cad72d30bec45e08f71d3181b8ee75a

なかなか写真では伝わらないかも知れませんが、御神体の磐座は想像を超える巨石です。きっと縄文時代から人々の精神的支柱となって来た磐座だと思います。

友人であり先輩の小林先生と立石神社を久しぶり訪問したのですが、いつ行っても、この神社の巨石の威厳と言うのかパワーには圧倒されます。

ところでこのブログに久しぶりに登場した小林先生ですが、僕と同じ塾の先生で奥州市水沢で個別指導学び舎を営んでいます。僕が言うのもなんですが、学者肌の知的な魅力溢れる先生です。僕のブログを読まれている奥州市のみなさん、お子様の受験指導に是非個別指導学び舎をご活用ください。素晴らしい指導者です。よろしくお願いします。

その小林先生と今日は僕のリフォームした納屋カフェでジャズを聴き、音楽談義に花を咲かせました。

7c9e218f1c474d8a992e41e68e7d0c35

同じ趣味を持つ友人っていいですよね。ジャズと磐座を堪能した1日でした。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

2023年11月22日 (水)

田野畑村へ愛を込めて

614d1955f0a74866b8850afc805f7458

田野畑村から塾に荷物が先日届いた。音楽仲間の妹さんからだった。酪農を営む彼女から、地場産業である美味しいチーズとドリンクにして飲む松葉をいただいた。

優しさに包まれた贈り物に僕も妻も、ほっこりして、そして癒された。

岩手はめちゃくちゃ広い。僕が住む一関市はほぼ東京都と同じ面積だし、僕の家から田野畑までは、車を飛ばしても、新幹線で東京に行く以上にかかる。

僕もだいぶ辺鄙な所に住んでいるが、田野畑もなかなかの自然溢れる陸の孤島だ。

僕が一関修紅高校で担当しているクラスに、田野畑村から来ている生徒がいる。かなりの田舎だと独白していたが、いいところだとも言っていた。故郷の良さは離れてわかるものだ。

39d31e49c02b4a5883d13260be4d5156

生まれ故郷を離れて田舎暮らしを始める寂しさと言うのは誰にもあるだろうと思う。横浜生まれの僕の妻も、岩手にやって来て37年になる。

今でこそ田舎暮らしを堪能している彼女だが、来た当初の寂しさは随分あったのではないかと思う。

今回田野畑村から贈られた荷物を開けた時に、優しさとともに、うまく口では言えないけれど、強さを感じた。しばらく会っていない彼女のぶれることのない、生き方を感じたと言ってもいいかも知れない。

今年は随分僕は妻に弱音を吐いた。もう草刈りはキツいとか、畑はもういいとか、薪割りはやめようかなとか。年齢による体力の衰えと言うよりも、マンネリ化したルーティンのせいだろうと思う。刺激は幾つになっても欲しいものだ。

そこで納屋のリフォームを始めたりしたわけだけれど、これがまた次から次へとエスカレートしていく始末で、終わりのないドツボにハマった感じである。

やることがある人生は幸せなのよと、友人が言っていた。でも本音を言うとやることが多すぎる田舎の暮らしは大変。

僕は田野畑へ愛を込めて感謝を述べてたい。松葉ジュースを飲んで、そして美味しいチーズを食べて、ようやく今年も薪割りとクリスマスの準備をする気になりました。

頑張ります。^_^

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

2023年11月21日 (火)

教育の現場が作り出した鬱の世界

0ace421898664df4baea2d8a6c3cc7a7

全く気づいていないかも知れないが、日本教育のシステムが実は鬱病の原因の一つだと僕は思っている。

やれば出来る!努力は自分を裏切らない。そう言った励ましの言葉を学校の先生からいっぱい浴びた方は多いと思う。

そう言った教育は、基本的に人間の能力は平等だと言う幻想に基づいている教育であるし、やっても出来ない生徒がいることを根本的に認めようとしない横柄な教育だ。

やったけれどダメだった。そのしんどさを理解してあげないと、生徒は落ち込む。そうしてそう言った繰り返しが若者の精神を蝕んで行く。自信喪失はやがて鬱状態もたらす。

俺勉強は全くダメだけどよ、彼女作んのは得意なんだ。落としどころってやつを知ってんのよ。こう言う人を学校に呼んできて講演をさせたら、さぞや生徒たちは喜ぶだろうね。僕も聞いてみたい。笑

大学に行く生徒とそうじゃない生徒を完全にわけちゃうのも問題ありだ。そう言った環境で育てられて、教員になった若もには大事なものが欠落している。それは生徒の放って置き方だ。

宿題をいっぱい出して、やる気のある先生を演じようとするわけだけれど、何処までやらせれば、拒絶が生じるのかを、学生時代に見聞してないと、暴走してしまう。登校拒否製造教師となってしまう。

宿題をやるのが当たり前。テスト勉強をするのが当たり前。そんな環境が当たり前じゃない生徒がいることを知らずに、毎日毎日コピー機の前でプリントを量産している先生がいる学校は、やっぱり何かしらの問題が生じやすい。

世の中には実に多くの知らなけれならないことがある。学校で詰め込まれる教育は悲しかな役に立たないことばかりだ。その役に立たないことを、一日中机に向かって聞かされる生徒たちはたまったもんじゃない。

大学に行く生徒は、真剣に行く理由を自問自答してみるべきだ。

遊びに行く。彼女を作りに行く。働きたくないから行く。学歴がないと馬鹿にされるから行く。仮にそう言う理由が行く理由であってもいいと思う。実は僕も進路希望の本音はそんな感じだった。

そんな自分のアイデンティティが故に、救われることも多かった。勉強することなんて、そんな大それたことでもないし、偉いことでもない。だからやらない人を見下すことなんかあり得ないし、堂々と宿題をサボれる人間は将来大物になるかも知れないとさえ僕は思っている。

写真の神社は僕が高校の合格祈願をやった近所の神社だ。見事に落ちた。でもそのおかげで、勉強をやらない多くの友達が高校で出来た。その経験が自分のキャリアにものすごく強烈に役立っている。

だから今は神社の神様にめちゃくちゃ感謝をしている。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

 

人間を宗教に駆り立てるもの

C66e61e300b04526851980818b09b7b0

逆の立場である宗教側からすれば、儲かるから信者を増やそうと躍起になるわけだ。

宗教団体のパンフレットや宣伝文句に必ずと言っていいほど掲げられる文字が平和・愛そして救済。

僕は別に宗教を否定しているわけではない。宗教家や教祖なりが言っている嘘が問題なのだ。

人類滅亡がどうのこうの。今ある不幸は前世の因果、私の教えに従えば救われるとかなんとか。次から次へと嘘とハッタリがこれでもかと飛び出してくる。

僕もかなりのハッタリ人間だが、異次元の嘘八百である。そしてこの嘘八百を信じて入会した方々は、書物代やセミナー料に莫大なお金を吸い上げられて行く。

僕は自称霊能者と言う方に随分とお目にかかってきたが、そのほとんどの方が早死にをしている。なぜか。自称だからだ。

例えば本当に優秀な人間は、自分の出身校や学歴を他人の前で自慢などしない。同じく本当に見えている人は、それを吹聴したりお金儲けはしない。なぜならその危険性を一番本人が知っているからだ。

自称プレアデス星人と嘯いたり、六芒星の結界を世に公表したりしているものだから、時々アポ無しで宗教関連の方がやってくる。あえてその団体名は控えさせて頂くが、宗教の愛を信じ、純粋な方々だ。

孤独や絶望そして厭世感、そう言った状況に陥った時に友人などを介して近づいてくるのが宗教関連の方々だ。

「死ぬなんて考えちゃ駄目よ。話を聞いてくれるいい人がいるから行かない」

自殺を救ってあげてるのだし、この行為の何が悪いの!と言われれば、返す言葉もないのだけれど、根本の問題点は宗教で救われる人は死ぬまで依存体質だってことだ。

先が見えない不安な時代と言うけれど、人生なんていつの時代も不安だらけだし、そもそも生きていくことが無常の連続。それが当たり前なんだと居直ることこそが、人生の醍醐味ではないだろうか。

ちなみに僕は、嫌なことがあった日は好きな日本酒を片手に好きなジャズを聴くと蘇ります。はい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。 

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

«限界集落の4年振りのお祭り