傍観者であることにゆらぎを感じませんか
もし自分のクラスの子が、放射能値が高い地域の生徒で、この時期白血病だと診断されたら、先生どうしますか。
運動部に入っていて、3.11以降学校の顧問の先生の言うとおり、外で雨の日も雪の日も、一生懸命頑張っていた生徒が、突然白血病だと言われたらどうしますか。
偶然だよと言うんですか。自分には責任はないから、言われたとおり隠し続けるんですか。個人情報だから何も言わないというのはある意味正しいことかも知れません。でも・・・・、もっとそういう生徒が出てきたらどうしますか。
twitterや生徒間のメールのやりとりが、猛烈な勢いで巡るなか、隠すことなんかできませんよ。
世間の人はこう言います。
「個人差があるから」
「弱い体質だったんじゃなの」
「運が悪かったんだよ」
仮に自分の子どもが、病魔に襲われたらどうしますか。放射能という言葉を封印しますか。全く無視しますか。
それはできないでしょう。
何が起きても、放射能との因果関係はないと言い切る根拠は何ですか。学校の先生方教えて下さい。
生徒が言ってましたよ。教室の空気線量が0.5マイクロシーベルトもあったときに、黒板にわざわざ放射能は安全ですと書いたそうじゃないですか。おかしくないですか。
何処かの塾の先生が適当なことを言っているというのも、ひょっとすると正しいかも知れません。僕は医者じゃないし、ましてや放射能の専門家でもないですよ。
しかし広島の原子爆弾の50倍もの放射能物質が東北に降り注いだという事実を、安全だと言う方々はどう考えているんですか。
ただ単に本当は事実を知るのが怖いだけなんじゃないですか。運良く僕の所には放射能はやってこないと思っているなら、勘違いも甚だしいと思いますよ。
放射能の危険を語ることは、ご法度みたいな空気感が学校にはありますよね。危険を察知する感覚が鈍化していませんか、自分たちの生活を守ることを優先するあまりに。
受験指導も大事です。もちろん部活動も大事です。しかしそれは命あっての健康があっての人生ですよ。
傍観者であることにゆらぎを感じませんか。僕は感じますよ。
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