2012年1月30日 (月)

傍観者であることにゆらぎを感じませんか

もし自分のクラスの子が、放射能値が高い地域の生徒で、この時期白血病だと診断されたら、先生どうしますか。

運動部に入っていて、3.11以降学校の顧問の先生の言うとおり、外で雨の日も雪の日も、一生懸命頑張っていた生徒が、突然白血病だと言われたらどうしますか。

偶然だよと言うんですか。自分には責任はないから、言われたとおり隠し続けるんですか。個人情報だから何も言わないというのはある意味正しいことかも知れません。でも・・・・、もっとそういう生徒が出てきたらどうしますか。

twitterや生徒間のメールのやりとりが、猛烈な勢いで巡るなか、隠すことなんかできませんよ。

世間の人はこう言います。

「個人差があるから」

「弱い体質だったんじゃなの」

「運が悪かったんだよ」

仮に自分の子どもが、病魔に襲われたらどうしますか。放射能という言葉を封印しますか。全く無視しますか。

それはできないでしょう。

何が起きても、放射能との因果関係はないと言い切る根拠は何ですか。学校の先生方教えて下さい。

生徒が言ってましたよ。教室の空気線量が0.5マイクロシーベルトもあったときに、黒板にわざわざ放射能は安全ですと書いたそうじゃないですか。おかしくないですか。

何処かの塾の先生が適当なことを言っているというのも、ひょっとすると正しいかも知れません。僕は医者じゃないし、ましてや放射能の専門家でもないですよ。

しかし広島の原子爆弾の50倍もの放射能物質が東北に降り注いだという事実を、安全だと言う方々はどう考えているんですか。

ただ単に本当は事実を知るのが怖いだけなんじゃないですか。運良く僕の所には放射能はやってこないと思っているなら、勘違いも甚だしいと思いますよ。

放射能の危険を語ることは、ご法度みたいな空気感が学校にはありますよね。危険を察知する感覚が鈍化していませんか、自分たちの生活を守ることを優先するあまりに。

受験指導も大事です。もちろん部活動も大事です。しかしそれは命あっての健康があっての人生ですよ。

傍観者であることにゆらぎを感じませんか。僕は感じますよ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  このブログが一人でも多くの皆様の心に届いていただければ幸いです。

応援のワンクリックをお願い致します。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年1月29日 (日)

神々に祈りたい

昨年の節分に塩釜神社に行った時のことだった。家内や何人かの友人に話したのだが、僕の脳裡に海底で動きまわる巨大クジラの映像が何度も浮かんだ。

その後体調を崩した僕は、きっと健康を気をつけろとの神様の警告だったんだろうと一人勝手に思っていたのだが、その1ヶ月後巨大地震がやってきた。

そして今年、来週の節分に塩釜様に行かなきゃと思った瞬間、またまた不思議な映像が脳裡に飛来した。今度は空を舞う巨大な鷲だ。

その話を女房にしたところ、「今度は巨大噴火じゃないの」との御神託だった。

昨日は甲府を震源とする大きな地震があった。気象庁は富士山の火山活動とは関連がないとのコメントを発したが、twitterなどを読むと、1月の半ばを過ぎて、富士山は山頂の雪が極端に少ないという。積雪量は例年並みだというから、何らかの理由で雪が溶けているのだろうか。気がかりだ。

Dvc00146

富士山と言えば、祭神は木花之佐久夜姫(このはなのさくやひめ)である。東北では宮城県の小牛田にある山の神神社が、木花之佐久夜姫を祀っている神社で有名だ。合格祈願に行く水沢の駒形神社もそうだ。一関千厩町にある村社・金田神社にも富士山の神様である木花之佐久夜姫が祭られている。

何事もないことを神々に祈りたい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

とにかく寒い!

今朝はこの冬一番の冷え込みだった。マイナス10度、トイレも手洗いの水も凍結した。電熱線が機能しないほど温度が下がった。

寒さで体調がすぐれず、このブログの更新も遅延している。おゆるし願いたい。

先週の花巻での卓球全国予選が、暖房なしの大会だったが、生徒たちの幾人かがインフルにかかり、今日は練習が急遽中止になった。大会運営の方々に、今後あのような会場設定がないように苦言を呈したい。

僕の集落では、毎週お年寄りの方が亡くなっている。3週連続僕は葬儀に出ている。また今日もだ。この寒さはお年寄りにはこたえるのだろう。沿岸部の仮設住宅も厳しい住空間だが、心配である。

県立高校の入試まであと40日。健康管理には十分な配慮を願いたい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年1月28日 (土)

コメントが1000通を越えた

このブログを書き始めて4年半になるのだが、今週僕のブログに頂いたコメントが1000通を越えた。公開してきた記事数が2100稿になるので、ほぼ2回に1回のコメントを頂いたことになる。

時に賛同を頂き、時に励ましを頂き、時には貴重なご意見を頂戴してきた。ブログを通じ、多くの学びを頂いたことに、感謝の気持ちで一杯である。

教育ブログと言うよりは、貧乏話や、社会の不条理に対する怒りをぶちあげてきたブログだった気がするが、貴重な時間を割いてコメン卜を書いて頂いた方々に、この場を借りて心より御礼を申し上げたい。

1000通を超えるコメントの中には、僕のブログ記事が完全に霞む、素晴らしい論文を送ってくださった方々がいる。多くのコメントに、日々刺激をもらい、ブログを書き続ける勇気を頂いてきた。

小学生から、僕の親の世代の方々まで、多くの世代の方々のご意見を拝聴できたことは、ブログを続けてこたことの大きな学びの一つだと思っている。

愛するご子息を亡くされた同世代のお父さんからのコメントや、福島を離れ避難を余儀なくされている方々からのコメントに、何度涙を流しただろうか。

一方、僕の記事に対して、時には怒りのコメントを頂いたこともある。思想の相違や、自分の考え方の甘さに、自分の軽率さを痛感したことも多い。

もうブログを書き続けることをやめようとした日に、読者の方から、何か生きる希望がわきましたというコメントを頂き、打ち続ける決意をした事もあった。

この4年半のブログには、僕の人生が詰まっていると言っても過言ではない。そして僕の周りでもいろんなことがあった。高校での英語講師を引き受けたのは3年前だった。親しい方々との別れもあった。15年間生活を共にしてきた愛犬との別れも。

そして昨年の大震災、放射能問題では、多くの悲しみが僕の町を襲った。また市内では白血病の方が出てきている。放射能の影響であることは間違いないが、医者はなかなか、それを口にしない。

僕も喉の違和感がなかなか改善しない毎日だ。口内炎も続いている。これから出るであろう健康被害が本当に気がかりだ。僕は書き続けなければならないと思っている。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月26日 (木)

過ごす時間の質が人生を決める

卒業した高校とその後の人生の関係というものを、最近考えてみた。

進学校を終えた同級生達は、しょっちゅう同窓会をやっているようだが、田舎の私立高校を出た僕らは、一度もやっていない。発起人がいない。OB会の会報もない。

大学の方は毎月会報がやってくる。先生方や卒業生の訃報なども載っている。

高校の偏差値の差が何処に出るかと言えば、もちろん大学の進学率とか、就職する職種の差になって行くのだろうけれど、精神的な拠り所の有無というあたりが一番大きな違いだろうか。

寒い中、土木関係の仕事をやっている人達を見て大変だろうなと思うかも知れないが、パソコンンに向かって毎日数字を打ち込む仕事も大変だ。最終的にはお金という見返りが、仕事のやりがいやプライドを築いていくのだろうけれど、学歴も同じじゃないだろうか。

15の春の能力が、その人の一生を決めるわけではないのに、日本社会はすべてが決してしまうような錯覚を与え、その錯覚がある種の洗脳になって行く。

いい高校に入って、いい大学に入らなければ幸福はないよみたいな発想は、非常に歪んだ発想だ。今まで何度も繰り返してきたが、語学や数学を解く能力は平等じゃない。毎日1時間ぐらいの勉強で、ほぼ理解する生徒もいれば、5時間やっても覚えられない生徒がいる。

つまり能力には指向性があるのだ。その指向性を、国・社・数・理・英の教科で掌握してしまおうという教育の制度に無理があるのであって、必要以上の劣等感を子どもたちに与えてしまっている。そしてそれが、情緒不安や欝を引き起こし、社会そのものへの適応能力まで奪ってしまっている。残念だ。

世の男性の中には、太った女性を好きな人がいる。年上じゃなければダメだという人もいる。最近はやりのニューハーフの方もいて、男性を愛する男性もいる。

どこまでを個性と言って、何処からが異質なのかは、常に社会が判断してきた。それはマスコミであったり、世論であったり、自称知識人と言われる評論家の声だったする分けだが、当事者の感情や感性を、想像で言い放つ失礼さを考えていない。

これは高校にも言える。自分が進学校に通っていることで、私立や職業訓練的高校に通う生徒を馬鹿にする生徒がいるが、大学に行くことが普通の進路だと思っている生徒には、弱者に対する創造力が欠乏している者が多い。そういった人間が、教員や公務員になっていくならば、やはり感性の乏しい社会が生まれることは否定できないだろう。

微積が解けることも、英語の長文がすらすら読めることも、人間が持つ能力のほんの一部に過ぎない。暗記力だってそうだ。

テレビの視聴率のように、数字だけを追い求めていると、本質が劣化する。

「名前を書いてくれば受かるんでしょ」そんな声が毎年この時期になると聞こえてくる。進学校に行かない生徒は、進学校の生徒が大学の受験勉強に取られる時間を、ぼ~とテレビを見たりエロ動画を見て過ごしては行けない。自分がやらなければならないこと、自分が出来ることに専心するべきだ。

高校がすべてではないが、過ごす時間の質が人生を決める。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年1月25日 (水)

シーサー狛犬を自宅神社に

盛岡の藪川で昨日氷点下19度を記録した。ちなみに僕のところは氷点下7度。痛いような寒さだ。

インフルエンザによる学校閉鎖も出てきた。一関市内では私立高校の入試が始まった。昨日は一関学院高校、今日は一関修紅高校の入試が行われた。

今朝は大雪で道が凍結していた。息子を高校まで送って行ったのだが、帰りの坂道で、思いっきりハンドルを取られた。危ない、危ない。

今日の午前中、僕は雪の中、自宅の神社の鳥居の横に、狛犬を祀った。

Dvc00146_2

先日三峰神社にお参りした。狛犬が狼の狛犬という非常にユニークな神社だ。そこで僕は沖縄のシーサーを狛犬にしようと思い、骨董品屋さんで、市場の10分の1ぐらいの金額で、上の写真と同じシーサー狛犬を購入してきた。

季節が寒いだけではなく、放射能や福島原発の対応にお寒い政府に、南国の神様のパワーを頂こうと、シーサー狛犬を祀ったかねごんである。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月24日 (火)

30年間の塾教師生活を振り返る

個人塾の経営者というものは、東北の田舎町では稀人だ。かつては雨後の竹の子のように、あっちにもこっちにも塾の看板が掲げられた。

バブルが崩壊し、さらにはリーマンショックがあり、今回の震災があって、多くの塾が廃業を余儀なくされて行った。残った個人塾にしても、そのほとんどが、副業をやりながらの存続になっている。

大都市に本部を構えるフランチャイズ塾の進出や、少子化の影響の中、個人塾の存続は厳しい情況下にある。僕は東京と岩手の奥州市で8年間のサラリーマン塾教師をやった後、29歳で現在の塾を始めた。つまり30年間塾教師をやってきたことになる。

この年になれば、もう最後まで塾教師で人生を終わるんだろうなと思う分けだが、振り返れば、本当にあっと言う間の30年だった。お金と休息というものには縁のない日々だったが、子どもたちに勉強を教えてきた30年間は、実に楽しい日々だった。

自分はなぜ塾教師になったんだろうと、自問することがある。正直なところよく分からない。しかし塾教師以外の仕事をやろうとすると、運が動いてくれなかった。塾に関しては、本当に有形、無形の協力者を得てきた。塾教師をやらせられてきたという表現が、ピッタリかも知れない。

30年間の中では、何度もこの仕事をやめようと思ったことがある。その度に、偶然と言うには出来過ぎの後押しがあった。

合格実績が、もし塾の生き残りの最大の武器ならば、僕の塾などとうに消滅していただろう。

僕の塾は、全員が受かったから生徒が増えるかと思えばそんなことはないし、落ちてしまったから大変かとおもいきや、その落ちた生徒の弟や妹が入塾してきてくれたり、他所の塾とは少し勝手が違うようだ。

僕の塾は成績によるクラス編成もなければ、学年ごとの曜日設定もない。学年でビリに近い生徒から、超難関大学を狙う生徒まで、実に様々な生徒が入ってくる。ジャズで言えば、クロスオーバーの即興演奏を毎日やっているような感覚だ。アドリブが命の塾だと言っても良いだろう。

生徒自身が学びたい、もしくは学ばなければならない所をやるのが、僕の塾のコンセプトであり、そしてそれが僕の唯一の教育理念だ。言ってみれば、シンプルだからこそ続けてこれたのかも知れない。

自分が何をやらなければならないのか、そこのところが分からなければ、知性の進歩はないのではないだろうか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月23日 (月)

おいおいふざけるなよ

昨日の日曜日は花巻で全中の卓球予選だった。あろうことか体育館には暖房が一切なし。室温3度の中で半日を過ごした。

ブルーヒーターがあるにもかかわらず使用しないのは、いじめ・・・・。風邪をひいたようだ。頭が痛い。

1チーム登録料やら参加費で8500円を集めておきながら暖房なしはないだろう。役員は壇上でストーブにあたっていた。おいおいふざけるなよ。

仮にも全国大会の予選だろう。お粗末だよな。

もう来年から行くのやめようかな。

それにしても卓球の試合って参加料高すぎだよ。個人戦なんかどこでも800円ぐらいとるけど、集まったお金は役員の弁当代にしては多すぎるんじゃないか。誰も文句言わないけど・・・・。

ところで今日の午後2時頃、一関上空西の空に、地震雲がはっきりと現れた。

夜になって、福島で震度5弱の大きな地震が起きた。ゆっくりと長い地震だった。3・11の二日前に起きた地震と似たような揺れだった。

東北、及び関東の皆さん気をつけて頂きたい。水や食料の確保を。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ビフォー・アフター

「あれ!お父さん最近髪がまた薄くなったんじゃない」と女房。

「放射能を含んだ雨や雪にあたっているからじゃねの」と僕。

「それってジョークのつもり、もしくは本気」

頭皮をガイガーカウンタで計ったところでどうにもなるわけではないし、夫婦の会話は終了・・・・。

50を過ぎて髪がなくなっていくのは自然の摂理だろうけれど、やはり頭が寒い。

Dvc00149

チョ~ぼやけているが。僕が20歳の時の写真。これ、『塾の先生はミュジシャン』というニュースで、3年前IBCのテレビで流された時の画像の1枚。大学の文化祭での一コマである。抱えているギターは今も教室で使っているK・Yairiのギター。そんでもって歌らしきものを歌っているのは、30年以上前のかねごん。

080510_085656

そしてこれが昨年の10月、僕のブログの師匠であるとよ爺先生を中心に縁をもった塾屋軍団と、平泉・金色堂前で撮った記念写真である。

1列目右端が神奈川学心塾のGO先生。とよ爺先生とは師弟関係にある。存在が癒しそのもの。きっと受験生が安心できる存在の要だろうと思う。その隣が岐阜志道館学園の美川先生。昼は整骨院の先生をやっているパワフルな先生だ。めちゃ歌がうまい。気配りの塊である。

その隣が、岐阜の塾屋・上野塾塾長上野先生だ。先生は僕と同じ年。放射能に汚染された食材が心配だとブログで書いたところ、自宅での畑でとれた野菜をいっぱい送って頂いた。

その左隣が教育ブログ界の重鎮学心塾のとよ爺先生だ。先生の存在がなければ、僕もブローガーとして存在していなかっただろうと思う。日々学ばせて頂いている。

左端が上野塾の西国原先生。にしこくばると読む。職人である。理科系の達人だ。

後列の白髪の哲学者風おじさんが、僕の友人の小林先生。水沢で個別指導学び舎を営んでいる。陸奥話記の現代語訳を自費出版するなど、フィールドワークは多岐にわたる。ジャズと落語を愛する風情人である。

そしてどうでもいいけれど、はげたひげおやじが、かねごんである。30年の年月が何かを変えてしまった。残念である。

僕の友人の先生方は、みんな髪がいっぱいある。羨ましい!

まあ、授業が退屈そうな時は、ハゲの話題で笑いをとれるという長所が僕にはある。まあいいか・・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年1月22日 (日)

大学が国策に組まれてしまった

東京大や京都大など11国立大学の原子力関連研究に対し、06~10年度、国や原子力関連企業などから少なくとも104億8764万円の資金が提供されたことが、毎日新聞の集計で分かった。規模の大きな大学は毎年、数億円規模で受け取っている。「原子力推進」に沿う限り、研究資金を安定的に得られる仕組みで、大学が国策に組み込まれている構図が鮮明になった。

 各大学への情報公開請求で得た資料を分析した。原子力関連の研究室や研究者が、受託研究▽共同研究▽奨学寄付金▽寄付講座--の形で、国、日本原子力研究開発機構などの政府系団体、電力会社や原子力関連企業から受け取った金額を集計した。未公開部分もあるため、実際にはもっと多いとみられる。

 ほとんどは受託研究が占め93億円。特に国からの委託は高額で、文部科学省が福井大に委託した「『もんじゅ』における高速増殖炉の実用化のための中核的研究開発」(5億1463万円、10年度)など億単位も目立つ。

 共同研究は総額4億1083万円。企業側が数十万~数百万円を負担することが多い。

 奨学寄付金は総額2億1822万円で、研究者が自由に使えるケースも多い。

 個人別で最多だったのは、福島第1原発事故直後、当時の菅直人首相から内閣官房参与に任命された有冨正憲・東京工業大教授で1885万円。有冨氏は「持病があり、学会などで海外渡航する際にエコノミークラスが使えず、旅費がかさむ。その点を配慮してくれているからでは」と話す。

 企業からの寄付が研究結果をゆがめる恐れについては、「気をつけている。私は安全評価より開発研究が中心で、問題は生じないと思う」と話した。

 一方、原発の危険性に警鐘を鳴らし続けてきた京都大の小出裕章、今中哲二の両助教には、「原子力マネー」の提供はなかった。

 寄付講座は4大学が電力会社などの寄付で開設し、総額4億9100万円だった。

 大学別では、京都大33億640万円、東京大25億5895万円、東京工業大16億7481万円の順だった。【日下部聡】毎日新聞

原子力関連企業、つまりは電力会社からこれほどのお金が大学にもばら撒かれていた。3.11の後、東大の政府お抱え先生方が、躍起になって原子力の安全を連呼していたのもうなずけるわけだ。

お金、お金、お金、そのためだけに、自分の信念を押し殺せる研究者の姿勢に、ある意味僕は彼らに情熱を感じる。彼らの行き着くといころは人間のための学問ではなく、私服のための学問であり、研究だったのだろう。

大学の研究者は覚悟が必要だろうと思う。企業の飼い犬であるうちは、彼らの知性は野良犬にも劣るのだということを。

人類は進化をしなければならない。科学的な進化や医学的な進化を優先してきたが、精神(魂)の進化をないがしろにしてきてしまった。そのことのツケが、大きな轍を生んでしまったと僕は思っている。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ  塾ブログランキングに参加しています。生意気な文章ですが、よろしかったらクリックをお願いいたします o(_ _)oペコッ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«どんな問題にも解決策はある